乱世の外史 董卓伝   作:ウォーリー

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第5話 董卓軍での日々

 

 

 ─眼前の世界は異様だった。

 荒れ果てた大地。

 空は薄暗く濁った空。

 心なしか周囲の空気も濁っており、薄い靄がかかっているようで─

 

 

 

 ─青年はその大地に一人佇んでいた。

 ここは、何処だろう。

 周囲に人影はない。

 ひとまず、歩き始めた青年。

 

 

 

 ふと、何かを踏んだ感触。

 何だ。

 青年は足元を見る。

 そこには物言わなくなった人がいた。

「うっ!」

 咄嗟に口を押える。

 吐き気を堪える。

 何とか吐き気を抑えた青年だったが、気付いてしまった。

 ─自らの手にある血まみれの剣を。

 よく見ると返り血に体は染まっていた。

 僕が殺した?

 青年の疑問に答えるように、

 ─そうだろう。

 背後から声。

 振り向くと見覚えのある顔。

 そうだ。自分が初めて殺してしまった賊の男。

 ─俺も、お前の足元にいる奴らもみんなお前に殺されたんだ。

 いつの間にか青年の周りには骸となった人が地面を覆っていた。

 死。

 死。

 死。

 大地に死が蔓延していた。

 ─お前が殺した。

 ─そうだ、俺たちを殺した。。

 殺した。

 コロシタ。

 許せない。

 そこに存在するすべての骸が呪詛を唱え始める。

 如何にかして逃れようとするが動けなくなっていた。

 骸は暗い靄となり青年を飲み込もうとする。

 そして青年は飲み込まれた。

 

 

 

「───っは!…はぁ、夢…か」

 

 青年─悠は目を覚ます。

寝室。

 数日前から自分の部屋として支給されたものだ。

 部屋にあるものは必要最低限のものと、もともと自分が持ってきたものだけ。

 立ち上がり、そばにあった布で汗を拭く。

 窓を見ると 日の出始めた早朝の空。

 ─顔でも洗うか。

 悠は部屋を出る。

 ここ数日で見慣れた廊下を抜け、

 冷たい水を被る。

 思考がはっきりしてきた。

 最初に人を殺してから同じような夢を見るようになっていつもこんな感じだ。

 ─如何にかならないかな。

 

「どうしたんだ月守、そんなしけた面して」

「あっ、李傕さん、おはようございます。ちょっと考え事をしてただけですよ」

「ああ、おはよう。そうか、ならいい」

 

 僕の背後から声をかけてきたのは李傕さん。

 つい先日、任務に就いていた稚然さんたちが帰ってきてその際に紹介された。

 

 

 

 

 

「俺は李傕、字は稚然だ。よろしく」

 

 李傕さんは僕よりも年上な感じの青年だった。

 見た目は女顔で眼つきは鋭い。

 

「私は郭汜、よろしくね」

 

 ふんわりとした挨拶をした郭汜さんは清楚という言葉が似合いそうな女性だ。

 この二人は賊討伐で各地に派遣されていたらしい。

 

「とりあえず、主だった将たちは紹介したわね」

 

 賈詡さんは辺りを見回す。

 ここには僕たちと最初に紹介された人たちが集まっていた。

 

「月守や徐晃、徐庶もここでの生活は慣れてきたかしら」

「はい」

「うん」

「そうだね」

 

 ここ数日、僕たちは董卓さんら主要な将たちと交流や模擬戦を行っていた。

 僕に関しては特に質問攻めが多かった。

 服装や元居たところに関して根掘り葉掘り聞かれた。

 香風が空から降ってきたといった時はさらに質問攻めで大変だった。

 ─まるで天の御使いね。 

 そんなことを言った賈詡さん。

 天の御使いっていうのはここ最近、出回っている噂らしい。

 流星と共に天から御使いが降りてきて乱世から人を救うという。

 確かに僕の状況に似ていなくもない。

 ─しかし天と名乗ることはこの漢王朝において逆賊とみなされる行為です。

 李需さんが釘を刺す様に言った。

 ─ええ、もし月守が天の御使いだったとしてそれは私たちにとっては足枷にしかならないわ。

 そう賈詡さんは結論付けていた。

 

 

 

「そろそろ、あなたたちの配置を決めたいのよ。天の御使いに関しては措いておくとしても、月守の知識は使えるわ。ここ数日だけど、話してみて興味深かったわ。それに武に関してだけど霞、茜はどう?」

「う~ん、戦いの才はあるやけど、まだ下地がなぁ、育てればそりゃあ強くなると思うで」

「まだまだ未熟なものですが伸ばせば、私たちの戦力の一翼を担えるかと」

 

 そう彼女たちに判断された僕は内心驚愕していた。

 ここ数日、模擬戦もやってきたからわかる。

 彼女たちは強い。

 それこそ武人として恥じぬ強さを持っていた。

 そんな彼女たちが僕をそう評価していたのは嬉しかった。

 

「そう、月守は少し時間が必要ね。でも徐晃や徐庶の方は今からでも即戦力として使いたいわね」

 

 ただ香風や元直さんは即戦力と言われたのは力量の差を感じてしまった。

 

「…悠と一緒がいい」

「僕としても彼の所と一緒がいいな」

 

 と二人は言ってくれた。

 結果としては僕たち3人は一緒に行動することとなった。

 しかし、元直さんは文官としての仕事を手伝いに。

 香風は将との模擬戦を中心に。

 ということになった。

 それから僕はというと─

 

 

 

「なに、疲れている。まだ半分しか走り切ってないぞ。さっさと走れ‼」

「は、はいぃぃ」

 

 ─城の周りを走っていた。

 まずは基礎体力、筋力の向上を図るということで樊稠さん指導の下、訓練を受けることとなった。

 

「お前には確かに戦いの才があるかもしれん。だが今のままじゃすぐ死ぬぞ。なぜなら下地がまともにできていない。いずれ戦場で力尽きて殺されるのがオチだ」

 

 僕にそう話す。

 確かに反論もできない。

 体力、筋力ともに元の世界では平均的だった僕。

 賊との戦いも終わった後、急に体に疲れと痛みが来た。

 その後の張遼さんの模擬戦の時は脳が興奮しているのか痛みは麻痺していた。

 でもそのあと一日中、筋肉痛やらの痛みが引かなかった。

 はぁ、香風たちは元気なのに僕って…情けなくなってきた。

 だからこそ、強くならないとなぁ。

 模擬戦の後からより一層強くなった思い。

 僕が戦った張遼さんもだが、香風と呂布さんとの戦いを見ていて力の差を感じた。

 ここ数日間の模擬戦でも痛感したことだ。

 このままではいけない。

 僕も戦うと決めたから。

 少なくとも今のままではいつか死ぬかもしれない。

 体力がなくて、筋肉痛になっているようじゃあ全然駄目だ。

 香風たちの足手まといになってしまう。

 それは嫌だ。

 

「っ、頑張ります‼」

「よし、ならばさらに20周追加で走れ」

 

 えぇぇ、増えちゃったよ。

 その日はひたすら走っていた僕だった。

 

 

 

 

 

 とまぁ樊稠さんの指導でここ数日、ビシバシ鍛えられていた。

 李傕さんもその訓練を知っているわけで

 

「そういえば、あか─樊稠の訓練はどうだ、慣れてきたか」

「ええ、何とか」

「あいつは新人でもなんでも容赦ないからな」

「そうなんですか?」

「ああ、だが何だかんだ面倒見がいいからな、なにか悩んでるなら聞いてみるといい、むろん俺でも構わないが」

「ありがとうございます」

 

 李傕さんと別れた後、僕は一旦自主訓練をする。

 腕立てなどの基礎訓練が中心。

 自主練を終えた後、早朝の日課としてもう一つやるべきことがある。

 それは─

 

「ほら、香風起きて。朝だよ」

「~んん、、…もう少し…寝させて。~んにゃ。」

「とりあえず、起きる」

 彼女が包まっている布を引きはがす。

「ふわっ。…悠、強引」

「言っても起きないからだよ、ほら服着る」

「ふえ~めんどくさい~」

 

 香風を起こす作業である。

 香風は朝に強くはなく、このまま寝続けてしまう。

 董卓さんの元に来てから朝はこんな感じだ。

 さて、そんな彼女は今、下着姿なのである。

 当初は困り果てたが、同じことを繰り返すと人は慣れてきてしまうものである。

 今ではすっかり動揺はしなくなっていた。

 

「はぁ、ちゃんと服着ないと、今度お菓子作ってあげないよ」

「…それは、やだ~」

「じゃあ、着替えて」

「…うん、わかった」

 

 と慣れた手際で香風を着替えさえる。

 本当に彼女は生活に対してズボラなようだ。

 数日間しか使っていない部屋だがもう散らかり始めている。

 女の子の部屋だよなぁ。

 つい、疑問に思ってしまう。

 

 早朝の日課を終え、各自で朝ご飯の後は樊稠さんの訓練である。

 朝の訓練を終えると今日のこの後の訓練はなしと樊稠さんに言われた。

 なんでも体を一旦休ませるために息抜きは取れとの事。

 そういわれた直後に賈詡さんに捕まり、資料を董卓さんの元へ届ける最中、

 

「おにーさんが新しくお姉ちゃんのところに入った人?」

 

 と声を掛けられた。

 見ると董卓さんと瓜二つな顔で、髪型が短く、活発そうな雰囲気な女の子がいた。

 お姉ちゃんと呼んでいたから董卓さんと瓜二つなら妹さんかな。

 

「ええっと、そうですが、あなたは?」

「私の名前?私は董旻、字は叔潁。董仲穎の妹よ。おにーさんは?」

「月守悠です」

「へー変わった名前ね。それに強そうに見えないねー」

「うっ」

 

 まぁ実際そうなんだが。こうもはっきり言われるとなぁ。

 

「まぁ大丈夫よ、私もおにーさんの模擬戦見てたし、そこそこ頑張ってたね」

 

 見ていたらしい。

 

「でもみんなが集まっていた時には見かけなかったけど」

「あぁ、あの後やるべき書類が溜まっていたの詠─賈詡の奴にばれちゃって、ずっとそれを片づけてたのよ」

「はぁー」

 

 どうもめんどくさがり屋のようだ。

 そこからは質問攻めにあった。

 聞かれたことはこの間、董卓さんたちに聞かれたことから身の上話まで。

 少しの間話していたがどこからか

 ─董旻様、どこですかー

 ─ああ、もう、どこにいるのよあの子は

 と声が聞こえてきた。

 

「やば。ごめんねーもっと話したかったけど。今も仕事抜け中だから追われてるの。じゃあねー」

 

 そう言った彼女は窓から飛び降りた。

 ─ってえええ。

 すぐ窓を覗く。

 下は結構な高さがあるのに彼女は何事もなかったように走り出していた。

 何だったんだ。

 

 賈詡さんがやってきた。

 

「月守、あなた真白─董旻様を見かけなかった?」

「えー下に」

 

 と窓の外を指さす。

 

「あ~まったくあの子は。月と似なくていいところが似ているんだから」

 

 何やら愚痴をぶつぶつと言う賈詡さん。

 

「見つけたら私に言ってね」

 

 と言い去ってしまった。

 

 何はともあれ資料を董卓さんの元へ届けた。

 

「ありがとうございます、月守さん」

「そういえば、さっき妹さんにお会いしましたよ」

「真白にですか」

「なんか仕事があるのに逃げてきたみたいで」

「そうですか、また抜け出して」

「姉妹で正反対みたいですね」

「いえ、私だって仕事を抜け出すこともありますよ」

 

 へぇ、意外だ。

 見た目そういうことはしなそうだけど。

 

「そういえば、月守さんはこれから予定は入ってますか?」

「いえ、特にはないですけど」

「なら一緒に城下までついてきてもらってもいいですか」

 

 ─日が真ん中を通り過ぎた頃、城下町に来た僕たち。

 この時間、道は人で溢れかえっていた。

 歩いていると華奢な体の董卓さんが人混みではぐれそうになる。

 思わず彼女の手を握る。

 

「へぅ─」

 

 と彼女の声が聞こえたが、とりあえず人混みを抜けるのに専念する。

 如何にか人混みを抜け出すことができたが、ずっと彼女の手を握っていたのですぐ放す。

 

「あの、すいません、迷惑でした?」

「あっ、いえ、そんなことはないですよ」

 

 そう答えた董卓さんは僕に

 

「またはぐれてはいけないので手は繋いで行きましょう」

 

 そんなことを言い出した。

 

「へぅ、駄目でしたか」

 

 と上目づかいでそう言われ、断れなかった。

 改めて董卓さんの手を握る。

 握った手はもちろん僕よりも小さかった。

 やっぱり、女の子なんだよな。

 歴史上の悪人ではなくここにいるのは董卓という一人の女の子というのを改めて実感する。

 そんなことを考えながらも僕は董卓さんといろんな場所を巡った。

 服、食べ物、装飾品、本といったものを扱う露店を回ったり、民家のある場所まで赴くと子供たちが楽しく遊んでいる姿も見えた。

 町にいる人たちはみな笑顔で溢れていた。

 そうしている間にも時間は過ぎて行って、日も暮れ始めたころ僕たちは城下町を囲む城壁の近くまで来ていた。

 

「ここは、町が一望できて、私のお気に入りの場所なんですよ」

 

 確かに町を一望するにはいい場所だ。

 董卓さんは話を続ける。

 

 

「ここから町の人たちが平和で暮らせるのを見ると力が湧くんです。だから、私は誰もが平和に今日を、明日を生きていけるような国を作りたい。それでも、未だに賊へ身を落とす人たちがいて、賊の被害を受ける人たちがいて、私のやっていることは無意味なのかと思ってしまうこともあって──」

 

 項垂れてしまった。

 確かに生きるのに必死にならなければならない時代。

 僕のいた時代、国とは全然違う。

 それでもここに住んでいる町の人たちは笑顔であった。

 それは董卓さんたちが頑張っていたからではないのか。

 

「それでも、僕は董卓さんの夢は間違っていないし、きっと実現できます」

 

 僕は彼女に答える。

 

「董卓さんの周りにはたくさんの人がいる。皆さんは董卓さんの夢を実現するために今まで一緒に頑張ってきたはずです。だから董卓さんがやってきたことは決して無意味なんかじゃない。今はまだできなくても、絶対に成し遂げられます。その証拠に、ここの人たちは笑顔で暮らしているじゃないですか」

 

 董卓さんにそう伝える。

 

「へぅ…。ありがとう…ございます。月守さん」

「はい。それに僕や香風たちも力になります。董卓さんの夢を実現するために」

 

 

 僕は改めてここで誓いを立てたのだった。

 

 

 

 それから少し間があった後、董卓さんが決心したように一呼吸おいてから僕の前に来た。

 

(ゆえ)です。」

「えっ?」

「私の真名です。これからは…月と呼んでください」

 

 若干気恥ずかしそうに彼女は言う。

 

「えっと、本当にいいんですか?」

「へぅ、いいですよ。そのかわり私は悠さんと呼びますね」

 

 なんだか断りづらい雰囲気が。

 そんな僕の気持ちを知ってか知らずか。

 

「じゃあ、一回言ってみましょう」

 

 にっこりと笑顔で話す董卓さん。

 うっ、僕だって気恥ずかしいけど…

 ええーい、言うしかないか。

 

「えっと、じゃあ…月…さん」

「はい、悠さん。ふふ、なんだか似たように名の響きですね」

 

 微笑む月さん。 

 確かに一文字違うだけだけど。

 それよりも僕は──

 夕焼けを背景にして微笑む彼女に思わず見惚れていたのだった。

 

 

 




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