小さな鼻歌を鳴らしながら、マンハッタンカフェは廊下を歩いていた。
「……頼める?」
(…―……、―…――)
「うん、ありがとう)
一つの教室の前で足を止める。
ガラリ、と側の扉を開いた。
そこは真っ暗で、棚が所狭しと並べられている場所だった。
棚には箱や水槽のようなものが乗せられており、何かしらの機械が取り付けられ、つねに低い駆動音を発していた。
そしてその全体から、微弱だが奇妙な呪力が発せられているのを感じる。
「おねがい」
(…―……、―…――)
カフェの全身から呪力が立ち上る。
「ふう……」
息をつく。
彼女の体から立ち上る呪力が、少しずつ薙いで行っていた。
それはマンハッタンカフェが制限しているのではなく、呪力が片っ端から吸われているためであった。
どんどんと、その膨大な呪力が削られていく。
(……、―――――)
「わたしは、大丈夫」
(……、――――――!」)
バツン!!
その瞬間、その部屋のすべての機械が駆動を停止した。
彼女が歩いて来た廊下の電気も、いや、学園の後者全ての電気が落ちていた。
(……、――――――!)
「はぁっ、はっ、はあっ!」
マンハッタンカフェは胸に手を当て、激しく息を切らしていた。
音を立てて膝をつき、乱れた呼吸を幾度か続ける。
しばらくして、廊下と部屋の電気が復旧し、再び部屋には低い駆動音が響き渡った。
(……、……? ……?)
「あり、がとう。大丈夫。ひさしぶりに、たくさん呪力を使ったから……」
見えない何かに手を引かれて、マンハッタンカフェは立ち上がった。
「それより、どう? うまく、いった? はぁ、はぁ……」
息を切らしながら、マンハッタンカフェは見えない空間に向かってしゃべりかけた。
「……うん、よかった。あり、がとう……」
何もない空間に微笑みかけて、マンハッタンカフェはうなずいた。
×
「!?」
タキオンは驚き、椅子から立ち上がった。
新しいサンプルの観察を行おうとした矢先、パソコンのモニターが真っ暗になり、その次に本体の
「おいおいおい……データ、消えていないか……!?」
PCをいじっているものの宿命の焦りをアグネスタキオンは覚えた。
そして自身の頭上の電気までも消えていることに気がつく。
「て、停電……? なんだ、今、なぜ……? いや、サンプルは……!」
アグネスタキオンは別の部屋を間借りし、そこに大量のサンプルを保存していた。
そのサンプルたちは学園の電力系につなぎ管理をしていたのだ。このままではその管理が途切れ、重要な実験サンプルたちがパーになってしまうかもしれない。
無意識に扉へと向かい、パーンと開け放つ。
「廊下の電気まで消えているじゃないか……」
その瞬間、『敵』の一文字がよぎる。
この停電は、敵のせいかもしれない。
それもありうるか……? いや、この学園は襲撃するにはリスクが高すぎる。それはない。それに、特にそのような気配はどこにも感じない。
すると、天井からの光がパッとついた。
「なんだ、一過性の停電か……」
それでもまだ不可解なものだが、タキオンはひとまず心の中で胸をなでおろした。
「すこし電力を使いすぎてしまったかな……一応、たづなさんに報告しておく方がいいか……あと後でブレーカーを点検しなければ。もしかすれば、敵の工作の可能性もある……。が、とりあえず今は、サンプルを見に……」
廊下の床を蹴り、サンプル保管室へと走って行く。場所は一階の少し距離のある部屋だ。
「む……?」
部屋に着く直前、妙な気配を感じる。
ガラッと扉を開けると、そこには何も妙なものはなかった。
呪霊の一部のサンプルたち、ブーンと低い音を立て続ける機械類たち。
特になにもおかしいものはない。
「……? 先ほど感じたものは、一体……?」
なにか、感じ慣れた気配のような、そうではないような……。
「……タキオンさん」
「!」
振り返ると、そこにはマンハッタンカフェの姿があった。
「おお、カァフェぇ! 奇遇だねぇ! どうしたんだい、こんなところに来て!」
――いや、あの気配は、やはりカフェとは違うな……。実物を改めて見て、タキオンはそう思った。
「あれかい? わたしの研究成果が停電でダメになったらまずいと心配して君もここへ見に」
「あの部屋に戻るからこの廊下を使っているだけですが」
カフェは即答した。
「それよりも……」
カフェがタキオンの顔を覗き込む。
「? なんだい? わたしの顔に、何かついているのかい?」
「……すごい隈です。休んだ方がいいですよ」
「それはもちろん重々承知さ。休息をしなければ十分な結果は得られないことは、この学園のウマ娘であれば皆知っていることだ。それよりも、わたしは一度電気がダウンしてしまったこのサンプルたちの様子を……」
「……おねがい」
「? なんだいカ――――」
その瞬間、アグネスタキオンの視界は暗転した。