可愛い銀髪美少女天使カードとして転生した私、マスターを導く 作:にゃっとう
〈――さあ、とうとうやって参りました! 国立クロワッサン学園高等部一年、第一
クラス代表対抗戦、開会式。
会場となる闘技場の観客席は所狭しと人で埋め尽くされ、歓声と拍手がひっきりなしに飛び交っている。
そしてそんな惜しみない期待と声援を浴びているのは、フィールドに集まった8人のクラスの代表者たち。
私こと無空メイも、そんな代表者の一人だった。
「ついにこの日が来たわね、無空さん」
開会式が終わるまで特にすることもなかったので、司会が対抗戦のルール説明をしているのを聞きながらぼんやりと大スクリーンを見上げていると、一人の少女がこちらに近づいてきた。
水星エミリア――以前私にデュエルを申し込んできた人物であり、ホムラの知り合い。
そして今期のクラス代表対抗戦において優勝の有力候補と目されている、Bクラスの代表者でもある。
「私の見立て通り、やっぱりAクラスの代表にはあなたが選ばれた。前に会った時にデュエルが好きじゃないって聞いていたから、もしかしたら辞退するんじゃないかとも思ってたけど……こうして会場で会えて嬉しいわ」
「嬉しい、ね。私が辞退してれば、ホムラと戦えたかもしれないのに?」
以前顔を合わせた時は、エミリアはずいぶんとホムラに執着していたように見えた。
おそらくはライバルというやつなのだろう。ホムラが以前私に対してそう宣言したように、エミリアにとってはホムラがそうなのだ。
ともすれば嫌味にも捉えられかねない私の返し、エミリアは気を悪くした様子はなく、肩をすくめて答えた。
「ホムラとは、できれば万全の状態で決着をつけたいのよ。今のホムラはまだ本調子じゃないわ。本気の彼女を打ち倒してこそ、その勝利には意味があるの。だからその点で言えば、私はあなたに感謝してるのよ」
「感謝? どうして?」
「ホムラの性根を叩き直してくれたから。元々はこの舞台で私が負かしてあげるつもりだったけど……燃え上がることを忘れた彼女を叩き潰すのは、あまり気が乗らなかったもの。ホムラに負けた悔しさを糧にずっと頑張ってきたのに……そのリベンジが不本意な形で果たされたら、なんだか虚しいじゃない?」
「ふぅん。思っていたより情熱的なのね」
「ふふっ、そうかしら。でも、それは無空さんも同じでしょう? でなければ、こんな場所にまで出てこない。とっくに辞退して、ホムラにでも席を譲っているはず」
……確かに、学園に来たばかりの頃の私だったなら、少なくともクラス代表なんて面倒なだけの役割は絶対に引き受けなかっただろう。
情熱的かどうかはともかくとして、私が今ここに立っていることに、私自身やホロエルのため以外の理由が含まれていることは間違いない。
「でも、やっぱり少し意外ね」
「意外?」
「私が見たホムラと無空さんのデュエルの記録だと、無空さんは他の人のことをなんとも思っていないように見えたから。冷たく鋭い刃物のように、自分に触れようとするすべてのものを拒絶しているように見えた」
「……」
「だけど今のあなたは、ホムラのことをきちんと友達として認識しているように見える。クラスの代表としてここに立つことを自分なりに受け入れているように見える。この数週間で、なにか心境に変化があったのかしら?」
「……そうね」
エミリアの言う通り、自分が変わっていっている自覚がある。価値観が、感情が、少しずつ。
賑やかなのが煩わしく感じなくなった。ホロエル以外の誰かと関わることが当たり前になった。ホロエルのためにしてあげられることを探したいと思うようになった。
私にとってホロエルが一番大事な存在であることは、この先もずっと変わらない。
だけど、ホロエルと二人だけでいいと他人を拒絶し、廃墟を転々としていた日々に……今はもう、戻りたいとは思わなくなった。
……そういえばエミリアも、前に会った時に『仲良くしてくれると嬉しい』って言ってたっけ。
「エミリアは、私と友達になりたいの?」
以前ホムラに友達じゃないと告げた時に、彼女がショックを受けていたことを思い出す。
もしエミリアにあの時のホムラと同じような思いをさせてしまったら、なんだか少し悪い気もする。
とりあえずあらかじめ聞いておこうと思い直球で問いかけてみると、エミリアは虚を突かれたように目をぱちくりとさせた後、くすりと小さく笑った。
「ふふ、そうね。無空さんが許してくれるなら、是非友達になりたいわ。ただ……それは今じゃない方がいいかもしれないわね」
「どういうこと?」
「そういったことはデュエルでお互いの心をぶつけ合った後だと、より強く心から思えるようになるのよ」
「ホムラみたいなことを……でも、対戦表を見る限り、私とあなたが当たるとすれば決勝になるけど……」
「上がってくるでしょう? あなたなら。私も勝ち上がる。だから友達になるなら、その後にしましょう。今は互いのクラスを背負った代表同士……ホムラを押しのけて代表に選ばれたあなたと、本気で戦いたいもの」
どこか挑戦的な眼差しで私を見据える彼女を見つめ返す。
ホムラほど露骨ではないけれど……どうやらエミリアも、だいぶデュエルに比重を置いた考え方をしているようだ。
それにまあ、エミリアの言うことにも一理ある気がしなくもない。
事実、よくよく思い返せば確かにホムラと友達になったタイミングもデュエルの後だった。
デュエルを通して心から強く思えるようになったとかは特に感じなかったけれど……ホムラが私の情け容赦ないデュエルと相対しても怯えず、変わらずにいてくれたからこそ、友達になれたことは間違いない。
果たしてエミリアがどうなのかはわからないが、もしも仮にここで友達になったとしても、デュエルをした後に避けられてしまったのでは、その関係性は容易く瓦解してしまうだろう。
――デュエルに楽しさなんていらない。デュエルは命の奪い合い。負けることは死ぬことと同義。
――負けてもやり直せるなんてのは戯言。次勝てばいいなんてのも同じ。銃弾を頭に受けて、次なんてある?
――……殺すか殺されるか。あるのは、それだけ。
……私の生き様を。死神のごとき在り方を。その思想を、殺意を。デュエルを通して受け入れてくれるかどうか。
もしかしたらそれこそが、私が自分の人生の友人を見つける上での鍵なのかもしれない。
「……わかった。エミリアがそれを望むなら、しかたない。ホムラにそうしたのと同じように――私のデュエルで、あなたを殺す」
「言うじゃない。だけどホムラと違って、私はただの一度だって敗北の悔しさを忘れたことはないわ。簡単に勝てると思っていたら痛い目を見るわよ?」
その時ちょうど、開会式の挨拶が締め括られるところだった。
エミリアは軽く手を振ると、くるりと踵を返して私から離れていく。
同時に司会者が高らかに声を上げる。
〈それではクラス代表対抗戦、第一試合は……Eクラス代表、
ワァアアアアアアッ! と歓声が上がり、集まっていた8人のクラス代表のうちの6人が闘技場を去って待機室に戻っていく。
そしてフィールドに残されたのは、私と、対戦相手であるEクラス代表の釜世出バンナシだけになった。
「貴様が巷で噂の白い死神、無空メイか……拙者のカードの錆としてくれよう」
釜世出バンナシは、巨大な太刀を片手で軽々と振り回して腰に構える。
そしてその太刀を居合いの要領で勢いよく抜き放つと、その柄の先に刃はなく、代わりに鞘から飛び出たカードの束がバラバラと宙を舞った。
鞘と柄を捨て、カードすべてが落ち切る前に1枚ずつ素早く正確に回収したバンナシは、それをデッキとしてデュエルガントレットにセットして構える。
その目は闘志に満ちており、並々ならぬ覚悟が見て取れた。
「行こう、ホロエル」
一瞥もせず声をかけると、隣で対戦相手のパフォーマンスに拍手していた半透明の彼女は小さくコクリと頷く。それからデュエル中いつもそうしているように、私の前からその姿を完全に消した。
けれど、またすぐに会うことになる。デュエルの中で、私とホロエルが再会できなかったことなんて一度だってなかったのだから。
デュエルガントレットを構え、精神と感覚を研ぎ澄ます。
〈さあ、両者準備はよろしい様子! それではクラス代表対抗戦、第一試合を始めます! デュエルガントレット、スタンバイ! デュエル――〉
「「――スタート!」」
«――勝者、Aクラス代表無空メイ! やはり元ジュニアハイチャンピオンを倒した実力は伊達ではなかった! Eクラス代表の釜世出バンナシを容易く下したぁー!»
待機室のスクリーン越しでも、会場の歓声と興奮が伝わってくる。
その熱狂の中心に立つのは、美しい銀髪を揺らす一人の少女。端麗な容姿は多くの注目を惹きつけて釘付けにするが、綺麗な花には棘があるものだ。
人を殺すために作られた刃のように、冷徹に敵を封殺するその戦い方は、まさしくその異名が表す通りの白い死神そのものだった。
私――水星エミリアは、そんな彼女がフィールドを去っていく後ろ姿を待機室からスクリーン越しに見送って、デュエルガントレットの録画機能を止めた。
そうしてスクリーンの向こうで始まる第二試合を見もせずに、録画しておいた今の無空さんの試合をもう一度見直し始める。
無空さんのデュエルの記録は、ホムラと戦った時の一つしか出回っていない。
私の初戦は第三試合だから、まだ時間に余裕はある。そのすべてを使って、私は無空さんのデュエルをより深く分析する。
「……ふふ。怖いわね、まったく……」
無空さんのデュエルに容赦という単語は存在せず、誰が相手だろうと手加減なんてものは一切しない。
獅子は兎を狩るにも全力を尽くす――些細なことにも全力を尽くせという意味。
それを常日頃から実践できている彼女は褒められるべきであるし、私としても尊敬すべき点だと感じている。
自分が絶対に勝つという自信と自負。しかしそこに傲慢さはなく、勝つために必要な精進と努力の一切を惜しまない。
死ぬまで勝ち続ける宿命を背負う覚悟を胸に抱き、ただ純粋に勝利という結果だけを求めている。
……私は、無空さんのあの冷酷な戦い方を見ていると、手が震えそうになる。目を塞いで、逃げ出したくなる。
彼女と相対して、負けるのが怖い。否定されるのが怖い。
手も足も出ず、あっけなく踏みつぶされるのが怖い。
弱く情けなく、未熟で醜い。どれだけ自分を律しようとしても溢れて止まらない感情――恐怖。
だけど私はそれが全力を尽くし、本気で戦う者だからこそ、より濃く覚えてしまう感覚なのだということも知っている。
負けるのが怖いのは、それだけ私が本気で勝ちたいと望んでいるからだ。
なにがなんでも勝ちたいと望む気持ちが強ければ強いほど、敗北が怖くなる。
否定されるのが怖いのは、それだけ私が本気で打ち込んできたからだ。
なにかを求め、必死に努力を重ねれば重ねるほど、それに意味がなかったと突きつけられることが怖くなる。
本気で物事と向き合わず、勝ちたいという気持ちが微塵もないのであれば、敗北を恐れることはないだろう。
なにも求めず、最初からなにもかもを諦めてなんの努力もせずにいれば、自分という存在に意味がなかろうとなにも感じることはないだろう。
愚かであればあるほど、人は生きやすい。初めからなにも求めなければ苦痛も恐怖も感じることはない。
だけど私はそれを生きているとは思わない。苦痛に喘ぎ、恐怖を感じながらも「それでも」と、なにかを求めて足掻き続けることこそが、私にとっての生きるという意味だ。
そしてそれはきっと……無空さんも同じのはず。
どんなデュエルにおいても彼女が全力を尽くし、常に勝ち続けようとするのは、彼女が誰よりも敗北を恐れているからだ。
もしも彼女にとって敗北が死と同義なのだとすれば、敗北への恐怖という一点で言えば、彼女が感じているそれは私が感じている恐怖を遥かに凌ぐだろうことは想像にかたくない。
そして……それほどまでの恐怖に耐えてまで彼女がデュエルという戦場に立ち続けるのは、それに比類するだけの想いの重さでなにかを強く求めているからだ。
私はまだ無空さんとは知り合って間もないから、具体的に彼女がなにを望んでいるかはわからない。
それでも同じデュエリストとして、自分の命を懸けてでも欲しいものが……守りたいものがあることだけはわかる。
もしこれがホムラなら、ただ楽しいから、デュエルが好きだからというだけでデュエルの場に立ち続けられるのかもしれないけど……残念ながら、私はホムラほどバカにはなれない。
何度同じようなバカになれればと思ったかわからないけれど、なれないものはしかたがない。
私と無空さんは同じだ。デュエルに恐怖を覚えている。負けるのが怖くてしかたがない。
それでも私たちはデュエルの場に立ち続ける。私たちが求めるものは、そんな恐怖を乗り越えた先にしかないから。
――おばあちゃん……わたしね、おばあちゃんの手が好き。おばあちゃんに頭を撫でられるとね、いつも心がポカポカして笑顔になれるの。
――いつかわたしが大人になったら、おばあちゃんみたいに強くて優しい人になりたい。
――おばあちゃんが天国で皆に自慢できるくらい、世界で一番強くて優しい人になるから。わたし、一所懸命頑張るから。
――だから……いつかまた、おばあちゃんと会える日が来たら……ぐすっ……もう一度、わたしの頭……撫でて、くれる?
デュエルガントレットに括り付けた、何度も修繕した痕がある色褪せた猫のキーホルダーを握り締める。
「……行きましょうか」
スクリーンの向こうで第二試合が終了したことを確認し、私はデュエルガントレットで再生していた無空さんのデュエルの記録映像を消して待機室を出た。
第三試合。このクラス代表対抗戦における私の一戦目。
絶対に勝って駒を進める。そしてその次も勝って、私は決勝で無空さんと戦う。
私は深呼吸をして、闘技場に足を踏み入れるのだった。