ここは幻想郷……その東の果て。幻想郷と外の世界を繋ぐ結界の境目に位置する博麗神社。
神社周辺は森に囲まれており、外の世界と比べるとかなり空気が澄んでいる。
外の世界と比べるとまだマシではあるものの、ただ神社の縁側に座っているだけで体力を持っていかれるこの暑さに八雲紫は愚痴をこぼした。
「早く夏終わらないかしら。極端に暑いのも寒いのも嫌いだわ」
「そうですか?私は風情があっていいと思いますけど」
八雲紫の隣に腰掛けているのはつい先程外の世界と別れを告げたばかりの、紫の旧友である見目麗しい女だ。
「はぁ……私も夏の風物詩は好きだけれど、この暑さはちょっとねぇ。……で、これから貴女はどうするの?」
紫の言うこれからについては、彼女も頭を悩ませている。何せ先程まで生活していた屋敷は外の世界に置いてきてしまったのだ。
この暑さを屋根もなく凌ぐのはそれこそ妖怪でも無いと厳しいだろう。……妖怪でも遠慮するだろうが。
「んー、そうですね。私は別に紫の家でもいいんですが」
女が唇に指を当ててそう言うと、紫は間髪入れずにそれは駄目と言い放った。
「せっかく幻想郷に来たのだから、少しは色々見て回りなさい。……貴女ならまず間違いなくその辺の妖怪では相手にならないから心配要らないわ。」
「そこは心配していないんですが……そうですね。折角来たからには色々と見て回りましょう。」
最悪野宿すればいいし、……と最後にボソッと呟くと、女は腰を上げた。
「もう行くの?」
「ええ。まだ日も高いですし、見て回る時間位あるでしょう。最初に行くのは何処がおすすめ?」
女が訊ねると、紫はそうねぇ……と一瞬悩む素振りを見せて、直ぐに口を開いた。
「まあ最初は人里でいいんじゃないかしら?あ、少しだけこっちの通貨を渡しておくわね。」
そう言って、紫はパンパンの布袋をスキマから取り出すと女に手渡した。
「……少しだけ?」
「ま、まあ気にしないで、通貨の単位はさっき教えた通りよ。」
「有難く受け取っておきます。じゃあね、紫。」
「ええ。また近いうちに顔を出すわ。それと、飛んだ方が早いわよ。」
「……歩いて行きます。」
そう言って、女は振り返らずに神社を出て行く。紫はその言葉に苦笑するとスキマを通って博麗神社を後にした。
◆
「はぁ……紫の言う通り、空を飛んだ方が良かったかもしれません。」
人里に着く頃には既に日が傾いており、里の入口で妖怪かと疑われようやく解放されて茶屋に来てみると既に閉店している。
踏んだり蹴ったりである。……まあ、空を飛ぶのが苦手だからと紫の忠告を無視した為、自業自得ではあるのだが。
それにしても……これからどうしようか。まさか人里が一つしか無いのに宿屋なんてある筈もなく、当然人里に知り合いもいない。
なんてことを考えていると、周囲が騒がしくなった。里の男達が走り回り、武装した若い男が隊列を組み、松明を掲げている。
里の女は心配そうに戸口から顔を覗かせ、物々しい雰囲気が漂っていた。
私は意を決して松明を持った男に話し掛ける。
「どうされたんですか?」
「ああ?子供が里の外に出て帰って来てねえんだとよ。もう妖怪の腹の中だと思うがなぁ。」
「その子の特徴は?」
私が食い気味に訊ねると男は6つの女の子だと答えた。桃色の着物を身に着けていると。
「探して来ます。」
「おい、あんた外から来たんだろ?やめときな、人間は妖怪に勝てねぇ。」
男の言うことは最もだ。非力な人間では妖怪の頑丈な身体に太刀打ち出来ない。武装したとて、気休めにしかならない。
「問題ありません。こう見えて、腕には覚えがありますので。」
まあ、傍から見ると着物に刀一本の女なのだからその心配も当然か。
その後、里の人間に話を聞くとその子はどうやら里の外にある林の中に向かっていったらしい。……生きているといいが。
私は里を出て走っていると里からそう遠くない場所に例の林を見付けた。ただの雑木林とはいえ、この暗さだと大の大人でも迷ってしまう可能性がある。
幸いにして私は夜目が利くので問題無いが、この林の中から子供一人を探すのは手間だ。仮に妖怪に襲われているとして、猶予はない。
「術の類はあまり得意ではないのだけど……」
千里眼も透視能力も修行不足で使えない、仕方が無いので着物の袖口から札を六枚ほど取り出して林の方に放り投げる。
札はそれぞれ別の方向へと飛んでいき、一つずつ視界を共有する。
……居た。
少女は狼の様な妖獣に弄ばれている。
片腕が少し抉れているが、致命傷では無い。それにしても、妖怪というのは下級でも獲物を甚振るだけの知性があるのか。
狼は三匹、私が直接行くより式神にやらせた方が早い。私は少女を探させていた札を全て少女の座標に向かわせ、札から雷撃を放つ。
大した威力は出ないけど、下級妖怪ならこの程度でも致命傷でしょう。雷撃を放った事で一枚を残して式神との繋がりが消えてしまった。
残りの一枚を頼りに少女の元へと向かうと、女の子は泣きながら蹲っていた。
「大丈夫ですか?」
私が声をかけると少女は身体をビクッと震わせた後意識を失った。色々と限界だったんでしょう。
私は女の子を担ぐとそのまま里の方へ向かって歩いた。
◇
人里では現在女の子が一人行方不明になってしまっており、助けに行くか見捨てるかで揉めたり等大騒ぎだった。
その時、里の見張りが大声を上げた。
「おい、行方不明になってたのはあの子じゃないか!?」
男が指を指す方向に大人達が視線を向けると、紺色の着物に身を包んだ美しい女が、腰に刀を携えて例の女の子を背負って里への向かって来ていた。
女が里の入口まで辿り着くと、珍妙な帽子を被った美しい女が少女の方へと駆け寄った。
「花!」
「誰か!腕の傷が深い!治療道具を持って来てくれ!」
その言葉に、状況を見守っていた一人の女が駆け出した。治療道具を持ってくるのだろう。
「応急処置程度で良ければ私が致しましょうか?」
先程まで黙っていた少女を担いで来た女が、ここに来て口を開いた。
「ああ!頼む!」
珍妙な帽子を被った青と白のグラデーションがかった髪の女は必死の形相で声を上げた。
◆◇
私はあの珍妙な帽子を被った女性から消毒用の度数の高いお酒であったり、綺麗な水を持って来て貰い、少女にある程度の応急処置を施した。
「傷は、深いですが骨が見えるほどではありません。時間は掛かるでしょうが放置していれば治ります。ですが、このままでは傷が残ってしまいますね。」
私は再び着物の袖口から札を取り出し、少女の傷を覆うように貼り付けた。
「治癒を促進する札です。即効性はありませんが、傷自体は完全に塞がるでしょう。」
そう言って、額の汗を拭うと珍妙な帽子を被った女性から両手を包み込むように握られた。
「本当に助かった!君は里の外の人間だろう?里の事情に巻き込んでしまって申し訳なかった。」
彼女はそう言って頭を下げた。
「いえ、お気になさらず。困った時はお互い様です。
それと……実は私、幻想郷に来たばかりでして、宿が無いのでもしよろしければ今晩は泊めていただけますか?」
「ああ!家で良ければ是非泊まっていってくれ!」
「それと……どの様な事情があったのかは存じ上げませんが、子供が一人で里を出るのはやめた方がいいと思います。」
私がそう言うと、彼女は難しそうな顔をして黙り込み、数秒ほど経つと再び口を開いた。
「……ああ。よく言い聞かせておくよ。では、皆ももう疲れただろう。今日は休んでくれ。君は、私の家まで案内しよう。こっちだ。」
彼女がそう言うと、里の人間達は各々帰宅し始め、私は彼女の家に転がり込んだ。
「少し狭いかもしれないが、ゆっくりしていってくれ。」
「失礼致します。」
外の世界でいうと、かなり前の建築様式な為、現代人が見るとよく分からないスペースが多々ある。
「食事を持ってこよう。少し準備するので、待っていてくれ。」
「あ、すみません。一つ宜しいですか?」
私が声を掛けると、彼女は此方を振り向いて首を傾げた。
「ん?何か?」
「あの、何とお呼びすれば宜しいでしょうか?」
「……あ、そうだった。自己紹介をしていなかったな。申し遅れた、私は上白沢慧音だ。気軽に慧音と呼んでくれ。」
「はい。慧音さん。私はカヤと申します。姓は捨てましたのでカヤとお呼びください。」
そうして、互いに自己紹介を終えると、慧音さんは再び食事の用意に戻り、私は居間で食事が出来るのを待った。
手伝う事も考えはしたのだけど、この家の勝手が分からないので却って迷惑になると判断した。
「いただきます。」
夕食はシンプルな和食で、米、味噌汁、きゅうりの漬物、山菜の和え物に焼き魚だ。
「ご馳走様でした。」
「質素な食事だったが、腹は膨れたか?足りないならまだあるが。」
「いえ、満足です。お気遣いどうも。」
「そうか、なら良かった。布団を敷くから、あっちの部屋に移動してくれ。」
そうして、二人して寝室へと移動しそのまま少しの間無駄話ٜを楽しんだ。
「……そろそろ寝ようか。灯りを消すぞ。」
「慧音さん、おやすみなさい」
「ああ、おやすみ」
そうして、幻想郷に来て一日目の夜は終わったのだった。