「簡易領域――――」
掌印を結び、ラモーヌは簡易領域を展開した。
(まさか、領域を展開してくるなんて……そして……)
「これがあなたの、心の中なのね……いや、それとも……」
ひどく黒い、暗い、虚無のような場所だった。
領域においてみられる、心情『風景』というには、何もなさすぎる――――
「ライアン……」
そばのライアンは、すでに気を失い、簡易領域の中で目を閉じていた。
その閉じた瞼からは、血が垂れていた。いや、鼻や口、耳からも。
(すこしでも簡易領域が遅れていたら、わたしも危なかった――――)
ゴリゴリゴリ、という音がして、簡易領域が削られていく。
(このままでは、どうしようもないわね)
簡易領域で、本物の領域と押し合いができるはずもない。
あと数秒もすれば、簡易領域は消滅して、ラモーヌもこの領域に刻まれた術式の餌食となるだろう。
それに、視線の先のこの領域の主は、いつまた動き出すかもわからない――――なぜか今は、何もせず、立っているだけだが――――
「でも、わたしも無策と言うわけではないのよ――――」
ラモーヌは、自らの術式を発動した。
「
ドオオオオオオオオン!!
轟音が響き、領域が揺れた。
領域の一部がガラガラと音を立てて崩れる。
人が入れるだけの穴が、ラモーヌの真後ろに開いていた。
「行くわよ、ライアン」
そばで延びているライアンを担ぎ上げ、領域の主へ警戒を向ける。
しかし主は、なぜか追ってくることはなかった。
「ごきげんよう――――ジャングルポケットさん」
簡易領域が崩れる前に、ラモーヌは地を蹴り、領域の穴から飛び出した。
「ラ、ラモーヌさん……!? それに、背負っているのは……ライアンさんと、アルダンさん……」
「不甲斐ないわね。メジロの一級呪術師がこれだけそろって、とことこ敗走だなんて」
「それより、すぐに治療班を……! えっ、ラモーヌさん!?」
どさっ、と、メジロラモーヌは、補助監督の前で片膝をついた。
「わたしはいいわ。片足を斬られただけ。それよりも、この子たちの方が重症よ。早めにお願いね」
「ま、まずは背負っているお二人を下ろして……」
「……」
無言で、補助監督の目を見る。
「す、すみませんっ、すぐに呼んできます……!」
そそくさと、補助監督は夜の道を駆けて行った。
後姿を見て、ため息をつく。
ここまで、片足の切れた腱を無理やり呪力で接着しながら、二人を背負ってきたとはいえ。
(人の前で、膝をついてしまったわね)
そう自嘲する。
「ん……」
頭の後ろから声がする。
「う……が……」
かすれたような声。
それがライアンのものだと、ラモーヌは気づいた。
「ライアン、起きたのね」
「う!? がっ……ラモ……ぐっ……!」
「無理にしゃべらなくてもいいわ。喉をやられてまともに声も出せないでしょう」
「う゛……ずみば……ぜ……げほっ、げほっ!」
激しくせき込みながらも、ラモーヌの背からライアンは下りた。
「体の方は……さすが丈夫ね」
「あり゛がどござまずっ……あ゛れ゛……がっ……ボッゲ……は……」
それを口にしてから、はっ、と気が付いたような顔をする。
「ずみまぜ……ぎぜづしで……」
「だれも責めないわ」
丈夫さでは術師の中でも屈指のメジロライアン。
そんな彼女を、防御力無視で、内側から破壊するような術式。
領域を展開されたとき、簡易領域に入っていなければ、喉がつぶれるだけでは済まなかっただろう。内臓や神経系がぐちゃぐちゃにされていたに違いない。
強力な術式と膨大な呪力量を誇るアルダンに対しては、フィジカルとスピードでねじ伏せ、ライアンに対しては強力な術式で内側から破壊し――――
考えれば考えるほど、実に、センスのある戦い方をしてきていた……。
文句なしの特級だ。呪術的にも術師的にも。
情けないことに、三人の一級呪術師がそろって、ここまで叩きのめされた。
もう上の者たちも、妥協をすることはないだろう。
ジャングルポケットには、術式で操ったカラスを監視用としてつけている。
次、彼女に相対する相手は…………
「……という事です。一級術師三名による討伐隊が組まれ、交戦しましたが……返り討ちにされました。それで、今回、あなたに討伐任務が来ています」
「そうですか……わたしに任務が……」
ある一室に、粛々とした声が響いた。
「わたしも一級術師であることには変わりないですが、それはわかっていますよね、たづなさん」
「はい。……討伐対象との相性を鑑みても、シンボリルドルフさんが適任かと判断されました。加えて、一級術師の中でも、最高峰の実力を有するルドルフさんに白羽の矢が立った、ということです」
広い西洋風の部屋の中で、シンボリルドルフは胸の下で腕を組んでいた。
それに対するように、駿川たづなが、報告用の紙を持って立っていた。
「それほどまでに、ジャング……討伐対象の実力は、脅威であると……」
「ええ……事実、メジロ家の一級術師が、三人まとめて返り討ちされています」
「それに……対象は、領域を展開できる、と」
「はい。そういう意味でも……です」
「……わかりました。やりましょう。彼女は……わたしが、