いつもの日常、いつもの給食。しかし、時行は固まっていた。パンに入っているレーズンが食べれないのだ。食感といい味といい苦手意識がある。時行がプルプル震えていると隣の席の亜矢がこっそりレーズンを抜いたパンをあげた。
「それ、こっちに。」
時行は言われた通りに自分のパンをあげる。亜矢はニコッとウインクしてパンを食べた。おかげで助かったと内心ホッとしている。その横顔を見た亜矢の頬は赤くなっていた。
下校時間になり下校する。時行は給食の時のお礼を言いたくて亜矢を追う。亜矢は友達と別れ1人で帰る。時行は言うタイミングを見計らいながら後を着ける。
「い、言い辛い。」
ただありがとうって言うだけなのに何故か言い出せない。傍から見たらストーカーである。時行がどうしようか悩んでいた時、亜矢が黒いバンの隣を歩く。その瞬間、バンから複数の男が現れ亜矢を誘拐した。
「な!?」
時行はすぐ両津に連絡しようとするがバンが走り出そうとした。ランドセルを捨て慌ててバンに飛び乗る。そのままバンは走り去って行く。
そこから十数後、亜矢の母親に電話がきた。亜矢からの電話だったので普通に出る。
「亜矢?どうしたの?」
『娘は誘拐した。無事に返してほしいなら誰にも言わずに1億円用意しろ。後で連絡する。』
突然の誘拐発言に母親は困惑する。電話が切れてしまい母親は何度もかけ直すが出ない。そこに呼び鈴が鳴った。慌てて出ると両津達がいた。
「あ、あなたは?」
「亜矢の友達の親だ。ちょっと失礼するぞ。」
両津達が入る。母親は状況が掴めないままあたふたする。すると、両津達は準備を終えると大原部長が母親に近付いた。
「娘さんが誘拐されたと通報がありここにきました。」
「な、何故それを。」
「時行が通報してくれた。」
両津が理由を話す。母親は亜矢から時行のことを聞いているので彼のことは知っている。
「そ、それで私は…」
「まずは誘拐犯を刺激しないように、それと電話がかかってきたらなるべく話を長くするように。」
大原部長達が母親を落ち着かせ誘拐犯からの連絡を待った。
亜矢誘拐直後、バンに乗った時行は落とされないように踏ん張りながら両津に電話した。
『どうした時行?』
「りょ、両さん!亜矢がさらわれました!」
『何!?どういうことだ!?』
「い、今黒い車に…」
時行が事情を話そうとしているとバンが曲がった。時行は咄嗟に踏ん張る。しかし、その時にスマホを落としてしまった。両津の声が響く。
「部長!」
「両津、どういうことだ?」
「とにかく亜矢って子の家に行きましょう!」
「待て。まずは対策本部の立ち上げだ。わしは署長に連絡する。」
両津達はこうして亜矢の自宅に行くことになった。一方で時行はどこかの港に着いた。すぐに降りて倉庫の陰に隠れる。バンからサングラスを掛けた3人組が亜矢を連れて出てきた。時行が覗こうとする。そこに猫が出てきた。時行は静かにするようにジェスチャーするが猫には伝わらず近くにあった竿を倒してしまった。
(バカ〜!)
「なんだ!?音がしたぞ!」
小太りの男が叫ぶ。時行はなんとか騙そうと考えていると猫が飛び出した。それを見てノッポの男が安心する。
「猫じゃねぇか。ビビらせんな細井。」
「この辺りはシーズンになると漁が盛んになる。そのおこぼれ狙いの猫が多い。まぁ、今はオフシーズンだから誰もいないがな。」
3人組は倉庫に入り扉を閉める。時行は倉庫をグルっと周りながら観察する。いくつか窓がある。その窓に飛び乗って中を見る。3人組がテーブルに座り何かしている。
「1億は用意出来たか?」
『も、もう少し待ってください!』
「いいだろう。1時間後に連絡する。それまでに用意しろ。」
リーダーと思われる男が亜矢のスマホを持っている。ノッポに何か指示をする。ノッポは別の部屋を覗くとすぐ戻ってきた。
「大人しいもんだぜ。」
「ならよし。」
「緒方の兄貴、本当に大丈夫ですかい?」
「問題ない。例え警察が来ても取引場所は船の上。海まですぐには追って来れん。その間に親子共々海に突き落とせば証拠も残らん。」
緒方が悠々と計画を話す。時行は別の窓に向かい中を見る。そこに亜矢がいた。ガムテープで拘束されている。時行は鍵がかかってない窓を開け静かに入る。震えていた亜矢は時行を見るとびっくりした。時行がすぐ口のガムテープを剥がす。
「大丈夫ですか?」
「なんで時行君が?」
「え、え〜と…成り行きです。」
ストーキングしていたなんて言えない時行は言葉を濁す。そのまま拘束しているガムテープも剥がした。亜矢は自由になると時行に抱き着いた。
「怖かった。」
「大丈夫です。私が必ず助けます。」
抱き合っていると扉の先から声が聞こえた。
「小平、見てこい。」
「またか。」
「来ちゃうよ。」
「私に任せてください。」
時行は亜矢を近くの机の後ろに隠した。小平が入ると時行がいた。小平はびっくりして目を丸く。周りを見るも亜矢がいない。
「な、なんだお前!?」
小平の声に緒方と細井も反応する。小平は警棒を出して脅す。
「おい!あの小娘はどこだ!?」
「教えません。」
時行は落ちている折れた竿を持って構える。
「やろうってのかぁ!」
(《鬼心仏刀》)
小平が殴りかかってくる。警棒が竿と左手の間を通った瞬間、右に避けながら小平の手首に竿を当てた。小平はプルプル震えている。その後ろに細井がくる。手にはスタンガンが握られている。
「どうやって入ったんだ!?」
「あのガキ…俺の手に当てやがった。」
小平は怒りに任せて時行を殴ろうとする。時行は全てよけ細井に向かって走る。細井がスタンガンを突き出すも避けて股下をくぐる。そのままテーブルに飛び乗った。緒方は冷静に時行を見る。
「小平、細井。あのガキを捕まえろ。小娘はまだこの中だ。」
(来た。私の得意な鬼ごっこ。)
時行は落ち着いている。久しぶりの鬼ごっこだ。
令 和 鬼 ご っ こ
誘 拐 鬼
︽ ︽ ︽
小 緒 細
平 方 井
︾ ︾ ︾
時行は向かって来る小平と細井をテーブルを倒して避ける。2人はテーブルに躓き倒れる。その隙に時行は2人から離れた。緒方が近付く。手には包丁を握っている。
「ガキ1人に翻弄されてんじゃねぇ。」
「すまねぇ兄貴。」
3人で一気に襲いかかる。しかし、時行は冷静だった。南北朝時代に比べればこの程度怖くもない。3人が時行を捕まえようと躍起になっている。その様子を亜矢は隠れながら見ていた。
(時行君が隙を見て逃げてと言ってたけど大丈夫なのかな時行君。)
逃げる時行を心配する。けど、逃げている時の時行は凄く楽しそうだった。その姿を見て勇気を貰う。バレないようにそーっと四つん這いで進む。
時行は亜矢が逃げる時間を作るために逃げては近付いて挑発する。
「あれぇ〜。お兄さん3人で私を捕まえられなのかなぁ?」
(凄い挑発してる!)
時行の挑発は見事成功し3人は時行しか見えていなかった。時行は逃げながら注意を自分に向ける。さらに、予めテーブルにあった亜矢のスマホで電話帳の一番上にある番号にかけた。それは母親の番号だった。
『もしもし!亜矢は!?亜矢は無事なの!?』
(よし、通じた。なら…)
時行は大きく深呼吸する。そして、
「お〜にさ〜ん、こ〜ち〜ら〜、手〜の鳴〜るほ〜うへ〜。」
『え?』
電話先の両津達は驚いていた。時行の声がしたからだ。
「今の声…時行じゃねぇか!」
「何故時行君が!?」
「まさか、そのまま犯人を追っていた。」
緊張が走る。電話先から時行とは違う声が聞こえる。男2人の声だ。時行を捕まえようと躍起になっていてこちらに気付いていない。
「くそっ!すばしっこい!」
「ちょこまかと!」
(聞こえているはず…)
「相手は3人!場所は海が見える倉庫!漁はオフシーズン!」
時行が大声で伝える。緒方は不審に思うがまだ気づいていない。両津が通話中ならあれが使えると判断した。
「部長!今ならGPSが使えるはずです!」
「よし!私から…」
「先輩!」
中川が来た。手には時行が落としたスマホがあった。両津がスマホが落ちていた場所を聞く。中川が答えると両津はすぐに出ようとした。
「両津!どこに行く!?」
「時行のスマホが落ちてた場所から行ける海沿いの倉庫街なんてあそこしかない!」
両津が自転車に乗って走る。大原部長は中川に指示して両津の後を追わせた。心配する母親。大原部長は彼女の肩に手を置いた。
「安心してください。我々が必ず助けます。」
時行は逃げていた。今まで数多の武士から逃げてきた時行にとって3人の誘拐犯など相手ではなかった。小平と細井が追いかけるが緒方は途中で止めた。すると、時行の尻ポケットに亜矢のスマホがあるのを見つけた。
「おい!そいつ警察に電話しているぞ!」
緒方は気付いた。時行のさっきの言葉はそのスマホに向けてのものだ。3人はさらに慌てる。時行は挑発しながら逃げる。その隙に亜矢が扉に着く。しかし、扉には南京錠がかかっていた。
「そんな…」
亜矢が絶望してしまう。さらに、緒方が亜矢に気付いた。
「やはり隠してたか。」
(どうせ殺すつもりだ。今殺しても計画に変わりはない。)
緒方が包丁を構える。時間が無い。時行は周りを見回す。元々は釣り道具をしまっていた場所らしい。古い竿や柄だけの網、古びた銛があった。すると、逃げながら竹竿を掴むと釣糸を持ち手に縛り簡単な弓を作った。緒方が亜矢に近付く。時行は柄を矢にして思いっきり弓を引く。
(私が…守る!)
時行が放った柄は緒方の太腿に命中した。緒方は包丁を落とし太腿を抑える。悲鳴をあげて蹲る緒方を亜矢が見て時行に驚く。小平と細井も驚いている。
「嘘だろ!?」
「こいつ、弓矢を作りやがった!」
時行が当てたのもそうだが即座に弓矢を作ったのにも驚いていた。緒方が包丁に手を伸ばす。そこに時行は再び柄を矢として放ち包丁に命中させる。
「おい!そいつを殺せ!」
緒方が叫ぶ。小平と細井が時行を追いかけるが時行は逃げる。
(まだだ。まだ南京錠がある。俺が持ってる鍵がないと開かない。)
緒方はゆっくりと亜矢に近付く。その時、時行が銛を拾い弓を引く。
「亜矢!伏せて!」
時行が叫ぶ。亜矢は言われた通りに伏せると時行が銛を放った。銛は南京錠に命中し破壊した。
「はぁ!?」
これにはさすがの緒方も理解が追いつかず困惑している。
「何なんだお前は!?」
「私は北条時行!亜矢の友達だ!」
「友達のためだけにそこまでするか普通!?」
「もちろんだ!私は助けたいと決めたなら最後まで助ける!守りたいと決めたなら最後まで守りきる!私は自分で決めたことからは絶対に逃げない!」
時行は弓を高く上げる。そして、倉庫の天窓を破った。驚く緒方達。緒方は亜矢だけでも捕らえようと走る。その時、扉を開けて両津が現れた。
両津が走っている時の自転車の音がしたので場所を教えるために天窓を破ったのだ。両津は天窓が破れた瞬間を見て時行達がいるところを確信した。
「両さん!」
「待たせた!」
両津が緒方を投げ飛ばす。それを見た小平と細井が逃げる。裏口のドアノブに手をかけた。その瞬間、マリアが扉ごと小平を蹴り飛ばした。細井はスタンガンを向けるもボルボが瞬時に制圧する。そこに警察官が押し寄せてきて緒方達を逮捕した。
「両さん。」
時行が両津に近付くと両津が時行の頭にチョップした。頭を抑える時行に両津はしゃがんで同じ視線になった。
「時行、ここは南北朝時代じゃない。戦うのはお前の仕事じゃない。」
「は、はい…」
時行が返事すると両津は笑い時行の頭を撫でた。
「まぁ今回はちゃんとわしに連絡したしお前のおかげで助かった人もいる。」
両津が見る先には母親に抱き着いて泣いている亜矢がいた。ハは時行を見つけるとお礼を言う。時行達が倉庫を出るともう夕日が沈みそうだった。
「今日も帰りが遅くなるな。ラーメンでも食って帰るか。」
「ラーメン!なんですかそれ!?」
「そうか。時行はラーメン知らなかったか。」
「時行君って変わっているよね。」
亜矢が呟く。時行は思い出したと亜矢に駆け寄る。亜矢の耳元に顔を近付ける。亜矢は顔が赤くなる。
「亜矢…」
「え?」
「あの時はレーズンという物を食べてくれてありがとう。」
「え、あ、うん。」
時行はやっと言えたと笑い両津の元へと走る。
「本当に変わってるね。」
そう呟く亜矢の顔は恋していた。