可愛い銀髪美少女天使カードとして転生した私、マスターを導く   作:にゃっとう

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40.わたしは、お父さんを越えて……ホロエルと一緒に、この先に進む

「俺のターン。俺はエナジーをチャージし、ターンエンド」

「わ……わたしのターン!」

 

 初めてのデュエル。私が振り分けられたのは後攻だった。

 ……正直、当時の私は、その事実に少しだけホッとしていた。

 テレビの向こう側で繰り広げられていたものを、なんとなく眺めていた程度の知識しかなかった私には……初めてのデュエルで、なにをすればいいのかまったくわからなかったから。

 もしもこの時私が先攻だったなら、あるいはエナジーのチャージすらせずにターンエンドしてしまっていたかもしれない。

 当時の私にとって、デュエルとはそれほどまでに未知のものだったんだ。

 

 ターンスタート時の処理でカードを1枚引いた私は、そこで初めて手札のカードを見た。

 しかしそれと同時に、そこにあった1枚のカードを目にして、私は思わず息を呑む。

 

「こ、これ……なんでこのカードが……!?」

 

 ――『虚構天使ホロエル』。

 懐に入れたまま、デッキに入れることすらしていなかったはずのそのカードが、なぜか手札の中にいた。

 私はすぐにホロエルのカードを仕舞っていたはずの場所に手を当ててみるが……そこから出てきたのは『虚構天使ホロエル』ではなく、まったく別のカードだった。

 

 まさか……デッキの中に元々入ってたカードと、すり替わってる……?

 ホロエルが自分から、デッキの中に入ったの? なんのために……?

 

 わけがわからず手を止めてしまっていると、お父さんは苛立たしげに舌打ちをした。

 

「どうした? お前のターンだぞ?」

「わ、わたしは……エナジーをチャージ……」

 

 『虚構天使ホロエル』のコストは、1。

 今チャージしたエナジーを使えばすぐに出せる計算だということは、子どもの私でもわかった。

 ……もしかして……自分を出せ、って言ってるの?

 私は導かれるようにして、ゆっくりとホロエルのカードへと手を伸ばす。

 

 ――おめでとう、メイちゃん。アリエル様のご意思によって、あなたはアリエル様の依代となる虚無の巫女に選ばれたわ。あなたの献身的な祈りが実を結んだのよ。

 

「っ……わ、わたしは、1エナジーで『虚蝉(うつせみ)の憂鬱』を使う!」

 

虚蝉の憂鬱
コスト1 属性:無 

スペル 種別:虚数 

 - 効果 - 
①手札に「虚無」があるなら、このスペルを詠唱するために必要なコストは-1される。

②スペル「虚無」を1枚生成して手札に加える。

③手札の無属性サーヴァント1枚を選択してデッキに戻す。選択したサーヴァントよりコストが低い無属性サーヴァントをランダムに1枚デッキから手札に加える。この効果でカードをデッキに戻した後、デッキからカードが手札に加わらなかった場合、スペル「虚無」を1枚生成して手札に加える。

 

「わたしは、このカードの効果で……コスト1の、『虚構天使ホロエル』をデッキに戻す……!」

「ッ――」

 

 やっぱりダメだ。虚無の天使を信じることは……もうできない。

 信じれば、また裏切られる。利用される。

 

 ホロエルは確かに、私を幽閉されていた部屋の中から連れ出してくれた……。

 それ自体は、紛れもない事実だ。

 でも……ずっと信じていたお父さんやお母さんでさえ、私のことを愛してくれていなかったのに……。

 ホロエルだけは違うって……どうしてそう簡単に言い切れるの?

 ましてやホロエルは、アリエルと同じ虚無の天使なんだから。

 私を助けようとする行為が……私の心を誑かして、思うがままに操るためじゃないなんて証明は、誰にもできない。

 

 そうだ……そうだよ。

 ホロエルもきっとアリエルと同じように、私のことを依り代として利用しようとしているだけなんだ……!

 だってそれ以外に……見ず知らずの私なんかに優しくしてくれる理由なんて、どこにもないんだから。

 

「……そうか。やはりお前がホロエル様を持ち去っていたか」

 

 お父さんは一瞬だけ驚いたように目を見開いたが、すぐに落ちつきを取り戻すと、そう言って小さく息を吐いた。

 

「だが、まさか召喚すらせずデッキに戻すとはな。ホロエル様の御力さえあれば、俺にも勝てたかもしれんというのに」

「っ――」

「もっとも、こちらにとっては好都合だが。行くぞ。俺のターン、ドロー!」

 

 ……それからの展開は、本当に一方的だった。

 デュエルのことをなにも知らない私のプレイングは拙く、お父さんはそんな私に一切の手心を加えない。

 容赦のない猛攻によって私のライフカウンターはじりじりと削られていき、気がついた時には……私の残りライフは、たったの2つにまで減らされていた。

 お父さんはそんな私のプレイングを嘲り、罵り、そして――。

 

「来たか……はは、はははっ、はははははっ! お前に見せてやろう……俺が手に入れた、俺だけの特別を!」

 

 ドローしたカードを見て、お父さんが狂気じみた笑い声を上げる。

 そしてお父さんは引いてきたばかりのそのカードを、すでに場にいるサーヴァントに重ねる形で迷いなく叩きつけた。

 

「触れるものすべてを無に帰す――6エナジーで降臨せよ、『虚無龍ヴァニタス』!」

 

虚無龍ヴァニタス
コスト6 種別:虚数/ドラゴン 
属性:無 ATK 7000 HP 9000 

転生サーヴァント 条件: コスト4以上の無属性サーヴァント1枚 

 - 効果 - 
【制約】:[転生サーヴァント]


①『虚構定理』=条件:転生素材を持っている。

②『ストライク2』

③場に出た時、「自分の場を離れた『虚構定理』を持つカードの数」を+2する。

④「自分の場を離れた『虚構定理』を持つカードの数」が6以上なら、以下の効果を得る。

・サーヴァント以外のカードの使用、または他のカードの発動効果に反応して発動可能。そのカードをゲームから消滅させる。その後、「自分の場を離れた『虚構定理』を持つカードの数」を1減らす。

⑤「自分の場を離れた『虚構定理』を持つカードの数」が減る時、代わりにこのサーヴァントの転生素材を1つ取り除いてもよい。

 

 禍々しい赤い波動をまき散らしながら、お父さんの背後に虚無の化身が顕現する。

 白い身体に黒い血管を浮かび上がらせた、おどろおどろしくも美しい龍だ。

 私を見下ろすその眼は虚無の深淵に満ちており、自分の中のなにもかもが飲み込まれてなくなっていくような、空恐ろしい錯覚に囚われる。

 

「ヴァニタス……虚無の……龍……?」

「そうだ! これこそが、俺が誰よりも優れているという証……シーラ司教様を通じてアリエル様から賜った、俺だけの特別だ!」

「っ……アリエルの、力……!」

「この力さえあれば、俺はもう誰にもバカにされない……誰からも恐れられ、敬われる存在となる!」

 

 妄執に取り憑かれ、血走った目でお父さんが咆哮する。

 

「ヴァニタスの効果! 場に出た時、場を離れた『虚構定理』のカウントを2増やす! これでカウントは8だ! さらにヴァニタスは転生サーヴァントだ! よって場に出たターンでもライフカウンターへの攻撃が可能!」

「ば、場に出たターンでも……!?」

「さらに『ストライク2』により、ライフカウンターを2つ破壊できる!」

「2つ……じゃ、じゃあ……!」

「そうだ! この攻撃が通れば、お前のライフカウンターは0になる! 行くぞ! 俺はヴァニタスで、お前のライフカウンターに攻撃!」

 

 ヴァニタスの鋭い牙の立ち並んだ喉の奥に、赤い波動が収束していく。

 それを見て、私は慌てて手札のカードをデュエルガントレットに読み込ませた。

 

「こ、この瞬間! 『Qアクション2』! 『虚仮(こけ)コッコウ』!」

 

虚仮(こけ)コッコウ
コスト2 種別:虚数/バード 
属性:無 ATK 0 HP 2000 

サーヴァント 

 - 効果 - 
①『Qアクション2』=条件:自分の場にサーヴァントが存在せず、相手のサーヴァントが攻撃した時。

②『虚構定理』=条件:相手の場にサーヴァントが存在する。

③『ガード』

④召喚時に強制発動。『バリア』をX層得る。(Xは自分と相手の場のサーヴァントの数の差)

⑤場を離れた時に発動可能。カードを1枚引く。

 

 ここまでの攻防で、デュエルの大まかなルールがなんとなくではあるものの理解できてきていた。

 『Qアクション』……条件さえ満たせば相手のターンでもカードを使えるようになる効果。

 これを駆使して、相手のやりたい動きを的確に妨害していけば、いくらでもデュエルを引き延ばすことができる……!

 

 唐突に空中に出現した鶏が、その白い翼を大きく広げて、ヴァニタスが放った波動を受け止める。

 私がホッと息をつくと、お父さんが珍しく感心したような声を上げた。

 

「ほう。『Qアクション』を握っていたか。この短時間でよくもまあデュエルに適応したと、褒めるべきなのだろうな」

「わたしは『虚仮コッコウ』で『ガード』を……!」

「いいや。その前に『虚仮コッコウ』は場に出た時、強制的にその効果が発動する」

「サーヴァントの数の差だけ、自分に『バリア』を付与する効果のこと……? でも、わたしとお父さんのサーヴァントの数に差は……」

「効果を発動したという事実が重要なのだ。『虚仮コッコウ』が効果を発動した瞬間……俺はヴァニタスの効果を発動させる!」

 

 ヴァニタスがその虚ろなる眼で、自身の波動による攻撃を一身に受け止めている鶏を一瞥する。

 

「サーヴァント以外のカードが使用された時、または他のカードの発動効果が使用された時! ヴァニタスは俺の場を離れた『虚構定理』のカウントを減らすことで、そのカードをデュエルから消滅させる!」

「カ、カードを消滅!? 『Qアクション』でもないのに、相手の効果に反応して……!?」

「消えろ、『虚仮コッコウ』!」

 

 ヴァニタスの視線に射貫かれた鶏は、途端に力を失ったように墜落し、消滅する。

 そして鶏が受け止めていた赤い波動が、今度こそ私へと迫ってきた。

 

「これでヴァニタスの攻撃は有効だ! そして『ストライク2』により、ヴァニタスはライフカウンターを2つ破壊する!」

「きゃああぁっ!?」

 

 禍々しい波動が、私の残りのライフカウンターすべてを消し飛ばす。

 同時に私自身も衝撃で吹き飛ばされ、ゴロゴロと床の上を転がった。

 

「はははははっ! どうだ、思い知ったか! これが俺の力だ! 俺だけに与えられた特別だ!」

「ぅ……ぁ……」

「ああ、素晴らしい! これほどの力を手に入れられたなら、もう誰も俺を見下す奴などいない! 誰もが俺の価値を理解し、敬うようになる! そして俺はこの力で……今まで俺をバカにしてきた奴らを、一人残らず葬り去ってやるんだ……!」

 

 お父さんは狂気と恍惚の入り混じったような表情を浮かべながら、自分が手に入れた力に酔いしれている。

 その目には、もう……娘であるはずの私のことすら、まともに映ってはいない。

 

「お……とう、さん……」

「俺はこれでターンエンドだ! さあ、お前のターンだぞ、メイ!」

 

 お父さんは心底愉快そうな笑い声を上げながら、私にターンの開始を促す。

 それでも這いつくばったまま動けずにいる私を見下ろすと、お父さんは嘲るように鼻を鳴らした。

 

「なんだ? もう終わりか? 早くしないと、次の俺のターンがやってきてしまうぞ?」

「……わ、わたしの……ターン……」

 

 身体を引きずるようにしてなんとか立ち上がって、デッキからカードを引く。

 

 ……私の残りライフは、0……次の攻撃が通ったら、私の負け……。

 でも、いったいどうしたらいいの……?

 お父さんの場の『虚無龍ヴァニタス』のHPは9000。さらには効果を発動したカードを消滅させるという、凶悪極まりない効果まで備わっている。

 それに対して、私の手札は2枚。

 そのうち1枚は1ターン目でも使った『虚蝉の憂鬱』で、もう1枚は今引いてきたばかりの『虚の妖精ホルルン』とか言う弱小サーヴァントだ。

 

 お父さんのライフカウンターは、まだ初期値の6が丸ごと残っている。

 ここから一気にトドメまで持っていくことは、どう考えても不可能……。

 どうにかしてヴァニタスを除去した上で、同時に『ガード』のような攻撃を防ぐ手段も用意しなければ……おそらく私の敗北は避けられない。

 でも、こんな手札じゃ……あんなに強いサーヴァントを、どうにかできるわけが……。

 

「無駄だ。お前ごときに俺のヴァニタスは倒せない。お前はここで俺に無様に敗北する運命なんだ」

「……運、命……」

 

 ……私は結局、虚無の巫女になる運命からは……逃れられないの?

 あの薄暗い部屋の中で、ただ無意味に終わりを待ち続けるだけの未来しか、私にはないの……?

 私は……どんなに頑張っても、誰にも愛されることなんか……。

 

「……」

 

 絶望に心が塗り潰されていく。

 どうしようもない無力感に苛まれて、私はただその場に立ち尽くした。

 

 ……バカだなぁ、私。

 結局最後はこうなるなんてこと……本当は最初からわかってたはずなのに。

 だって、今までもそうだった。

 幸せな家族になりたいと望んでも、愛されたいと望んでも……世界は私にそれを許さなかった。

 そしてそれは今回も同じなんだ。

 デュエルの知識がろくにない私が一人でどれだけ必死に足掻いたところで、お父さんに勝つことなんかできっこない。

 そんなこと……少し考えたら、誰にでもわかることだったのに。

 

 往生際悪く、未だに誰かに愛されたいなんて夢を見ている私への……罰、なのかな。

 私は結局、最後の最期まで……ずっと独りぼっちで居続ける運命だったんだ。

 

 ――違うよ。メイ。

 

「……え……?」

 

 ふと、どこからかそんな幻聴のようなものが聞こえたかと思うと、私の手がなにか温かいものに包まれる。

 驚いて視線を落とせば、そこには私の手を優しく包み込む、半透明の小さな手があって……。

 私の隣には、いつの間にか……可愛らしい天使の女の子が立っていた。

 

「あなた、は……ホロ……エル……?」

 

 寄り添うようにして、私の手をギュッと握るその天使は……まるでお姉ちゃんのように私に微笑みかけると、その小さな手で、私の手札のうちの1枚を指し示した。

 まるでそのカードを、私に使ってほしいとでも言うかのように。

 私はそんなホロエルの仕草に、大いに迷った。戸惑った。躊躇った。

 だってホロエルは、虚無の天使だ。

 アリエルと同じ……私の全部を奪った、虚無の……。

 

 ……でも、どうしてだろう。

 ホロエルの優しい笑顔を見ていると、なんだか胸の内が温かくなって、不思議と心が安らいでいく。

 この笑顔を信じてみたい……って。

 私はその時、そう思ったんだ。

 

 ホロエルの微笑みに背中を押されるようにして、私は手札の1枚に手をかける。

 

「わたしは……3エナジーで、『虚の妖精ホルルン』を召喚する」

 

虚の妖精ホルルン
コスト3 種別:虚数/フェアリー 
属性:無 ATK 1000 HP 1000 

サーヴァント 

 - 効果 - 
①『虚構定理』=条件:相手の場にカードが存在する。

②『Qアクション0』=条件:相手によって自分のライフカウンターが破壊された時。

③召喚時に発動可能。以下の効果から1つを選択して適用する。

・デッキの上から1枚目をエナジーにチャージする。

・カードを1枚引く。

 

 デフォルメされた小さな妖精の女の子が、私の前に姿を現す。

 ATKもHPもどちらも弱小と呼べるほどに低くて、はっきり言って、ヴァニタスに対抗できるようなカードにはとても見えない。

 けど……ホロエルはそれで大丈夫だと言うように頷くと、次に使うべきホルルンの効果を指し示した。

 

「なんだ、まだ続けるのか? 諦めたのかと思ったんだがな。まったく往生際の悪い……」

「ホルルンの効果、発動。召喚時、2つの効果から1つを選んで適用する。わたしはこの効果で、カードを1枚引く効果を選ぶ……」

「ふん、なにをしたところで無駄だ。お前では俺のヴァニタスには勝てない……この瞬間! 『虚無龍ヴァニタス』の効果発動! サーヴァント以外のカードの使用、または他の発動効果に反応して効果を発動し、そのカードを消滅させる!」

 

 ヴァニタスが放った赤い雷がホルルンに降り注ぎ、ホルルンはあっけなく消滅してしまった。

 ホロエルが指示したことは、ただ3エナジーを消費してカードを消滅させられただけで……一見したところでは、意味のある行為に見えない。

 だけど続くホルルンの効果の処理でドローしたカードを見た時、私は思わず目を見開いていた。

 そんな私にホロエルはどこか得意げに胸を張ってみせた後、「私を信じて」と伝えるように、私の目をまっすぐに見つめてくる。

 

 ……今の私の手札は2枚。

 1枚は『虚蝉の憂鬱』。そして、もう1枚は……。

 

「わたしは……エナジーを1消費する。そして……」

「っ……な、なんだ……? どういうことだ? 俺のヴァニタスが……怯えている、だと……?」

 

 今度は、拒まない。

 私は導かれるようにして、そのもう1枚のカードへと手を伸ばす。

 

「虚無より生誕せし虚空の天使。世界を在るべき姿に戻す為。虚空界(アーカーシャ)の彼方より、光臨せよ――『虚構天使ホロエル』!」

 

虚構天使ホロエル
コスト1 種別:虚数/天使 
属性:無 ATK 0 HP 0 

サーヴァント 

 - 効果 - 
①『虚構定理』=条件:「自分の場を離れた『虚構定理』を持つカードの数」が5以上。

②『アクセル』

③『ガード』

④場にある限り、このカードのコストは「自分の場を離れた『虚構定理』を持つカードの数」と同じとして扱う。

⑤ATKとHPに「自分の場を離れた『虚構定理』を持つカードの数」×1000を+する。

⑥「自分の場を離れた『虚構定理』を持つカードの数」がX以上なら発動可能。以下の効果から1つを選択して適用する。(Xは指定された数)

・X=10:エリア「完全虚構証明」1枚を生成して場に出す。

・X=15:このカードを「???」に書き換える。

・X=20:???

⑦自分のターンエンド時に発動可能。カードを1枚引き、攻撃権を回復する。

 

 私の隣に立っていたホロエルが一歩、二歩と足を前に進めていく。

 そしてそのたびに理解不能な数式がホロエルの存在を補強するように彼女へと纏わりつき、半透明だった彼女の姿が次第に実体を帯びていった。

 やがてホロエルの実体化が完全に終わると、彼女はその華奢な背中を私に見せて、ヴァニタスと対峙する。

 

「バ……バカなッ! この場面でホロエル様を引いてきただと!? ただの幸運……いや! まさかメイ……お前はアリエル様だけでなく、ホロエル様にも選ばれたというのか……!?」

 

 お父さんが信じられないとでも言うように頭を振り、狼狽えたように後ずさる。

 ホロエルは私を守護するようにお父さんの前に立ちはだかって、ただ静かに彼と彼の従える龍を見据えていた。

 

「ホロエルの効果。わたしの場を離れた『虚構定理』の数×1000、ATKとHPが上昇する……」

「今、お前の場を離れた『虚構定理』の数は……10!? ということは……!」

 

 ヴァニタスのATKは7000で、HPは9000だ。

 それに対し、ホロエルはATKとHPがともに10000。

 ヴァニタスのステータスを、ホロエルが完全に上回った。

 

「さらにホロエルは『アクセル』を持ってる。よって場に出たターンでもサーヴァントへの攻撃が可能」

「っ……『アクセル』は、発動するタイプの効果ではない……ヴァニタスは相手が効果を発動しなければ、消滅させる効果を使うことができない……!」

「攻撃宣言。『虚構天使ホロエル』で、『虚無龍ヴァニタス』を攻撃」

 

 ホロエルが自身の手の中に槍を生成し、その先端をヴァニタスへと向ける。

 ヴァニタスは慄くように唸った後、恐れを振り払うように首を左右に振り、巨大な顎を開いて赤い波動を放った。

 しかしそれと同時に、ホロエルもまた槍の先端から虚無のエネルギーの塊を射出していた。

 それは、ほんの小さな白の塊。

 だがその小さな塊が、ヴァニタスが放った波動の一切をブラックホールのごとく吸い込み、容易く消し去っていく。

 やがてその塊がヴァニタスに到達すると……あっけなく、跡形もなく。

 膨張した虚無のエネルギーがヴァニタスの身体までもを呑み込んで、断末魔を上げることさえ許さず、その存在を消し去ってしまった。

 

「あ、ありえん……俺のヴァニタスが、一撃で……!?」

 

 エースであるヴァニタスを失ってしまったお父さんは、愕然としてその場に立ち尽くす。

 しかしすぐに気を取り直したように頭を振ると、焦りの浮かんだ表情で私へと目を向けた。

 

「だ……だが! お前のライフカウンターは0だ! 次のターン、『フルアクセル』を引くことさえできれば、お前など……!」

「ホロエルにはわたしのターンエンド時、カードを1枚引いて攻撃権を回復する効果がある……さらに『ガード』も持っているから、1枚だけじゃどうにもならない」

「しかしヴァニタスとの戦闘によって、ホロエル様のHPは3000にまで減っている! それならば……!」

「ホロエルのさらなる効果、発動。わたしの場を離れた『虚構定理』の数が10以上なら、エリア『完全虚構証明』を生成して場に出せる」

 

 ホロエルが腕を上に翳すと、理解不能な数式が集って不可思議なシャンデリアを形成し、虚無の光が辺りを照らし始める。

 

完全虚構証明
コスト10 属性:無 

エリア 種別:虚数 

 - 効果 - 
【制約】:[存在制限](上限:同名/場に1枚)


①自分の場のカードが持つすべての『虚構定理』は、条件を満たしていなくとも条件を満たしたものとして扱う。

②「自分の場を離れた『虚構定理』を持つカードの数」が減る時、代わりに増やす。(上限:1ターンに1回)

③自分のターンエンド時に発動可能。自分の場の『虚構定理』を持つすべてのサーヴァントのHPを全回復する。

④???

 

「わたしはターンエンド……この時、ホロエルの効果。カードを1枚引いて攻撃権を回復。さらに『完全虚構証明』の効果。『虚構定理』を持つサーヴァントすべてのダメージを、完全に回復する」

「ダメージを回復するだと!?」

「これで『虚構天使ホロエル』のHPは10000に戻った。生半可なカードじゃ、破壊できない」

「……そ、そんな……バカな……」

 

 打つ手がなくなったのか、お父さんは呆然自失と言った様子でその場に膝をつく。

 ……これが、ホロエルの……教団が崇める、虚無の天使の力……。

 

「な……なぜですか……」

 

 立ち塞がるホロエルへと、お父さんが震える声で問いかける。

 

「あなたは、我らを導く方ではなかったのですか!? それがなぜ……こんな出来損ないの娘などの味方をするのですッ!?」

 

 っ……出来、損ない……。

 

「お忘れになったのですか!? メイは、アリエル様の巫女になることを拒むような思想の持ち主です! このデュエルにおいても、メイは1ターン目にあなた様の慈悲を拒んだ……! そのような小娘の味方などしても、あなた様にはなんの得もありません! ともすれば、恨まれていてもおかしくはないのですよ!? いつどこで、気まぐれにあなた様の本体を破かれてもおかしくはない……! なのに……なぜ!?」

 

 ホロエルは答えない。

 ただ静かに、お父さんから私を守るようにそこに立ち続ける。

 

「今ならばまだ間に合います! もしもメイが依り代として欲しいならば、私がシーラ司教様を通してアリエル様に掛け合います! アリエル様も、他でもないホロエル様の頼みであれば、快くメイをお譲りくださるはずです! ですから……さあ、こちらに!」

 

 ホロエルを説得するように、お父さんが必死に声を上げる。

 そして私はそんなお父さんの言葉の数々に……段々と不安な気持ちが駆り立てられていった。

 

 そうだ。1ターン目のあの時、私も思ったはずだ。

 私を依り代にしようとしていること以外に、ホロエルが私に味方してくれるような理由がないんだ……って。

 

『メイ、なんてことを言うんだ! お前は選ばれたんだ。俺たちの娘としてな。これはとても光栄なことなんだぞ!』

『あなたがアリエル様の巫女になれば、私たちはこれまで以上に喜ぶわ。今日までずっと育ててあげたんだから、今度はあなたが私たちに恩を返しなさい』

 

 少なくとも、お父さんとお母さんは……ううん。お父さんとお母さんだけじゃない。

 私が今まで見てきた人たち、全員がそうだった。

 皆、自分のことしか好きじゃない。自分が幸せになること以外、頭にない。

 皆が皆……自分のことしか考えてない。

 

 だったらきっと、ホロエルだって同じだ。

 ホロエルが私の味方をしてくれてくれるのは、きっとなにか理由があるからで……。

 その理由がなくなれば……ホロエルもまたお父さんやお母さんと同じように、私なんか見捨ててどこかへ行ってしまう。

 

 そしてホロエルが私にここまでしてくれる理由で考え得るものなんて、私を依り代として利用しようとしていること以外に存在しないんだ。

 アリエルと同じように、ホロエルも私を依り代として狙っていて……。

 だけどアリエルが私を依り代にしようとしたから、それに抗議しようと騒ぎを起こした。

 そう考えるのが一番しっくりくる。

 そしてもしもこの予想が正しいのだとしたら、ホロエルはここでお父さんの提案に乗ることで、その目的は容易に達成できてしまう。

 だって……私を依り代として乗っ取りたいだけなら、私の意思なんか尊重しなくてもいいんだから。

 

 私の中で嫌な想像がどんどん膨れ上がり、また捨てられるかもしれないという恐怖が私の心を塗り潰していく。

 そんな私の様子に気がついたのか、ホロエルはくるりと反転してお父さんに背を向けると、ゆっくりと私に歩み寄ってきた。

 

 私は……ホロエルが私の手を掴んで、お父さんの方に連れていこうとしているように感じて、現実から逃げるように瞼をギュッと閉じる。

 そうして暗闇の絶望の中で、また見捨てられる時を……ホロエルが私の手首を掴む瞬間を待った。

 ……だけど、いつまで経っても私の手首が引っ張られるようなことはなくて。

 

 ふわり――と。

 今までの人生で一度も感じたことのない、優しくて柔らかな感触が、私の身体を包み込んだ。

 

「え……?」

 

 驚いて瞼を開くと、そこにはホロエルの小さな胸と華奢な肩が視界いっぱいに広がっていて……私は自分が、彼女に抱きしめられているのだと気がついた。

 顔を少し上に向ければ、私を見つめる天使のように可愛らしい顔がそこにあって。

 私と視線が合うと、ホロエルは穏やかに顔を綻ばせる。

 温かくて安らぐような、心地良い感触に……どうしてか、私の瞳からポロポロと堪え切れない涙が溢れ出してくる。

 

「……どう……して? わたしは……あなたを、信じなかったのに……」

 

 1ターン目。きっと私を助けようと必死になって手札に来てくれたホロエルを……私はデッキに戻した。

 今だってホロエルの優しさを、信じようとしなかった。

 ホロエルが私を助けようとする理由なんか依り代にしようとしていること以外にないんだ、って。

 お父さんやお母さんに裏切られた時みたいに自分の心が傷つくのを恐れて……私は、ホロエルの優しさを否定するようなことばかり考えていた。

 それなのに……どうしてホロエルは、こんな風に私を抱きしめてくれるの?

 

「……」

 

 ホロエルは……なにも答えない。

 でも、それは拒絶じゃなかった。

 

 大丈夫だよ、って。安心して、って。

 これから先、なにがあっても……あなたがどんな選択をしたって、私はそばにいる。

 いつだって私はあなたの味方だから……って。

 そう伝えるように微笑んでから、言葉ではなく行動で示すように……私を抱きしめる力を、ギューッと強めた。

 

「……う、ぅ……!」

 

 それが最後の一押しになったのかもしれない。

 私はホロエルの胸に顔を埋めて、声を上げて泣きじゃくった。

 お父さんとお母さんに見捨てられて、ずっと抑え込んでいた悲しみが……ホロエルの優しさの温もりに溶かされて、涙とともに溢れて出てくる。

 

 ……そうだ。

 私は、ずっと……こうやって誰かに抱きしめてもらいたくて……。

 独りじゃない、って……そう言ってほしかったんだ。

 

「な……なぜですか、ホロエル様! なぜそんな出来損ないに、そこまで執着するのですか!?」

 

 お父さんは動揺に声を震わせながら、信じられないようなものを見るような目でホロエルを見ている。

 ホロエルは最後に私の頭を優しく撫でると、私を抱く腕を緩めて、再びお父さんへと向き直った。

 

「あなたは我ら教団の象徴であり、我ら信徒にとっての希望なのですよ!? 今あなたの前にいる娘は、あなた様に対して救いようのない背信行為を犯した……! その罪をお許しになるというのですか!?」

 

 お父さんが必死に言葉を並べ立てて、ホロエルを説得しようとしている。

 でも……もうわかった。そんな言葉は、ホロエルの心にはこれっぽっちも響かない。

 ホロエルはアリエルとは違う。お父さんやお母さんとは違う。

 私が今まで見てきた、誰とも違う。

 

 ホロエルはただ、純粋に……私を助けたかった。ただそれだけなんだ。

 それ以外に理由なんかない。

 強いて理由を上げるとするなら、それは……きっと……。

 

「……たとえ、どれだけ遠くへ行ったとしても……! この世界のどこに隠れたとしても! 教団は、メイを逃がしません! その出来損ないについていったところで、未来に希望などありはしないのです! それでもあなたは……!」

 

 ホロエルの返答は、変わらない。

 ホロエルはただ黙って、私とお父さんの間に立ち続ける。

 

 お父さんはホロエルの説得が不可能だと察したのか……悔しげに歯噛みすると、私に向かって怒りに満ちた目を向けた。

 

「メイッ! お前が……お前さえ大人しく巫女になることを受け入れていれば、こんなことにはならなかったんだ……!」

「……」

 

 私はその時……ようやく心から諦められたんだ。

 ホロエルが私に愛情の温もりを教えてくれて……お父さんとお母さんが私にしてくれなかったことをしてくれて。

 お父さんとお母さんが、私のことを最初から愛するつもりなんかなかったってことを……理屈じゃなく心で、受け入れることができた。

 

「……デュエルは……まだ、終わってない」

「ッ……!?」

「続きをしよう。わたしは、お父さんを越えて……ホロエルと一緒に、この先に進む」

「ふ……ふざけるなッ!! たかが娘の分際で……! 父親であるこの俺に、勝てるわけがないだろうがぁッ! 俺の……俺のターンッ、ドロォオオオオッ!!」

 

 ――……そうして私は、お父さんに勝った。

 倒れ伏し、気を失ったお父さんに近寄ると……私はお父さんのデュエルガントレットからデッキを抜き取って、自分の服のポケットに仕舞う。

 お父さんは自分をバカにした人たちを、ヴァニタスの力で消し去るって言ってた。

 でもこれで……お父さんの望みは、もう叶わない。

 

「……さようなら……お父さん」

 

 うつ伏せに倒れたお父さんに最後にそう告げて、私はお父さんに背を向けた。

 まだデュエルフィールドの力が残っているのか、実体化しているホロエルが、瓦礫で塞がった出入り口に槍を向ける。

 すると、槍の先端に発生した虚無の塊が瓦礫の山を吸い込んでいき、瞬く間に通れるようになった。

 

「……行こう、ホロエル」

 

 出入り口の向こう側に広がる、雨の降りしきる深夜の闇の中へと、私はホロエルと一緒に歩き出す。

 冷たい雫が肌を打ちつけて、私の身体を濡らしていく。一寸先も見えない夜の闇が、まるで私の行く手を阻むように立ちはだかっている。

 だけど……後ろを振り返ることだけはしなかった。

 ホロエルが隣にいてくれる。その事実が、私の心に消えない温もりと明かりを灯してくれていたから。

 

 そうして私は、ホロエルと一緒に……深い暗闇の中を、どこまでもどこまでも歩いて行ったんだ。




これにて過去編はおしまいです。
次回から現代に戻ります!(๑╹ ▽╹)ヒサシブリィィィホムラエミリアセンカァ!!!

カード製作裏話

・虚蝉の憂鬱
手札の無属性サーヴァント1枚をデッキに戻して、そのコストより低い無属性サーヴァントをランダムに1枚引っ張ってくるスペル。つまり作中掲示板民待望のホロエルサーチ札。生徒会長の使用カードはすでに実装済みだが、このカードは作中掲示板世界ではまだ実装されていない。次回の弾で登場予定のようだ。やはりコスト2を戻してホロエルを持ってくる使い方が真っ先に思いつくが、手札に来てしまったヴァニタスをデッキに戻して交換したり、ホロエルを戻して虚無を手札に増やした後で虚空波動に繋げたり、同様に虚構再定義を使う前にホロエルを戻してゲーム全体のホロエルの枚数を減らさないようにすると言った運用も考えられる。手札の枚数が減らないサーチ札としての利点を最大限に活かせれば、より柔軟な立ち回りが可能になるだろう。ちなみにあくまでサーチはデッキに戻したカードのコストより低いサーヴァントの中でランダムなので、あまり高いコストを戻しすぎると狙ったカードが手札に来ないことは留意しておく必要がある。また、コスト2を戻してホロエルの確定サーチを狙うなら、ホロエル以外のコスト1以下は入れられなくなるので、その辺りも注意が必要である。

・虚仮コッコウ
話のテンポの都合上、場を離れた時のドロー効果を使用する場面は省かれたが、メイちゃんはしれっとドローしているのでご安心ください。

・虚の妖精ホルルン
いつメンその1。初デュエルで、まだソウルハートサーヴァントになりかけているわけではないので、場に出てもそこまで感情は示さない。これからメイちゃんやホロエルと行うたくさんのデュエルを通じて少しずつ心を育んでいく。

・虚無龍ヴァニタス
いつメンその2。悪い子にはお仕置きよ!(ホロエル感) アリエルの力で生み出されはしたが、激おこぷんぷん丸と化したホロエルの方がアリエルよりも怖かったみたいで、デッキから抜き取られた後は素直にメイちゃんに従っている。多少の感情の起伏はあるがソウルハートサーヴァントではない(エミリアの機械竜ルーク・セブン等と同じ。ルークセブンもソウルハートではないものの、主人の意思を汲み取って駐車場を壊さないように配慮したりする。「29.……アハッ! 何者だと思う?」参照)。

・虚構天使ホロエル
いつメンその0。口上が普段と違ったが、実は今回の口上の方が本来の口上であり、普段の慈愛の天使云々の口上はメイちゃんが勝手に改変して言ってるだけである。初デュエルにつきメイちゃんのホロエルスキーブーストがないので、初手に来るために実はものすっごく頑張っていたのだが、あえなくデッキに戻されてしまう。デッキに戻された後はメイちゃんが人間不信状態に陥っていることを察し、あまり出しゃばらず、慎重に機会を窺う方針にシフトした。メイちゃんはホロエルを一度は拒んでしまった点を気にしていたが、ホロエルとしてはここまでの流れを全部見ていることもあって信じてもらえなかったことについては別にどうとも思っておらず、むしろあれだけのことがあってなお最終的に自分を信じてくれたメイちゃんに感激して絶対守るゾ!!!!!と決意を新たにした。ちなみにメイちゃんのお父さんのことは嫌い。
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