「ほんと、イイオトコよねぇ」
「誰? レオンくん?」
「そうそう」
「異例の
「しかも隊長だって」
「なんでも特殊工作班からの出向らしいわよ」
「なにそれ恰好いいじゃない。うちの旦那も見習ってくれないかしら」
「やっぱり頑張る若い子って」
「「「良いわねえ~」」」
曲がり角の手前にいる、黒く短く切った髪、蒼い目、すらっとした細身の少年——もとい、レオナルド・ラインハルト少佐は頭を抱えていた。
……進みづらい。
というかこのままUターンで部屋に戻りたい。報告と提出がなければすぐにでもそうするのだが、生憎、管制室に至る道はここだけだ。
意を決して歩を進める。途端におばさ——お姉様方が一斉に振り返った。
「あらレオン君、丁度いいわね」
「任務帰り?」
「体に気をつけなくちゃダメよぉ」
引きつりそうになる顔を特大の笑顔で上書きして応対するレオン。
「お気遣いありがとうございます。おかげさまで体調も上々ですよ」
「あら、お世辞がうまいわねえ」
「いえいえ、お世辞なんかじゃ。今後ともよろしくお願い致します」
では任務後の報告に行ってまいります、と笑顔のままくるりと背を向け、うっすらと頬が上気した三人の事務方ご婦人と距離を取る。自分至上最速で
やがて彼女らも興味を失ったようで、話題が移り変わった。
「そういえば、2つ隣の基地で捕虜になってきた人が戻ってきたらしいわ」
「あら、よかったじゃない。というかよく戻れたわね、何されるかわかったもんじゃない」
「本当よねえ」
そこで、一人が声を一段と低くして囁く。
「なんでもその人、スパイに成り下がってたらしくて」
「あらぁ」
「本当?」
素っ頓狂に叫ぶ残りの二人。
「だからいま司令部の処分待ちだそうよ。全く、えげつないことするわよね敵も」
「本当にねぇ。血も涙もないのかしら」
……初耳だ。どこから仕入れるんだその情報。ことゴシップに関しては軍用情報網より早く伝わっている気がする。
ほどよく離れたタイミングでレオンはふっと真顔に戻り、天井を見上げてやれやれとため息をつく。
なんともやりづらい。最初のうちは年若い少年の面倒を見る母親のような雰囲気だったのが、最近変わってきていて気が気でない。レオンはまだ若干23歳、まだ年若き女性が好みだ。
とはいえ冷たくあしらう勇気はない。そうすればどうなるか、自分の上官が身をもって示してくれている。
そんなことをぐだぐだと考えていると、思いのほか早く目的地に着いた。鈍色に光るスライドドアが音もなく開く。
レオンに気づいた男が書類から顔を上げた。
「戻ったか、レオナルド少佐」
第六管制室。無機質な緑の、金属質な壁。床はフローリング、その上に無造作に置かれたデスクとチェア。戦況、データが目まぐるしく表示されては消えている6枚のモニターが室内を白く照らしている。
そこに座るのはクヌート・ランプレヒト大佐。レオンの直属の上司にして、お局のお姉さまから大顰蹙を買っている男だ。
「? 任務疲れか。浮かない顔だが」
「それもあります。で先ほど廊下で
「あぁ」
納得したように頷くクヌート。
「放っておけ。面倒だろう」
「大佐のシワ寄せが俺に来てるんですが」
「知らん」
レオンはがっくりと肩を落とす。
前の標的はこのクヌート大佐だったようだが、そのあまりの塩加減に気を悪くしたらしい。
できるならあの人たちは無視したい。が、同じくらい無用な争いは避けたい。この上官はどうもその辺に疎いらしく、その尻ぬぐいはレオンがしなければならないのだった。。
切り替えて姿勢を正し、声を張り上げる。
「報告します。合計三機の敵機は全滅。生体スキャンにて付近の敵パイロットの死亡を確認。情報ストレージは解析班へ回しております」
「クラウスは」
「現在医務室にて治療中です。救護当時から意識低下なし、バイタルも安定していました。しかしクラッシュ症候群の可能性もあるため現在血液検査中ということです」
「そうか、生きて帰ってきたか」
あまり顔には出ないが、満足そうに寄りかかっているのを見ると、かなり気を揉んでいたのがわかる。
「そしてこちらが、回収した『源泉』のコアです」
管財科からかっぱらってきたアタッシュケースの中にある、直径15センチ、高さ40センチ程度の円筒形の物体。
「機体のデータ消去も終わっております」
「……よくやってくれた。これで上層部もとやかく言わないだろう。感謝する」
クヌートはケースを閉めて、後ろの備え付け金庫にしまった。
「報告は以上です。失礼いたします」
「待て」
くるりと踵を返そうとした矢先、先刻より少し低い声で呼び止められた。
「君はまだ、豚共の弔いをしているのか」
ぴたりと動きを止める。
「……していませんよ。生憎
「とぼけるな。敵のタグを回収する悪趣味のことだ、『虐殺者』殿」
「弔いとは限らないでしょう」
「ほかにどんなの意味があるのか教えてみろ。噂の通り勲章の代わりか?」
「そういうことになっていますね」
「とぼけるなと言っている」
レオンは軽くため息をついた。
『虐殺者』。
賞金首としてのレオンの通り名だ。討てば大いに戦力減衰につながる人間や要職に就く人間を殺害または拘束し、証拠とともに上層部へ送り付けると賞金がもらえることがある。それを目当てに戦場に
レオンは強い。小隊長として、彼が赴く戦場で敵を生きて返すことはなかった。二つ名がささやかれることは軍人として名誉ではあるのだが。
「もっとこう、格好いいコードネームであれば良かったのですが」
「話を逸らすんじゃない」
「そんなに目くじらを立てないでも。弔ったっていいじゃないですか」
クヌートが鼻を鳴らした。
「敵に情けなどかけるな。帝国軍に弱い軍人はいらんのだ」
「……考えておきます」
「それと。この後時間があるなら仕事を頼む」
「既に一時休暇中ではないのですか」
任務完了後はほんの数時間単位だが休暇が与えらえれる。体を休めろ、という意味合いだそうだ。
なのだが。
「そう固いことを言うな」
「雑……」
「大した仕事じゃない」
口をへの字にした、明らかに不満そうなレオンを見てクヌートはため息をつく。
「これでもかなり緩くしているつもりなのだがな。以前の上官にこれほど軽口は叩けたか?」
「いえ、軍規に忠実な方でしたので」
「ならばこの程度の理不尽には目をつぶりたまえ」
「自覚はお持ちなのですね」
無視して数枚の紙をレオンに手渡す。
「お前があらかじめ提出したB06の報告書の複写だ。今後の撃墜軽減のため、装甲の調整は必須だろう。この書類を渡すときにここにない部分を工員に説明してやれ。きっと役に立つ」
「データ転送だけでは足りませんか?」
「まだ言うか。機密事項は手渡しが一番確実なんだ。それに」
椅子からレオンを見上げる。
「上層部へ私の口利きが欲しいのだろう?」
「……」
痛いところを突かれた。
「ならばある程度、媚は売っておくものだぞ」
「……肝に銘じておきます」
レオンはしぶしぶ書類を受け取り、失礼します、と今度こそ踵を返して管制室を後にした。