IS学園の劣等生   作:tubaki7

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第弐拾弐話:訪問者

さざめく波の音に混じって聴こえてくるカモメの鳴き声。鼻から深く吸い込んだ空気を肺へと押し込んだ際に抜けていく潮の香りがまだまどろみの中にいるような感覚の脳を覚醒へと導いていく。一晩経ち、少し落ち着けた思考と心で昨夜のことを整理しよう。

 

  昨晩。セシリア・オルコットは枢 巧に告白した。なんの前触れもなく・・・というわけではなかったが、それでも自分にとっては衝撃的だった。彼女も自分と同じ、一夏の事を想っているものだとばかり認識していたからだ。それだけに衝撃は大きい。

 

 だが。それだけでは説明がつかないものが、昨晩から自分を悩ませ続けている。

 

「何故・・・私は・・・」

 

 こんなにも、胸がざわつくのか。より深く思考の海に浸る。しかしどんなに潜ったところで答えは出てこない。疑問が疑問を呼び、がんじがらめになって身動きが取れなくなる。

 

  携帯のバイブレーダーが鳴ったのは、そんな時だった。

 

 意識を現実へと引き戻された箒は慌てて携帯のディスプレイを見る。そこには、もう何年も顔を合わせていない姉の名前が記されている。意を決するように一呼吸置いてから、通話のボタンをフリックした。

 

「・・・もしもし」

『もすもすひねもす~!。プリティーラブリーみんなのアイドル束さんだおだお!』

「姉さん・・・もう着いたんですか?」

『ほ、箒ちゃんが通話を切らない・・・だと・・・ッ!?』

「生憎と、友人に同じ・・・いや、それ以上に鬱陶しいテンションの持ち主がいるので」

『あ~なるほど。うん、もう直だよ。もうすぐ届けてあげるからねっ!』

 

 それだけ言い、姉である篠ノ之束との通話を終える。急かす気持ちをグッと抑えながらも、箒は踵を返して朝陽が登る水平線に背を向けて歩き出す。一歩一歩、サンダルの隙間から入る砂の冷たささえも噛みしめるかの如く足取りを確かなものにしながら。

 

「これで、漸く私も・・・ッ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 IS学園の劣等生 ~第弐拾弐話:訪問者~

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 IS学園の一学年生の臨海学校は、なにも遊びやレジャーなどのイベントばかりではない。未来ある代表候補生達のみならず、各生徒のスキルアップ。そして企業や国からの試験運用依頼のある武装のテストなど、ISに関することを学園ではなかなかできないようなことをしたりと様々だ。

 

 そして今。一学年を背負って立つ代表候補生+αのメンバーは主任の織斑千冬によって旅館のすぐ近くにある森林地帯に集められていた。横一列になって並ぶ中、落ち着かない巧とセシリア。互いに抱えている物は違うものの、その心中は穏やかではない。そんな二人の異変に一目見て気が付いた千冬だが、関わるのも面倒だと溜息をついて今日のスケジュールを伝えようと口を開き――閉じた。どこからともなく聞こえてくるドドドという擬音。まるで実際に言葉に出されているかのような印象を抱くその音は彼らの頭上から鳴り響いていた。上を見上げれば、文字通り、巨大なニンジンに付いたデフォルメされたようなデザインの兎の顔。それが実際にドドドと言っていたのだ。あまりにも衝撃的な光景に、千冬以外は口を開いて茫然とその光景を見つめる。

 

「・・・ニンジンから逆噴射して・・・」

「着陸した・・・」

「お、おいタクミ。貴様何時ものツッコミはどうした?この状況をなんとかしろ」

「いやボーデヴィッヒさんよ。お前俺の事なんだと思ってんだ」

 

 辛うじてラウラにツッコミを入れる巧。なんとか思考を正常に戻しつつ、目の前の異様を見つめる。しかし今起きている全てを理解しようとしても脳が限界を超えて思考放棄してしまいそうなので、横で頭を抱え、何が起きているのかをわかっていそうな一夏を見る。すると彼からは手を合わせ、口パクで「わるい」と謝罪された。それだけで、この騒動が誰によって引き起こされているのかを察する。一夏の身内。そう聞いて思い浮かぶのは担任である千冬だが、彼女がこんな事をしようものならそれこそ世の終わりである。次に箒。昨日の事もあって個人的にはあまり考えたくないが、少なくともこんなぶっ飛んだことをするような頭の持ち主ではない。

 

 では、誰か。一夏、千冬、箒。この三人を結びつけるのは・・・ただ一人。

 

 着陸したニンジンはエンジンを停止させ、一瞬の静寂の後真っ二つに割れる。そしてその中から現れたのは、ファンシーなフリルのついたワンピースを着て、頭に兎の耳をつけたロングヘア―の女性だった。さながら一人不思議の国アリスだ。そんな強烈なインパクトを与えた彼女こそ、全世界の企業が血眼になって探し回っている稀代の天才科学者。篠ノ之束――ISの生みの親であり、箒のたった一人の姉である。ISの発表以降、〝白騎士事件〟があった後に行方をくらましており、数年ぶりに再会した姉妹。姉は自身が乗ってきたニンジンから飛び出し、熱き抱擁をしようと身を投げ、愛おしい最愛の妹の名を呼びながら腕を広げる。一方、妹は何処からともなく取り出した木刀を構え、自身めがけて飛び込んでくる姉向けて―――振りぬいた。「ぷぎゅ!」となんとも間の抜けた声を出して木の刃を顔面で受け止めた後、無様に地面に倒れる。

 

「篠ノ之・・・おまえ、容赦ないな」

「フン、この人にはこれ位でいいんだ。むしろ足らないとすら思う」

「ち、ちーちゃん並みに容赦ないねほーきちゃん・・・でもおねーちゃんめげない!愛しのマイシスターとハグするまでは!」

 

 木刀で殴られた痕を赤く残した顔面で言われても、と思ったがこれはこれで逞しいと巧は一周まわって冷静になった頭で考える。篠ノ之束。遠巻きに、恨みに近い念さえ抱いていた人物。母が死ぬ原因となった物を作った張本人。その感情が逆恨みで、それを向けられる謂れなどないことはわかっている。だが、そう何かが巧の心をかき立てる。

 

 それを知ってか知らずか。彼女はチラリと巧をほんの一瞬見た後、千冬にも同じことをしようとしてアイアンクローで止められていた。

 

「こ、これがあの篠ノ之束博士・・・?」

「信じられん・・・」

 

 セシリアとラウラが辛うじて言葉を口にする。それもそうだ、稀代の天才科学者なんて異名が付けられてる人物が、こんな脳内お花畑を地で行ってるような人間だとは誰も想像すらしないだろう。しかしそんなラウラの言葉に反応するかのように、束の兎耳がピクンと動いた。瞬間、巧の背を悪寒が走る。それまで此方の事など存在すら感知していないような振る舞いをしていた束が、その言葉に振り返る。先ほどまでのハイテンションとは違い、睨んだ眼は刺すような鋭さを持っている。

 

「そんなことも想像できないような有象無象にが・・・だからお前は中途半端なんだよ」

「っ!」

 

 言われたラウラは瞬間的に湧いた怒りに駆られるが、それも相手の絶対零度が如くの視線に射貫かれ一気に冷え込む。

 

「束、言葉が過ぎる。幾らお前とて、私の生徒を侮辱するようであればそれ相応の報いを受けることになるが?」

「フーン、例えば?」

「貴様のアドレスを全て着信拒否した上抹消する」

「すみませんでしたもういじわるしませんそれだけはかんべんしてください」

 

 再び態度が変わる。それにより解放されたはいいものの、やはりこの人の事がよくわからないと溜息をつく。しかしこの言動を見ていると、ほのかの方がまだマシだと隣に立つパートナーの方へと視線を向ける。目はまるで親の仇を見るように鋭くなり、拳をこれでもかと握りしめてワナワナと震えている。しかしまだ自制心が働いているのだろうか、必死に唇を噛み、飛び出しそうになるのを堪えている。

 

 こんなに怒りを顕にした彼女を、見た事がない。

 

「おい」

 

 巧の声に、ハッとなって我に返るといつものように巧に笑いかけてきた。

 

「大丈夫か?」

「・・・はい。大丈夫です」

 

 深呼吸して、一端は冷静さを取り戻す。

 

「ねーねー、そこのキミ」

 

 呼ばれて、振り返る。ニコニコと笑顔を浮かべる束だが、その笑顔はどこか不気味で・・・・それでいて、愉し気だった。巧を名指しとまではいかないまでも興味を示した束。これには箒と一夏だけでなく、あの千冬ですらも驚きを見せていた。例え肉親であっても、箒以外は名前すら記憶していないほどに他人とみなした者には、一切の興味を示さない束がだ。

 

「折角だからさ、キミのデータも見せて欲しいのだよねぇ。どーしてだい?どーしてキミはISを動かせるのかなァ」

「・・・知るか。というか近い。あと、臭い」

 

 汗と、オイルと、よくわからない薬品の臭いが不快感を煽る。

 

「乙女に臭いとはいい度胸をしているねクソガキ。おまえなんてほーきちゃんと〝紅椿〟にバラバラにされちゃえばいいんだ」

「それが本性か。随分と幼稚じゃねーか。煽り耐性もねえなんて大したことねーな」

 

 バチバチと煽り合いながら火花を散らす束と巧。似た者同士かもしれないと何度ついたかわからない溜息をつく千冬は、強引に二人を引き離した。

 

「話が進まん。・・・で、その〝紅椿〟とやらの性能テストを枢でやろうと言うんだな?」

「察すがちーちゃん!話が早いね」

 

 そう言いつつ、束は何もない空間からホロウィンドウを複数展開する。まるでピアノでも弾くかのように指がコンソールの上を走ると、彼女の後方のニンジンが光り輝き、それが四散すると一機のISが鎮座していた。全身が燃えるような紅でカラーリングされており、これが束の言う〝紅椿〟で間違いないだろう。

 

「ささ、ほーきちゃん。フォーマットとフィッティングすませちゃうから乗って乗って」

 

 急かす束に従い箒は機体に乗り込む。コクピットに背を預ければ、装甲が腕、足、そして背と躰を包むように展開していく。周囲から向けられる視線に居心地の悪さと若干の罪悪感を抱きながらも、箒は束の作業が終了するのを待った。時間にしてものの数分それは終了し、その手際の良さにはさすがは生みの親と言ったところだ。ホロウィンドウを消し、鼻歌混じりで最終確認をする束とそれを受ける箒とは少し離れたところで、巧もほのかと共に〝ノワール〟の調整を行う。

 

「製作中の機体から一部武装を〝ノワール〟にインストールしておきました。詳細は今表示されているもので、後は実際に使ってみての感覚になります。本来であれば、これもシミュレーションを行ってからになるはずですが・・・」

「どっちだっていいさ。どのみち使うことになんのは変わんねーんだろ」

「ですが、それはまだ調整段階でして・・・」

「・・・珍しく弱気だな」

 

 巧の指摘に俯くほのか。流石の彼女も、束の手際に自分の技量を比較してしまっていた。あれほどの情報量をまるでピアノを弾くがごとく捌き、一つのチェックミスもなく機体を最適化。彼女自身、ISの整備技術は高い方だと自負している。うぬぼれでは決してないことは、織斑千冬が証明できる。だからこそ、今まで何度も傷ついた彼の愛機を治してきた。だが、目の前の天才はどうだ。自分なら一日はかかる量。普通の作業者であればそれ以上の物を彼女はサッといとも簡単にやってみせた。これを見せられてショックを受けない技術者がどこに居ようか。

 

  失望されたかもしれない。そんな不安が心に沸いた時、頭に乗せられた温もりに、顔をあげる。

 

「アンタはアンタなりの最良をすればいい。それでダメなら、俺がなんとかする。俺が最良でダメだったら、アンタがなんとかしてくれ。・・・それでお相子ってことでいいか?」

「・・・相変わらず、女心をわかってない以前の問題ですね。もっとマトモなフォローはできないんですか?」

「うっせ」

 

 でも、だからこそ。

 

「・・・まあでも、その方が私達らしいですかね」

「・・・・劣等生だしな」

「私まで一緒にしないでください」

 

 この人の近くだと、安心できる。自信が持てる。そんな気がした。

 

「織斑先生ッ!」

 

 血相を変えた真耶が千冬に携帯を渡す。何事かと全員の視線が一点に集中する中、千冬の表情が険しい物へと変わる。通話を終えると、

 

彼女から模擬戦中止の指示が下った。

 

  米国より入電。当国にて開発、演習を行っていた第三世代型IS、銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)がテスト飛行中にシステム異常を発生。

 

パイロット、意識不明。―――殲滅任務をプログラミングされたまま、暴走を開始。

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