可愛い銀髪美少女天使カードとして転生した私、マスターを導く 作:にゃっとう
「さて。それじゃあ話し合いはここまでにしておきましょうか」
エミリアがパン、と手を叩いて注目を集める。
「ノゾミ先輩との対談がどう転ぶかはわからないわ。でもわからないからこそ、どんなことが起きてもいいように英気を養っておかないとね。今日はもうしっかりと休んで、明日に備えましょう」
「はーい!」
さきほどまでの真剣な雰囲気から一転、柔らかな声音でエミリアがそう言い放ったことを合図に、部屋の中の空気が弛緩した。
センカの元気の良い返事も相まって、皆の間にいつも通りの和やかな雰囲気が戻る。
皆でお泊まりだからと上機嫌にはしゃぐホムラ、そんな姉の姿に呆れつつも自身も割とノリノリなセンカ。
やれやれと肩をすくめるエミリアに……そんな三人と混じって、どことなく楽しげに彼女たちの話に耳を傾けているマスター。
もしもこれがホムラたちと出会う前の、私とマスターの二人だけの頃だったなら……。
今のようにいつまた襲われるかわからない状況で、ここまで明るく、そしてリラックスした状態ではいられなかっただろう。
きっと張り詰めた空気の中、私を――『虚構天使ホロエル』のカードを手に、身を潜めるようにして周囲を警戒していたはずだ。
こうして今、マスターが普段と変わらない日常のように穏やかな時間を過ごせているのは、皆のそばを自分の新たな居場所だと感じ始めているからだ。
マスターがそれを自覚しているかはわからない。
だけど……かつては私だけに向いていたマスターの視線が、今は他の誰かにも向いている。
それはマスターが彼女たちのことを心から頼りにしていることの……そして、マスターがもう決して独りぼっちなんかじゃないことの、なによりの証明だ。
「そういえばお姉ちゃん、お風呂ってもう入れてあったよね? 結構汗もかいちゃったし、そろそろ入りたいかも」
「あ、そうだね。いいよセンカ、先に入っちゃう?」
「うん! ……あ、でも着替えないんだっけ」
「私の貸そっか?」
「う~ん、それでもいいけど……お姉ちゃんのだとサイズ合わないし、できれば一旦自分の部屋に取りに帰りたいなぁ」
自分の殻に閉じこもりがちだったマスターが、自分の意思で他人に心を開き、ともに歩もうとしている。
そんな彼女の確かな成長が、私は自分のことのように……ううん。自分のこと以上に嬉しい。
「なら、私が付き合いましょうか?」
「いいの? エミリアさん」
「ええ。今の状況で単独行動は危険だけど、私とセンカちゃん、ホムラと無空さんで二手に分かれるぶんには問題ないはずよ。それに、ノゾミ先輩がなにを仕掛けてくるかがわからないとは言っても、警備員も巡回してる女子寮の中で派手な騒動を起こしたりはしないはずだから」
「えへへ~、じゃあお願いしちゃおっかな。それで一緒にエミリアさんのぶんの着替えも取りに行っちゃおうよ!」
「ふふ、そうね。お言葉に甘えて、お願いさせてもらおうかしら。そういうわけだから、ホムラ。お風呂はあなたと無空さんで先に入ってて。私たちは帰ってきてから入るから」
「わかった! いってらっしゃい二人とも。気をつけてねー!」
「いってらっしゃい。センカ、エミリア」
でも……うぅ……。
お姉ちゃん的立場として、どんどん姉離れしていく妹を眺めるのは……やっぱりちょっぴり寂しい気もするなぁ……。
もしかしたらいつかは彼氏なんかもできちゃったりして、どこの誰とも知らないその馬の骨に「ホロ姉様、メイさんを俺にください!」とか言われたりする日が来ちゃったりとか……。
ぐぬぬ……! そんなのお姉ちゃんは認めませんよ! マスターと結婚したいなら、まずはお姉ちゃんを倒してからにしなさい!
「メイちゃん、先に入っちゃっていいよ。今日はいろいろと大変だったでしょ? 体が温まれば、心も落ちつくからさ」
「……うん。わかった。ありがとう、ホムラ。いってくるね、ホロエル」
……いやでも……むぐ、むぐぐぐぐぐ……。
……マスターの境遇を知ってもマスターのそばを離れず、彼女の心を傷つけず、裏切らず、その愛が生涯揺らがない一途なものである誓いを立てた上で、マスターの幸せをその隣で一生守り続けてくれるって約束してくれるなら……。
百歩……千歩……いや、一億歩くらい譲って許してあげないこともない、かな……?
純白のウェディングドレスを身に纏い、心からの微笑みを浮かべるその姿はきっと、私の目に映る世界の中でなによりも美しいもののはずだから。
そして私はそんなマスターから少し離れたところで、お姉ちゃんとして妹の幸せを祝福するんだ……。
うっうっ……マスター。お姉ちゃんは……お姉ちゃんは……!
「……ホロエルちゃん? おーい、ホロエルちゃーん?」
……はっ!? ……あ、あれ? ホムラ?
私の視界に唐突にホムラの顔がドアップで映り込んで、私ははたと我に返った。
いつの間にやら部屋の中には私とホムラしかおらず、寮部屋の備え付けの浴室の方からは、かすかにシャワーの音が聞こえる。
「エミリアとセンカならお泊まり用の着替えを取りに帰ったよ。メイちゃんはお風呂に入ってるとこ」
私のキョロキョロと辺りを見回す仕草から、私がなにを考えているかなんとなく察したのだろう。ホムラが簡潔に状況を教えてくれる。
ということはつまり、今はこの部屋には私とホムラの二人きりということか。
うーん。ちょっとボーッとしすぎちゃってたかなぁ……。
さっき私はマスターがホムラたちのそばを自分の居場所だと感じ始めてるから、日常のように落ちついて過ごせるんだと考えたけど……案外それは私も同じだったのかもしれない。
「でも、ちょうどよかったかも。メイちゃんのいないところで、私、ホロエルちゃんに伝えておきたいことがあったんだよね」
むむ? 私に伝えたいこと?
私の顔を覗き込んできていたホムラが姿勢を正して、私の正面に座り込む。
そうして不思議そうに小首を傾げる私と視線が合うと、彼女はにへらっと人懐っこく笑ってみせた。
「ホロエルちゃん。メイちゃんをずっと守ってくれて、ありがとね」
え。
「ホロエルちゃんがメイちゃんのそばにいて、ずっと寄り添ってくれたから……今のメイちゃんが、今の私たちの関係があると思うんだ。だからね。ありがとう、って。どうしても言っておきたかったの」
ホムラがそう言って、ぺこりと頭を下げる。
でもそんなのは、わざわざこんな風にお礼を言われることじゃない。
むしろ感謝の気持ちを伝えたいのは、私の方だ。
私はマスターと一緒に教団を脱走してからのおよそ九年間、お姉ちゃん的立場として、ずっと彼女のそばでその成長を見守ってきた。
始まったばかりの逃避行の夜。暗い廃墟の中、たった一枚のカードを抱きしめて眠りにつく彼女の姿は、今も私の脳裏に焼きついている。
そう自分自身に言い聞かせるように泣きながら瞼を閉じ……次第に涙さえ枯れて、表情を失っていく彼女を、私は見ていることしかできなかった。
たったの10秒しか実体化できない、ただのカードに過ぎない私では、彼女の涙を拭ってあげることはできない。人肌の温もりを教えてあげることはできない。
街中ですれ違う普通の女の子のようにマスターが笑えるようになるためには、いったいどうすればいいのかと。この九年間、ずっと考え続けていた。
そしてその答えが、友達という新たな居場所だった。
ホムラやエミリア、センカとの出会いが……私では教えてあげられなかった温もりを、マスターに与えてくれたんだ。
だからお礼を言わなくちゃいけないのは私の方だ。
ありがとう、ホムラ。マスターと友達になってくれて。
マスターが明日を楽しみに思えるようになったのは、紛れもなく、ホムラがマスターの最初の友達になってくれたおかげだ。
「……あはは。私はメイちゃんみたいに、ホロエルちゃんの仕草だけで完璧に意図を察せるわけじゃないけどさ……今のホロエルちゃんがなにを伝えたいかはわかるよ。メイちゃんと友達になってくれてありがとう、って。そう言ってくれてるんだよね?」
ぺこりと頭を下げ返した私を見て、ホムラがくすりと笑みをこぼす。
「でもさ。前にも言ったけど、そんなことお礼を言われるようなことじゃないんだよ。なってあげるだなんて、友達はそういうどっちか一方が譲歩するようなものじゃなくて、お互いが自然とそうなってるものだって、私はそう思うから」
ホムラはそこで一旦言葉を区切ると、すぅっと小さく息を吸い込んで、私を安心させるように朗らかに微笑んだ。
「これからは、私たちもメイちゃんのことを守るよ。もう二度と、メイちゃんを独りぼっちになんてさせない。独りの寂しさで泣かせたりさせない」
ホムラ……。
「あ、もちろんホロエルちゃんもだからね? ソウルハート・サーヴァントだからとか関係なく、ホロエルちゃんだってもう私の大事な友達だもん。メイちゃんとホロエルちゃんがこの先もずーっと一緒にいられるように……そんな二人と一緒に、皆で楽しく笑っていられるように。私も頑張るからさ。だから……えへへっ。これからもよろしくね、ホロエルちゃん!」
照れくささを誤魔化すようにはにかんだホムラが、スッと手をこちらに差し出してくる。
そんな彼女の手をしばらく見下ろした後……私は一瞬だけ実体化して、ホムラの優しさと、その手のひらに灯る熱を感じ取るように、彼女の手を握り返した。
「あっ……えへへ。ホロエルちゃんの手って、あったかくて、柔らかいんだね」
私が実体化したことに驚いたのか、目をパチパチとさせたホムラが、そう言ってくすぐったそうに笑う。
今は非常時だから、いざという時に備えて、これ以上の実体化はできないけど……それでも私はこの一瞬の温もりを、決して忘れたりしないだろう。
「ふふっ。メイちゃん以外だと、ホロエルちゃんが誰かに触れるのってたぶん初めてだよね? なんだか嬉しいなぁ。えへへ、後でエミリアとセンカにも自慢しよっと!」
……ホムラもエミリアもセンカも、三人とも本当に良い子だ。
彼女たちがそばにいてくれるなら、マスターはきっと大丈夫。
たとえその道行きにどんな困難が待ち受けていようと、いつか必ず、普通の女の子のように笑える日がやってくるだろう。
ホムラの温もりを直接感じて、心の底からそう信じることができたからだろうか。
私の胸にじんわりとした安堵が広がって……同時にふと、マスターがホムラたちに自分の過去を受け入れてもらえた時に感じたものと同じ、物悲しげな感情が小さく芽吹いた。
これまでは、私がいないとマスターは独りぼっちだった。
でも、今はもう違う。私がいなくても、マスターは温かなお日様に照らされた道を歩んでいける。友達という確かな光が、マスターの心を照らし続けてくれる。
マスターの孤独を癒すのが、私じゃなくちゃいけないなんて。そんなことは絶対にないはずだから。
――もしかしたらもう、マスターには私という導きは必要ないのかもしれない……なんて。
ほんの一瞬だけふと、そんな想いが私の頭をよぎったのだった。
翌日、午前十時。
私――無空メイは、ホロエルとホムラ、そしてエミリアとセンカを連れ立って、生徒会室の前までやってきていた。
可能性の一つとして、センカは昨日、生徒会権力で風紀委員を動かすことによる襲撃を挙げていたけど……結局今日のこの時を迎えるまで、新たに襲撃らしい襲撃はなかった。
ショッピングセンターでのあの騒動は、副会長であるイサネの独断だったのか……それとも共謀だったのか。それはまだ判断できない。
ただ一つ言えるのは、私たちが彼女たちの説得を望むように、彼女たちにも私たちとの話し合いに応じる意思があるということだった。
生徒会室の扉を開く前に、他の皆に視線で確認を取る。
ホムラは力強く頷いてくれた。エミリアもセンカも同じだ。
そしてホロエルも……私のソウルハート・サーヴァントである彼女も、私の視線に応え、小さく頷き返してくれる。
「……行こう」
私は意を決して、生徒会室の扉を開いた。
「お待ちしていましたよ。ようこそいらっしゃいました、無空さん。皆さん」
生徒会室の最奥。大きな窓から射し込む陽光を背に、大人びた雰囲気の少女が私たちを出迎える。
日の光を受けて煌めく結われた金色の長髪に、宝石のように美しい蒼の瞳。その端整な顔立ちにはどこか気品があり、その身に纏った制服の着こなしも、優雅な所作も、洗練された立ち居振る舞いも、そのすべてが決して一朝一夕で身につくようなものではない。
一目見ただけで、淑女としての厳格な教育を受けて育ったことがわかる。
そんな彼女の正体は、光華家の令嬢であり、この国立クロワッサン学園の生徒会長でもある、光華ノゾミその人だった。