「クリスエス、今の話は、もう上部に報告したのかい?」
「No……まだ、報告していない。昨日お前がここに来てから……ずっとここにいる」
「えっ!?」
よく見ると、クリスエスの目の下には隈ができていた。
その表情も、注意してみてみれば、少し疲れているように見える。
そして少し小刻みに、ふらふらしていた。
(ずっと看病してくれていたのか……! それにしても無表情すぎて全く気が付かなかった…………!)
「く、クリスエス、わたしのことはもういい。早く休んでくれ」
「だが……マンハッタンカフェのことは……」
「いいんだ。それよりも、一晩中看病してくれてありがとう。もう大丈夫だ。だから、君は早く休んでくれ。君が体調を崩すほうが一大事だ」
「そう、か…………わかった。休もう」
ゆっくりとクリスエスが席を立ち、病室の扉へと歩いていく。
ガラリと扉を開けて出ていくのを確認してから、ルドルフはため息をついた。
「優秀だが、ストイックすぎるな、クリスエスは…………まさか一晩中、あの体制で座ってたんじゃないだろうか……」
口に出してみたが、冗談にならなさそうなのでそれ以上はやめた。
(しかし……貧血以外は、体がものすごく楽に動く。クリスエスが治療してくれたのだろう)
普通に治療していれば、完治に一月近くはかかっただろう。が、それどころか、健康そのもののように感じられた。
これなら、普通に動いても問題はないだろう。
ベッドから体を起こすために、左手をベッドに――――つけなかった。
「しまっ」
――――た!
ばたん!
床に転げ落ちてしまった。
「……腕が、ないんだったな」
先の戦いで、左腕を捨て、命を得たのを忘れていた。
流石にクリスエスでも、たった半日で他人の腕を生やすのは無理だ。
(しかし、呪力操作に不調はなさそうだ)
体を呪力で守ったことで、無駄な怪我を増やす自体にはならなかった。
右腕で慎重に立ち上がる。
「ふうっ」
その場で二度小さく跳んでみるが、全く何処も痛むところはない。強いて言うなら、すこし貧血気味、というだけだ。それは時間が解決してくれるだろう。
ルドルフは扉へと向かい、ガラリと扉を開く。
「ん?」
扉の横で、誰かが倒れていた。
「大丈夫か?」
とっさにしゃがみ込む。
しかし、すぐに焦りは消えた。
「…………テイオーか」
すう、すう、と、トウカイテイオーが可愛らしい寝息をたてていた。
おそらく、こんなところだろう。
自分の様子を見に来たかったが、それをためらって、扉の前で寝てしまった。
確かに、病室にいる自分のところに彼女がこないと言うのが、少し気になってはいたが。
「ありがとう、テイオー」
ルドルフはテイオーの首の後ろに手を回した。
抱き上げようとしたが、そこで気がつく。
「……左腕がないんだったな」
少し悲しさを感じる。
彼女をここでほうっておくわけには行かず、代わりに腰に手を回して、片手で抱き上げた。
不器用な抱き方だったが、ほうっておくよりはマシだろう。
テイオーを片手にしながら、ルドルフは廊下を歩いていった。
「報告します、たづなさん」
とある一室の中で、ルドルフは凛とした声で言った。
「……ええ、それは良いんですが……それは……」
向かい合うたづなは、ルドルフの右腕に目を向けていた。
「ああ、わたしの病室の前で寝ていたので……この通りです」
「ん……カイチョーのにおい……」
ルドルフの右腕の上で、トウカイテイオーは幸せそうな顔でみじろぎした。
「このままで大丈夫ですので。それでは、報告いたします」
「は、はい」
「ご存じの通り、わたしはジャングルポケット呪肉体の討伐任務に就いていましたが――――
×
「――――その際、シンボリルドルフ一級術師は、ジャングルポケット呪肉体と交戦、激戦の末、左腕を失う重傷を負いました。その先頭のさなか、妨害をするように、大量の呪霊が出現。ルドルフ一級術師を妨害し、ジャングルポケット呪肉体を連れ去った、とのことです。また、その際シンボリクリスエス一級術師が追跡を行いましたが……呪霊躁術の使い手と思われる術師により、ジャングルポケット呪肉体は連れ去られ、行方不明………という、事態です。以上が報告になります」
たづなさんの無機質な声が、広い部屋に響き渡る。
それを聞いているものは、まったくその顔を彼女に向けず、自身の机の上のディスプレイに目を向けていた。
「……ご報告、どうもありがとうございます……とでも言えば、良いのかな?」
アグネスタキオンは、静かにつぶやいた。
「……会長さんの腕を直す薬は現在調合中だし、ポッケ君の追跡のための装置も今設計している……」
机の上の紙を見つめながら、ジャングルポケットはそういう。
そして顔を上げて、キーボードに入力を始めた。
それがディスプレイに、左から右へと粛々と反映されていく。
「おっと……」
入力を間違えたところが、数文字消されていく。
そしてまた、新しい文章が、変わらない様子で積み重なっていった。
「わたしは忙しい……とは言えないが。術師はみんないそがしいからねぇ……特に術式持ちは」
テーブルの端に乗っている陶器のカップに手を伸ばす。
それを口元に運び、口にした。
「……タキオンさん。あなたに、任務です」
タキオンの手は止まらなかった。
たづなさんの言葉の後、断続的なキーボードの音のみが響く。
「……ジャングルポケット……呪肉体、その、討伐任務です」
「なぜ、わたしなんだい?」
その顔が、はじめてたづなさんの方を向いた。
「話を聞くに、訪ねるべきは、カフェの方ではないのかい? ただ薬の調合しかできないわたしではなく」
彼女はさらに続ける。
「それに、会長さんもやられた、ということじゃないか。実力でも何もかも、劣っているわたしに、何を求めるというんだい?」
その目が、じっと、たづなさんを見つめる。
しばらくの、間。
たづなさんは口を開いた。
「開発を、しているんですよね。ジャングルポケットさんを……もとに戻すような、薬を」
「…………どこからそれを?」
「マンハッタンカフェさんからです」
「ああ……カフェからか……」
どこか納得したような顔を彼女はした。
「もう訪問済みという事だね……さすが、ぬかりない」
「では、受けてもらえますか?」
大きなため息。
「……わかった。受けようじゃないか。新薬の臨床実験の機会を……」