いつか観ていたかもしれない映画に「来世は東京のイケメン男子に産まれたい」なんて願いを星にかけたヒロインが出てきていたけど、彼女は最後にどうなったんだっけ。
そんな益体もないことを考えてしまうのは、わたしがまさに
とはいえ、自分はその昔どこの誰でどんな人生を送って死んだなんてそこまで事細かに覚えてないし、その記憶もちょっと……というか、かなり信用できない。たとえば人々の暮らしは言葉にできないほど栄えていて、みんな高い建物の中で暮らしたり働いたりしている。生活は豊かだけど娯楽から何から飽和していて、産まれてから今までずっと片田舎で暮らしているわたしが見ると……上手く言えないけれど、便利な代わりに忙しない印象だった。いずれにせよ、今わたしが暮らしている世界とは何もかもが違う。
言ってしまえば異なる世界への転生……なのだろうか。何にせよあの世界で一度死んだわたしは、中世と近世が入り混じったような異世界――アステリア王国の片隅に佇む小さな村落に生を受け、文字どおり新天地で一からやり直すことになったわけだ。
あまりにも突飛な話だ。ものを知らない田舎娘が妄想を拗らせていると言えばそれまでで、けれど言葉にしがたい現実味がある。今振り返ると、かなり困ってしまった時分もあったものだ。
産まれて数年。悩んだわたしは、この話は心に秘めたまま深く考えないと決めた。単に問題を棚上げしていると言えばそれまでだけど、別にわたしが
日曜学校へ通うようになった頃には、この曖昧なくせに妙に老練した記憶の影響なのか、周りの子供たちよりちょっと大人びた娘として扱われて、神童だ何だと持て囃されるようになったけれど……ほかの子たちより難しい計算ができるとか、文字の読み書きに苦労しないとか、その程度だろう。何か大層なことを成し遂げたいとか、そういう目標があるわけでもない。
強いて言えば、魔法で村の人たちの怪我や病気を治せるので、自立できるようになったらそれを活かして小さな診療所でも開きたいぐらいかな。村長をやっているお父さんにも「こんな子は初めて見た」とびっくりされたぐらいだから、これにかけては才能がある、のかもしれない。村を出て探せば魔法使いなんてたくさんいるかもしれないけれど、この小さな村で魔法を使える人はわたししかいないから、よく分からないのだ。
怠惰で向上心がない奴だと言われたら反論できない。でも、わたしは……村の小さな子たちと遊んだり、近所の人たちの収穫を手伝ったり。そういう自分にできることを精一杯取り組む今の生活がきっと、自分で思ってるよりも好きなのだろう。
目覚める時はいつもここがどこでわたしが誰なのか、ちょっとだけ分からなくなる。酩酊にも似た自我の混濁。でもそれだって、十数年も生きていればいつものことと流せるぐらいには慣れるもの。
「――エル。そろそろ朝だよ。今日はお寝坊さんかな?」
「……っ!」
ドア越しに響くお父さんの声で、わたしは跳ねるように上半身を起こした。弾みでベッドが軽く軋みをあげる。寝坊してしまったらしい。
「ごめんなさい、お父さん!」
「はは、構わないよ。教会の鐘が鳴っても起きてこないから、様子を見にきたのだけど……いつも忙しそうにしてるし、たまにはのんびりしたって父さんもみんなも文句は言わないさ」
「わたしは身体を動かしてたほうが落ち着くの! とにかくすぐ行くね、ありがとう!」
慌ただしい動きで身支度を整えはじめる。
私室に置いてある姿見は、いつ見てもかつてとは違う姿を映している。暖かな干し草を連想させる長い薄金の髪。
するすると髪を編み込んでいく。王都のような都会と違って娯楽に乏しいこの村では、こういうヘアアレンジをするだけでも気分転換になる。まぁ、毎日頑張るぞーっていうちょっとした儀式というか……願掛けみたいなものだ。
「……よし」
スカートの裾を軽く払って、これで準備完了。
エルピス。家族や村の人たちからは「エル」と呼ばれる、このわたし。それが、フィロス村に暮らす今のわたしだ。
「やぁ。おはよう、エル」
「おはよう! ごめんなさい、忙しいのに朝ご飯の準備を任せちゃって……」
「なぁに、大丈夫。たまには父さんにも家のことをさせてくれ」
お母さんもおはよう、と食卓に飾ってある小さなフレームのなかの似顔絵に笑いかける。
わたしを産んですぐ、産後の肥立ちが悪くて死んでしまったお母さん。そのお母さんに代わって、お父さんは村の村長として働きながらわたしを育ててくれた。色々と思うところも大変なこともあっただろうに、そんなことをおくびにも出さず男手ひとつでわたしの面倒を見てくれたんだ。大人として、すごく尊敬できる人だと思う。
「朝は……あ、これこの前お肉屋で買ったやつ?」
食卓に並んでいる黒いパンは、スープに浸して食べるものだ。スープには刻んだ肉や野菜が入っていて、その横にはミルクがなみなみと注がれたコップが置かれている。
「あぁ。といっても地方だからね、なかなか商品が揃わない。剣の心得がある若者のひとりでもいれば色々任せられて一挙両得なのにって、店主がぼやいてたよ」
「うーん……難しいよね。森は獣だけじゃなくて、魔物も出るっていうし……」
朝食の準備を進めながら挙がった取り留めもない話に、眉を下げる。
動ける歳の男の人が、村にいないわけではない。でもどの人たちも普通の農民や職人だから、商売道具を振るう心得はあっても、危険な魔物との闘い方なんて分からないのだ。村の外れにある森には時々巡回を兼ねて騎士様がやってきて狩りをしているらしいと聞くけれど、それもあくまで本職の片手間の範囲の話だろうし、あまり期待してはいけないだろう。
「ねぇ。……あの、わたしも……」
「可愛い一人娘に荒事を任せたくない親心を分かってほしいな」
ハハハ、と笑うお父さんはいつもの調子だ。
「でも……」
「エルは、……いつも使っている
本当なら外に飛びだして、もっとたくさんのものを見てくるべき子なんだと……父さんはずっと思ってるんだよ」
「もう、またそれ? わたしは村のみんなの役に立ちたくてここにいるんですー」
頭を撫でられながら、軽く溜息をつく。みんなそう言うけれど、見当違いもいいところ。村の子たちより物分かりが良いのは、全部
「まあ、とにかくご飯だ。時間もあるだろう?」
「あー、そうだった!」
わたわたと食卓につく。
「それじゃあ、今日も英魂アルトゥールと国祖ティベリウスに感謝して」
「いただきます!」
軽く手を合わせる。
アルトゥールは
スープに浸したパンを咀嚼しながら、ミルクで喉に流し込む。小さい頃は硬くて食べられたものじゃなかったけど、慣れれば慣れるものだ。
手早く朝食を済ませ、席を立つ。忙しいお父さんの代わりに、家の仕事はくるくると動けるわたしがほとんど担っている。村の外れにある井戸から水を汲んでくるのも、わたしの仕事のひとつだ。
「それじゃあ、行ってきます!」
気を付けるんだよ、と見送られて家をあとにする。十四年ですっかり馴染んだ、いつもの日常だった。
「え、丘三つ向こうの村がですか……?」
「そう、魔獣にやられちまったらしい」
村の中心部にある雑貨屋で買い物してる途中、おばさまから聞いたのはそんな話だった。
「みんな死んじゃったんでしょうか……」
「あちこちひどいもんだったって聞いたよ。まったく、天災みたいなもんとはいえ怖い話だね」
「うん、ほんとに……」
ちら、と村の外に広がる山脈を見る。
豊かな森を抜けたその、更に向こうに連なる山脈。それさえ超えた、たぶんわたしが想像できるよりもずっと遠くに――雲の天蓋を突き抜けて、月や太陽にまで届くんじゃないかというほどに長い〝塔〟がある。こうやって遠くから見ると、布に縫いつけられた一本の針のようにも見えた。
誰が呼んだか、ついた名前は
わたしが産まれるよりもずっとずっと前から存在していたらしいあの塔は、どういう構造をしているのか内部から魔物を差し向け、頻繁にわたしたち人間を襲ってくる。過去、塔そのものを壊したり、あるいは内部を調べたりするために何度も国から部隊が派遣されたらしいけれど、みんな死んでしまって帰ってこなかったそうだ。おかげでわたしたちはいつあの塔の餌食になるかと内心どこかで諦めながら、あるいは怯えながら生きるしかない。
騎士アルトゥールがこの国の希望や憧憬の象徴なら、ジグラットが示すものは恐怖と絶望の象徴といえるのかもしれない。どちらも、わたしみたいな田舎者でも寝物語のお伽噺に聞かされて知っていることだ。
「エルおねーちゃん!」
内心暗澹たる気分になっていると、村の子供たちが慌ててわたしに抱きついてきた。スカートの裾を小さな手で掴んでいる。
「転んで怪我しちゃった! 治してー!」
屈んで見てみれば、どうやら軽く擦り剥いているようだった。薬草でも治せそうだけど、頼ってきた以上無碍にはできない。
「ちょっと待ってね。このぐらいならすぐ治るから」
患部に手を当てると、柔らかな光が傷を包みこんでいく。数秒もしないうちに傷はなくなって、元どおりに塞がっていた。治癒魔法は、これしか使えないなりにわたしのささやかな取り柄だと思っている。
「おねーちゃん、すごい!」
「ありがとー!」
「怪我には気を付けるんだよー」
元気に駆け回る子供たちを、軽く手を振りながら見送る。さて、わたしも頑張らないと。
「ちょっと遅くなっちゃったな」
バスケットを揺らしながら家路を急ぐ。
なんのかんのと買い物や人助けに精を出していたら、すっかり夕暮れになってしまっていた。頼まれた食材がなかなか見つからずに、すぐ隣の村まで顔を出していたからだろう。魔物の話があった影響か、ただでさえ普段は通らない街道は閑散としている。
「早く帰――、」
呻き声が聞こえたと思ったときには、バスケットに食いつかれていた。ぎょっとしているうちに、わたしの背丈と同じぐらいはありそうな獣がバスケットの中身をがつがつと貪り尽くす。後退りしようとすれば、後ろには同じ獣が群れてこちらを睨み据えていた。
「……………!」
咄嗟に横に抜ける。籠の中身に夢中になっている今なら――と思ったけど、わたしの足では追いつかれてしまうだろう。どこかやり過ごせる場所は……と視線を巡らせて、小さな洞窟を見つけた。あそこなら隠れられそうだ。
ほとんど転がるように飛び込む。
「う、わ……!?」
入ってみれば、洞窟というより落とし穴に近い構造だったようだ。足を滑らせたのもあって、服を泥まみれにしながら下へ下へと落ちていく。
「あ、いたたた……」
強かに腰を打ちつけた先には、入口の小ささからは想像できないほどの広大な空間が広がっていた。よろめきながら立ち上がり、息を呑む。
「――人?」
その空間の奥で、男の子が氷漬けにされていた。もっと言うなら、彼を閉じ込めているのは、その煌めきから氷ではなく宝石のような結晶なのがわかる。彼はその中で眠りについていた。
歳は……今のわたしと同じぐらいだろうか。死んでいるのか生きているのか、全然わからない。剣を携えているから、剣士……なのだろうか。夜を塗ったような黒髪、瞼を閉じていても整っていると分かる顔立ち。その彼が眠りに就く大結晶。こんな時なのに、わたしは思わず見惚れてしまって――――。
そうしているうちに、さっきの獣たちが追いついてくる。
……わたしは、こんなところで死んでしまうのだろうか。
ずっと、卑怯な生き方をしているような気がしていた。誰かに褒められるたびに少し悲しかった。
だから、せめて背を正して、胸を張って生きていけるようになりたい。それが誰に対してなのか、何に対してなのか。それは分からないけれど――――、
「わたしは、まだ……!」
距離をとっているうちに、結晶に背中と手が触れた――瞬間。
甲高い音を響かせて結晶が割れる。彼が、眠りから覚めながら落ちてくる。
――踏み込みは一瞬だった。名前も知らない彼は、わたしなどでは目にも留められない剣捌きで獣を斬り伏せ、こちらを振り返る。
「――――あなた、は?」
「――――わからない。けど、助けたいって思った。ほかでもない、おまえを」
涼やかな声が空洞に響く。鞘へ剣を納める音が、鈴のように鳴る。
絡み合う視線の先。
――――
長いことROM専でしたが、ふと思い立って書きはじめてみました。感想・評価などくださると励みになります。
「私解釈の乙女ゲームをやりたい!」と「顔が良くて面倒臭いイケメンっていいよね!」の気持ちを込めて書きました。マジでゲームだったらパウリちゃんよろしく選択死しまくるシナリオをイメージしています。