少しずつですが話を進めていこうと思います。
「はぁ~あ、暇だな」
そう呟いた青年。彼はとある町の見回りの任務に就いている兵士の一人であった。
いつものように賊を警戒するために町の見張り台に着いた彼は、普段と変わらぬ町」の景色を見て気怠さを見せていた。
「おいおい、気を抜くなよ。そんな姿、部隊長に見られてみろ。お咎めを受けるぞ」
「はい、はい」
同僚に言われ、表面上取り繕うようにする青年。
ただ、青年が気怠そうにするのも無理もないことだった。彼らがいる町は比較的規模の大きい町であった。当然のことながらそれに見合った規模の防衛のための兵を有している。賊もわざわざ兵が多い町を襲おうとはしないだろう。
青年のように日々の変わらない任務に対して態度を取る兵も珍しいものではなかった。
青年の眼前に広がる風景は平穏そのものであり、それが当然のことであるように思えていた。
──この時までは。
「ん。なんだ、あれは」
ふと、同僚が呟く。その視線の先、はるか向こうに砂塵が見えていた。それはただの自然現象で起きるようなものではなかった。
向こうから何かが近づいてきている。二人は目を凝らし確認する。
「あれは──」
多くの人、人、人。
官軍ではない。かといって商人の集団ではない。ならばあの集団は──
「賊か!」
彼らは即座に判断し、警戒態勢をとる。
「賊が近づいてくるぞ!」
彼らの行動は実に迅速なものだった。すぐに、防衛のための部隊を編成し、同時に住民の避難を進める。住民も多少の混乱はあったものの、迅速な対応に避難も順調に進んでいた。
「一体全体、何だってんだ?」
「こっちが聞きたいですよ」
兵たちは各々武器を装備し、高台や塀などに迎え撃つ準備を整える。賊と思われる集団はゆっくりとした速度ではあるが、確実に町に近づきつつあった。
この町の防衛を任された初老の将はこの事態にも落ち着いた様子で現状の確認を行っていた。
「賊の数は?」
「不明です。しかし、視認できる限りではかなりの規模であり、こちらの兵力を上回るかと。ただ…」
「何だね?」
「その賊らですが…妙なのです。黄色の旗を掲げて、布を身に着けていたりと」
「ただの賊ではない?」
「はい、そう感じます」
「うむ…確かにそうだな」
兵の言葉に対し、状況を見渡せる場所へと赴く。
確かに目で確認できる距離にあった賊たちは黄色の布を身に着けていた。その光景は確かにただの賊というには何か違っていた。
もちろん、こちらを上回る兵力で攻めてくることは油断できないことであった。
しかし、それ以上に、近づいてくる彼らに初老の将は嫌な予感がした。
それは長い間、戦場で培われてきた勘からくるものだろうか。それとも戦場特有の空気からくるものか。初老の将の胸中は危険を告げていた。
「これは…、近隣に事態の連絡と援軍の要請を。早馬を各地にだ。すぐにだ。」
初老の将は事態を重く考え、早急に各地に伝令を走らせる。だが賊は目前に迫ってきている。
ならばこちらにできることは町を捨てるか籠城しかない。前者は民衆を守りながら逃げるなど無理に等しい。この場は籠城し援軍が来るまで耐え凌ぐほかなかった。
「絶対に浸入させるなと、各持ち場の兵に伝えろ」
「はっ」
初老の将の命令にすぐさま動く兵たち。
「何としても、持ち堪えなければ」
そう呟く初老の将の視線の先では戦闘が始まろうとしていた。
ただ、不幸なことは彼らが迎え撃った相手が初老の将たちが感じたようにただの賊などではなく、統率された兵士であったことだ。
数刻後、兵たちの奮戦も空しく町は陥落した。
しかし、このような出来事は漢の各地で広がりつつあった。
今回のように町に攻め入ることによって、また内部での反乱によって。共通するのは彼らが所持する黄色い巾であった。
黄色い巾を持ち、各地で武装蜂起した彼らを民は黄巾党と呼んだ。
「今、各地で勢力を拡大している黄巾党の状況は?」
苦い顔で現状報告を聞く詠。
任務で居ないものを除いて董卓軍の主要な者たちが大広間の会議席に集まり、黄巾党についての現状報告を行っていた。
「調べによると冀州を中心に青洲や兗州、豫州と各地に広がっています。この動きに呼応して各地の義賊、賊ともに武装蜂起が起きています。この幷州も例外ではありません」
淡々とした口調で報告する張繍─怜羅。
「厄介ね。ここまでの武装蜂起だと各州の軍だけで対応しきれないわ」
重々しい空気が室内を支配する。かねてより警戒していたことではあったが、実際のところ、後手に回ってしまったことを実感せざるを得ない。
(ついに、始まった。このままだと…)
悠も黄巾党について知識はあった。その彼の脳裏には黄巾の乱から始まる三国志という流れ通りに始まってしまったことの不安が渦巻いていた。
そんな悠の内心を余所に会議は続いていった。
「この事態に対して霊帝は北中郎将の盧植、左中郎将の皇甫嵩、右中郎将の朱儁に鎮圧を命じたわ。そして場合によっては派兵も考えられるわ」
「しかし、この黄巾党は元来の賊ではない武装集団とも言っていいでしょう。蜂起からの動きが恐るべき速さです。このまま野放しにしておけば…」
「間違いなく漢という国そのものが崩壊するわ」
しかし、国の中枢に勢力を伸ばす以前に、黄巾党をどうにかしなければ漢自体が無くなるとはっきりと述べた詠。
彼女の言葉には嘘も過度な悲観的見解もなかった。
漢という国は外戚と宦官による勢力争い、蔓延る汚職、怠慢な行政などで混乱をきたしていた。
それによって苦しむのは民衆である。その苦しむ民衆が黄巾党に集い、今まさに、漢に牙を立てているのである。
すでに漢という国家は崩壊寸前まで来ていた。
「なればこそ彼らを早急に鎮圧するために我々も動かなければならない」
景明は結論づける。
(黄巾党を倒さないといけないのだろうか?話し合うこともできないのか)
「本当に彼らと戦わなければいけないんですか?」
一瞬、静寂。しかし、すぐに景明が対応する。
「月守か。言ってみろ」
「彼等には彼らの理想があって、少なくともそれは自分たちの守りたいものがあるから行っているんじゃないでしょうか?なら、戦う選択肢以外もあるはずです」
そう思いを告げる悠に景明は告げる。
「月守よ、自分たちの理想と彼らの理想が必ずしも同じとは限らないんだ。その望みが平和であろうとも誰かを守ることであってもだ。自分は、彼らの理想は理解できるが彼らの行いが正しいとは考えていない。最終的に彼らの行いは崩壊寸前の漢の基盤を完全に破綻することに繋がるからだ。彼らが各地に争いを持ち込んだことによって、国土は荒れ、民の生活はより困窮し、賊も増えるだろう。彼らは混乱をもたらしただけだ。解決のために彼らの行いを止めるためにはもはや戦うしか他にない。私たちの守ってきた民の日常、平穏すべてが崩れ去るかもしれないのだからな。私たちには守るべき民を最優先に
して動かねばならない。黄巾党を倒すのが守るためになるのならそれを実行する。それが我々の役目だ」
「そうね。お互いの理想が、平和の為だとしもね。交渉できるのであればそれに越したことはないわ。でも、彼らは止まらないでしょうね。今の漢という国を壊すまではね。彼らの理想が結果として人を苦しめ、人を殺すのよ。なら私たちは止めるしか選択肢はないのよ」
「それ故にここにいる自分たちは覚悟を持たなければならない。守るべき者のために戦うことに、その手が血に汚れようともな」
人を守りたいという理想さえも人を殺すことになる。景明や詠が言うとおりに止めなければ、守るべき人たちが苦しむかもしれない。悠はそのことには理解できた。
(僕は戦えるのか。今までの賊とは違う。守るために戦う彼らと)
だが戦えるかということに対して悠は決断出来かねていた。
そんな中、月が口を開く。
「悠さん、時には守るべきもののためには手を汚す人も必要になります。今がその時なのです。」
一呼吸を置いて発言する。
「皆に命じます。ただちに黄巾党を中心とした武装集団を鎮圧しなさい。」
その命令を下す彼女の姿は悠にとっては初めて見る冷酷なものであった。
「…月には迷惑かけるわ」
苦々しい表情の詠。
「それが私の務めだから」
彼女は詠に優しく微笑んだ。
「話がずれたわね。ここから本題だけど、黄巾党の動きから各地で異民族の動きも活発になっているわ。もちろんここ幷州も国境に接しているから影響は少なからずあるとみていいわ。怜羅、報告を」
「はい、黄巾党の活動から程なくして幽州方面の烏丸に動きが見られます。さらに涼州方面で羌族や韓遂周辺にも不穏な動きが見られます」
「こちらとしては幷州に火種を持ち込まないことが望ましい。そこで、部隊を各方面に振り分け、同時に展開してもらうことになる」
説明と同時に地図を使い、指示をする詠、景明、怜羅。
「ここ幷州内の黄巾党を含む治安活動は主に桜花たちの第四師団に動いてもらうことになるから」
「了解した」
「恋の第一師団、霞の第二師団、華雄の第三師団は幽州、冀州方面に遠征を考えておいて」
「うん」
「了解や」
「任せておけ」
「引き続き、第六師団は情報収集等の後方支援を任せて、ここにはいない徐栄殿の第五師団と月が第七師団を編成して涼州に遠征になるわ」
悠が悩んでいる間に淡々と会議は進んでいく。
ふと、詠が悠に対して話しかける。
「それと月守。あんたの部隊は一時的に第三師団に入ってもらうわ。」
一旦、頭を切り替え、指揮官のとして答える。
「わかりました」
「月守、足手纏いだけはやめてくれよ」
華雄が悠に訊く。
彼女からしたらお荷物だと思われているらしかった。
「…善処します」
それから、対策と今後の方針を打ち合わせた後、会議は終わった。
会議が終わると悠は一人町が見渡せる城壁に来ていた。
すでに日は落ちて、暗くなり始めていた。
(僕は殺せるのか。守りたいと願い戦う人を)
会議からずっとそれを考え込んでいた悠にふと後ろから声を掛けられる。
「悠さん、ここにいたんですね」
月であった。
「月さん、どうしてここに」
「悩んでいるようでしたから。気になってたんです」
「分かりますか?」
「あの場にいた人はわかっていたと思いますよ」
自分の悩み事など筒抜けだったと知り、さらに月にも心配されてしまった悠は居た堪れなさを感じていた。そんな中で自然と自分の心境を月に吐露していた。
「人を殺すことだってかなり堪えるですけどね。それでも守るために戦ってきたんです。でも、黄巾党の彼らだって同じく守りたいと思っているから戦っていると思うんです。僕と同じように。そんな人たちと戦うことができるのかって」
「確かにそうですね。私もできることなら戦いたくはないです。でも、黄巾党の行いによって苦しむ人もいることも事実です。私たちが守りたい人たちが危険に晒されるなら、私は守るために戦いを決断します」
はっきりとした口調で答える月だが、和らいだ口調に変わりそれでも…と言葉を続ける。
「人の上に立つものとしてはそう答えます。でも戦い以外の選択肢があるならそれが一番いいんです。誰も傷つかず、苦しまず、憎しみ合わずに済みますから」
それは彼女の本音であった。
「でも彼等とは戦うしかない選択肢はないんですね」
「…はい、それしか今は方法がないですから」
悠は自分の無力さを感じていた。
戦わない方法。それを答えられるほどの知恵や力があればと。
目の前の少女も戦わないことを望んで、それでも自らの守る者のために戦う覚悟を決めている。
悠は悔しかった。
自らの覚悟の足りなさが。
何よりも──
「だから私は自らの役割を、責任を果たします。民の平和の為に手を汚すこともします。必要ならば私は殺戮者にも魔王にもなってみせます」
そう語る痛々しい彼女の姿を見て、自身の無力さが。
僕と話す彼女は震える声でそう口にした。
僕は思った。
彼女は優しすぎる。
お人好しだ。どうしようもないくらいに。
それでいて、民の平和を望み、それを愚直なまでに実行しようとする。
そのために人を殺すことになっても。
自分の手が血に染まろうとも。
必要なら魔王という役すら演じるだろう。
自らの悲しみも苦しみも隠して、董卓という名の彼女は歩み続ける。
でも、それは…目の前の少女が一人で背負い込むには余りにも重く、残酷なものだ。
なら、自分ができることは──
「…月さん、前にも言ったじゃないですか、手伝うって。間違った時は僕が止めてみせます。だから、月さんが為すべきことをしてください」
震えていた彼女の手を握る。
できることは目の前の一人の少女を支えることであり、過ちを犯さぬように動くことだ。
今は戦うしかない。いつか、戦う必要がなくなるように今はひたすらに剣を手に取ろう。
自分勝手な思いかもしれない。
この選択が正しいかどうかはわからない。
それでも、後悔したくない。
目の前にいる心優しい少女をために。
彼女の願う平和のために。
持てる全てを捧げて。
戦おう。
そう、思った。
簡易的な董卓軍構成を書いておきます。
第一師団─呂布(恋)を中心とした董卓軍最強戦力。師団としては最も少ない規模ではあるが、高順、魏続といった優秀な将を配下としている。騎馬部隊。後々八健将も出す予定です。
第二師団―張遼(霞)を中心とした騎馬戦力。数は第一師団を上回り、兵の練度を考えると第一師団とも互角ともいわれる。董卓軍主戦力その1。
第三師団―華雄を中心とした歩兵部隊。董卓軍主戦力その2。
第四師団―李傕(桜花)、郭汜(葵)、樊稠(茜)を中心とした部隊。董卓軍の中核を担う部隊。兵士の数は師団中最多であり、将ごとの部隊で任務を行うこともある。
第五師団―徐栄を中心とした部隊。比較的、年齢層が高く熟練した兵士が多い。
第六師団―張済、張繍(怜羅)、牛輔を中心とした部隊。予備選力としての役割が大きいが、諜報部隊、工作部隊として董卓軍をあらゆる分野で支えている。
第七師団―緊急時における予備選力。董卓(月)または董旻(真白)が指揮を行う。近衛師団的な役割。現在は各師団や城内の警備など各地に散らばっている。元は月の出身の涼州から付き従う者や異民族である羌族からなる涼州兵を基盤とする精強な部隊である。
ここに軍師として李需(景明)が入る。賈詡(詠)は軍師というより参謀長です。