「くそっ……!」
ルドルフは悪態をついた。
その言葉はだれに届くでもなく、もはや静寂に満ちただけの森の中に吸い込まれていく。
(一体あれはなんなんだ。なぜあのタイミングで、あの量の呪霊の群れが発生し、わたしとジャングルポケットに――――!?)
「カイチョー!」
「!」
聞きなれた声。
そこを振り返ると、そこには見慣れた姿があった。
「てっ、テイオーさっ、いきなりすぎますっ」
「カイチョー! 大丈夫!?」
地面にへたり込む補助監督と、トウカイテイオーの姿が、そこにはあった。
「テイオー!? なんでここに……!?」
「カイチョーが心配で来たんだよー! からだじゅうすごいケガじゃんっ! 早くもどって治してもらおー!?」
補助監督と共にバックアップの任についているはずだったトウカイテイオー。
彼女は、しきりにルドルフの体をいろんな角度から眺めていた。
「いや、まだ、任務は終わっていない! ジャングルポケットが、呪霊に連れ去られた!」
「知ってるよ! 見てたんだもん!」
とたん、テイオーは目を見開いた。
「って、えええええええええ!? カイチョー、うでなくなってるじゃん!? 早くお医者さんのところに」
「大したことはない! それよりも、彼女を追わねば……!」
「その必要はない」
しゅたっ、と近くにシンボリクリスエスが着地した。
「クリスエス!」
ルドルフは名前を呼んだ。
「どうしたんだ、クリスエス。いや、無事だったのか。よかった」
「こちらこそ――すまない。ルドルフ、お前に多大な負担を背負わせてしまった……」
「いや、大丈夫だ。それよりも、ジャングルポケットが……」
「――――繰り返すが、その必要はない」
ポン、とクリスエスはルドルフの肩に手を置いた。
「クリスエス、なに――――を――――」
ガクリ。
ルドルフの意識が途絶えた。
その体を、クリスエスは優しく受け止めた。
「カイチョー!!」
テイオーが慌てて彼女に駆け寄る。
「問題は、ない、テイオー。少し、反転術式を、流しただけ、だ」
「え、どういうこと?」
「無理やり、彼女は呪力で体を動かしていた。それを――中和した」
クリスエスの腕の中で、反転術式が巡る。
ルドルフの顔についた傷が、すこしずつ、ふさがっていく。
「すごい、初めて見ました……反転術式の外部放出……!」
補助監督は感嘆の声を漏らした。
「治療はするが、わたしだと――限界が、ある。はやく、医療班を、よんでほしい」
「わっ、わかりました、今すぐ電話を――――」
補助監督がとっさに電話を取り出す。
「ボクがつれてくよっ! ばしょはわかってるもんね!」
テイオーが、補助監督の脚と肩の後ろに手を回す。
「えっテイオーさん何を――――」
「じゃ、いってくるねっ」
「えっちょまわああああああああああああああ!!」
テイオーが地面を蹴ったその瞬間、ものすごい跳躍力で空へと飛びあがって行った。
それをその目で確認すると、クリスエスはルドルフに顔を戻した。
傷だらけであったその顔は、元の美しい端正な顔に戻っていた。
優しいその手つきで、次は首元へと手を伸ばす。
意識を集中させ、手に反転術式を循環させる。
ふわりと首元に手を当てると、そこにあった傷が、ゆっくりとふさがって行った。
「――――お前は、優秀だ。だが、頑張りすぎだ――」
友の体を癒しながら、シンボリクリスエスは、小さくつぶやいた。
「はっ!」
シンボリルドルフは目を覚ました。
見覚えのある、白い天井。
とっさに上半身を起こす。
自分がいる場所は病室であると、即座に認識した。
昔はよく来ていたが、再び来るのはいつぶりか。
「っ……」
ふらり、と一瞬意識が遠のく。
ただの貧血か、すぐに意識は回復した。
「Good morning」
「!?」
ベッドの上で、ルドルフは跳ねた。
彼女の横には、シンボリクリスエスが静かに座っていた。
というか、静かすぎた。声を出す今の今まで、全く気が付かなかった。
「お、おはよう、クリスエス」
「……驚かせてしまって、すまない」
すこし視線を落として、クリスエスが謝罪する。
表情には全くでないが、彼女の心はしっかりと動いている。
ルドルフはそれを理解していた。
「気にしなくていいよ、クリスエス。さすがだね、君の気配の消し方の上手さは」
「……ありがとう」
嬉しそうに――ルドルフはそう予想した――クリスエスがそう言う。
「ああ」
ルドルフは相槌を打って、口を開いた。
「急ですまないが、わたしが寝てからどれくらい経った?」
「half……半日、程度だ。今は、午前、十時、くらいだ」
「そうか……すまなかったね。わたしの力が及ばなかったために……」
ルドルフは視線を落とした。
「気にすることは、ない。それよりも、報告することが、ある」
「ん? なんだい?」
クリスエスは少しためらうように――予想だが――視線をルドルフから外した。
「あの時、ジャングルポケット……それを……took……持って行った呪霊が、逃げたとき……わたしは、彼女を、追っていた」
「! そうなのかい」
「Yes……そこで、目にした……呪霊が向かう先に……人が、いた」
クリスエスはそこで言葉を切った。
彼女の特徴だ。
クリスエスは、言葉を口に出すのに、すこしばかり時間がかかる。
ルドルフは、彼女がしゃべるまで、じっと待った。
「呪霊たちは、その人に、吸い込まれ……消えた、ように見えた」
ルドルフは息をのんだ。
クリスエスの言葉に感情が乗っていない(ように聞こえる)せいか、あまり実感がわかないが。
それは重大な事実のはずだった。
「つまり……あの呪霊は、その人に使役されていたものだった、という事か……?」
確かに、それであれば、辻褄が合う。
あんなピンポイントのタイミングで、自分とジャングルポケット、それぞれに襲い掛かり、さらに自分がジャングルポケットを追う邪魔までするような呪霊の群れが出現するなど……。
「Probably……保証は、無いが……。可能性は、ある」
いや、それだけじゃない。もっと重大なことがある。
あの呪霊たち。
明らかに自分を邪魔することで、ジャングルポケットを逃がすように動いていた。
「何か、ジャングルポケットの呪肉に、関連しているかもしれない、という事か……!」
「Yes……。わたしも、そう思った。そして、その人を、追おうとした。But……逃げ、られた」
「逃げられた……? 君の追跡力と、目をかいくぐって……?」
「……呪霊を出して、逃げた。機動力の高い呪霊を使役して……わたしは、追いつけなかった」
「となると、やはり……」
「呪霊躁術である、可能性が高い」
――――呪霊躁術、か。
それは、類まれなる、強力な術式だ。
かつての大昔には、代々その術式を受け継ぐ家が存在していたらしいが、今やそれは消え去り、ごくまれに、隔世遺伝的にそれを持って生まれる者が、ごくまれに歴史に現れるというだけになった。
対象となる呪霊を調伏することで、自らの意のままに操るという、強力な術式。
その数に制限はなく、術師が調伏さえできれば、ほとんど無限に取り込むことができる。
その者の死の瞬間には、周りに災いを降りかからせるという言い伝えが残る、いわくつきではあるが……。
「マンハッタンカフェ……」
ルドルフはその名前をつぶやいていた。
現学園の中において、唯一の、呪霊躁術の使い手。
というか、確認できる限り、近代の学園成立以来初めての呪霊躁術の使い手だった。
同じ時代に、二人の類まれなる術式を持つ者……。
もし、ジャングルポケットを連れ去って行った「あの人」というのが、同じ呪霊躁術の使い手と言うのならば……。
「何か、関係があるかもしれないな」