遠野志貴と対吸血鬼用折檻   作:Nnectar

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第1話

「ふぅ、これで全部かな?」

 

最後の死者の線にナイフを通し、停止させる。 親元の吸血鬼は既に滅ぼした。 今しているのはその後片付けのようなもの。 それも、もう終わろうとしているが。

 

低階級の吸血鬼たちのねぐらとなっていた地下駐車場から地上へと上がる。 外はまだ暗い。 時計を確認すると、午前の一時を回ったところだった。

 

「あ! 志貴くんだー! こんなところで何してるの?」

 

突然、背後から声がかかる。 警戒は無い。 知り合いの声だったからだ。

 

「レイシアさん。そういえばこの辺に住んでましたっけ。でも、女性がこんな夜中に出歩くのは不用心ですよ」

 

彼女の名前はレイシア。この街で起きた吸血鬼騒動に巻き込まれた一般女性だ。墓地で彼女を助けて以来、何かと気をかけてくれている。

 

「志貴くんってばやっさしー! 私のこと心配してくれてるの?」

 

「いえ……まあ、そうですけど」

 

日本とは違い、この国の夜は何かと治安が悪い。 女性ならば尚更だ。

 

「レイシアさんは美人なんですから、ただでさえ目立つんです。 きちんと自分で危機管理してもらわないと。 次に何かあっても助けれるとは限りませんからね」

 

「え!?び、美人かぁ……。あ、あはは、そうだね。気をつけないとね」

 

レイシアは恥ずかしそうに、だが嬉しそうに頬を指で掻く。

 

「そうです。美人だから気をつけてください」

 

もう一度念を押しておく。その町に潜む死者たちを掃討し終われば、シエル先輩と次の吸血鬼を倒しに行かなくてはならない。余計なお世話かもしれないが、言っておくに越したことはないだろう。

 

「そ、そういえば志貴くん。この街にいつまでいるの?」

 

「そうですね……あと数日はいると思います」

 

「やったぁ! じゃあさ、明日買い物に付き合ってよ。買いたいものがあるんだー」

 

夜は死者狩りをしなければならない。そして、シエル先輩は法王庁に今回の一件を報告しに行っている。つまりこの街にいるのは俺一人で、昼間は暇なのだ。断る理由は無いだろう。

 

「良いですよ。あんまり重いもの持たせないでくださいね」

 

「それは約束できないかなぁ〜。じゃあ明日の10時、駅前に集合ね!」

 

ばいばーい、と手を振ってマンションへと帰っていくレイシアを見送る。さて、明日に予定ができた事だし今日は早めに寝よう。

 

「ん……?なんだ?」

 

ちくりと肌を刺す感覚。誰かに見られているような……?そして今とんでもない間違いをおかしてしまったような……。

 

背中にじわりと冷や汗が滲む。頭を振って悪いイメージを振り払う。こういう予感は大抵当たらない。それに、俺がレイシアと出歩いたところで被害を被る人は誰もいない。むしろ、断ったとしたらレイシアを悲しませてしまうかもしれない。

 

「よし!帰るか!」

 

わざと声を張り上げて自分に喝を入れる。ここのところ一人で死者を殺して回っていたから、ネガティブな気持ちになってしまったのだろう。寝れば解決する、そう信じてホテルへと帰宅する。

 

────────────

 

「お……おも、い……」

 

「ごめんねー、志貴くん。ちょっと張り切り過ぎちゃった」

 

両手にはそれぞれ五つの紙袋、どれも商品がぱんぱんに入っている。化粧品やぬいぐるみ、何をモチーフにしたのかてんでわからない珍妙な置物まで。腕を引きちぎられそうになりながらも、レイシアの軽快な足取りに気合いでついて行く。

 

さすがにこれ以上買うものは無いのか、エスカレーターに乗って一階へと下りる。かなり大規模なデパートだから、出口まで歩くのも一苦労だ。けれど、レイシアと話すのは楽しく、時間はあっという間に過ぎていった。

 

「あ、タクシー!」

 

タクシーを呼び止め、後部座席に荷物を押し込む。おい、座席が見えないぞ。改めて認識するととんでもない量の買い物だな……。

 

「それでね、志貴くん。これ、あげる」

 

「これって……ネックレス?」

 

「うん。せっかくだしアクセサリーを送りたいなって!ハンカチと迷ったんだけど、男の人ってあんまりハンカチとか使わないじゃない? だから、ネックレス。大事に使ってくれると嬉しいな」

 

金色のネックレス。これも今日デパートで買ったものだ。そうか、俺へのプレゼント購入も兼ねていたのか、と今更ながら気がついた。思い返せば、この筆を買う時だけ俺への質問がやたら多かった。「どの色が好き?」だとか、「こっちの方がいいかな?」とか。

 

「うん。ありがとう。大切にするよ」

 

もらったネックレスを首にかける。似合っているかは分からないが、大切に使おう。

 

「あははは。なんか恥ずかしいね。それじゃ、私帰るね。ばいばーい」

 

レイシアは逃げるように助手席へと車へ乗り込むと、そのまま帰ってしまった。時刻は既に18時。歩き疲れてくたくただ。ベッドに早く横になりたい。

 

 

ポーン♪

 

エレベーターの扉が開く。俺たちが借りている部屋がある7階だ。

708号室。カードキーを差し込み、部屋のロックを解除する。さぁ、念願のベッドとのご対面だ────

 

「おかえりなさい。遠野くん」

 

「あ、え?シエル、先輩?」

 

そこに居たのは我が愛しき先輩だった。菩薩のような微笑みとともに、修道服を纏っている。なんで俺の部屋に?という疑問はあるが、ともかく会えたことは嬉しい。

 

「シエル先輩もおかえりなさい。それにしても、早かったですね」

 

「早かったら、遠野くんには何か不都合があるのですか?」

 

うん?何だか言葉に刺があるぞ?

 

「そんな訳ないじゃないですか!俺はシエル先輩に一秒でも早く会いたかったですよ!」

 

「そうですか。ちなみに、私がいつ帰ってきたのか知ってますか?」

 

「え……?今日、じゃないんですか?」

 

だって昨日はホテルにいなかった。

 

「残念、不正解です遠野くん。正解は昨日、ですよ」

 

教え子を優しく諭すかのように、人差し指を立てて教えてくれる。あぁ、なんて可愛い先輩なんだろう。

 

「なんだ、それなら昨日のうちに会いたかったです。なんで会いに来てくれなかったんですか?」

 

「いえ、私はいない方が良いかと思いまして。男女二人でデート、ですか?羨ましいです」

 

「あ……」

 

ご機嫌斜めな理由がようやく分かった。レイシアと買い物に行ったことをシエル先輩は気に食わないでいるのだ。

 

「あ、とは何ですか?集合は10時、今は18時ですから8時間程ですか。疲れているでしょう?こっちに来てください。マッサージしてあげます」

 

「い、いや大丈──」

 

「はい?」

 

「あ、ありがたく受けさせてもらいます。先輩のマッサージ」

 

まずいまずいまずい!何がまずいかって、先輩の目が笑ってない。いつも俺をからかう時はいじわるな目つきをするが、今の先輩の目は深淵。何を考えているのか全く読めない。

 

「さぁ、ベッドに横になってください」

 

「はい」

 

「遠野くんは新訳天使文か、第三福音どちらがいいですか?」

 

どちらも吸血鬼退治によく使われるものだ。嫌な予感がする。

 

「えっと、どう違うんでしょうか、それ」

 

「うーん。脳みそをノコギリでズタズタにされるか、内臓を酸でドロドロにされるか、といった違いでしょうか。あ!悪魔祓いも良いかも知れませんね。浮気野郎なんて悪魔のようなものですし!」

 

うつ伏せに寝転んでいるから先輩の様子は分からない。だが、背後で響くガチャンガチャンという金属音だけは、俺の未来が明るくないことを雄弁に語っていた。

 

「レイシアとはそんなんじゃありません!」

 

「レイシア?どなたですか?」

 

尾行してたんでしょ?知ってるでしょ!、という言葉を喉の奥で飲み込む。ここで先輩に逆らうこと、すなわち死だ。

 

「えっと、今日俺がデートしていた女の子の名前です」

 

「えぇぇぇ!遠野くんデートしてたんですか?私が、法王庁にめんどくさい手続きをしに行って、遠野くんに早く会いたいなーって爆速で帰ってきたのに、遠野くんは他の女の子とデートですか!?」

 

「先にデートって単語を出したのは先輩じゃないですか!」

 

「はぁぁぁ!?私は遠野くんがデートしたなんて一言も言ってませんけど!?墓穴を掘りましたね遠野くん!この浮気者!!」

 

ガチャリ、と何かが背中に当てられる。銃か、黒鍵か、多分もっと恐ろしいものだろう。

 

「だから、レイシアとはそんなんじゃありませんってば!」

 

「へぇ!夜な夜な二人で密会して、遊ぶ約束を取り付けて、なにが『そんなんじゃない』ですか!そんなんでしょう!完全に!」

 

今の先輩は冷静じゃない、とりあえず距離をとろう。少なくともこんな状況じゃ、お互い話し合いにはならない。

 

手足に力をこめる……が、動かない。なんでだ?疲れているとは言っても、指一本動かせないほどじゃないはずだ。

 

「……今、逃げようとしましたか?」

 

底冷えするような先輩の声。絶対零度すらまだ暖かく感じるだろう。

 

「無駄ですよ。この部屋には昨日から入念に対吸血鬼用の拘束術式を張ってあるので」

 

さすがは先輩。計画性の塊だ。惚れ直しちゃうね!出来ればその優秀さを俺には向けないで欲しかったかな!

 

「ほんとに違うんです。レイシアさんは本当に良い人で────」

 

ガギンッ!

 

なんだかギアが一段階上がった気がする。もちろん、俺にとって良くない方向に。

 

「すみません!突然音を立ててしまって。ちょっと断罪死の威力を上げなくちゃいけなくて……。どうぞ、続けてください。最期の懺悔のつもりで」

 

ごくりと硬い唾を飲み込む。もはや先輩の言葉に感情は宿っていなかった。まるで吸血鬼を退治する時のように。

 

「先輩、その……紛らわしいことをして申し訳ありません。レイシアさんとは本当にただの友人です。今日だって荷物持ちのために呼ばれただけで……」

 

「ネックレス」

 

「……はい?」

 

「そのネックレスはなんですか?」

 

「これは……レイシアさんから今日もらったものですけど……」

 

ガギンッ!

 

あ、もう一段階上がった。

 

「遠野くん。その意味、知ってますか?」

 

「意味、ですか?」

 

意味、意味、意味。何の意味だろう?ネックレスの意味?そりゃ、助けたお礼にくれたとかじゃなかろうか?不純なものでは無いはずだ。

 

「いえ、そうじゃありません遠野くん。ネックレスを異性に送る意味です」

 

あれ?俺今しゃべってたっけ?もしかして考えてること全部筒抜けだったりするのか……?

 

「そんなわけないじゃないですか。人の頭の中を覗くなんて、エスパーでもあるまいし」

 

筒抜けですね、ありがとうございます。それで、なんだっけ。ネックレスを送る意味?……分かりません先輩。この愚かな後輩にご教授頂けないでしょうか。

 

「……良いでしょう。ネックレスを送ることは、束縛や独占欲を意味します。更にこのネックレスは金色、つまり黄金ですね。黄金には永遠という意味もあります。したがって金色のネックレスを異性に送る、ということは『貴方をずっと私の物にしたいほど愛しています』という意味です」

 

「そんな意味が……先輩は物知りですね」

 

そうすると、レイシアさんは俺にかなり重い感情を抱いていた、ということか。なんだか照れくさいな。ただ、墓地で死者に襲われているところを助けただけなんだけどな。

 

「女たらし……女性の敵、やはり悪魔の類でしたか。遠野くんは」

 

「え?なんでそんなことになるんですか?」

 

「自分の胸に手を当てて考えてみてください」

 

そんなことを言われても、今は体が動かせないから胸に手を当てれないし。そもそも心当たりが無い……。

 

「私、言いましたよね?嫉妬深いって」

 

「はい。すみません」

 

「今、本当に遠野くんを殺したいと思ってます。レイシアさんへの嫉妬で頭がおかしくなりそうです」

 

「はい。ごめんなさい」

 

「認める、ということで良いですね?自分が極悪非道の浮気魔だということを」

 

「それは認めませんけど、でも先輩を苦しめたことは謝ります。本当にすみませんでした。俺も考えが浅はかだった。もっと先輩の気持ちを考えて行動するべきだった。俺の一番大切な人は、先輩だから」

 

「また調子のいいことを言って……。もういいです。毒気が抜かれました」

 

その瞬間、押しつぶすような重圧がなくなり、体の自由が戻った。どうやら許されたらしい。

 

「許してはいません。私は根に持つタイプですから。ひとまずは執行猶予期間です」

 

「なるほど」

 

「これから遠野くんは私以外の女性と遊ぶの禁止です。仕事や調査での関わりを除いて女性と話すのも基本的に禁止」

 

「それは、どのくらいの期間でしょう?」

 

執行猶予期間、というぐらいだ。重くても数年だろう。

 

「? これから一生ですけど、なにか?」

 

さも当然のように先輩は笑顔で言い放つ。くそう、先輩の愛が重いぜ……。

 

「はぁ、なんだかお腹すいてきちゃいました。遠野くん、ご飯食べに行きましょう」

 

「いや、今俺疲れてて……」

 

「疲れてないですよね?」

 

「はい……。お腹すきました。先輩と一緒にカレー食べたいです」

 

「よろしい!気になっていたお店に行ってみましょう!なんでも本格スパイシーだとか!人気店なので人が混む前に早く行きましょう」

 

どうやら俺はこの人に一生勝てないらしい。

これはゲームで言うところの『詰み』ってやつではなかろうか?どうなんですか?助けて!シエル先生!

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