ある日、派出所の休憩室で時行が書道をしていた。きっかけは大原部長が書道の展覧会に行くという話を聞き興味を持ったところから始まった。大原部長が持っていた書道道具で『逃若党』と半紙に書いた。その綺麗な文字に大原部長達は感心していた。
「凄い綺麗ですよ!」
「素敵な字ね!」
「これは両津よりも上手いな。」
「当たり前じゃないですか。」
そこに両津が来る。
「時行はシャーペンはもちろん、鉛筆すら無かった時代から筆で文字を書いてきたんですよ。しかも、鎌倉幕府トップの子として英才教育も受けています。いわば日常的に習字をしているんです。書道に関しては部長よりも上ですよ。」
「そ、そうだな。」
大原部長も納得する。改めて見ると確かに自分より上手いかもと思った。中川が時行が書いた逃若党が気になり聞いてみた。
「この逃若党というのは?」
「私が鎌倉にいた頃、信頼出来る友と一緒に結成した党です。」
逃若党という文字を見ている時行の顔がどこか淋しく見える。それを察した両津達はそれ以上聞くことはなかった。代わりに書道のことを聞いた。
「綺麗な字ですよね。もしかしたら、書道展覧会に出せるかもしれませんね。」
「ほぉ、確かに。」
中川の言葉に賛同した大原部長が時行に出展してみないか提案する。両津は大丈夫かと思っているが時行は何事も経験と大原部長の話に乗った。その結果、8歳の子供が書いた物としては凄く美しい字と絶賛された。
「素晴らしい!字もそうだがこんな麗しい少年が書いたとは!」
「お褒めにあずかり光栄です。」
「しかも、礼儀正しく気品もある。彼は逸材だ!」
書道の先生や評論家達が時行を褒めている。それを見た両津はニヤリと笑った。書道家達に囲まれている時行のところへと両津が行く。
「初めまして。私、北条時行君の保護者兼マネージャーの両津と言います。」
「両さん?」
「時行君のことなら私を通じていただきませんでしょうか?」
「そ、そうかね。」
両津が凄いへりくだっている。時行は両津をジト目で見ている。書道家達は両津に是非時行の作品を見せてほしいとお願いした。
「分かりました。では、実際に書いているところをお見せしましょう。」
「おお!それは是非!」
書道家達の期待が膨らむ。両津は書道道具を用意して時行を座らせる。
「両さん?これは?」
「いつも通りお前の好きな文字を書け。」
時行は言われた通りに書く。
故
郷
時行が書いた文字に書道家達は舌を巻く。
「本当に彼が書いた字なのですね。」
「書く姿も美しい!とても小学生とは思えない!」
時行が照れている。両津は時行を使えば楽して儲けることが出来ると考えた。それを見ていた大原部長達は察していた。
そこから両津は時行を大々的に宣伝した。その結果、天才書道少年として時行は有名人になっていた。大原部長達はやっぱり金儲けに利用していると思った。
後日、両津は時行を連れてどこかに行っていた。中川が両津達の後を追う。両津達が向かった先は書道教室だった。中川が中を覗くと時行が先生として書道を教えていた。生徒達は時行の文字を見て驚いている。
「最後のハネはゆっくりと筆を上げ優しく離しましょう。」
「は、はい!」
「綺麗…」
「可愛い。」
時行は綺麗な字で『謝礼』と書いた。生徒達は見入っている。書道家の先生も時行の字を見て舌を巻いている。その隣で両津がニヤニヤしている。中川は時行を先生として出す代わりにお金をもらっていると確信していた。その通りだった。
「素晴らしい授業でした。また次の機会があればよろしくお願いします。」
「もちろんですよ!」
両津は金を貰うと時行と一緒に帰った。今のところ時行を利用はしているがまだ荒稼ぎとまではいっていない。中川はその日はそこで帰った。その夜、両津は時行に大量に習字をさせていた。日常から習字をしていた時行は全然苦じゃない。普通に書く。
「私の書にそんな価値があるのですね。」
「お前のカリスマと長年培った書道スキルがこの時代では貴重なんだよ。そもそも書道が日常なんて今の時代では考えられないからな。」
試しに両津が時行と同じ『武士道』と書くも凄く汚い。読めないじゃない。文字ですらない。次に『金儲け』と書いたらしいが時行はこれも全然読めない。時行は両津の字を見て呆れる。
「書道、教えますよ。」
「お、おう。」
時行は両津に習字を教える。翌日、両津は『金儲け』と書いた習字を大原部長達に見せる。まだ汚いがちゃんと読める。それを大原部長達が驚く。
「確かにお前にしては綺麗な字だな。」
「昨日、1晩中時行にみっちり教え込まれましたからね。」
「時行君って教えるのも上手なんですね。」
「このバカに教えるなんて相当大変だっただろう。」
「凄い胆力ね時行君。」
「そこまで言わなくていいだろ!」
両津を見て時行を心配する大原部長達に両津が叫ぶ。その時行は昨日書いた字を書道家達に見せていた。どの字も綺麗で品が見える。時行の書を見て書道家達は唸る。時行が自分の書にそんなに価値があるんだと驚いていると書道家の1人が時行にある提案をした。
「君の作品をうちで出展してみないか?」
「出展ですか?」
「そう。君の作品はどれも優雅で綺麗で美しい。これが日の目を見ないなんて勿体ない。」
「う〜ん…両さんに相談してもよろしいでしょうか?」
「あ、ああ。保護者さんだね。もちろんいいよ。」
「ありがとうございます。」
その日、時行は早速両津に出展の話をした。両津はこれだと心の中で笑うと時行の話に乗った。
「やってみろ。何事も挑戦だ。これから先お前の名前を残すには挑戦しかない。何もしない人間が後世に何か残せるわけがない。戦国時代や戦争のある時代は勝者しか名前を残せないが今は違う。あらゆることに挑戦した人間が後世語り継がれる。それが生きた証になる。」
両津の言葉が時行に刺さる。南北朝では教科書に1回載るか載らないかぐらいしかない名前がこれから先残せると思うとやる気が出てきた。両津は祝いだと言って買い物に出かけた。時行は1人残って何を書くか考えた。
「折角後世に残るかもしれない作品ですので1番私らしい文字がいいですよね。」
時行は南北朝時代の自分を振り返る。故郷である鎌倉を足利尊氏に滅ぼされて諏訪へ逃げ力を蓄え仲間を集め鎌倉を奪還するために奔走した。大切な人が次々と亡くなってしまっても最後まで止まらず挑み続けた。
時行はそんな過去を懐かしく思っている。もうみんなには会えない。ならば、そのみんなを後世に伝えよう。私が生きた証だけじゃない。みんなが生きた証をこの時代に伝えよう。そう思って時行は文字を書いた。
その夜、両津が大量のお菓子や酒を買って帰ってきた。部屋は静かだ。両津が中に入ると時行が眠っていた。両津は時行に毛布をかけ1人でお菓子と酒を楽しんだ。
「時行がここまで安心して寝るなんてな。いい時代に産まれたもんだ。」
両津が酒を呑んでいると新聞紙に挟まった書道紙を見つけた。時行が書いた物だろう。両津は興味本位でなんて書いてあるか覗こうとした。その途端、ビールを零してしまう。それが新聞紙にダクダクと染み込んでいく。
「NOooooooo!」
両津はムンクの叫びみたいな顔をする。慌てて取り出すもビールが染み込み書道紙は黒く滲んでしまっていた。最早なんて書いたか分からない。両津は滝のように汗を流す。
「ま、まずい…なんとかして誤魔化さなければ。」
「両さ〜ん。」
両津がビクッとして振り返る。時行はまだ寝ている。どうやら寝言のようだ。両津は時行の寝言からなんて書いたか予測しようと考えた。
「両さんはまるで頼重殿のようです…」
「まずい。罪悪感で押し潰されそうだ。」
酔いも完全に覚めた。赤くなっていた顔は青くなり始める。両津は寝ている時行に土下座する。寝言からはどんな字を書いたか全然分からない。両津は考えた。考えに考え抜いて時行の代わりに書いた。
翌日、時行は提案してくれた書道家のところへ作品を出展する。そこには時行の作品を見ようと多くの人達が集まっている。その中には大原部長や屯田署長達もいる。
「では、最後にこちらの作品を。」
「はい。これは私の1番の力作です。私の人生を表した作品です。」
「それは大変興味深いですな。是非ご覧に入れたい。」
書道家がどんな作品か楽しみながら作品を公開する。
ご
ち め
ゃ ん
い
全員の目が点になる。時行は何故自分が書いた物じゃなくこんな汚い字になっているのか理解出来ていなかった。
「こ、これは…」
屯田署長達も困惑している。しかし、大原部長達は字の汚さから両津の仕業と予想が着いた。書道家が時行に聞く。時行は顔を真っ赤にさせている。
「時行君、これはどういうことなのかな?」
「そ、それは…」
後日
「両さーん!両さんはどこですかぁ!」
「両津のバカモノならさっき書道を極めてくると電話がきたぞ。」
顔を真っ赤にさせ涙を流しながら大太刀を振り回して派出所に突撃する時行。そんな時行に冷静に答える大原部長であった。