ある日、時行は大原部長と一緒に相撲を見ていた。大原部長から相撲のいろいろを聞きながら観戦する。すると、力士の1人が始まった瞬間に相手の前で猫騙をした。
「あれはなんですか?」
「あれは猫騙というものだ。相手の目の前に両手を突き出して掌を合わせて叩き隙を作る奇襲戦法だ。」
「あれがあったらまた逃げ戦法が増える。」
「まだ南北朝にいるぞ。」
キラキラした目をしている時行に大原部長は困惑している。
それからの時行は猫騙を使いたくてウズウズしていた。学校でも両津といる時でもどこかで使ってみたいと思った。両津が派出所に入った瞬間、時行が両津に猫騙をした。
「うおぉっ!」
「どうでした!?」
「何がだ!?」
ニコニコで聞く時行。両津が何がしたのか分からない。そこに大原部長が口を出してきた。
「最近、猫騙にハマっているようでな。」
「何故猫騙?」
「これが上手く決まれば逃げの選択肢が増えます!」
「どれだけ逃げたいんだ?」
猫騙にハマっている時行に両津は呆れている。そこに渚達が来る。時行をジーと見ている。
「どうしたお前ら?」
「時行君、最近変なブームになっているみたいで。」
「あれか。」
「あれです。」
中川や麗子に猫騙する時行を指差す両津に渚達は頷いている。さすがの大原部長もこのままではまずいと思ったのか次は誰に猫騙しようかと考えている時行を止めた。
「時行君、ハマるのは良いが周りに迷惑をかけてしまうのは止めなさい。」
「は、はい…」
大原部長に怒られシュンとしてしまう。弧太郎が遊びに誘いそれに乗って出ていった。両津が大原部長を見る。大原部長も子供がいるため我が子を見る目をしていた。
「心配してるんですか部長?」
「あの子はまだ子供だ。幼い頃に親を失って孤独だ。まだ叱ってくれる親が必要なのだ。北条家のトップとしての重責と戦国時代という死が身近にある環境が彼を子供らしさから離してしまった。今の時代、彼に必要なのは部下でも武器でもない。友達と叱ってくれる親だ。だから両津、お前も時行君に必要とされる親になれ。」
「へいへい。分かりましたよ。」
両津が耳を穿りながら返事した。
時行達は遊んでいる。もうすぐ夕方だ。それに気付いた雪長が帰るように言う。バイバイ言って帰路に着く。時行は渚と帰る方向が同じなため一緒に帰る。
「時行君ってさ…変わってるよね。」
「よく言われます。」
「なんと言うか…本当に昔の人みたいだ。」
ギクッとなる時行。自分が南北朝時代の人間だと明かすわけにはいかない。渚の鋭い指摘にどう誤魔化そうか考える。しかし、全く思い付かない。ジト目でこちらを見る渚。時行は目を反らす。
「そ、そんなこと…ないですよ…」
「歯切れ悪くない?」
誤魔化せない。どうしようと悩んでいると声が聞こえた。若い女性の声だ。震えている。時行は声が聞こえる方へと走る。渚も時行を追いかける。裏路地に入ると数人の男子高生が女子高生を囲んでいた。
「だ、大丈夫ですから。」
「いやいや、こんなところ1人じゃ心配でよぉ。」
「俺達が安全なところまで連れてってやるよ。」
「まぁ、代金はちゃんと払ってもらうけどな。」
明らかに不良だと分かるレベルの男子高生がニヤニヤしながら女子高生の体を触っている。女子高生は嫌がっていた。時行が声を掛けようとするのを渚が止めた。
「まずいよ。あの制服、卑差志蛮高校だよ。関東一荒れている男子校で有名だよ。」
「だからって逃げる理由にはならないよ。」
渚がなんとかして時行を止めようとする。しかし、連れて行かれようとしている女子高生を放っておくわけにはいかない。時行は渚の手を振りほどいて男子高生達も前に立った。
「ん?なんだガキか?」
「ここはガキの遊び場じゃねぇ。さっさと帰んな。」
「困ってますよその人。」
「だから、俺達が助けてあげるんだよ。」
「嫌がってますよ。」
「ちょいと話し合えば好きになるぜ。」
リーダー格らしき色黒肌の男子高生が時行の前に行く。時行の顔を観察している。その目は嫌らしかった。
「なかなか整ったいい顔してるじゃねぇか。」
「私は男ですよ。」
「マジで。女だったら連れてってたぞ。」
色黒肌の男子高生がニヤニヤ笑う。その後ろでは他の男子高生達が女子高生に手を出そうとしていた。それを見た時行は色黒肌の男子高生の脇をすり抜け男子高生達の背中を叩いた。
(バカ!)
「おい。今なにした?」
「あ〜あ、やっちゃった。」
「ガキでも容赦せんぞ。」
大したダメージはない。しかし、子供に叩かれたという事実が男子高生達のプライドを傷付けた。一斉に時行に飛びかかり殴ろうとする。時行は得意の逃げで避ける。
「なんだこいつ!?」
「触れることすら出来ねぇ!」
時行は男子高生達から逃げ続ける。その時、時行が逃げようとした先に足がきた。時行は咄嗟に回避する。色黒肌の男子高生が踏もうとしてきたのだ。なんとか避け足は壁を蹴る形となる。
「あれ?ちゃんと当てた思ったがあいつのように上手くいかんな。」
(読まれた!私の逃げを読んで攻撃した!)
時行は驚いている。ここに来てから動きを読んだのは風祭だけだった。それがチンピラレベルだと思っていた相手に読まれたことで動揺していた。
「俺、動体視力はいい方なんだよ。」
「驚きました。自信あったんですよ。」
「分かるぜ。確かに凄かった。が、この俺、石松経明の前では通用しなかったな。」
石松は勝確と言わんばかりに時行を挑発してくる。
「で、お友達はどうするつもりかな?」
石松が後ろで隠れている渚に目を向ける。渚は陰から見てるだけで動けない。
「まぁ、普通はそうだろうな。で、坊主はどうする?このまま逃げるなら俺は追いかけない。あの子と楽しむだけだ。」
「いえ。ここで逃げたらきっと…いえ絶対に後悔します。だから、ここは逃げません。」
(なんで!?)
渚が驚く。
(なんで逃げない!?いつも逃げてばかりなのに!?)
渚がなんとか時行だけでも連れて行けないか模索する。その時、時行の目を見た。いつもの愛くるしい目じゃない。覚悟を決めた目だった。
(そうか…時行は一度決めたことからは絶対に逃げないんだ。信念…みたいなものなのかな?)
「ヒーロー気取りか?なら逃げる以外の必殺技を持った方がいいぜ。じゃないと何も守れない。」
「ご指摘ありがとうございます。」
時行はトーンッ、トーンッと小さくジャンプする。そして、一気に女子高生の周りにいる男子高生達に向かって走り出した。男子高生達も応戦するが時行は逃げまくる。
「まぁ、すぐに必殺技なんて出来るわけないか。」
石松も参戦しようとした瞬間、時行が石松の前まできて猫騙をした。石松が一瞬、驚き仰け反る。その隙を着いて女子高生の手を引き逃げる。
(凄い…あのタイミングで猫騙をした。)
「猫騙か。子供らしい技じゃねぇか。だか…」
渚は時行の猫騙を見て感嘆していた。しかし、石松はニヤリと笑うと壁を蹴って時行の前に着地した。
「その子を連れて逃げるには足りなかったな!」
(僕も助けたい!)
石松が蹴ろうと足を上げる。時行は逃げようとするももし逃げたら女子高生に当たってしまう。後ろには男子高生達、前には石松。絶体絶命だった。その時、石松は殺気を感じとった。
「!?」
石松は蹴りを止めて後ろを向いた。その瞬間、渚が石松の目の前で猫騙をした。今度は驚くだけじゃなかった。頭に衝撃波をくらったかのように怯んだ。その隙に時行と渚は女子高生を連れて逃げる。
「石松さん!?」
「追え!」
石松は自分の舌を噛んで耐える。男子高生達は石松の命令通りに時行達を追いかける。もうすぐ大通りに出られる。しかし、男子高生達の方が速い。追いつかれる。そこに両津が現れた。男子高生が伸ばした腕を掴む。
「両さん!」
「どうしてここが…」
「この先が騒がしいと通報があった。この裏路地は近道になっているのと同時に不良の溜まり場にもなっているからな。」
両津はすかさず殴ってきた男子高生を背負投げで倒す。残った男子高生達は両津を見るとすぐに逃げて行った。
「さて、時行、渚。聞かせてもらうぞ。」
「違うんです!この子達は私を守ろうと…」
「別に逮捕するわけじゃない。話を聞くだけだ。もちろん、こいつからもな。」
両津は背負投げで気絶させた男子高生を担ぐ。時行達を連れて新葛飾署に向かう。そこから事情聴取が済み時行達は新葛飾署から出た。出ると女子高生が待っていた。先に事情聴取を済ませてからずっとここで待っていたらしい。
「さっきはありがとうね。私は御子柴光。桜稟女子高校に通ってるの。よろしくね!」
「ほ、北条時行です!」
「潮田渚です。」
「カッコよかったよ!時行!渚!」
光はお礼を言うと手を振って去って行った。時行と渚は互いを見て笑う。
「凄かったよ渚。さっきの猫騙なんて私より必殺技っぽかった!」
「時行の真似をしただけだよ。」
2人が笑っていると両津がやってきた。もう遅いからと両津が2人を送ることになった。渚を家に帰し2人で歩く。珍しく時行が浮かない表情をしていたので気になった両津が聞いてみる。
「どうした?」
「いえ…その…私は弱くなったと思います。」
「ん?」
「鎌倉にいた頃はあのような相手に遅れをとることなんてなかった。渚がいなかったら多分…逃げ切れなかったと思います。」
時行が自分の手を見て嘆く。そんな時行の頭に両津はポンと手を乗せた。
「いいじゃねぇか。平和ボケしてきたって証拠だ。」
「平和ボケ?」
「お前は戦う必要がないってことだ。今は平和な日本だ。子供は弱くて当たり前の時代なんだよ。」
両津が優しく諭す。殺すための力など必要ない時代。時行にはまだ実感が湧かない。
「両さん、私は強くなりたいです。誰かを守るための力が欲しいです。」
「そうか。なら、頑張らないとな。」
「はい!」
「それと、今後は何かあったらすぐにわしに言え。分かったな。」
「は、はい。」
「よし!もう遅いし何か食ってから帰るか!」
「はい!」
2人は楽しそうに夜の街へと消えて行った。
一方その頃
荒れている学校の中で殴る音が数回した。倒れていく男子高生がいる中、石松だけは鼻血を流しても飄々とした態度を崩さなかった。
「ナンパした挙げ句に誘拐未遂、子供相手に集団リンチ、そして、その子供に負ける。漢の風上にも置けぬ奴らだ。」
「そうかっかすんなって渋谷。渋い顔が台無しだぜ。それに俺はこういう性格だって分かってるだろ。」
「だからお前のような人間が嫌いなのだ。」
渋谷が怒りを露わにする。その後ろにはもう1人誰かいた。
「でも、石松先輩から逃げ切れるなんて凄い子じゃないですか。僕も会ってみたかったな。」
「これだから我が校の品位は地の底とか言われるのだ。」
渋谷はイライラしている。他の男子高生達はブルブル震えている。それに対し石松と少年は冷静だった。
(それにしてもあのガキの殺意。俺がビビるレベルなんてそう居ねぇ。)
石松は鼻血を舌で拭うと渚を思い出し不敵に笑った。