可愛い銀髪美少女天使カードとして転生した私、マスターを導く   作:にゃっとう

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45.私は私の命よりも大事なものを賭けて、あなたの憤怒を殺してみせる

 かつて巫女としての適性を見出され、アリエルの依り代となるべく儀式をさせられた。

 明かされたイサネの真実に、ノゾミとイサネを除く皆が一様に驚愕をあらわにする。

 私にしか見えていない状態のホロエルでさえも、目を見開いてまじまじとイサネを見つめていた。

 一方で当の本人であるイサネは、自分に視線が集まっていることに対して少々居心地悪そうにしている。

 

「これは、今から八年も前の話になります。私とイサネは不運にも教団の者たちに拉致され、どことも知れない宮殿のような場所で、無理矢理に虚構なる天使へと祈りを捧げさせられました。そしてその祈りを通じて、イサネだけが虚無の巫女としての適性を見出されたのです」

「ま、待ってください!」

 

 理解が追いつかないというように、エミリアがノゾミの語りに待ったをかける。

 

「その……虚無の巫女の役割については、私たちも無空さんから窺っています。その身を天使を受け入れる器とすることで、ソウルハート・サーヴァントとしての枠組みに縛られず、1対の天使が無制限に実体化し続けられるようにするためのものだと。しかしそれなら……イサネ先輩がアリエルの依り代として儀式をさせられたというのなら、その体はすでに完全にアリエルのものになっているのではないですか?」

 

 エミリアの困惑交じりの質問に、ノゾミは「当然の疑問ですね」と頷いて答える。

 

「本来であれば、そうなるはずでした。己が記憶のすべてを失い、虚構なる天使の操り人形と成り果てる。それこそが教団が定義する虚無の巫女という存在なのですから」

「……本来であれば、ということは……イサネ先輩は例外だったということでしょうか」

「例外、という表現はあまり正しくありませんね。より正確に言い表すなら……不適格だった、と言うべきでしょう」

 

 不適格……。

 

「虚構なる天使の力は強大です。それこそ、異なる空間に一つの小さな世界を作り上げてしまうことさえ可能なほどに。しかしだからこそ、そんな天使の力に完全に適合し、そのすべてを受け入れることができる完璧な器など、そうそう見つかるものではないのです」

「……イサネ先輩の依り代の儀式は、失敗したということですね」

「はい。イサネには虚無の力に拒否反応なく適合し、受け入れることができるだけの素養があったようです。しかし彼女という器の大きさは……アリエルという強大な心魂を収めるには小さすぎた」

 

 ノゾミは一瞬だけ再びイサネに視線をやって、痛ましそうに目を伏せる。

 

「天使の存在をその身に宿らせる依り代として、イサネは不完全だったのです。儀式は失敗し、彼女の身には儀式以前の記憶を失うという後遺症だけが残りました」

「……仮に巫女として不適格だったとしても、虚無の力を抵抗なく受け入れられるような人を、教団が野放しにするとは思えないけど……」

 

 私がそう口を挟むと、ノゾミは首を縦に振って肯定する。

 

「その通りです。巫女として利用できずとも、虚無の力を扱う素質を持つイサネという少女は、彼らにとって逃すのは惜しい逸材でした。加えて記憶を失ったというのであれば、洗脳も容易い……無知な少女を一人、教団の命令に従う従順な傀儡に仕立て上げる程度のことは、彼らにとっては造作もないことだったでしょう」

「……」

「ですが、そうはなりませんでした……イサネが連れ去られようとしたその時、私の願いを聞き入れたラフィエルが、その命と存在を懸けてイサネを助けてくれたからです」

「ラフィエル……って?」

「ラフィエルは、我が光華家で五百年以上前より連綿と受け継がれてきた天使のカードです。人々を守る使命を背負う盟約のもと、聖なる加護を光華家とその縁者に与えてくれていました。そして今は、私のソウルハート・サーヴァントでもあります」

「天使の……ソウルハート・サーヴァント? ホロエルと同じ……」

 

 私の何気ない呟きに、ノゾミは少し不愉快そうに眉を潜める。

 

「ラフィエルは、伝承にも名を遺す尊き本物の天使です。虚無より生まれ、偽りの善意で世界を破滅へ導かんとする虚構なる天使とは、断じて違う存在です」

「……」

 

 険しい口調で断言するノゾミを前に、私はただ押し黙る。

 ノゾミはすぐに表情を和らげると、「失礼。少々話が逸れてしまいましたね」と気を取り直すように続けた。

 

「そうしてラフィエルの決死の庇護のおかげで、私とイサネは教団の魔の手から逃れることができました。しかし、その代償として……ラフィエルは本来持っていた神聖な力の大半を失ってしまったのです」

 

 ……ノゾミの斜め後ろに立つイサネが、どこか憂いを孕んだ眼差しでノゾミの横顔を見つめている。

 

「かつてならばいざ知らず、今のラフィエルには、虚構なる天使に正面から対抗できるだけの力はありません。ゆえに私たちは正体を隠し、教団の目を欺きながら石橋を叩いて渡るように慎重に調査を続け、かの教団の足元を掬うことができる決定的な一手を探し続けてきました。そうして八年の歳月を耐え忍び……私たちはついに、その決定的な一手にたどりつくに至ったのです。それこそが」

「無空さんが持つ、もう一枚の虚構天使……ホロエルちゃん、というわけですね」

 

 話が見えてきた、とばかりにエミリアがノゾミの言葉を引き継いで結論を口にすると、ノゾミは肯定を示すように頷きを返す。

 

「その通りです。『虚構天使ホロエル』。かの偽りの天使さえ手中に収めれば、間違いなく教団に対するジョーカーになります。それを餌に罠を仕掛けることで、教団に大打撃を与えるだけでなく……もしかすれば、アリエルを表舞台に引きずり出すこともできるかもしれません」

「……餌、ですか」

「ええ。無論、その扱いは慎重にする必要はあるでしょうが……虚構なる天使の力がいくら強大とは言え、依り代を得ていない状態ではソウルハート・サーヴァントの制約からは逃れられないと見ています。本体であるカードを押さえてしまえば、そう簡単に逆らうことはできないでしょう。力の大半を失ってしまっているとは言え、こちらにはラフィエルもいます」

「……」

「それにいざとなれば、本体であるカードを()()()()()()()()()

「っ、そんなの……!」

「やめなさい、ホムラ。今ここで感情に任せても、私たちが欲しいものは手に入らない」

「でも!」

「……まだ和解の余地はある。だから落ちついて……ホムラ」

 

 激情に駆られたようにイスを蹴って立ち上がったホムラを、エミリアが言い聞かせるように冷静に諫める。

 ホロエルの友達として、一見すると冷たく思えるエミリアの態度だが……少し視線を下げれば、エミリアの膝の上に置かれた拳が固く握りしめられ、かすかに震えているのが見て取れた。

 

『だから、私たちにも協力させてちょうだい。無空さんとホロエルちゃんの居場所を守るために』

 

 昨日、この先も学園にいられるかどうかわからなくて不安になってしまった私に、エミリアがかけてくれた言葉を思い出す。

 ……この話し合いは、平和ボケした仲直りの場じゃない。

 私とホロエルの行く末を賭けた、ある種の戦いの場だ。

 そしてそんな戦場の中心で、エミリアは私たちの先頭に立って戦ってくれているんだ。

 余分な感情を断ち、冷静さを保って、和解の道を探ろうと死に物狂いで頭を回し続けている。

 

「教団ヌルの目的は、1対の天使がともに完全なる依り代を得て、虚無の門を開くことです。虚無の門とはいったいなんなのか、その先で彼らがどうするつもりなのかは不透明な部分もありますが……今重要なのはそこではありません。重要なのは、彼らの目的のためには1対の天使がどちらも必要不可欠だという点です」

「……」

「1対の天使の片割れでも失えば、彼らの目的は永久的に達成不可能となり、信仰を失った教団は確実に求心力を失い瓦解します。予備の計画がある可能性は考慮しなければなりませんが……それでも相当な弱体化は免れないはずです。そこを的確に叩けば、教団を壊滅まで追い込むことも不可能ではないでしょう」

「……それはつまり、要するに」

 

 心を落ちつかせるように大きく息を吐いたエミリアが、鋭い眼でノゾミを見据え、糾弾するように問いかける。

 

「世界を破滅に導く教団を壊滅させる……その立派な大義を果たすためなら、寂しがり屋な一人の女の子を再び孤独に突き落とし、自分ではない誰かのために人生を捧げた一人の女の子を、二度と帰らない犠牲にしても構わないということですか?」

「……」

 

 ノゾミは暫しの間沈黙し、私の方を一瞥した後、重々しく口を開いた。

 

「……先も言ったように、無空さんが罪のない被害者であることは重々承知しています。自身の過去を奪い去った虚構なる天使への怒りに心を囚われ、先走ってしまったイサネが襲撃などという野蛮な手段を取ってしまったことも、本当に申しわけなく思っております。私たちの立場でこのようなことを言っても信じていただけるかはわかりませんが……私たちは無空さんに、同じ教団の被害者としての情も感じているのです」

 

 真摯に訴えかけるようにノゾミは続ける。

 

「無論、口先だけではなんとでも言えるということも承知しています。ですから先日のイサネの蛮行について、このような口頭の謝罪だけでなく、私どもとしてもきちんとしたケジメをつけたいと考えております」

「そのケジメとは、具体的にどのようなものかお聞きしても?」

「もちろんです。単刀直入に言えば……私たちは無空さんの身柄を、光華家の庇護下に置きたいと考えています」

 

 まるで私を気遣うかのように、ノゾミが優しげに微笑みかけてくる。

 

「卒業までの学費を光華家が肩代わりし、安心して学園生活をお送りいただけるよう取り計らいましょう。外出の際には万全の護衛をつけ、無空さんの身に教団の魔の手が及ぶことがないよう徹底してお守りします。無空さんのデュエルの腕は知っておりますが……私たちは決してあなたに戦いを強制することなく、争いとは無縁な平穏無事な生活を約束いたします。さらに卒業後もあなたの身元を光華家が保証し、希望とあらば就職先もご用意いたしましょう。教団に見つからない静かな場所で穏やかに暮らしたいと願うのなら、その希望を叶えるための最大限の援助もいたします。我が光華家の影響力が及ぶ範囲では、決してあなたに不自由はさせません」

 

 次々と提示される好条件の待遇を、私はどこか他人事のような心地で聞いていた。

 同じ教団の被害者としての情も感じているという言葉は、本心だったのだろう。

 ノゾミの微笑は私への善意と誠意で溢れていて……私を傷つけまいとする真心がありありと見て取れる。

 

 ……でも。

 

「……なら、その代償は?」

「代償などと大層なものはありません。これは先日の件に対する私たちの謝意なのですから」

 

 私が問いかければ、なんてことないようにノゾミが答える。

 

「ただ……」

「ただ?」

「ラフィエルが力の大半を失ってしまったことで、今の私たちに正面から教団に対抗できるだけの力はないと言ったことは覚えていますか? それはつまり教団が我々を捕捉し、本気になってしまえば、どう足掻いたところで私たちだけでは無空さんを守り切ることができないということです」

「……」

「すなわち今提示した数々の待遇は、我が光華家が教団に対するジョーカーを手中に収めていることが前提だということです。つまり……『虚構天使ホロエル』を私たちに預け、手放すこと。強いて言うのであれば、それこそが私たちが無空さんに求める唯一の代償です」

 

 そんなノゾミの返答に、私はふと、いつかお父さんがホロエルに向かって告げた言葉を思い出していた。

 

『……たとえ、どれだけ遠くへ行ったとしても……! この世界のどこに隠れたとしても! 教団は、メイを逃がしません! その出来損ないについていったところで、未来に希望などありはしないのです! それでもあなたは……!』

 

 順風満帆な人生。普通の女の子と変わらない生活。

 両親に裏切られて、何年もずっと教団に追われて……平穏とは程遠い人生を送ってきた私に、ノゾミはそれを約束してくれるのだと言う。

 お父さんが言っていた希望のない未来とは違う、光溢れる未来をくれるのだと言う。

 ホロエルが私にずっと与えたがっていたものを……彼女が与えてくれるのだと言う。

 

 ……でも。

 彼女がくれる未来には、ホロエルがいない。

 失ってしまった普通の女の子としての在り方を取り戻すことができても……その代償に、私は私の世界を形作る一番大切なものを失う。

 独りぼっちになってしまった私に寄り添って、抱きしめて、初めて愛情の温もりを教えてくれた……一番大好きな人を失う。

 

 私はもう一度、ノゾミの顔を見つめ返す。

 彼女の眼差しは、慈愛にも似た深い優しさに満ちている。彼女は私のことを心から気遣い、本気で助けようとしてくれている。

 だけど……私のことは見てくれていても、彼女の目には、ホロエルのことはこれっぽっちも映っていない。

 彼女はホロエルのことを、欺瞞に満ちた偽物で邪悪な天使としてしか見ていない。唾棄すべき存在としか思ってない。ホロエルの心を見ようとしてない。

 虚無から生まれたホロエルを、生まれてしまったことが間違いだと決めつけて、彼女がこの世界に存在することそのものを否定しようとしている。

 

 だからこそ、そんなノゾミに対する返事は最初から決まっていた。

 

「嫌だ」

「……今、なんと?」

「嫌だ。あなたなんかにホロエルは渡さない。絶対に。あなたが私にくれるっていうものも、なに一ついらない」

「……」

 

 ノゾミが瞠目し、言葉を失って硬直する。

 そして彼女が復活するよりも早く、機を窺っていたエミリアがすかさず畳みかけた。

 

「ノゾミ先輩。そして、イサネ先輩。お二人に聞いてほしいことがあります」

「……なんでしょうか」

「無空さんが教団を脱走する時のこと……そして、無空さんが今までどうやって生きてきたのかということです――」

 

 そうしてエミリアは、昨日私が皆に話したことを掻い摘んでノゾミたちにも伝えた。

 巫女になることを拒絶し、監禁されてしまった私をホロエルが出してくれたこと。脱走の途中でお父さんに捕まりかけた時、ホロエルが助けてくれたこと。

 教団から一緒に逃げたこと。ホロエルが、心が傷ついてしまった私のそばに寄り添って、いつだって明るく笑いかけて元気づけ続けてくれたこと。

 教団の追手から私を守るために、今日まで一緒に戦い続けてくれたこと。

 

「……」

「ホロエルちゃんは教団の中で語られているような意思のない天使などではありません。短い時間ではありますが、私やホムラ、センカちゃんの三人もホロエルちゃんと触れ合って、彼女の心が深い愛情と温もりに満ちていることを知りました」

「愛情……温もり、ですか」

「はい。ホロエルちゃんは、あなたがたが知る天使アリエルとは違います。ホロエルちゃんは自分よりも誰かの幸せを本気で願うことができる、とても心根の優しい女の子なんです」

 

 そう言ってエミリアが語り終えると、ノゾミは瞼を閉じて沈黙し、しばらくの間、静寂が場を支配していた。

 ホロエルの性格、そして本心。教団から情報を得ていたノゾミとイサネでは知り得なかった、ホロエルの真実。

 もしもこれを知っても彼女たちが主張を変えないというのなら……この話し合いの先に待つ結末は、最初から決まっていた運命だったということなのだろう。

 

「……なるほど。どうやら……私の認識は甘かったようですね」

 

 十秒以上の長い沈黙の末、ノゾミはなにかを諦めたように大きくため息をつくと、ゆっくりと瞼を開いた。

 そして私の隣を……今は私にしか見えていない状態のはずのホロエルを、冷たい眼で射抜くように見据えた。

 そしてそんな彼女の態度で、私はこの話し合いの結末を悟ってしまう。

 

「あなたがたはすでに虚構なる天使ホロエルの虚言に惑わされ、篭絡されている……そう判断せざるを得ないようです」

 

 冷たくそう言い放つノゾミに、エミリアが焦ったように席を立つ。

 

「っ……ノゾミ先輩も、少しでも時間をかけてホロエルちゃんと触れ合えばわかるはずです! ホロエルちゃんに他人を傷つける悪意なんてこれっぽっちもありません! ホロエルちゃんは、どんな時だって無空さんの幸せだけを願って――」

「その虚構なる天使が本当に心から無空さんの幸せを願っているというのであれば、なおさら私たちにその身を差し出すべきでしょう。そうすればかの教団は崩壊し、無空さんの明るく幸福な未来が約束されるのですから」

「誰かの幸せを他の誰かが定義することなんてできません! その人の幸せは、その人だけが決めることです! 少なくとも私は……ホロエルちゃんを犠牲にした未来なんて歩みたくありません!」

「……はぁ」

 

 なおもノゾミを説得しようと食らいつくエミリアだったが、ノゾミはそんな彼女に哀れみの眼差しを向けるばかりで、まるで聞き入れようとはしていなかった。

 反論を繰り返すエミリアを一瞥すると、ノゾミは落胆したように肩を落とす。

 

「残念です、エミリアさん。あなたはもっと理性的で、現実が見えているかただと思っていたのですが」

「っ……はぁ~……! ……お生憎様、私はロマンチストなのよ。それもとびきりのね……!」

 

 今まで使っていた敬語を崩し、エミリアが苛立ちを隠さず真っ向から言い返す。

 それはもはや理屈が通じる相手ではないと、エミリアが匙を投げた証でもあった。

 

「エミリア……」

 

 今まで見たことがないほど本気で怒っているエミリアに驚いて、思わず私が彼女の名前を呼ぶと、エミリアは私の方を一瞬だけ振り返って小さく深呼吸した。

 そうして少しばかりの冷静さを取り戻すと、彼女はノゾミを真っ向から睨みつけ、意趣返しとばかりに鼻を鳴らす。

 

「ねえ、ノゾミ先輩? あなたはさっき言ってたわよね。イサネ先輩は、虚構なる天使への怒りに心を囚われたせいで襲撃なんて野蛮な手段を取ってしまったって」

「……それがどうかいたしましたか?」

「イサネ先輩よりも……ノゾミ先輩。私の目には、あなたの方がよっぽど怒りに囚われているように見えるわ。それこそ、目の前にいる小さな女の子の愛情も優しさも見えなくなっちゃうほどにね」

「……」

 

 ピクリ、とノゾミの眉が動く。

 それはエミリアの指摘が図星だったからか、それとも単に不愉快だったからか。

 いずれにせよ、私たちとノゾミたちとの間に和解という選択肢がなくなったことだけは確かだった。

 

「交渉決裂?」

「……みたいだね」

 

 センカとホムラが顔を見合わせて、デュエルガントレットへと密かに手を伸ばしている。

 一方でエミリアは私の方に振り向くと、申しわけなさそうに眉尻を下げた。

 

「……ごめんなさい、無空さん。ノゾミ先輩を説得できなかったわ……」

「ううん。ありがとう、エミリア。最後まで諦めずに和解の道を探し続けてくれて」

 

 私たちが絶対にホロエルを引き渡すつもりがないように、ノゾミたちもきっと、ホロエルを手に入れることだけは譲るつもりはなかった。

 互いが譲歩できるギリギリの境界線なんてものは初めから存在せず、どんなに足掻いたところで、やはりこの結末はある種の必然だったのだろう。

 私たちが席を立ち、少しずつ敵意をあらわにすると、それを感じ取ったノゾミが再び大きなため息をつく。

 

「最後に、もう一度だけお聞きします。私たちに『虚構天使ホロエル』を引き渡してくださることはできないのですね?」

「できない。何度聞いても、答えは変わらない」

「……このような強硬手段だけは避けたかったのですが……はぁ。何事もままならないものですね……こんなことなら、モモリさんにも声をかけておくべきだったかもしれません」

 

 ノゾミがどこかで聞いた気もする名前を口にして、ゆらりとその場に立ち上がる。

 

「――ラフィエル」

「っ、リバイヴ・H(ハート)ッ!」

機械猫(メカニカルキャット)!」

 

 ノゾミが自身のソウルハート・サーヴァントであるというラフィエルの名前を呼ぶのと同時に、ホムラとエミリアもそれぞれのソウルハート・サーヴァントを呼び出す。

 リバイヴ・Hは竜にしては小柄だが、それでも生徒会室は狭い。家具だけに飽き足らず、壁や天井などのいろんなものを破壊して顕現し、その翼をノゾミに振るった。

 一方で『機械猫』はそんな派手な登場をしたリバイヴ・Hを目くらましに、ノゾミの視界を搔い潜るように足元を駆け、密かにノゾミのデュエルガントレットを破壊しにかかる。

 

「お嬢様!」

「邪魔はさせないよ!」

「くっ……邪魔はあなたですッ!」

 

 ノゾミを守るために駆け出そうとしたイサネは、生身で飛びかかったセンカに阻まれていた。

 ホロエルは私たちを守るように立って、実体化せずに不測の事態に備えている。

 

「――――」

 

 一気に目まぐるしく動く戦況の中、しかしただ一人、ノゾミだけは冷静に周囲の状況を俯瞰していた。

 彼女は自分に迫るリバイヴ・Hと機械猫を視界に捉えるように素早く瞳を動かすと、1枚の煌めくカードを手に取って、それをデュエルガントレットに読み込ませる。

 

「――『審判の日』」

 

審判の日
コスト20 属性:光 

スペル 種別:天使 

 - 効果 - 
【制約】:[詠唱制限](他のカードの効果で詠唱不可)


①???

②???

 

「――これ、は……」

 

 ノゾミがスペルを発動した、その瞬間――世界のすべてが停止した。

 ホムラが、エミリアが、センカが、イサネが。

 彼女たちだけじゃない。ソウルハート・サーヴァントであるリバイヴ・Hや機械猫も例外なく、その動きを完全に止めてしまっている。

 一瞬の騒々しさから一転、まるで時間が止まったような静寂が生徒会室に訪れていた。

 

 そしてそんな止まってしまった世界を認識し、動くことができているのは……。

 

「……なるほど。虚構とは言え、曲がりなりにも天使というわけですか。ラフィエルの加護を受けた私の世界に入門することができるとは」

 

 ノゾミと、いつの間にかそのそばに立っていた半透明の金髪の天使。そして、私とホロエル。

 この四人だけが、この時の止まったような世界の中で唯一、時間を進めることができていた。

 

「……『煉獄の鉄槌』」

「っ……!」

 

煉獄の鉄槌
コスト2 属性:光/火 

スペル 種別:天使 

 - 効果 - 
【制約】:[複合属性]


①『Qアクション0』=条件:相手のエナジーの最大値よりも高いコストを持つサーヴァントの効果または攻撃によって自分のライフカウンターが破壊された時。

②自分または相手の場の最もコストが高いサーヴァントに10000ダメージを与える。(複数いるなら、その中からランダムな1枚にダメージを与える)

③『A(アディショナル)エフェクト4』*1=効果:「②」をさらに追加で2回行う。

 

 ノゾミが新たにスペルをガントレットに読み込ませる。

 するとどこからともなく現れた光の柱がリバイヴ・Hと機械猫を貫き、一瞬だけ時間が動き出したように苦悶の声を上げた2体が、跡形もなく消滅した。

 ソウルハート・サーヴァントの本体は、あくまでカードだ。本体であるカードが無事なら、実体化した体がやられてしまったとしても彼らの存在が消えることはない。

 しかし、それによって大きく力を削られてしまうこともまた事実だ。リバイヴ・Hと機械猫の2体は、しばらく実体化することはできないだろう。

 

 半壊した生徒会室の中を、ノゾミがカツカツと上履きを鳴らしながら私の方へ歩いてくる。

 

「……そう警戒しないでください。あのままでは私は大怪我を負ってしまっていました。それに、生徒会室をこれ以上滅茶苦茶にされては困りますから……これは必要な処置だったのです」

「この世界は……いったいなに?」

「限定的な時間停止結界、と言ったところでしょうか。安心してください。そう長くは続きませんよ」

 

 ノゾミは私の少し手前で立ち止まると、まっすぐに私を見据えてくる。

 

「ですが、これでわかったはずです。力の大半を失っているとは言え、ラフィエルは並のソウルハート・サーヴァントを遥かに上回る力を持っています。今この場で私に対抗できるデュエリストは、偽りとは言え同じ天使の名を冠するカードを持つ……無空メイさん。あなただけです」

「それは私に……デュエルを申し込んでるの?」

「そう捉えてもらって構いません。もちろん、デュエルをする以上はこちらも相応のものを賭けるつもりですよ」

 

 ノゾミは私の隣に立つホロエルをチラリと一瞥する。

 

「無空さんが勝てば、私たちは『虚構天使ホロエル』をきっぱりと諦めます。加えて、今後いかなる事情があったとしても、二度とあなたがたを傷つけるような行為をしないと約束しましょう。そしてホロエルが手に入らない以上、万全とは言いがたいですが……さきほど挙げたすべての待遇を最大限実現できるよう善処することを誓います」

「なら、あなたが勝ったら?」

「『虚構天使ホロエル』を引き渡してもらいます。しかしその場合でも変わらず、さきほどの待遇すべてを提供すると約束いたしましょう」

「……」

 

 ノゾミと、ノゾミの隣に立つ半透明の金髪の天使……ラフィエルの力は確かに脅威だ。

 同じソウルハート・サーヴァントであるはずのリバイヴ・Hと機械猫の2体が容易くやられてしまったことから、他とは明らかに隔絶した力を持っていることに疑う余地はない。

 だけどノゾミはさっきの話の最中、こうも言っていた。今のラフィエルに、アリエルに正面から対抗できるだけの力はないと。

 となれば、アリエルと対を成すホロエルの力なら、今この場でノゾミたちを退けて、皆を連れて逃げることくらいは容易なはず……。

 

 ……けど。

 ノゾミはこの学園の生徒会長だ。対立が明らかになった今、一度この場を離れてしまえば、ノゾミはその権力を惜しみなく使って私たちを追い詰めにかかるだろう。

 だってエミリアがノゾミにそう言っていたように、私もなんとなく感じた。

 ノゾミは教団を……虚構天使という存在を、ひどく憎んでいる。

 ホロエルを手に入れるために、教団を潰すために、アリエルを表舞台に引きずり出すために……彼女たちはきっと手段を選ばない。

 ここでデュエルの提案を断って逃げたとしても、状況はなにも好転しない。

 

「……ラフィエルを」

「……?」

「私がホロエルを賭けるなら、あなたもあなたの大事なものを……ラフィエルを賭けて。私が勝ったら、私があなたのラフィエルを貰う」

「……わかりました。その条件を飲みましょう」

 

 正直、私はそのラフィエルとやらは別にいらないけど……。

 仮に私が勝ったとして、ノゾミの言う『虚構天使ホロエル』をきっぱり諦めるという口約束を、果たして彼女が守ってくれるかがわからない。

 ノゾミにきちんと約束を守るつもりがあるという確証を得るまで、その戦力を削いでおくという選択は、そう悪いものではないはずだ。

 

 私は覚悟を決めてデュエルガントレットを操作すると、デュエルリクエストモードを起動しているノゾミのデュエル申請を許諾した。

 

「私は私の命よりも大事なものを賭けて、あなたの憤怒を殺してみせる」

「決まりですね」

 

 この先も学園にいたいと願うなら。皆と一緒にいたいと願うなら。

 ノゾミと戦って、その信念を真っ向から打ち砕く以外に、道はない。

 

「――リバイヴ・H……!?」

「これは、いったい……」

「……どうなってるの? これ」

「お嬢様……」

 

 デュエルが成立すると同時に、止まっていた皆の時間が再び動き出す。

 いつの間にかリバイヴ・Hと機械猫が消失し、ノゾミが私の近くに移動している。

 瞬きのうちに変化した状況に混乱して、皆が一様に手を止めていた。

 そんな彼女たちの様子を気にも留めず、ノゾミは悠々と生徒会室の出入り口に足を進めると、私たちに振り返って告げる。

 

「場所を移しましょう。こんなこともあろうかと、授業用のデュエルスペースを一つ、すでに貸し切ってあります。そこで私たちの行く末を決しましょう」

「……わかった」

 

 私が納得したように頷くと、ホムラとエミリア、センカの三人が、状況を確認し合うように顔を見合わせた。

 

「……よくわかんないけど、いつの間にか話がまとまってるみたいだね」

「無空さん……」

「メイ様と会長の人でデュエルするみたい?」

「……」

 

 私が皆に目配せし、生徒会室を出て行ったノゾミについていくと、ホムラたちも後に続いて歩き出す。

 さきほどの一瞬でなにがあったかについては、道中で簡単に説明した。

 するとホムラが真っ先に私に声をかけてくる。

 

「ねえ、メイちゃん。本当に……いいの? もしも負けちゃったら、ホロエルちゃんは……」

「大丈夫。私にとっては、今までとなにも変わらない。生きていけるだけのお金を稼ぐための賭けデュエルも、教団の追手とのデュエルも、今回のデュエルも……負ければそこで終わり。勝たなきゃ生き残れない戦場。それが私にとってのデュエルだから」

 

 心配そうに声を震わせる彼女に、私はいつもと変わらない調子で言葉を返す。

 だけどホムラはそれでも思い詰めた様子で、ギュッと拳を握り締める。

 

「……でも、私は……もうこれ以上、メイちゃんに苦しいだけのデュエルはしてほしくないよ。メイちゃんが強いことは知ってる。でも、もうメイちゃんは一人なんかじゃないんだから。もしもメイちゃんが戦いたくないって言うなら、代わりに私が……」

「ありがとう、ホムラ」

 

 私は歩みを止めずに顔だけを横に向けて、不安げに瞳を揺らしているホムラに微笑みかけた。

 

「でも、もう決めたから。私は……今までずっと、空っぽだった。あなたみたいにデュエルへの熱もなければ、エミリアみたいな夢への憧れもなくて、センカみたいに命を燃やしてまで叶えたい目標もなかった」

「メイちゃん……」

「私はただホロエルと一緒にいられるだけでよくて、ホロエルが与えてくれるものさえあれば満足で……でもそんな私にもやっと、自分から欲しいと思うものができたの」

「メイちゃんが欲しいもの? それって……?」

「……この先も、あなたたちと一緒に学園生活を送っていくこと」

 

 私の答えを聞いて、ホムラは虚を突かれたように目を瞬かせる。

 

「私にはまだ、自分という人間がなんなのかがわからない。好きなものも、嫌いなものも、熱も、夢も、目標も……ずっと考えようとしてこなかった。だけどあなたたちと一緒なら、私はそれを見つけていける気がする。そしてそんな未来を歩みたいって、今、私自身が強く願ってるの」

「……あはは。なんだかちょっと照れくさいね」

「今までみたいにただホロエルと一緒にいたいだけなら、逃げたってよかった。学園を去って、学園に来る前と同じ生活を続けていけば、それだけでいいんだから。でも……私が欲しいと感じたあなたたちとの毎日は、そんな道の先じゃ手に入らない。だから逃げずに立ち向かうことを選んだのは、紛れもない私の意思で……私だけの、初めての欲望なの」

 

 だからこそ、私は戦う。

 ホムラと、エミリアと、センカと……そして、ホロエルと。皆と一緒にいる未来を勝ち取るために。

 

「見ててホムラ。あなたなら、他の誰よりも知ってるでしょ? ――ホロエルが一緒にいてくれる限り、私はこの世界の誰にも負けない。たとえ天から降臨した本物の天使だとしても、白い死神が振るう鎌から逃れることはできないんだって」

「……あはは! うん、知ってるよ。メイちゃん……私の生涯のライバル。信じてるからね」

「ん」

 

 拳を向けてきたホムラに、私も拳を突き出して、コツンとぶつけ合う。

 そんな私たちのやり取りを眺めていたエミリアはしかたがなさそうに肩をすくめて、センカはなんだかちょっとだけ羨ましそうに口を尖らせていた。

 そしてホロエルは、そんな私たちのことをどこか遠い世界の出来事のように、ただ静かに見つめている。

 

「さあ、つきましたよ」

 

 ノゾミがそう言って足を止めたのは、奇しくも、いつかホムラと初めてデュエルした時と同じデュエルスペースだった。

 あの時はデュエルの実技の授業で、先生やクラスメイトたちに囲まれて賑わっていたが、貸し切りというだけあって今は他に人っ子一人いない。

 まるで嵐の前のような静けさを保つ空間を、私たちに背を向けたノゾミがカツカツと足音を立てて一人で歩いていく。

 そうしてデュエルスペースの対面に位置する場所で立ち止まると、こちらに振り返って、待ち構えるかのように私を見据えてきた。

 

「……行ってくる」

 

 皆に一言だけそう告げると、私もデュエルスペースへと足を踏み入れて、ノゾミと向かい合う位置に立つ。

 他の皆はデュエルスペースから少し離れた観客席に移動し、手すりの近くに立って、固唾を呑んで私たちを見守っていた。

 

「準備はよろしいですか?」

「いつでも構わない」

「わかりました。では……始めるとしましょう。罪深き偽りの天使へと、真の天使がデュエルによる裁きを下します」

「あなたのその傲慢も、憤怒も、私のこの手で殺し尽くす」

 

 そうして、私たちは同時にデュエルガントレットを構えた。

 

「デュエルガントレット、スタンバイ」

「「――デュエルスタート!」」

 

 デュエルが開始し、デッキから初期手札である5枚のカードが排出される。

 デュエルガントレットが示す今回の先攻は、ノゾミだ。私は後攻。

 まずはチャージされる属性からノゾミの戦術を読み解いていくことからだと、私は神経を研ぎ澄ましてノゾミの初動を注視しようとした。

 しかしその寸前、視界の端に映った私の初期手札の内容に、私はつい瞠目して固まってしまった。

 

「……ホロエルが……いない……?」

 

 いつもなら真っ先に来てくれるはずのホロエルが、手札のどこにもいない。

 

 ――波乱に満ちたデュエルの幕開けに、私は茫然として、ただその場に立ち尽くしていた。

*1
カードを使用した際、さらに追加で4のエナジーを消費することで追加効果を適用できる。




とんだロマンチストだな!!!(っ •̀ ̫•́ )っ

次回からデュエル、メイちゃんvsノゾミ会長となります。
対戦よろしくお願いします(´꒳`*)
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