悲鳴と怒号が飛び交うアリーナ。遮断シールドが張り巡らされ、警備システムがレベル3の難度を告げる警告音と表示を出す。一瞬にして物々しい空気に支配された第三アリーナは既に混乱を極めている。
突如として現れた謎の全身真っ黒のIS。その身が全身装甲で覆われており、さながらどこぞのSF映画に出てくるロボットのようにも見える。アリーナ中央にシールドを突き破って侵入してきたソレは乱入するやいなやその巨大な腕部からビームを乱射。その姿はまるで「ここから出て行け」と言わんばかりの行動だった。俺達のいる管制室はモニターもつながらず、ましてや扉のハッチさえ開かない。外部との通信も遮断され完全に孤立していた。
「応答しろ、おい!――――くそ、繋がらん…!」
日本政府には警備システムが応援要請を出しているというがそれも頼りない。教職員の鎮圧部隊が準備を進めているというがそれが間に合うという保証もない。完全に八方塞がりな上に織斑と凰は依然としてアリーナの中。おそらく機体のエネルギーもそう多くは残されていない筈。ISを纏っている間はどうにかなるだろうが、それがなくなった時のことを考えると・・・・。
自然と握りしめた拳に汗がにじむ。何か…何か打開策は…――――
「…あ、え?」
すると、突然オルコットがキョロキョロとあたりを見回しだした。救援を申し出た彼女だったが織斑先生の論破により立ち尽くしていたようだったが…
「どうした?」
「篠ノ之さんの姿が先ほどから見えないんです…っ」
言われてみれば、と俺と同居人もあたりを見回す。確かにさっきまで一緒にいた篠ノ之の姿がどこにも見当たらない。まさか・・・・
「・・・・巧さん、もしかしたら」
…あぁ、もしかしなくてもその通りだッ!
見つけたのは、僅かに開いた管制室の扉。ギリギリ人が通り抜けられる程の僅かな隙間だが、確かに開いていた。そしてかろうじて繋がっているアリーナから聞こえてくる回線の音声。時々危なっかしく聞こえてくる織斑と凰の声とくれば、もう彼女がどこに消えたのかも察しが付く。
――――あのバカッ!
俺は管制室を跳びだす。このままじゃ、篠ノ之が危険かもしれないと感じたからだ。
「巧さん!」
走り出した俺に同居人が声を投げる。振り向くと、放られた黒いモノ。
「修理とシステム更新、それから鴻上会長から届いた新武装の実装も完了してます!後は…頼みましたよ」
頷いて返し、渡されたリヴァイブ・ノワールを首から下げる。と、そこへ同居人を押しのけてオルコットが顔を出した。
「あ、ちょ、オルコットさん!?」
山田先生の声を最後に扉が閉まり、ロックされたような電子音が鳴る。
「…アンタ、無茶するにも限度があるだろ?」
「それを言うなら貴方もです。タクミ一人に任せていては心許なさすぎますもの。それに、万が一篠ノ之さんの身に何かあれば悲しむのは一夏さんです。わたくしはそれが見たくないだけですわ」
「素直な言い訳で結構。俺は向こうを探す。オルコットはあっちを頼む」
「えぇ。タクミも気を付けて」
そう言って駆けていくオルコットを少し見送る。・・・・こりゃ後で二人そろって説教確定だな。そう溜息をついてから俺は改めて走り出した。
◇
IS学園の劣等生 ~第七話 実戦~
◇
「クソッ!」
アリーナの観客席に出て一言そう嘆いた。ここにもいない。いったい何度目だと毒づいてからノワールのコアネットワークを利用してオルコットのブルーティアーズに通信を繋ぐ。この遮断シールドがあるおかげで向こう側にいる織斑達とは会話することまでは叶わないが内側にいる俺達なら会話が可能だ。
「そっちはどうだ!?」
『ダメです、こちらも見当たりま――――、タクミ、あそこ!』
オルコットが自分の見えているハイパーセンサ越しの映像を送ってくる。そこに映し出されていたのは――――
『一夏ァ!男なら・・・・男なら、その程度の敵に勝てずになんとする!』
西側の実況席からかろうじて生きていた回線を通じて篠ノ之がそう檄を飛ばした。だが、それは織斑を励ますと同時に最も恐れていた結果への引き金をも引いてしまう。
二人は確実に何かをやろうとしていた。おそらく、それはこの状況に対して最も有効な一手だ。織斑と何度か組んで模擬戦をした俺にはわかる。こういう時、アイツは何かをやってのける男だ。そして今回も、それを自分なりに思いついて実行に移したんだろう。気の強い凰の心を動かしてまで。
だが、今それが崩れ去った。他ならぬ、幼馴染の行動によって。
今まで停止していた黒い機体が動き出す、巨腕をゆらりとあげてしっかりと狙いを定める。備わった高出力のエネルギー砲に収束していく光、それが放たれる射線上には――――篠ノ之のいる実況席。
『篠ノ之さんッ!』
オルコットの叫びが最後に響いて、それは無情にも放たれた。
side:out
side:箒
冷たく輝く、でも綺麗な光。集めている主は不気味なまでの外見なのに、そのオレンジ色の光だけはやたら綺麗に見えた。それが、自分に死をもたらすものだと理解するのにそう時間は有さなかった。
私はただ、迷っている一夏の背中を押したかった。何かを躊躇っているアイツを、見ていられなかった。最初に管制室を飛び出して見えたのは戦いながら何かをこまねいている一夏のそんな姿だったからだ。
私には、―専用のIS-(ちから)がない。だから、私にできることはごく僅か、ないといって言い。でも、見ていられなかった。今あそこで、命を懸けて戦っているアイツにせめて言葉だけでも届けたくて。そう思ったら、いつの間にか躰が動いていた。
でも、それはきっと間違いで。それに気が付いた時にはもう遅かった。
光が、私に向かって放たれた。それを見た時、世界がゆっくりに感じた。死の間際に走馬灯が走るというが、これのことなんだろうかと死に際だというのにそんな呑気なことを考えてしまう。
遠目で、一夏が私を見ているのがなんとなくわかった。驚愕し、青ざめた顔だ。開いたり閉じたりしている口は・・・・私の名前を呼んでいるのだろうか?だとしたらそれは――――
(ほんの少しだけ、嬉しいな・・・・)
好きな人に名前を呼んでもらえる。それだけで、恐怖が和らいだ。
「バカ野郎ォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
(ッ!?)
その声は、一夏のものではなく。当然、凰のものでもない。では、いったい誰か。
それは、目の前に突如現れた黒い鎧を纏った男のものだった。
「グッ…ンの、クソッタレがァァァァァァァッ!!!!!!」
掲げた腕、そこに備わっている楯のようなものでビームを防ぎ、弾いた。が、その反動でこちらに吹っ飛んできて私を巻き込んで転がる。ごろごろと数回転がり、ガラスなどの破片がパラパラと落ちてきたが、聞こえるのは音だけで私にはなんの感触もなかった。凄まじい光景に思わず瞑っていた目を開くと、覆いかぶさるようにして倒れている先ほどの男――――枢 巧目に映った。背中にはいくつものガラス片が刺さっており、ビームをはじいたであろう楯はボロボロ、顔も煤(すす)で黒く汚れている。それに、よく見れば火傷らしき箇所も。
それほど、あの光が高威力だったということだ。あたりに飛び散る瓦礫やガラスがそれを物語っている。
「あ…え、と、枢…?」
恐る恐る、絞り出すかのような私の声にピクリと反応を示した。どうやら、生きてはいるようだ。
「こンの、アホ!アンタは自殺志願者かなんかか!?あんなことしたらこうなることくらいわかるだろ、この馬鹿!」
「な、ば、馬鹿とはなんだ!」
「テメぇのことだ牛乳女!惚れた男を励ましてやるダァ!?それで自分が死んだら世話ネェってんだよ!」
一気にまくしたてるように喋る枢。その瞳には、明らかに怒りで燃えていた。
「アンタ、今まで織斑の何を見てきた!?この数日間の間、アンタは彼奴から何を感じた!?織斑ならやってのける、そう信じてたのは他の誰でもないアンタだろ!それを、こんな事で裏切ってんじゃねェ!」
そう、ひとしきり怒鳴り終えると枢はうまく動かないであろう躰を動かして窓際に立つ。破片が刺さった個所からポタポタと血を流しながら。
「か、枢・・・・私は・・・・」
何が言えるだろう。このごにおよんで、まだ一夏の為と言い訳するか?私のやったことが、こんな事態を招いたというのに。助けてくれた彼の背に返す言葉が見つからずに下を向いてしまう。
「・・・・篠ノ之」
名前を呼ばれた。背中だから顔はわからないが、おそらく・・・・怒っている。
でも、
「…今度は、信じて待て。だからアンタの気持ちは、俺が絶対に叶えてやる」
「枢・・・・、一夏を、頼む」
side:out
side:巧
一夏を頼む、か。ああは言ったものの、やっぱり羨ましいとは思うよな…。だからこそ――――
「善処する」
気に食わないから、そんな返事を返したんだ。
「枢!箒は、箒は――――」
「落ち着けっての。彼奴なら怪我してないし、ちゃんと生きてる」
よかったと心から安堵の溜息をこぼす。もしものことを考えたら・・・・そんなこと、俺でも想像したくない。
「ちょっとちょっと、アンタ大丈夫なの!?さがった方がいいんじゃ――――」
「二人でどうにかなりそうなもんなら、三人でならやれる。確実にな」
「は?何言ってんのよ。そんな躰でISの操縦なんてできっこないでしょうに」
「無理を通せば道理が引っ込む、ってことわざが日本にはあるんだよ。今はそれが通用するケース。んで、あのデカ物をブッ倒す方法があるんだが?」
無理をするなと言う凰を強引に制して二人に思いついたことを説明する。どうやらそれは先ほど織斑も実行しようとしていたことと同じようで、二人はスムーズに納得してくれた。
だが、そこでまた凰の反対意見が出てくる。
「アンタが囮って、そんなの許可できるわけないでしょ!?アンタ今自分がどんな状態かわかって言ってんの!?」
「あぁ」
「じゃぁなんで――――」
「じゃぁ聞くが、ほかに方法あんのか?」
「それは・・・・」
「アンタの機体、甲龍の最大の武器である衝撃砲はたしかに便利で好カードだ。でもそのエネルギー残量じゃ多く見積もっても三発分が限度ってとこだろ。そんなんで織斑が決めるまでの時間稼ぎ、できんのか?」
「うぅ…」と口どもる凰。言いたいことは納得できるが、今はこの配分がもっとも適任なんだ。わかってくれ。
「…わ、わかったわ。その代わり、途中でバテたりしたらハッ倒すからね!?」
けが人相手にハッ倒す、か。なんともらしいがバイオレンスすぎんだろその文句。
「…枢」
「ん?」
「…ありがとう」
「…礼するよりもやるべきことがあんだろ」
短く返してきた織斑が配置につくのを確認して銃を手に展開する。オルコットとの対戦以降、ずいぶんと練習してなんとか形になりつつあるが、それも心もとない。こんなことならもっとやっとくんだったと嘆くが、今はどうでもいいことだ。
やれることは全部やる。出し惜しみはなしだ。なんたってこれは、命を懸けた本物の実戦なんだから。
だからこそ、
「さぁ、デカ物。踊ってもらうぜ?俺と、ワルツをな」
数少ない友人と呼べる少女のセリフを借りて、そう自分を奮い立たせた。