時行は今、ワクワクしている。目の前には板前姿の両津がいる。両津が握る寿司が目の前に並べられる。時行はワクワクしながら鯛を取り醤油と山葵で味を着けいただく。至福の時間を過ごしているような満面の笑みをする。
「美味しい。これ、鎌倉で釣れた鯛ですよね。」
「ほぅ。分かるかい?」
時行の質問に両津の後ろから老婆が答える。この方は擬宝珠夏春都。両津が今働いている老舗寿司店『超神田寿司』の大女将だ。夏春都は時行を見て微笑む。
「一郎、あんたにしてはなかなかいい子を連れて来るではないか。」
「そのことでちょっと話があるんだ。」
両津が夏春都と一緒に店の奥へと消えて行く。時行は寿司を食べながらその後ろ姿を見ていた。
「なるほど。あの子をここにねぇ。」
「そうだ。この前部長から…」
両津が夏春都に説明する。
両津が時行におつかいを頼んだ日、部長に呼ばれた両津は派出所にいた。
「時行を学校に?」
「そうだ。いくら特殊な出で立ちでも子供は子供。このまま何の学も無しに成長させるわけにはいかん。しっかりと学校に通わせたい。」
部長の言うことにも一理ある。どれだけ凄い人でも学歴がなければまともな仕事には就けない。そのために時行には学校に通ってもらわなければならない。
両津は納得して頷く。中川が両津にスマホを渡す。両津が受け取ると小学校のホームページが載っていた。
「神田姉ヶ丘小学校。ここに時行君を入学させる。手続きは明日済ませるとして問題は場所だ。両津の寮だと遠すぎる。かと言って中川や麗子の別荘もこの辺りには無い。」
「神田…ここって…」
「そういうことだ両津。超神田寿司に時行君を住まわせることにする。」
「いきなりすぎません部長?」
「時間は有限だ。もちろん超神田寿司にいる間も両津の養子のままだから援助は惜しまん。擬宝珠家に話をつけてくれ両津。」
「わ、分かりました!」
こうして両津は時行を超神田寿司に預けることとなった。
「•••ということだ夏春都。」
「なるほどねぇ。」
両津が説明を終わらせると夏春都はゆっくり立ち上がって時行のところへと向かった。時行には既に話を通している。学校への手続きも済ませている。後は学校から近いここに住めるかどうかだ。夏春都は厳しい。もしかしたら時行を入れないかもしれない。
両津は悩んだ。もしダメだったら自分の寮から猛スピードで自転車を漕ぐしかないか。そう考えていると夏春都が時行を連れて来た。
「どうだ夏春都?」
「決めるのはこれからだよ。」
夏春都は両津も連れてある部屋に行く。そこには既に超神田寿司の人達が待っていた。その奥には少女がいる。彼女は擬宝珠檸檬。超神田寿司を経営する擬宝珠家の次女で、両津の再従兄妹(はとこ)である。
時行は檸檬の前で正座する。息苦しくなるぐらい神妙な雰囲気に包まれる。時行は檸檬と目を合わせ深くお辞儀した。
「両津勘吉殿の下で厄介となりました。北条時行と申します。此度は私事で申し訳ありませんがこちらに奉公させていただけないでしょうか?」
気品溢れる時行に周りはザワザワしている。両津も緊張でソワソワしている。夏春都と檸檬だけが冷静に時行を見ている。すると、檸檬が口を開いた。
「お主、味の違いが分かるか?」
「あ、味でしょうか?」
「うむ。超神田寿司は日本でも一流の寿司屋じゃ。そこにタダで住むことはできぬ。住むなら働かなければならないのじゃ。しかし、お主はまだ子供。カンキチ達のように寿司を握るのは難しかろう。だから、お主には味で働いてもらう。纏。」
檸檬が纏を呼ぶ。時行の前に纏が2切れの刺し身を持ってきた。どちらも見た目は同じで区別が付かない。
「その2つはどちらも鯛じゃ。しかし、片方はスーパーで売られている安物。もう片方は超神田寿司で扱う1級品。お主には1級品を当ててもらう。もし、外せば今すぐ出て行ってもらうのじゃ。」
突然の難題に両津は冷や汗をかく。
(おい!時行はまだここに来て間もないんだぞ!)
両津は夏春都に目線を向けるも夏春都は涼しい顔で時行を見ている。時行は返事すると刺し身を試食した。両津はムズムズして時行を見ている。続いてもう片方の刺し身を試食した。
(この鯛…)
時行は懐かしい思いをした。嘗て仲間が自分のために危険を冒して取ってくれた鯛の味。それが口に広がった。
時行は目を開け箸を置く。そして、後に試食した刺し身があった方の皿を前に出した。
「こちらが1級品の鯛でございます。」
息が詰まるほど静寂な空間。両津の汗が畳に落ちる。檸檬は時行を見て微笑んだ。
「見事正解じゃ。素晴らしいぞ。」
「ありがとうございます。」
なんとかなったと両津は緊張を解いた。周りもホッとして時行を見る。みんなが時行に近付き誉めている。すると、夏春都が一声掛けて静かにした。
「檸檬。時行にいろいろとここを教えてやりな。」
「はい。」
「残りは仕事に向かう!それと一郎はこちらに来なさい。」
檸檬と時行の2人を残して両津と夏春都は別の部屋に入った。
「どういうつもりだ?最初っから入れるつもりだっただろ。」
「何の話だい?」
「珍しく惚けるな。あの鯛だ。あれはさっき時行が食べてた鯛だろ。で、もう1つの鯛は纏に急いで買いに行かせた奴だ。まったくヒヤヒヤさせるぜ。」
両津が愚痴愚痴言っている。それでも夏春都は涼しい顔をしている。
「試したのは事実だよ。だが試したのは味見じゃない。あの子の品格だよ。」
「で、結果は?」
「素晴らしいを超えてるよ。歳下の檸檬に対しても失礼のない礼儀。何事にも動じない精神。気品溢れる佇まい。この超神田寿司に相応しい…いや素晴らしい人材だね。」
「夏春都がそこまで誉めるとは時行も鼻が高いだろ。」
両津が笑っていると夏春都が振り返って話しかけてきた。
「それであの子は何者なんだい?」
「え?何の話だ?」
「惚け方が下手だよ。あの子の品格。この時代じゃ到底身に付かないものだよ。平安…いや北条時行だから南北朝辺りの人間かね?」
夏春都に核心を突かれギクッとする両津。なんとか誤魔化そうと考えたが観念して夏春都に全てを話した。南北朝時代にいた本物で死んだと思ったら何故かここにいたと。そして、自分が時行を養うことになったと。
全てを聞いた夏春都は納得した。珍しく大笑いする。両津もびっくりするレベルで笑った夏春都は時行と檸檬がいる部屋の方向を見た。
「にわかには信じ難いが実際見たんだ。納得するしかないよ。」
「夏春都、この事は…」
「分かってるよ。誰かに漏らすヘマはしない。漏れるとしたらあんたの口からだけだ。」
「さすが夏春都。」
話も終わり時行と檸檬の部屋へ向かう。すると、障子の隙間から覗いている女性がいた。彼女は擬宝珠纏。新葛飾署交通課の巡査で超神田寿司の長女である。両津とは再従兄妹に当たる。
纏は難しい顔して覗いている。両津と夏春都が近付いているのに気づいていない。両津が声をかける。
「纏。」
「うわぁ!カンキチか!」
「何している?」
「会話を聞いてた。…なぁ、両津。」
「なんだ?」
「あの時行って何者なんだ?檸檬と万葉集で盛り上がってるぞ。」
(う〜む。さすが武家の息子ってか。)
纏が時行を指差す。両津も万葉集など知らんから何も言えない。そんな2人を夏春都は呆れて見ていた。
明日は時行にとって初めての学校。様々な思い出を作ることになる。時行はこの学校でどんな生活を送るのだろう。それは誰にも分からない。