可愛い銀髪美少女天使カードとして転生した私、マスターを導く 作:にゃっとう
始まりは、神殿のような場所で祀られていることに気がついたことだっただろうか。
いつの間にか知らない場所にいて、他の誰にも姿が見えず干渉もできない銀髪の天使になっていた。
その上、祀られたカードに魂があるような言いようのない不思議な感覚もあって、大層困惑したのを覚えている。
『虚構天使ホロエル』。それが今世の私が身を宿したカードの名前だった。
「虚無より生誕せし天使様、どうか我らに救いをお与えください……」
「「「我らに救いを……」」」
祀られた
そしてそんな信徒の中に、後に私のマスターとなる幼い少女――メイも混じっていた。
だけどそれはメイ自身の意志とは言い難かった。ただ両親が信徒だったから、メイも連れられて同じことをさせられていただけ。
幼い彼女は、祈りを捧げる意味も、神殿がなにを信仰しているかも、正しく理解していなかった。
ただ両親がそうすべきだと教えたから。ただ両親が喜んでくれるからという理由だけで、彼女は両親と一緒に虚無へと祈りを捧げていた。
他の信者は、虚無の天使に救いを望んだ。
だがそれは雑念だ。虚無ではない。
正しき神仏への祈りとしては正しくとも、虚無への祈りとしては失格だ。
一方でメイの祈りには、なんの思いも込められてはいなかった。
願いも望みも意味もない。やってもやらなくても、なにも変わらない。まさしく虚無の祈りだ。
しかしだからこそ、メイのそれは虚無の天使に捧げる祈りとしてもっとも正しく……彼女は私とは別の、もう一枚の虚無の天使の依り代となる巫女に選ばれてしまった。
「天使様の依り代になるのだ」
「わずらわしい過去と未来をすべて捨て、天使様をその身に受け入れる。まさしく栄誉だ!」
「ああ、なんて幸せなのでしょう。我が子が天使様の依り代に選ばれるなんて!」
「メイ、良い子だ。これでお前はこの世界の誰よりも幸せになれる。安心して天使様の依り代になるんだ」
依り代を得た天使は自由の身を得る。
十秒間なんて短い時間じゃない。常に完全な実体化を実現し、人知を超えた力を発揮できる。
だけどその代わりに依り代となった巫女は、その記憶と、肉体の自由を永遠に失ってしまう――死ぬことすらなく、その魂と心は永遠に眠ったまま虚無へと帰る。
巫女を使い、天使を具現化し。天使の力で虚無の門を開いて、その先に眠る真なる神を起こす。
それが虚無を信仰する信徒たちの望みだった。だけどメイは……。
「……やだ……なんで、なんでなの? パパとママが笑ってくれるから、喜んでくれるから、毎日天使様に祈りを捧げてたのに……今までのこと全部忘れて、天使になることが……パパとママの願いだったの? わたしのこと……パパとママは、好きじゃ、なかったの?」
私とは別のもう一人の天使がどういう性格なのか、今までの信徒たちの祈りを見てなにを感じたのか、なぜメイを選んだのか、私は知らない。
私はカードの近くを離れられない。普段、私ともう一枚は少し離れた位置に置かれていたから、もう一人の天使のことは一度だけ姿を見たくらいだった。
だけど一つだけ確かなことを言えるなら、私はその時、もう一人の天使とは完全に決別したということだ。
「……え……? ……扉、が……?」
巫女になることを拒絶したメイは暴れ、私の近くにある部屋に監禁されてしまっていた。
暗証番号を入力して開けるタイプの頑丈な扉。番号がわからない限り、中からでは絶対に開けられない。
だから私は彼女が泣いていた夜中、数秒間の実体化を使い、彼女が部屋に閉じ込めた時に入力されていた暗証番号を入力して、その扉を開いた。
「……わたし……わたし、は……」
実体化は力を使いすぎる。この後の脱走を考えると、ほんのわずかでも力を残しておきたい。
だから私はメイに姿を見せることはできず、メイに脱走の判断を委ねた。
生きる意志すらなく、両親のために巫女になることを受け入れるなら、もはや私にできることはない。
理由もわからず、ひとりでに開いた扉を前にしたメイは……それを、くぐることを選んだ。
「巫女が脱走した!」
「監視はなにをしていたのだ! なんとしても探して連れ戻せ! 我らの悲願を叶えるために!」
「どうして!? 理解できないわ……せっかく天使様に選ばれる栄誉を授かったのに!」
「メイ、悪い子だ……しかもまさか、ホロエル様まで持ち去るとは……! これ以上の不敬を重ねぬよう、すぐにでも連れ戻して儀式を始めなければ……!」
メイが脱走すると同時に、私は今世の本体である『虚構天使ホロエル』のカードを一瞬の実体化でメイの懐に忍ばせた。
神殿を脱出しようと廊下を走る彼女は、初めこそ私の存在に気がついていなかったようだが、しばらくして追手から逃れるために物陰に隠れた際に気がついたようだ。
隠れた時の咄嗟の動きで懐からこぼれ、床に落ちたホロエルのカードを、メイは拾う。
「天使、様……ううん、違う……天使……わたしのすべてを奪った、虚無の……」
この時、メイはなにを思ったのだろう。
私は正直この時、カードを破かれるのではないかと気が気ではなかった。カードを破かれれば、それに宿っている私は当然死んでしまう。
私が死ぬこと自体は、まあ別にいい。
……いや良くないが。非常に良くないが……どうせ二度目の生だ。
それに、たとえ存在し続けたとしても、虚無の門を開くとかいう不幸しか生まないような虚言に利用されるだけ。
それならいっそ、破かれて死んだ方が世のためというやつだろう。
だけどせめて、メイには生きていてほしい。
私がここで死んでしまったら、残った力を使えなくなる。メイをこれ以上助けてあげられなくなる。脱走を手助けしてあげられなくなる。
「……なんで……どうして? あなたなんでしょ? わたしを、あそこから出したのは……なんであなたは、わたしを助けようとしてるの?」
答えない。答えられない。
今世の私は言葉を持たない。たとえ実体化したとしても、声は発せない。
「……」
メイは私を破かなかった。
カードをポケットに入れ直すと、苦しそうな表情のまま、物陰を出て再び走り始めた。
そうして脱走した私たちは、
「ホロエル……お願い。一緒にいて。離れないで。一人にしないで……わたしは、あなたがいてくれるだけでいいから。あなた以外いらないから……」
幼いメイは、ホロエルのカードを……私を大事そうに胸に抱えて、泣きながら眠りについた。
本当にそれだけでいいと思っているのなら、どうして泣くのだろう。どうしてそんなに辛そうな顔をするのだろう。
いつの日か、メイが心から笑ってくれるように。
そんな日が訪れるまで、ソウルハート・サーヴァントとして彼女とともにあるのだと、私はそう誓った。
「お姉ちゃんお姉ちゃん! わたしね、今日すっごいデュエリストに出会ったんだよ!」
今日が提出期限だった宿題を前に、うつらうつらと船を漕ぎかけていた時のことだ。
妹――燃照センカが、バーン! と勢いよく扉を開いて部屋に入ってきて、私こと燃照ホムラはビクッとして目が覚めた。
そして同時にその衝撃で、宿題をやっていなかったと白状した時の、担任の先生の笑顔のはずなのに異様に威圧感のある鬼のごとき微笑みが頭を過ぎり、私は慌てて席から立ち上がった。
「い、妹に勉強を教えてたんです! 決して、決してデッキをいじってたら夢中になって忘れちゃったわけじゃありません!」
「……お姉ちゃん? 急になに言ってるの?」
「え? あ……」
周りを見てみれば、ここは教室ではなく寮の自室。目の前にいるのも、先生ではなく妹だ。
正気に戻った私は、あははと誤魔化すように笑いながら、いそいそとイスに座り直した。
「お姉ちゃん……また宿題やってなかったの? しかもまたわたしを言い訳に使ったみたいだね……」
「い、いや、今のは咄嗟だったから口から出ちゃっただけっていうか……」
「わたし、お姉ちゃんが今のわたしと同じ学年だった時より勉強できるから、その言い訳は通用しないって前に言ったよね。先生もそれがわかってるから、嘘をついてまで誤魔化そうとしたお姉ちゃんに怒ったんだよ? ちゃんとわかってる?」
「うぅ……はい。反省しています……」
妹に正論で怒られるという姉としてあまりにも情けない姿を晒しながら、私は小さく項垂れる。
姉より優れた妹などいないと言ったのは誰だったか。
いるぞ、ここに。これが生き恥……。
「って、わ、私のことはいいじゃん! それよりセンカも! いつもノックしてから入ってって言ってるよね!」
「ノックしてもお姉ちゃん、デッキいじりとかデュエル番組に夢中で反応しないじゃん。今だって寝てたみたいだし」
「そ、それはそうかもだけど……親しき仲にも『火霊器ヴァーテイン』ありって言うでしょ!」
「親しき仲にも礼儀ありね。ヴァーテインはカード名だから」
センカは肩をすくめながら、やれやれとばかりに首を横に振る。
うぐぐ、頭の悪い自分が憎い……!
「そんなことよりお姉ちゃん、聞いてよ! わたしね、今日すっごいデュエリストに助けてもらったんだ!」
「すっごいデュエリスト? ……いやちょっと待って、助けてもらったって言った? それってなにか危険な目に遭ってたってこと?」
妹は基本私より賢いが、たまにその賢さが嘘であるかのように猪突猛進になる時がある。
私もデュエルが関わるとそうなってしまう自覚があるので、私たちは似た者姉妹というやつなのだろう。
私のジト目での指摘に、妹は「あ」と声を漏らすと、気まずげに私から目をそらした。
「あー、まあ、そのー……チンピラがおばあちゃんに絡んで、どう見ても無事なのに慰謝料がどうのって騒いでたから、賭けデュエルでやめるように……」
「それで負けちゃったの?」
「ち、違うの! 『あなたみたいなかっこ悪い人なんて、デッキですらない紙束でも勝てるよ』って、今日買ったパックのカード全部シャッフルして組んだデッキで挑んじゃったからなの! 本気のデッキだったら勝ててたから!」
「えぇ……」
この子、実は私以上のバカなのでは?
っていうかそんな宣言しておいて負ける方が普通にかっこ悪いと思うんだけど……。
センカもその自覚はあるのだろう。恥ずかしげに、それから悔しげに「ぐぬぬ」と頬を染めながら続ける。
「とにかく! それで賭けに負けちゃったせいで『尽滅の定め』を奪われちゃったんだけど……そこでお姉ちゃんと同じくらいの年の、すっごく綺麗で可愛い銀髪の女の子が颯爽と現れてね! そのチンピラの人に、わたしにカードを返すよう要求したの!」
「じゃあ、その人がセンカの言うすごいデュエリスト?」
「うん! 学校でもテレビでも見たこともないような珍しいカードを使う人でね、本当にもう……言葉にできないくらいかっこよくて、強かった! カードを私に返してくれた時も『カード1枚に命を懸けられないデュエリストは、デュエリストじゃない』……って! もうそれがほんっとうにかっこよくて、わたしすっごく感動して!!」
「わ、わかった。わかったからセンカ、ちょっと落ちついて? どんどん声が大きくなってるよ?」
おそらくは助けてくれたそのデュエリストの物真似をしたのだろう。
クールな感じの女の子であることはわかったが、それ以上にセンカのテンションの上がり具合が尋常じゃない。
興奮する牛をなだめるように、どうどう、と私はセンカを落ちつかせる。
「あはは、ごめんねお姉ちゃん。でもわたし、とにかくこの喜びを誰かに共有したくて。はぁー……また会えないかなぁ、メイ様……」
「様って……今日一日見ただけでしょ? いくらなんでも大げさすぎじゃない?」
「はぁーっ、お姉ちゃんはわかってないなぁ! お姉ちゃんは直接メイ様の雄姿を見てないからそんなこと言えるんだよ!」
せっかく落ちついてきたのに、余計な一言でまたぶり返してきてしまった。
「あの本当の戦場にいるような緊迫感、一瞬の隙さえ逃さない眼力! 目の前の敵を倒すためだけに、その目に映る全部を灰になるまで燃やし尽くす尽滅の意志……! テレビなんかじゃ絶対見られない、わたしが目指すべきデュエリストの理想がそこにはあったんだよ!」
「ふーん……」
センカは決して弱いデュエリストじゃない。むしろ、強い方だ。
中等部である彼女はまだ中学生限定のジュニアハイクラスの大会にしか出られないが、今まで出場したさまざまな大会で優勝し、目覚ましい戦果を挙げている。
だからこそ興味が湧いた。そんなセンカが、理想とまで呼ぶようなデュエリストに。
「ならさ、そのメイって子は――私より強い?」
自分の口元に笑みが浮かぶのがわかる。
デュエルが関わると、いつもこうだ。強いデュエリストを見つけると、特に。
私は妹と比べて、あまり頭が良い方ではない。普通の勉強なら妹の方が何倍も賢いだろう。
だけどデュエルに限って言えば、私は誰にも負けるつもりはなかった。
センカはジュニアハイクラスの大会に出場して何度も優勝を果たしている。だけどすべてに勝てたわけじゃない。
私とセンカは二つ違い――私が中等部の三年生で、センカが中等部の一年だった時期がある。
そして私とセンカが同じ大会に出場した時、私は一度だってセンカに負けたことがない。
さらに言うと、私は当時の同級生の友達と一緒に、街に潜んでいた悪の組織の陰謀を止めることに一役買ったことだってある……まあ、これはセンカには内緒なんだけど。
元々が家族だし、何度も大会で本気で戦って負けているのだから、私の強さは誰よりもセンカが一番わかっている。
そしてそのうえで、センカは答える。
迷いなく、私がもっとも望んでいた答えを。
「――うん。お姉ちゃんより強いよ」
「……あはは! そっか。いいね……私もそのメイちゃんに会いたくなってきちゃった」
「そう簡単には会えないと思うけどねー。あんなに可愛くて綺麗な人なのに、ずっとこの街で暮らしてて今まで見たこともなかったし。あ、でももし見つけたらすぐわたしにも知らせてよね! 授業中だろうと駆けつけるから!」
「いや、授業はちゃんと受けなよ……せっかく成績いいんだから」
「宿題をやってないお姉ちゃんには言われたくないなぁ」
「うぐぐ、ああ言えばこう言う……!」
その後はいつものように姉妹で戯れながら、妹の手を借りてなんとか宿題を終わらせて、眠りについた。
センカが自分の理想とまで評した、私よりも強いと思しきデュエリスト――その人とデュエルすることを想像しただけで、思わず気持ちが高ぶる。
とは言え、まあ、センカの言う通りそう簡単に会える相手でもないだろう。
センカいわくそのメイという子は私と同じくらいの年頃で相当強いらしいのに、ジュニアハイクラスの大会でそれらしき人を見かけたことは一度もなかったし、噂にも聞いたことがない。大会にはあまり興味がない子なのだろうか。
少し残念に思いながらも、いつか私も会えたらいいなぁと仄かに期待を膨らませつつ、翌日、私は学校に登校した。
「言い忘れていましたが、今日から転入生が来ます~。これから一緒に学ぶ仲間として、皆さん仲良くしてくださいね~。それではメイさん、壇上で自己紹介を~」
「……無空メイ。以上」
外見の特徴は、とても可愛くて綺麗な銀髪の女の子。
そしてセンカが聞いたという、その子の名前は――無空メイ。
「あ――あぁぁぁああぁあぁぁぁっ!!」
思わずと言った具合に席から立ち上がって、その少女を指差しながら私は叫ぶのだった。