可愛い銀髪美少女天使カードとして転生した私、マスターを導く   作:にゃっとう

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30.これから血で染まり、散りゆくというのに

 わたし――燃照センカは、すぐにでも回避行動に移れるように腰を低く落としながら、目の前の人物の一挙手一投足に意識を張り巡らせる。

 悠々とわたしを見下ろすその人物は、全身を黒いローブで覆っており、顔もフードで隠れていて完全には窺い知れない。

 だけど声の高さや身体の起伏から察するに、おそらくは女性。

 さらに声の質や、わずかに見える肌の状態から、十代から三十代ほどの若い年齢だろうと推察できる。

 

「……ふむ。どこかで見たことがある気もしますね……」

 

 わたしが黒ずくめの人物を観察したように、彼女もまたわたしの正体を探ろうと、フードの影からかすかに見える双眸で、わたしのあちこちに視線を投げてきているのを感じる。

 わたしが今着ているのは、クロワッサン学園の中等部の制服だ。さらにリボンの色から二年生であることもバレているだろう。

 

 黒ずくめの人物――尾行していた男は、クライアントって呼んでたっけ。

 わたしは、このクライアントがわたしの隠密を暴いた瞬間の出来事を今一度振り返る。

 あの時、わたしはこのクライアントとやらの姿を確認しようと、隠れていた席の後ろからほんのわずかに顔を出しただけだった。

 ほとんど明かりのない薄暗い映画館のシアターの中で、それは決して目立つ仕草ではなかった。物音だって立てたつもりはない。

 だけどこの黒ずくめの人物はそんな一瞬の違和感を当然のように察知し、わたしが隠れていた場所へと的確にカードを投げてきた。

 間違いなく相当な手練れ……一瞬でも気を抜けば、命取りになる。

 

「……ああ、そうです。思い出しました――」

 

 言葉の最中、クライアントが息を吸い込んだ一瞬を狙って、私はダンッと地面を蹴って前へと踏み出した。

 武道において、息を吸い込む瞬間は明確な隙だ。

 長呼気丹田呼吸法(ちょうこきたんでんこきゅうほう)――吸う息を短く、吐く息を長く。

 武道の基本とも言われる呼吸法であり、相手に呼吸を悟らせないことは奥義の一つだとも言われている。

 

「炎爆流デュエル空手、一の型――炎爆・掌底!」

 

 デュエルリクエストモードを用いてのスペルの詠唱ではない、直接的な物理攻撃。

 クライアントが息を吸う瞬間に狙いを定めた、完全に虚を突いたはずのわたしの一撃は――しかし接触する寸前で、手首を掴まれて止められる結果で終わった。

 

「えっ……!?」

「甘いですよ。冥土流護身術、四の型。冥土葬送」

「あぐっ!? ……っ、『流れ弾直撃』!」

 

 クライアントに容赦なく蹴り飛ばされ、わたしはシアターの床を転がった。

 だけど、わたしだって武道をかじった者の端くれだ。

 体勢が完全に崩れたこの瞬間に、クライアントが追撃を仕掛けてくることを察知し、すぐさまデュエルリクエストモードを起動してスペルを詠唱することで牽制する。

 頭上から降り注いでくる炎の玉を、クライアントは大きく後退することで回避した。

 

「はぁ、はぁー……」

「なかなかやりますね。ですが、まだまだ未熟。呼吸が体に馴染んでいない……生気体が成っていない証拠です。武道を戦うための力としてしか見ていませんね? ふふ。生活の中に溶け込ませるだけの気概がなければ、そんなものお遊びも同然ですよ」

 

 ……たかが中学生と侮ってくれるなら隙をつくこともできそうかとも思ったけど……甘い期待だったみたいだ。

 今の攻防だけでわかった。武道において、間違いなく彼女はわたしよりも格上だ。

 

「そして、ええ。思い出しましたよ。あなたの名前は……燃照センカ」

「っ……わたしを知ってるんだ」

「ええ。クロワッサン中等部の二年生であり、先月のクラス代表対抗戦の優勝クラスの代表者。そして……あの()()()()()()()

 

 ピクリ、と思わず眉が動いてしまう。

 

「あなたの姉の噂は私も小耳に挟んだことがあります。中学時代の二年間、無敗のまま同世代の頂点に君臨し続けたと。大したものです。そんな彼女の妹ともなれば、さぞやお強いのでしょうね」

「……」

 

 妹、妹、妹。

 どこに行っても付き纏う、わたしを指す都合のいい呼び名。

 ……別に、お姉ちゃんのことは嫌いじゃない。

 お姉ちゃんは、子どもっぽいしずぼらだし勉強もできないけど……なんだかんだで優しいし。一緒にいて楽しいし。わたしのことちゃんと見てくれるし。

 でも……どんなにわたしが努力したって、結局わたしの全部は、お姉ちゃんの妹だからって片づけられる。

 まるでわたしがどこにもいないみたいで。わたしなんか、お姉ちゃんの代わりでしかないって言われてるみたいで。

 

 ――どろり、と。

 胸の底から湧き上がる黒い衝動に蓋をして、わたしはクライアントと相対する。

 

「それから……ふむ。私の調べでは、確かあなたは無空メイとの交友関係がありましたね?」

「……だったらどうするの?」

「あなたがこうして危険に晒されても姿を現さないことから察するに……あなたは単独行動で私を探ろうと画策し、ここを探り当てたのでしょう。でしたら、計画変更です。ここであなたを人質として捕らえ、それと引き換えに無空メイに『虚構天使ホロエル』を引き渡すよう要求するのが良さそうです」

「へえ、ここに来てオリチャー*1? オリチャーって大抵失敗するんだけどなぁ。案外愉快な人なんだね、あなた」

 

 挑発気味に皮肉ってみるが、クライアントに動揺した様子はない。

 身じろぎ一つすらせず、一切の隙がない自然体のまま淡々と続ける。

 

「問題ないでしょう。無空メイと交友関係がある人間は、あなたを除けば燃照ホムラ、水星エミリアの二人……そして無空メイを含むその三人は、私が差し向けた刺客に足止めされている。無駄な出費かとも思いましたが、どうやら彼らも少しは役に立ってくれたようです」

「気のせいかなぁ。それ、わたし程度になら楽に勝てるって言ってるように聞こえるんだけど」

「おや、そう聞こえませんでしたか? ふふ……あなたが姉に何度も挑んでは負けていることは、あなたたち姉妹を知っている者たちの間では周知の事実ですから。あなたの実力は……彼女たち三人と比べれば、明確に一段劣る」

「……アハッ、アハハッ、アハハハハハハッ!」

 

 わたしは映画館全体に響き渡るほどの大笑いを上げると、お姉ちゃん譲りの獰猛な笑みを浮かべて、滾る戦意のままデュエルガントレットを構えた。

 

「だったらさ、わたしとデュエルしようよ。あなたが勝てば、わたしは人質。煮るなり焼くなりエッチなことするなり、好きにすればいいよ。でもわたしが勝ったら……あなたのその顔、わたしが拝んであげる」

「いいでしょう。あなたを逃がさず確実に捕らえる手段として、デュエルは有益です」

 

 クライアントもまたローブの袖をめくると、あらわになったデュエルガントレットを静かに構えた。

 

「ただの一度の敗北が、人生のすべてを狂わせる……そんなデュエルは、裏社会では日常茶飯事です。耐えられますか? あなたに、その重圧が」

 

 ――デュエル成立。

 デュエルリクエストモードでは一方的な魂のエネルギーの消費であったため、スペルの実体化しかできなかったが……。

 デュエルが成立したことで、ぶつかり合う心と心の相乗効果によって、サーヴァントやエリアのカードに秘められた魂の欠片の具現までもが可能となった。

 

 クライアントの言う通り、これはまさしく敗北が許されないデュエル。

 負ければわたしは彼女に捕らわれ……その後の結末がどうなるにせよ、メイ様のそばにいる資格を失う。ホロエルちゃんとも友達ではいられなくなるだろう。

 メイ様の大切な人を奪われかねない真似をしでかしておいて、どう顔向けすればいいというのだろう? どんな顔して、ホロエルちゃんに友達だって言えるんだろう?

 たとえ二人が許してくれたとしても、わたしがわたしを許さない。

 

「じゃ、やろっか。あなたの心に、燃照センカって名前を刻んであげる」

「戦の華、ですか。綺麗な名前ですね。これから血で染まり、散りゆくというのに」

 

 勝って証明しろ。わたしの存在を。

 そして刻んでみせろ。燃照ホムラの妹ではなく、燃照センカという、わたしだけの名前を。

 

「デュエルガントレット、スタンバイ」

「「――デュエルスタート!」」

*1
オリジナルチャートの略。主にアドリブや、その場の思いつきで予定にないことをやらかすことを指す




次回からデュエル、センカvs謎のクライアントとなります。
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