青い空。白い雲。そして紺碧の澄んだ海。絶好のロケーションで、IS学園一学年生ははれて臨海学校の日を迎えた。そしてその道中、バスの中は当然賑わっている。
「ヒャッハーぁぁぁぁッ!巧さん海ですよ海ッ!」
主に、約一名のおかげで。
「どうして此奴はこんなにハイテンションなんだ・・・」
スルースキルを身に着けているとはいえ、このテンションを隣でやられるのはかなりキツい。隣人と話して気を紛らそうにも生憎座席は窓側。枢 巧に、逃げ場はない。仕方がないので一々振られる話にこれでもかとそっけない返事を返す。が、そんなものはまるで意味を成していない。さらにほのかのテンションは上がる。このまま放っておけば上がりすぎてぶっ倒れてそのまま機能しなくなるのでは?そうであれば願ったりかなったりだ。・・・・そんなことも考えたが、そうなることはないとわかっているだけに余計に虚しい。
巧に、成す術などなかった。
「ホノカってすごいね」
「とても朝までグロッキーだった者の姿とは思えんな」
ラウラとシャルロットがそれぞれの感想を述べなる。
「けど海でこんなテンション高くなるってのはわかるな。俺も海水浴なんて久しぶりだ」
「遊びにいくのではないぞ一夏。私達はISの訓練に行くのであって・・・」
こっちもこっちで小言が始まった。やれやれと苦笑いをしながらもそれを甘んじて受け入れる一夏。そんな様子を何故かぐぬぬと後ろから眺めるセシリア。なんともカオスな光景が一組のバス内に広がっていた。
「・・・・」
「織斑先生!現実逃避したいあまり顔が女性が絶対しちゃいけないような顔になってますよ!?織斑先生!?織斑先生ぇぇぇぇぇぇ!?」
帰りたい。そう切実に思う巧であった。
IS学園の劣等生 ~第弐拾話:臨海体勢~
花月庵。それが今回宿泊する旅館の名前だ。IS学園の生徒が宿泊するとだけあって警備、備え付けの施設などどれをとっても一級品。気品がありながら、とても和む雰囲気は、温泉旅館ということで和風な感じがそうさせるのだろう。店員も、みな笑顔で接しやすい。
巧の部屋は、案の定ほのかと同室。
「水着も新調しましたし、ここは温泉旅館。健全な女子高に年頃の男子2人がいるにも関わらず、入浴後、旅館内にいる時は何故か制服ではなく浴衣OK・・・グヘ、グヘヘヘへ・・・」
もし神様がこの世にいるなら助けてほしい。切実に。ブルーを通り越してもはや何かの悟りを開く勢いな巧だったが、ほのかが何か思い出したかのように手を叩いてからバッグの中身をあさる。やがて探し当てたタブレット型端末を手に、巧にその画面を見せる。
「見てくださいよコレっ!」
嬉々とした表情で見せてくるその画面には、何やら3Dモデルで再現された黒いISが映っていた。黒いボディに赤いラインがまるで血管のように全体に張り巡らされている。背には可変式の二対の翼型ユニット。全体的にノワールよりも丸く、スマートな造りになっているが指先や面影は所々残っている。装甲や装備が追加された点を除けばそこまで差はない。
「巧さんの専用機です。・・・ここまでかかってしまって、申し訳ありません。これがもっと早く完成していれば・・・」
悔やんでいるようで、その表情はバスの中とは真逆のものだった。唇を噛み、俯き声のトーンも落ち着きがある。それに巧は表情を変えず、頭をかく。
そして。
「別にアンタのせいじゃないさ。むしろ感謝してる」
「え・・・?」
「アンタの整備してくれた
「・・・・ひきょーですよ。そんなこと言われたら・・・」
その先は言わず・・・いや、言えずにその肩にコツンと額をぶつけるだけで終わる。多分、今ものすごく顔が赤いだろう。こんな自分を見せたくないのと、まともに感謝されたことなんてなかっただけにどうしていいかわからない。なんだこの空気は。そう思いながらも、ほのかはこの空気を変える術を知らない。
「・・・さて、海に行くか」
その巧の一言があるまで、ほのかは恥ずかしさに俯くしかなかった。
◇
「そぉんなラブコメもあったりなかったりでビーチ!in私!大海原が私を呼んでいますよォォォォッ!」
どうして此奴はこうも極端なんだとうんざりしながら休憩用のテントにしかれたレジャーシートでうんざりとした顔でその様を見る。
しかし、と巧は思う。今までそこまで興味はなかったが改めて見るとほのかのスタイルは同年代として物凄いものだと思う。グラビアアイドルも真っ青なほど形の整ったハリのある、完璧なバスト。引き締まっているというわけではなく、女性特有の柔らかで、程よい肉付き。胸の主張に負けない見事なラインのお尻。それを見て、巧は言う。
「アンタ、少し太ったか?」
「それ乙女に一番言っちゃいけない言葉ですぅぅぅ・・・」
そして今度はよれよれとへたり込むほのか。そんな彼女をフォローするクラスメート達。批難の目は巧へと注がれた。
「デリカシーなさすぎだよ枢君。女の子はもっと大事に扱わないと!」
「いままでおっぱい魔人とか言ってたけど、今回は流石に味方だよ!」
「待ってください、今さりげなくなんか暴露されたんですけど」
女子たちに励まされつつ、ほのかは立ち上がりその輪の中へと入っていく。やれやれと溜息をついて寝転ぶ巧の隣に、腰掛ける人物が一人。青のビキニタイプのパレオを身にまとったセシリアだ。白く透き通るような肌に青のコントラストが良く似合う。まるで空の青を移したかのような青だが、その表情はどこか曇っていた。
「・・・織斑でも取られたか」
巧の一言にガクンと頭を下げるセシリア。どうやら図星ならしい。
「バスの中でサンオイルを塗ってくださる約束をしたはずですのに・・・後から入ってきた鈴さんに全て持って行かれてしまいましたわ」
不満全開のセシリアを見た後、海ではしゃぐ一夏と鈴を見る。クラスメイト達に混じって遊ぶ二人の姿はとても楽しそうだ。そこに先ほど連れていかれたほのかも合流し一気にカオスとなった。
「アンタも難儀だな。ライバルが多くて」
「そういうタクミは楽ですね、いつも一人で」
「・・・ほっとけ」
そう言ってそっぽを向いて寝転がる。してやったりと勝った気になるセシリアだが、巧の背中を見て表情を変える。
「その傷・・・」
「ん、傷?」
言われて背中を確認しようとするもどうあがいても見えないのでどうしようもない。そんなジレンマを繰り返す巧の背に、セシリアの細い指がそっと触れた。
「・・・くすぐったいんだけど」
「・・・これは、何時つけたものです」
「あー・・・多分、あん時だな。ほら、クラス対抗戦の時」
高出力の荷電粒子砲を真正面から防いだあと、転がってガラスの破片が刺さった時の傷だと巧は言う。
「では、これは?」
次は、右腕の傷。
「これはフランスで―――あ」
口を滑らせてしまった、といった顔をするももう遅い。すかさずセシリアは食いついた。
「やはり何かあったのですね。聞かせてもらいますわよ?」
逃げ場はないと思え。そんな顔で見下ろすセシリア。グヌヌと顔をしかめる巧。それに盛大に溜息をつきながら静かに口を開いた。
「・・・デュノアをあそこから引っ張り出すには、ああする意外に道がなかった。鴻上のおっちゃん的には対話で済むならそれでいいって言ってたけどな。俺が誘拐された時点でもう腹は決めてたらしい」
「誘拐って、貴方そんなことまで!?」
「バッカ声でけぇっての」
慌ててセシリアの口を塞ぐ。少しして落ち着いたのを目で確認し手を離す。
「この件に関しちゃフランス代表も動いてたしな。・・・正直、今回はマジで死ぬかと思った」
死・・・・。そのワードにセシリアはさらに表情を曇らせる。
「・・・ま、こうして今無事にいるわけだし。結果オーライってことで――――」
言いかけて、感じた手の温かさに振り返る。顔を俯かせ、膝を抱えるセシリアからはいつもの勝気な様子は見受けられない。代わりに、弱弱しい声が聞こえた。
「これでも貴方を心配しているんです。もう危ないことはやめてくださいな」
「・・・なるべく、な」
それだけ言って重なっていた手を離す。
「巧さん!ビーチバレー大会やりますよ!」
駆け寄ってきたほのかが自分の隣に座る。まったく此奴は元気だなと思う反面、彼女のこの明るい性格には助けられてきた。
「面倒くさ・・・」
「むぅ、ここまで来てやらないんですか?」
「そもそもアンタとパートナーってのが不安でしかないんだよ」
「酷い言いようですね・・・」
ガックシと肩を落とすほのか。その反対側からは、セシリアが顔を出す。
「なら、わたくしとコンビを組みませんこと?」
「む、オルコットさんも巧さん狙いですか!?織斑さんから鞍替えですか!」
「なッ、ななな何を言うんです貴女は!?」
ワーキャーと言いあう二人。地声のキーが高い上に言い争いをするものだから間に挟まれている巧はたまったものではない。少しは我慢して適当に切り上げて逃げようかとも思ったがそうもできず、さらにヒートアップ。互いに一歩も譲らないその果てに、しびれをきらしたのは巧だった。スッと立ち上がったかと思えば、ほのかの方に向かって手を差し出す。それがかなり意外だったのか、二人だけでなく、それを見ていた周囲の人間でさえも驚きを見せた。
「巧さん・・・?」
「・・・アンタと一緒なら、世界を敵にまわしても無敵なんだろ?だったら、誰と組むかなんて決まりきってる。さっさと行くぞ」
照れくさいのか、そうでないのか。表情は変えず、ただ淡々とそう言って差し出された手。少しの間惚けた後に、その手を握り返す。巧によって引き上げられ、立ち上がるほのか。コートの方へと向かう二人の姿を見送りながら、セシリアは突如感じた胸の痛みに違和感を覚える。今までこんなことは一度もなかった。意中である、織斑一夏でさえこんな気持ちになることはなかった。
「・・・もしかして枢君って、めちゃくちゃかっこいい?」
「コワモテってやつかな?アタシもあんなこと言われてみたい!」
そうやってはしゃぐ女子たちの声すら、苦しい。
「・・・タクミ・・・」
呟いた声は、周囲の喧騒に紛れて消えた。