「う〜ん……クリスエス、どんな感じだい?」
眉根を寄せながら、シンボリルドルフは聞いた。
「ずいぶんと、無理に吹き飛ばしたな……。軟骨や骨の接合部が、複雑に削れてしまっている…………。お前、らしくない」
「すまない、あの時はかなり無茶をしたよ……」
シンボリルドルフの今は亡き左腕を、シンボリクリスエスは診ていた。
「前回は、血を止める応急処置しかしていなかった……。だから、まずは、骨の形を整えるところから、だ」
「すまない、いつも迷惑をかけてしまって……。反転術式を連日使うのはかなり疲れるだろう」
「問題は、ない。いつもちゃんと寝れているし、お前の腕を治すのならば、少しの疲れくらいは、構わない」
クリスエスの手に、反転術式によって生み出された正の呪力が循環し始める。
そして逆の出には、呪力が循環しはじめた。
それをルドルフの肩――腕が取れた部分に近づけると、ルドルフは眉をしかめた。
「っ…………」
「すまない。少し、痛む」
乱雑に壊れたルドルフの体組織。
クリスエスはその再生をするために、もう治せず壊死した組織や崩れた組織を呪力で破壊しながら、同時に正の呪力で治すという手法を取っていた。
本来、自らで腕などの大きな部位を再生する時は、反転術式で一気に再生する。最終的に、その過程は数秒もかからない。
正確に言えば、かけられない。
なぜならば、人間の体組織は、血、肉、神経など複雑な構造を取っており、そのすべてを同時に再生しなければ行けないからだ。
そのどれかだけを再生しても意味はない。一気にすべてを再生する都合上、再生は時間をかけないほうが望ましい。
だが、今回の腕の再生は、第三者によって行われるものだった。
普通、第三者への反転術式は腕を再生するほどの効果を得られない。一気に腕をすぐに再生させる出力やその正の呪力を操作をするのが困難だからである。
しかし、シンボリクリスエスはその「目」と彼女の高精度の呪力操作のために、それを可能としていた。
(…………『魂』の形を把握し……そこから、あるべき腕の形を再生する……)
人々が無意識に自覚している自らの魂の形。自らでの再生なら、人々はそれを元にして再生する。
クリスエスの目なら、他人の魂の形を捉え、再生することができる。
「…………今日は、ここまでだ」
シンボリクリスエスは息を切らしながら、それを口にした。
「っ……ああ、ありがとう」
頬に汗をにじませルドルフは謝辞を述べる。
クリスエスは部屋の時計に目をやった。
時間が、先程より一時間ほど進んでいた。
一瞬で時間が経ったと錯覚していたが、実際はそうでないようだった。
「すさまじい、集中力だったね。ありがとう、クリスエス」
「いや……ふぅ……おまえ、こそ……よく、耐えた」
両者とも、ひどく疲弊した様子だった。
とくにクリスエスは、今にも倒れ込んでしまいそうなほどに疲れているようだった。
「……すまない、わたしは、もう、休む。
「ああ、ゆっくり休んでくれ。後で栄養になるものを持ってこよう」
「感謝、する……」
クリスエスがカーテンの向こうに行き、ベッドへ横たわる音を聞いて、ルドルフはようやく、息をついた。
「ふう――――」
そして、自分の左腕を見る。
肩のすぐ下まで欠損していた腕が、上腕の半分ほどまで再生していた。
(感覚もある。呪力も込められる…………)
動かしてみると、全く違和感も痛みもなかった。上腕の先も皮膚で覆われ防がれている。次回はまたここから再生を再開するのだろう。
「……ふう」
二度目のため息。
組織の破壊と再生。
予想以上に神経を使った。
再生の途中は、血も、肉も、神経もむき出しの状態になる。
常に、神経が空気にさらされている状態。
それを避けるために、自らの呪力で断面を保護しながらの再生だった。もし少しでも保護がズレれば、激痛が走るという状況でそれをするのは、かなり精神を消耗した。
さらに血だ。血が吹き出るのを止めるために、血もせき止めていなければならない。
加えて再生したばかりの腕が動かないように、呪力で腕を固定する必要もあった。。
結局、一時間の間、ずっと呪力で腕を覆っていた。
それに最初の方は神経や組織を破壊しながらの再生だったので、実際に激痛も走っていた。
(我ながら、良く耐えたものだ…………)
再生したばかりの腕を撫でながら、ルドルフはそう思った。
そしてクリスエスも良くやってくれた。
魂を覗き見ながらの再生の作業。
自分よりも遥かに困難で精神をすり減らす作業だっただろう。それに反転術式はかなり呪力を消耗し、脳も疲弊する技だ。
本当に一時間で良くここまでやってくれた。
(はやく、わたしも反転術式を習得しなければ)
クリスエスの反転術式を文字通りこの体で経験することで、自分もその感覚をより早く掴めるかもしれない。
それに今の学園は、緊急の怪我の回復をほとんどクリスエスに頼り切っている。
そもそも彼女はこの学園に来たばかり。慣れない環境で疲れやすい中で、これ以上の負担をかけ続けるわけにもいかない。
(それに、わたしも貴重な戦力だ。一刻も早く、戦線にもどらねば……!)
ルドルフは静かにそう決意した。
苦労して現状を打破しようとしたウマ娘は、ここにもいた。
「ふう…………三十分の仮眠は万全にとれたか……」
夕焼けに照らされる部屋の中で、アグネスタキオンはアイマスクを外しながら、デスクチェアから体を起こした。
アイマスクを片しながら、近くの時計を一瞥する。
「……作業開始から四七時間五十六分か……どれ、グループ一二、サンプル一六一から一七五の様子を…………」
マウスを手に取り、カチカチとパソコンを操作する。
そこには一五の小モニタがずらりと表示されており、その全てにはそれらの状態を表したデータが表示されていた。
「ふーむ…………」
そのうちの一番左上の画面をクリックし、拡大表示させる。
そして、カチリ、と右に表示されたデータ項目のうちの一つをクリックした。
『経過観察』と表示されていた項目が、そのクリックによって『不適合』という表示に変わる。
カチリと右にある矢印ボタンを押すと、表示が変わり、次のモニタとデータが表示された。
「サンプル一六二……これも失敗……少し呪力が多すぎたか、消えてしまっているな……。こうなると、グループ十二は絶望的だな……」
また、データ項目をクリックして、『経過観察』を『不適合』という文字に変えていく。
「一六三……これもダメ……次……反応が過剰すぎる……四……これは……ああ、そもそも無反応…………」
そうやって、かち、かち、と次々に画面を変えていく。
「一六六…………だめ」
「一六八……これもダメか」
「一六九…………そもそも反応なし…………」
「では、一七〇………………」
アグネスタキオンはマウスから手を話した。
そして、ギシリとデスクチェアに体を任せる。
大きくため息を付いた。
「…………だめ、か……」
『不適合』、とパソコンの小さな項目には表示されていた。
アグネスタキオンは思案する。
(呪力に反応する低級呪霊の性質を用いた、特定の呪力を探知する機械の開発…………。一筋縄ではいかないとはわかっていたが、これほどとはねぇ…………)
二日と半日前、たづなさんに、「三日でやろう」と言ったのは、ハッタリでもなんでもない。
それ以前から、この研究は進めていた。
あらゆる分野からデータを集め、設備を整え、サンプル採取を行い、実験に取り掛かっていた。
(実験開始から一ヶ月と少し…………か)
低級呪霊の一部を採取して、それを特殊な実験装置にアグネスタキオンの呪力と一緒に投入し、呪力の波長を覚えさせる。
それを元に、呪力に反応し追跡できる装置を作るというものだった。
単純だが、十分に使える仕組みのはずだった。
実験に実験を繰り返して、何百もの調整を行い、なんども条件を変えて、また実験。
その間生み出されたサンプルは、二〇〇。
そのうち最終サンプルは一六〇から二〇〇だった。
(この調子では……難しいかもしれないねぇ。試せることはすべて試せたし、現実的にも、この理論で試せる限りの条件と、設備的に限界の数を最終サンプルたちには用意した…………)
もしこれでダメとなると、三日で終わらないというどころか、そもそもこの理論での実験は不可能と判断しなければならないかもしれない。
「次がダメならば……触媒を変えてみるか…………?」
カチ、カチ、とアグネスタキオンは『グループ一三』の確認に取り掛かった。
「呪霊の『脳』に当たる部分を使ったサンプル……果たして、どうなるかな……?」