「それで、ここが外なんだけれどもね」
「っ……!」
断崖絶壁だった。
高高度の涼しい風がひゅうっと吹く。
ジャングルポケットはぶるりと震えた。
まだ万全に歩くことのできない彼女は、片方の手に松葉杖を手にしていた。
「くぁ……」
眼下を目にして圧倒されるジャングルポケット。その横で、チルがひとつあくびをした。
ジャングルポケットは横のチルへ顔を向けた。
「んー……これで満足したかい?」
こともなげに、そういって見せる。
「いや……えっと……」
ちらり。
断崖絶壁。
下は、何十メートル先だろうか。崖下では視界の端から端までが、すべて緑の森に覆いつくされている。
呪いの気配もない。都会特有の、憂鬱な呪いの霧で覆われているかのような感覚もない。
つまりここは市街地から遠く離れた、山か森の奥かのどちらかだった。
首を後ろへまわしてみてみると、切り倒された木々の中に立つ、簡素な掘っ立て小屋があった。さっきまで、自分とチルがいた場所だ。
「マジで、どこまで来ちまったんだ……」
「んー、大体、鎌倉森あたりじゃないかなー……」
「か、鎌倉……? 東の方か?」
「いや、北陸の方だね」
「北陸!?」
ジャングルポケットは素っ頓狂な声を上げた。
「きみをシンボリルドルフから逃がす必要があったからねぇ……んん……ねむ……」
ぐいーっ、とチルは伸びをした。
「ま、待ってくれ。教えてくれ。なんで、俺は狙われてんだ? 特級呪物、取り込んだっつっても……そんだけで、討伐対象にでもなんのか?」
「いやぁ、わたしは学園のウマ娘じゃないからねぇ。規則とかはわからないよ、それは。まあ、ひとつ言えることとすれば、君はマンハッタンカフェとアグネスタキオン、メジロラモーヌ、メジロアルダン、メジロライアンを重症に追い込んで、シンボリルドルフの左腕を奪ってるんだよね」
「……はっ?」
「これで納得したかい? 君は特級呪物を取り込んで、それを制御できずに、多くの術師、それも大半は一級術師に甚大な被害を与えてるの。『制御不能』と学園が判断するには十分。討伐対象になるには、十二分、ってところかな」
まるで全身が発火したかのような焦燥。
ジャングルポケットを襲ったのはそれだった。
「おい……待てよ。嘘だろ。それって、……本当なのか?」
すがるような気持ちで、ジャングルポケットは聞いた。
頬がひきつる。
喉が急激に乾いて、頬を汗が垂れた。
(俺が……カフェやタキオンを……?)
思ったように声が発せない。呼吸が浅くなる。
――仮にも、かつての自分が勝てる相手じゃないはずだ。
強力な呪霊躁術。
ありとあらゆるものをその頭脳で作り出せる構築術式。
対して、呪力操作すら暴発してマトモに動かせない四級呪術師。
本当だとしたら、やはり、呪物を――――?
いきなり、百キロもランニングしたかのような気分だった。
「まあ、うそだと思えば……ここから抜け出すなり何なりして、学園にでも行って確かめてみればいいと思うよ。……熱烈な歓迎が待ってると思うけど」
「……!」
とっさに自分の腕を見る。
手首についている環の入れ墨のような模様。
それを、指で数度、こすってみる。
「……君が寝てる間にわたしが落書きした、とかじゃないよ」
「分かってる! くそっ……! なんで、こんな……!」
「だから、特級呪物を――――」
「なんでオレは、そんなモン取り込んだ――――!?」
しん、と場が静まり返る。
「はぁ……はぁ、はぁ……」
「……ジャングルポケットくん」
「なん、だよ……!」
「それは、君が、自らの手で取り込んだものだ」
「――――――――ッ!!」
まるで、現実ではないようだった。
今、自分は夢の中にいるのか。だが、先ほど目を覚ましたばかり。
体を吹き抜ける風も、熱いこの体も、高鳴る心臓の鼓動も。
痛いほど強く噛みしめている自分の歯の感覚も。
――――自分から立ち上る、制御できないほどに膨大な、この呪力も。
それはすべて、現実そのものだった。