散らかった部屋。
薄暗い部屋。
長く掃除していない部屋に特有のにおいがたちこめて、マンハッタンカフェは眉に深い皺を刻んだ。
「…………」
視界の先には、積まれた段ボールやごみ袋によって形成された山があった。それを造った張本人で、かつ今、ずっとカタカタという音を発している犯人は、そのゴミ山の向こうで座っていた。
「ふーむ、特定の呪力周波数に呼応して振動する低級呪霊を使う案としてのサンプル六十七号はまたも失敗か、そろそろ足を切る必要があるかもな、ではこちらのサンプル七十八号は……ふーむ、規定値に達したものの、まだまだ精度が実用段階に足るものではない……残して経過観察、後ほど臨床実験と行こうか……ああそうだ、新しい案として始めた百号サンプルの様子も見に行かなければならないなぁ……あれはどうしようか、今は他のサンプルで目が離せない……またダンツくんに手伝ってもらうかな……」
あれから二日……。
不眠不休で、アグネスタキオンは研究にいそしんでいた。
同じ部屋をシェアしているマンハッタンカフェは、その様子を(ゴミの山越しに)ずっと見つめていた。
この部屋に来れば、必ず彼女がそこにいる。そして常に、パソコンのキーを叩く音がする。
起床時間より早く研究にとりかかり、消灯時間が過ぎてもずっとパソコンを叩き続けているのだろう。
おそらく、ほとんど寝ていない。
雰囲気でわかる。
不眠不休で、ひどく衰弱している人間には、それだけで
正直、自分はこんなところに居たくない。
ごみのにおいがずっとするし、洗っていない人間の体臭が鼻腔を激しくくすぐるのだ。
だが、自分がここにいないと、そのよくないものが友人にちょっかいを出してしまうかもしれない。
それは普段のアグネスタキオンならば、なんら障害とならないものであるのだが、研究にいそしんでいる間の彼女は違う。
集中している彼女は、常軌を逸している。
自分が部屋に入ってきても、カップを落として大きな音を立てたとしても、彼女は意識を寸分たりともこちらに向けない。
これならば、彼女の陰気に誘われてやってきたそれに対しても、何の興味も示さず、ひどい目に合うかもしれない。
いや、別に普段ならば、そんなことも気にせず(というか気にする義理もないのだが)生活しているのだが、今回ばかりは事情が少し違う。
彼女の研究の成果が、此度の作戦の成否に関わっているのだから。
「う〜ん、やはり数値が安定しないな……これでは特級呪霊のことすらも正しく捉えきれない……触媒を変えてみるか……? いやこれだとまた全てをやり直すことになる間に合わない……。やはりデータが足りないな、実験を繰り返すしかないか…………」
……少し前
「三日……三日で、ポッケさんの居場所がわかる装置が作れるんですか?」
カフェがそう聞く。
たづなさんは視線を泳がせ、ためらう様子で口を開いた。
「正直、確証はありません。しかし、タキオンさんが自分でそう言ったんです」
……意外なことだ。とカフェは思った。
あの人が、自分から。
常に自らの実験と探求と砂糖まみれの紅茶のことしか考えていないあの人が。
「…………変な人」
誰にも聞こえない声量で、カフェは静かに呟いた。
(――――、…………!)
(ええ、分かっていますよ)
おともだちの警告どおりに意識を向け、そこへ僅かな殺気を織り交ぜて、呪力の塊を飛ばす。
窓から侵入しようとしていたその異形は呪力の塊に直撃され、形を崩し、霧散した。
(……わたしも、大概ですね)
自嘲気味に微笑んで、カフェはコーヒーのカップを手に取った。
口元まで運べば、コーヒーの苦い中に交じる香ばしい豆の香りが鼻腔をくすぐる。
湯気のたつコーヒーの香りを楽しんでから、カフェはそれを口にした。