エデン条約編第EX章【第二回エデン条約調印式】 作:かのさん
その日はひどい雨が降っていた。せっかくアリウススクワッドが揃ったっていうのにツイていない。最近は私達を狙う輩も増えてきていて油断ならない。全く、有名人というのは大変だな。そんなことを思いながら大粒の雨から身を隠すために私達は小さな廃墟の軒下に身を寄せ合っていた。
「ま....窓壊して入りません?そのほうが火を点けれますし....ゆっくり出来ますよ?」
「それも一理あるけど敵に囲まれたときどうする?周りに建物も殆ど無いし中にいる状態で出入り口を防がれたら終わりだよ。」
またヒヨリの我儘とミサキの合理主義がぶつかっている。私はそこに入ることもなく空を見る。空から水が溢れんばかりに落ちてくる。今の私達と同じだ。理不尽なことがおびただしい量降り注ぎ、それに対処するだけで精一杯。先生のところに行って支援を受けようかと思うが、未だに叶っていない。そもそもこの裏路街から普通の街に入れるかどうかさえ怪しい。そんなことをする暇があったらそこら辺のゴミから使えそうなものを拾って生活のアテにして暮らしていたほうが遥かにいい。
「さっちゃん大丈夫?思い詰めていそうだけど?」
さっきからい言い争いをしているヒヨリとミサキをフル無視してアツコが聞いてくる。
「あっ....あぁ大丈夫だ。雨の日はできる行動が限られていてストレスなんだ。こんなときに襲撃されてしまったらと考えると.....な?」
なんとか自分の心の葛藤がアツコに見破られないよう心がけたが、やはりアツコは騙せなさそうだ。私の顔を覗き込み、
「さっちゃん嘘ついてる。すぐ分かるよ。どうせまた一人でどうにかしようと思ってたんでしょ?」
「図星だよ.....。全く....アツコに隠し事は出来ないな。」
「さっちゃんが抱え込んじゃうのは分かるけどさ。リーダーだからね。でもそれ以前に私達って運命共同体なわけでしょ?もう二度と離れ離れになんかならない。なっちゃいけないんだよ?」
アツコがまっすぐした目で訴えてくる。わたしたちがバラバラになってしまったあの事件。アレはアツコの心に大きな傷を残したらしい。アレ以来アツコは一時も私の傍から離れようとはしていない。
「私は最近ずっと気になっていることがあるんだ。」
「というと?」
アツコが無邪気な眼差しを向けてくる。何か疑問には感じなかったのか?だとしたらとんでもない馬鹿野郎...?
「なぜこんなにも私達は襲われているのだ!?今週だけでも16回だぞ?しかも仕事以外の場面で。」
つい口調が強くなってしまう。ヒヨリたちも黙り込んでしまった。まずい。私はなんとか場を繕おうと
「そろそ昼食にしないか?ついこの間固形食料を買えたんだ。しかも賞味期限の切れてない.......。」
なんとか笑顔を作ろうとしたがそれがぎこちなく不格好なのが自分でも分かる。3人は何も言わずただ俯いていた。誰も何も話そうとしないので気まずい空気だけが私達の間をすり抜けていく。私はそれにどうしても耐えられなくなり
「少し出てくる。ここで待っていてくれ。」
と言い残しその場から離れることにした。
━━━
「はぁ.....。」
私は廃ビルの壁に寄りかかって座り込んでいた。雨を防ぐのもは自分の頭上には無く、私は雨にされるがままになった。服が濡れ、肌に張り付く感覚を覚える。染み込む水が体を冷やし、自分の虚しさをより一層強く感じさせる。どうしてこうなってしまったんだろう。せっかくアリウスから出られたっていうのに。あの時は希望に満ち溢れていたなぁ。なんでもできるって思ったし、明日が楽しみで仕方なかった。
━━ところが実際はどうだ?━━
理由もわからず襲撃される日々、飯もろくに食えず助けも求められない。ヴァルキューレに行っても相手にされなかった。なぜだ?私達が”元”犯罪組織だから?キヴォトスの奴らはそういうふうに私達を認識しているのか?
「ふざけるなっ....。」
だんだん怒りがこみ上げてきてそのはけ口を求めるように地面のコンクリートを叩く。石の硬い質感が手を痺れさせる。キヴォトスなんてクソくらえだ。
「さっちゃん。ここにいたんだね。」
ふと馴染みのある声がしたので振り向くとアツコがこれまたびしょ濡れで立っていた。息が荒い。きっと走って来たのだろう。私は立ち上がり、自分の着ていた上着をアツコに着せた。
「雨に打たれ過ぎると風を引く。これを羽織って。」
「二人のところに戻ろう。」
「すまないが。今は出来ない。」
「なんで?気まずいから?」
アツコの真っ直ぐな視線が私を貫く。とてつもない痛みに襲われ一瞬視界がぼやけた。違うそうじゃないんだ。私は心のなかでそう叫ぶ。
「ねぇ、さっちゃんなんで黙るの?なんでこっちを見ないの?」
「......ッ。」
「ねぇ!何か答えてよ!」
半泣きになりながらアツコがホルスターから拳銃を取り出し構える。雨に濡れた寒さからか手が震えているのが分かる。これ以上アツコにつらい思いはさせたくない。それなのに私の中の何かが言葉を喉元から先へいかせまいとしてくる。
「みんなさっちゃんと同じなんだよ?それなのになんでさっちゃんだけ逃げようとしてるの?いつもリーダー面してるのにどうしてこんなときだけ普通の少女になろうとしてるの?おかしくない?おかしいッ.....!?」
気づけば私はアツコの首を絞めていた。その行為に私の心の意志は入っていなかった。本能的にその行為をしていた。
「あ....あがっ.....さっ....ちゃん...。」
アツコが何かを訴えようと必死に言葉を紡ごうとしている。私はそれを聞かなければならない。リーダーとして。ひいては親友として。なのに私の体が、私の手が、私の本能がそれを許してくれない。首を締める力はだんだん強くなっていき、アツコの瞳が閉じそうになったとき
「その手を離せっ!!」
私は手を拳銃で撃たれ、その拍子に手がアツコの首から離れた。自身を持ち上げていたものがなくなったアツコは力が抜けたように座り込んでしまった。
「リーダー、これはどういうつもり?」
ミサキがいつもより低い声で問い詰めながらじりじりと私の方に近づく。ヒヨリは少し離れたところで怯えるようにこちらの様子を伺っている。
「言い訳もしないし、返す言葉もない。好きなようにしな。」
「そういうのが聞きたいんじゃない!」
ミサキは私の胸ぐらを掴み、ずいと顔を近づけで怒鳴ってきた。
「.......うるさい。」
「あ?今何て言った?」
「うるさいって言ったんだ。聞こえなかったのか?このわからず屋。」
「誰がわからず屋だって?今の私はたとえリーダーだとしても手加減するつもりはないよ?」
「上等だ。やってみろよ。」
刹那、視界の左から襲来した硬い金属で殴られた感触を覚えた。少しふっとばされ、尻餅をつく。殴られた箇所を手で触ると紅い液体がついている。どうやら拳銃のグリップの底で殴られたらしい。
「銃弾はほとんど意味がない。それなら強力な物理攻撃で頭を殴って意識を飛ばしてしまえばいい。そうでしょ?リーダーが教えてくれたんだよ?」
ミサキの言葉も私の胸を痛めつけてくる。どうしてわかってくれないんだ。私だってこんなに苦しいのに。どうして放っておいてくれないんだ?アリウススクワッドにはもう私は必要ないのに。私なんかと一緒にいるから姫もヒヨリもミサキも辛いのに。こんな私なんてさっさと捨ててくれればいいのに。
「.......鬱陶しい。」
「何が.....何が鬱陶しいだよ?私達はリーダーを心配してるんだよ?それなのに一人でどっか行って。おいていかれるこっちの身にもなってよ!」
ミサキが足で私の首の少ししたあたりを踏みつける。息苦しくは無いがとてつもない敗北感が私を襲う。いつもならミサキなんて余裕で制圧できてしまうのに今日はうまくいかない。うまくいかないというかそもそも体が動かない。そうか、私は負けたのか。完璧に。表面上だけでなく内側からも負けたのか。さらにこれは今だけじゃない。これまでのあらゆる戦いにおいて同じだ。それは武力による戦いだけじゃない。でもそれは言い出したらきりがないか。
「すまなかった......。」
「え?なんて?」
ミサキが目を丸くして素っ頓狂な声を出す。今の状況に一切そぐわない反応をされ私は思わず笑みがこぼれた。
「あっ....!笑った。」
ヒヨリが嬉しそうにこちらを指差す。私はさっきどんな笑顔をしていたのだろう?ヒヨリが喜ぶくらいだから歪んではないはずだ。
「で?なんでリーダーが謝罪なんかするの?」
ミサキはゆっくりと足を私の体から離しながら聞いてきた。
「さっきのでわかった。どうして私達が苦しいのか。」
「なんでさっきので分かるんだ?もっと早くに気づいてほしかったよ。」
ミサキがアツコを一瞥しながら言う。ちくりと痛い。
「負けてきたんだ。私は。それはもう数え切れないほどたくさん。」
「ふーん。で?私達は負けまくりの雑魚リーダーについていってるからその敗北ムーブメントに巻き込まれているってわけ?」
「そうだ。そういうことだ。」
はぁとミサキがため息をつく。何かまずいことでも言ったのだろうか。
「やっと気付いたの?遅くない?」
「え?わかっていたのか?」
私が困惑していると他の三人が声を出して笑い始めた。
「なーんだ。さっちゃんそんなことだったんだね。それなら大丈夫だよ。わたしたちはずっと前からそれを承知の上で一緒に居るんだよ?」
「そっ...そうです!まぁでもたまには勝ちたいですけどね...えへへ。」
どんどん顔が晴れやかになってく三人を見ていると自分も嬉しくなり
「じゃあそこのビルに入って飯にでもしようか。」
とご飯を誘った。
「「もちろん」」
空もなんだか晴れあがりそうな気がしてきた
続く━━━