Blank Cartilage   作:海祇マリネ

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射出

 試験部隊『霧』。

 最新兵器「セフォノード」の実験部隊である。

 セフォノードはその動力の一切を搭載した小型の『源泉』によって賄っている。これまでの燃料問題の一切を解決しうる、まさに画期的な兵器だ。これを実践投入して、どれほどのものかデータを取るのがこの部隊の主な任務だった。敵機からの情報収集はそのついでだ。

 

 当初上層部は揉めに揉めたらしい。「最大のカードである『源泉』をみすみす相手に奪われたらどうするのだ」という反対意見が根強かったのだとか。

 賛成派は、反対派に対して条件を提示した。

 

『部隊が会敵した場合、すべて排除する』

『万一撃墜された場合、部隊が責任をもって全システムデータの削除および源泉コアの回収を行う』

 これによって合意がなされ、『霧』が編成された。

 

 事情を知らないほかの軍人は、『霧』の成した結果だけを見る。

 完膚なきまでに敵を叩き潰す『霧』。敵にその姿を見て生きて帰った人間はいない。

 いつしか味方もその容赦のなさを恐れ、こう呼んだ。

 『虐殺者』と。

 

「だからって俺の通り名まで『虐殺者』にしなくたってなあ」

 

 レオンは独り言ちた。

 セフォノードは、その動きのアクロバティックさ故に操縦できる者がかなり限られる。空軍の中でも群を抜いてセフォノードの勘をつかむのが早く、敵の情報奪取に覚えのあるレオンが『霧』の隊長に任命された。

 

 そして、『霧』のもう一つの名が、トップであるレオンの二つ名となるのにそう時間はかからなかった。こんな血で血を洗っているような通り名は願い下げなのだが。

 洗面所で見たあの顔をふとした時にしているんだろうか、だとしたらそれが原因なんじゃないか、さっきアンドレアスにも言われたしと仮説を立て、むにむにと自分の顔を揉んでみる。そんなことをしつつも足を緩めず走っていると工廠に着いた。すぐに下に降り、セフォノードの安置された機密区画へと向かう。

 

 昨日も見た大きな鉄扉。認証を済ませて中に入る。他の七人の隊員はすでに到着していた。レオンを見るなり一列に並び、踵をそろえて乱れなく敬礼をする。アンドレアスもその中にいる。

 レオンは彼らに相対するように並び、敬礼を返す。

 

「休め!」

 

 つい一時間前までのおおらかな雰囲気やのんびりした声音は見る影もない。軍人、そして「虐殺者」の代名詞がそこにいた。

 戦地に赴くときに甘えは必要ない。少しのミスで人が死ぬこの場所で、上官であるレオンは部下の命に責任を持たなければならない。ここにいる全員は軍人。その命運を軍と帝国に預けている人間だ。

 成功以外は許されない。

 

「命令の通り、我々は敵偵察部隊の殲滅を行う。いつもの任務だ。作戦の伝達および指示は各機内で行われる。前回は危うく一人、帰れない可能性があった。各員、気を引き締めるように。質問のある者は?」

 

 誰も動かない。

 

「よろしい。総員配置につけ!」

 

 バッ!と全員が敬礼をしたのち、走ってそれぞれの機体に向かっていく。ほぼすべての機体がコックピットのハッチが開いている中で、唯一B06のあった場所だけ機体がぽっかりと欠けている。現実を何度も突き付けられているようで、たまらず目を背けた。

 レオンも準備を進める。事前に武器科が用意した実弾入りのマガジン2つをポーチに入れようとして気づく。

 ポーチに訓練用マガジンが残っている。

 しかも2個の空包入りだ。このまま預けると後でお叱りが来ないとも限らない。しぶしぶ空砲を取り出してポケットにしまった。空になったマガジンと交換するようにずっしりと重い実弾入りマガジンをポーチに入れる。

 側面に「B01」と黒いゴシック体で書かれた機体へと走る。「B01」の文字の真横には帝国の紋章——神からの恩恵である聖書を背後に、皇帝の権威を表す天使の羽が生えた杓、それを精巧な幾何学模様で構成された枠で覆った図案——が描かれている

 レオンはコックピットに乗り込み、固定ベルトを装着する。情報伝達用のゴーグル付きヘッドセットも頭に着けてから軽く片手をあげ、ハッチを占めるように工員へ促した。

 モーター音とともにゆっくりとハッチが閉まっていき、やがてコックピットが真っ暗になる。若干残る酸化した自分の汗の匂いに辟易とした。天蓋のロックが音を立てて閉まる。

 目を閉じ、軽く深呼吸をしてから口を開く。

 

「システムスタート。第三師団指令部直轄小隊『霧』、小隊長レオナルド・ラインハルト少佐」

 

『声紋の照合を開始……成功。虹彩及び全身の静脈の照合を開始……成功。本人と同定。システムを起動します』

 

 流れるシステムアナウンス。同時にコックピット一面に張り巡らされたディスプレイが淡い青色に光り、すぐに大量の文字が下から上へとすさまじい速度でスクロールされていく。システムに異常があるかどうかを自動でチェックしているのだ。

 

『全項目のチェック完了。異常は検出されませんでした。外部カメラ及び各計器のリアルタイム状況、各機の状況を表示します』

 

 画面が切り替わり、外部の映像が映し出される。暗い中をルードが走り回っているのが見えた。調整で大変なのだろうか。その画面の下にはエンジンの稼働状況と残弾数、外部の気温や気圧、装甲の温度など各種数値が表示された別のモニターがある。

 横には各機のシステム及び機体の状況が示されていた。B03とB07がシステムの起動にやや時間がかかっているようだ。

 やがてその二つのアイコンも、準備完了を示す緑に点灯。

 

「B01より本部へ。全機の出動準備完了。作戦の開示を求む」

 

『本部より各機へ。今回の敵は奥に布陣している連合軍臨時哨戒基地からの斥候部隊と推測される。普段通りの任務内容になると予想しているが、今回は連合側の空挺部隊だけでなく、装甲車などの地上部隊が同時に進軍している。目的は不明だ。十分に注意するように。』

 

 そのあとも説明が続く。画面に投影された資料を読んだ。戦闘機8機、装甲車2台、大型輸送車2台、布陣、進軍速度……

 

『今回も敵布陣を突破し、混乱したタイミングで包囲、殲滅を実行する』

 

 画面に表示された地図。その上には敵機を示す赤いブリップと自軍を示す青いブリップの2種類。レオンたちのブリップが中央の敵機を突破、後ろに回る機体と前方の機体で挟撃し殲滅後、体地上へ機銃掃射……という流れが示された。

 

『また、可能な限り敵機から記憶媒体を奪取もしくはスキャンを実行するように。いいな少佐?』

 

「了解。殲滅後ただちに実行します」

 

『では諸君、健闘を祈る』

 

 無線が切れた。

 

「全機、射出用意」

 

 レオンのアナウンスを皮切りに、すべての機体が斜めに持ち上げられた。地上への射出口と機体の下についた射出用ガイドレールが連結する。

 

 再度目を閉じ、深呼吸した。今から俺は死地へ赴くのだと。その覚悟を再確認する。

 

「作戦、開始」

 

 途端、すさまじい重力がレオンの体を座席に押し付けた。暗い射出トンネルの中を凄まじいスピードで駆け抜ける。

 

 いきなり画面が白くなった。少し遅れて補正がかかり、地上の様子がモニターに映し出される。

 殺風景な街。かつて産出量が帝国でも一、二を争うほどの油田都市として栄えたここ、ファーティル市は、源泉の登場によってその役目を終えた。前線付近ということもあり、今や帝国軍の基地以外に人はおらず廃墟が立ち並んでいる。

 

 画面に敵機の方向を示す赤いブリップが表示された。

 

「B01より各員。高機動A-3陣形を取れ。完了次第出力四〇%で進軍を開始する」

 

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