可愛い銀髪美少女天使カードとして転生した私、マスターを導く   作:にゃっとう

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55.自分がされて嫌だったことを、人にしちゃいけない……そんな当たり前のこと

 このデュエルに賭けた条件の一つとして、私が勝ったら、ノゾミは『虚構天使ホロエル』をきっぱりと諦めるというものがあった。

 けれどノゾミのこれまでの言動から鑑みて、彼女が虚無の教団ヌルや虚構天使に対して抱いているだろう憤怒や執着心は並大抵のものではない。

 ホロエルに手を出さない。もう二度と私たちを傷つけるような真似はしない。

 果たしてノゾミが本当にその口約束を守ってくれるのかどうか、私にはどうしても判別がつかなかった。

 

 万が一を考えれば、ダイレクトストライクで彼女に手傷を負わせ、強硬手段を取れないようにしておくという手は悪いものではない。

 本来、ダイレクトストライクによる過剰かつ過激な攻撃はご法度だ。

 だけどこのデュエルは、普通のデュエルとは勝手が違う。

 秘密裏に行われた賭けデュエル。しかもノゾミ側から仕掛けてきたものだ。

 それにノゾミだって、私たちに信用されていないことくらいは理解しているだろう。

 敗北を喫した時、大怪我を負わされる可能性はとうに考慮していたはずだ。

 あるいは虚構天使の悪辣さを語っていた彼女からしてみれば、その虚構天使とともに戦う私とのデュエルに負けることは、最悪命を落としてしまう危険性も覚悟していたかもしれない。

 

「…………え……?」

 

 ……けれど結局、ホロエルは最後まで、ノゾミを傷つける選択を選ばなかった。

 

 デュエルは勝った。私とホロエルの勝ちだ。

 今この瞬間、私たちにはノゾミの行く末を決めるだけの権利があった。

 だけど振りかぶられた槍は、ノゾミの体を貫くことはなく……その穂先は彼女の背後へと突き立てられた。

 

 その結末の形が、ノゾミにとってはよほど予想外のことだったのだろうか。

 彼女は呆然と立ち尽くし、真横にいるホロエルの横顔をまじまじと凝視している。

 

 ……本音を言えば、私はやっぱりノゾミのことが信用できない。

 ホロエルの悪口も散々なくらい言ってくれたし、ちょっとくらいなら痛い目を見せてあげてもいいんじゃないかとも思う。

 でもこれがホロエルの選択だというのなら、私はそれを尊重するつもりだ。

 

「ふぅ……」

 

 勝者である私の名前が大きく浮かぶホログラムの下で、私はだらりとデュエルガントレットを下ろす。

 汗だくで、息も切れていて、正直立っているのもやっとなくらいだ。

 緊張が解けたことで、どっと疲労がのしかかってくる。

 

「メイちゃーんっ!!」

「え――わぶっ!?」

 

 突然、大きな衝撃が身体にぶつかってきて、その勢いに足がもつれて尻餅をついてしまった。

 そんな私の上に覆い被さるように抱きついているのは、ホムラだ。

 

「私、信じてたよ! メイちゃんが勝つって! すっごく良いデュエルだった! えへへ……さっすがは私のライバルだねっ!」

「ホムラ……」

 

 感動、興奮、歓喜。

 様々な感情を一度に爆発させたホムラが、ぎゅーぎゅーと腕の力を強めて私を抱きしめてくる。

 今の私の気持ちを一言で言い表すなら、大型犬にじゃれつかれる飼い主の気分だろうか。

 興奮冷めやらぬホムラの背中には、ブンブンと左右に振られる犬の尻尾さえ見えそうだ。

 

「うぅ~……もう我慢できないっ! ねえメイちゃん! 今から私とデュエルを――グェッ!?」

「はいはい。もうその辺にしときなさい。無空さんだって疲れてるんだから」

 

 ヒートアップしていくホムラの様子を見かねたのか、エミリアがホムラの首根っこを引っ掴んで持ち上げる。

 一瞬、およそ女の子の口から出てはいけないような濁った汚い呻き声も聞こえた気がしたけど……まあ、ホムラなら別にそんなに気にする必要もないか。

 

「この後、まだ大事な話が控えてるのよ。忘れたわけじゃないでしょ? 興奮しちゃう気持ちはわかるけど、少し冷静になりなさいな」

「あ。あはは……そうだったね。ごめんね、メイちゃん」

「ううん。平気」

 

 ホムラが落ちつきを取り戻したのを確認すると、エミリアがパッとホムラの制服の襟から手を離す。

 

「……む~……」

「センカ?」

 

 一方、そんなエミリアの横に立つセンカは、どことなく不満げな顔をしている。

 ホムラたちと同じように私の勝利を喜んでくれてはいるみたいだけど……なぜだかその頬は、いじけたようにぷくーっと膨らんでいた。

 

「……ねえエミリア。センカ、どうしちゃったんだろ? センカのことだし、てっきり私みたいにメイちゃんに飛び込んでくものだと思ってたけど……」

 

 普段と異なるセンカの様子を見て、ホムラとエミリアがひそひそと話し出す。

 

「ああ……たぶん、自分だけ除け者にされてたことに拗ねちゃってるのね」

「除け者って?」

「ほら。さっきの無空さんのデュエルで、私とあなたのカード……『レプリカント・プラン』と『炎槍竜クリムゾンブレイカー』は使われたけど、センカちゃんのカードは使われなかったでしょ? まあ、無空さんはセンカちゃんとはカードを交換してないから当たり前と言えば当たり前なのだけど……」

「あー。なるほどね~……私たちがメイちゃんとカード交換したのって、ちょうどセンカがいない時だったもんね。でもそんなことで拗ねちゃうなんて、センカってば子どもだなぁ」

「いや……いざ同じ立場になったら、あなたはもっとめんどくさくなりそうだけど……まあいいわ」

 

 ……ホムラとエミリアの話を盗み聞き、私もなるほどと納得する。

 私からセンカになにか言ってあげた方がいいかとも思ったが……普段私のことを無条件に慕ってくれるセンカが、私に対してこんな不服そうな態度を取ることは初めてのことで、どう声をかけたらいいかがイマイチわからない。

 そうしてなにも声をかけることができぬまま、無言でセンカと見つめ合っていると、不意にセンカが私へと近づいてきた。

 

「メイ様っ!」

「な、なに? センカ」

「……今日この後! 部屋に帰ったら、わたしともカードトレードしてくださいね!」

 

 センカは上目遣いでそう言うと、私の手を取ってギュッと握り締めてくる。

 

「……うん。わかった」

「約束ですよ! 絶対ですからね!」

「うん。絶対」

 

 私のその答えに、センカは満足してくれたらしい。

 パッと顔を輝かせると、はにかみながら私の胸に飛びついてきた。

 

「……よしよし?」

「えへへ〜」

 

 いつか幼い頃、ホロエルが私にそうしてくれたように、センカの頭をそっと優しく撫でてみる。

 するとセンカはくすぐったそうに目を細めながら、上機嫌に私の胸に頬を擦りつけた。

 甘え上手な彼女のその仕草は、ピコピコと耳を動かす元気な子犬の姿を連想させる。

 こういうところは、やっぱりホムラの妹だ。

 

「……さて。それじゃ……ノゾミ先輩。イサネ先輩。そろそろ本題に入りましょうか」

 

 話が一段落すると、エミリアはノゾミたちの方に振り返って、緩んだ空気を切り替えるようにそう告げた。

 ノゾミは両膝を地面について項垂れており、イサネはそんなノゾミを支えるように寄り添っている。

 

「ノゾミ先輩。このデュエルの前に無空さんと交わした約束のことを、覚えていますか?」

「……ええ。無論、覚えています……」

 

 ポツリ、と弱々しい呟きが落ちた。

 座り込んだまま顔を伏せているせいで、その声の主であるノゾミの表情は窺えない。

 だが少なくとも、デュエルの前の約束を反故にし、往生際悪く力づくで抵抗するようなつもりはないようだ。

 

「この勝負で、無空さんが私に勝った場合……『虚構天使ホロエル』を手に入れることを諦めること。今後一切、あなたたちに危害を加える真似をしないこと。それから……それ、から……」

「『慈愛の熾天使ラフィエル』を、私に差し出すこと」

 

 ノゾミの言葉を引き継ぐように私がそう口にすると、ノゾミはビクリと肩を跳ねさせた。

 

「……その約束は、守ってもらえるという認識でいいのかしら?」

 

 勝負を仕掛けてきたのはあちら側とは言え、相手を追い詰めるような物言いをするのはあまり好きではないのだろう。

 どこか同情が入り交じった声音で、エミリアがノゾミに問いかける。

 ノゾミはしばらく悔しげに唇を噛んでいたが、やがて力なく肩を落とすと、静かにデュエルガントレットからデッキを取り出した。

 

「……はい。もちろん……守ります。力でぶつかることを選び、無様に敗北した私に……選択権など、あるはずもないのですから」

 

 デッキの中から1枚のカードを――『慈愛の熾天使ラフィエル』を引き抜いたノゾミが、それを私の方へと差し出してくる。

 

「っ、あっ……!」

 

 だが、カードを受け取ろうと私がノゾミの指先に触れかけた瞬間。

 突如、ノゾミが怯えたように手を引っ込めてしまい、ラフィエルのカードは私の手に収まることなく宙を舞った。

 ハッとしたノゾミが慌ててカードを掴もうとしていたが……伸ばされた手は呆気なく空を切り、体勢を崩した彼女は、這いつくばるように地面へと倒れ込む。

 

「お……お嬢様……?」

「は、ぁ……! はぁ、はぁ……ぁ……!」

 

 ……わざとカードを渡さなかった、わけではないのだろう。

 動揺と恐怖、絶望に表情を染め上げ、トラウマを刺激されたように過呼吸を繰り返す彼女を一目でも見れば、そんな意図が欠片もないことはすぐにわかる。

 敗北――私にとってそれがもっとも忌避するものであるように、ノゾミにとってもまた、それは決して拭いがたい呪いであったのかもしれない。

 

 今の彼女はみっともなく地面を這いずる、惨めで無力な敗者に過ぎなかった。

 これまで私たちに見せてきたような学園の頂点に立つ王者の風格は微塵も残っていない。

 

「……ラフィ、エル……」

 

 そんな彼女のすぐそばへと、ラフィエルのカードはひらひらと舞い降りてくる。

 うわ言のようにその名を呟きながら、ノゾミはカードを掴み取ろうとした。

 

「あっ……! っ……!」

 

 だけどその前に、私がそのカードをノゾミの目前で拾い上げる。

 ノゾミは一瞬だけ追いすがろうと手を伸ばしたが、カードを拾い上げた私の姿を認めると、その手は力なく地面に落ちた。

 打ちひしがれたように項垂れた彼女の肩は小刻みに震えており、嗚咽を噛み殺そうとする、くぐもった息遣いが聞こえてくる。

 

「……ね、ねえ、メイちゃん。あのね――」

「やめなさい。ホムラ」

 

 一歩踏み出そうとしたホムラをエミリアが制止する。

 

「で、でも……エミリア……」

「……あなたが言わんとしてることは私にもわかるわ。でも、これは無空さんが自分の力で勝って手に入れた勝者としての権利なの。もしも無空さんが敗北していたら、きっと同じようにホロエルちゃんを奪われていた……だから今この瞬間、ラフィエルのカードをどうするか決める権利を持っているのは無空さんだけなのよ」

 

 ラフィエルのカードを手にした私に、今、ノゾミを除く全員の視線が集まっていた。

 不安そうに私たちの様子を見守るホムラ。

 どうするの? と、私の真意を問いかけるように私を見つめるエミリア。

 そんなに大事なら勝負なんかしなきゃよかったのに、なんて呆れたように肩をすくめるセンカ。

 ノゾミに寄り添いながら、諦めたように状況を傍観するイサネ。

 

 ……元々は、ノゾミが約束を守るという確証を得られるまで、ラフィエルを預かっておくだけのつもりだった。

 でも……もしもラフィエルの存在が、私にとってのホロエルのような、ノゾミにとってなににも代えがたいものなのだとしたら……。

 

 私はなにかを懇願するように私を見上げるホロエルと視線を合わせると、こくりと頷きを返す。

 そしてラフィエルのカードを――私はそのまま、ノゾミの眼前へと突き返した。

 

「ん」

「……え……?」

 

 ノゾミが信じられないものを目にしたかのように呆けた声を漏らす。

 だが私は構わず、半ば強引にラフィエルのカードを彼女に握らせた。

 

「……なぜ、ですか……?」

 

 自身の手に舞い戻ったラフィエルのカードを見下ろしたノゾミが、地面に膝をついたまま、困惑と動揺が入り交じった表情で私を見上げる。

 

「私は……負けた、のですよ? 私は、負けた……敗北、した。互いに大切なものを賭けたデュエルで……だから、負けた私は……ラフィエルをあなたに差し出さなければならない、義務があるのです。それなのに……なぜ、どうして……」

「どうして、ね」

 

 狼狽するノゾミを真っ直ぐ見返しながら、私は毅然とした態度で彼女に告げた。

 

「この際だからはっきり言わせてもらうけど……私は、あなたのことが嫌い。ホロエルを言葉で傷つけたあなたを、許すことはできない」

「っ……でしたら、なぜ……」

「……でも……だからって、私と同じ痛みを……あなたに味わってほしいわけじゃないから」

「同じ、痛み……?」

 

 私は胸の前に手を置くと、過去を想起し、いつかの記憶を掘り起こす。

 両親に見捨てられてしまった、あの日のことを。

 

 ――あ……ああ、ああああっ! うぁっ、あぁあああぁあああっ!

 ――……わたしを……独りぼっちに、しないで……。

 

 すべてを失ったあの日、暗い絶望が私の心を染め上げて……夢も希望も、すべてが儚い虚構に過ぎなかったのだと私は思い知った。

 いつでも鮮明に蘇る。心に突き刺さった悲痛が、苦痛が。まるで呪いのように。

 ……この心の古傷は、きっと一生涯残り続けるものなんだろう。

 

 でも、だからこそ……だからこそなんだ。

 

「ホロエルは、いつだって私のことを抱きしめてくれる。どんな私のことも、笑顔で肯定してくれる。でもそんなホロエルが、一つだけ絶対に許してくれないことがあるの。それがなんだか、あなたにわかる?」

「許してくれないこと……ですか? それは、いったい……」

「知りたい? それはね……私が人の心を捨てて、自分から望んで誰かを傷つけようとすること」

 

 その一言に、ノゾミは目を見開いて硬直する。

 

「自分がこんなに苦しいんだからって。自分がこんなに辛いんだから、って。理不尽を憎んで、誰かに同じ痛みを味わわせようとすることだけは、ホロエルは頑なに許してくれないの。私がどれだけ反論しても……私がホロエルのカードを破ろうとするふりをしても」

 

 ……ホロエルと教団を脱走してから、しばらくの間。

 まだ心の傷が治り切っていなかった頃は、私も精神的に不安定で……自分の感情をコントロールできなくて、ホロエルに当たってしまうことがあった。

 心にもないことを言ってしまうこともあった。本心から誰かを進んで傷つけようとしてしまうこともあった。

 でも……ホロエルはそんな私を見限ることもなく、ただ優しく抱きしめてくれた。私の心に寄り添い続けてくれた。

 

「自分がされて嫌だったことを、人にしちゃいけない……そんな当たり前のこと。でもそんな当たり前が、ホロエルにとっては大切な、どうしても譲れない一線なの」

「っ……」

「あなたは虚構天使に……ホロエルに、心がないと言った。人の心の痛みを理解できない、醜悪な怪物なんだって。でも、もしもそれが真実だとするのなら、どうしてホロエルは私にそんなことを教えたの? 人の心を持たない怪物が……どうして身を挺してでも、優しさというものがなんなのかを私に教えてくれたの?」

「わ……私、は……っ……」

 

 言葉を失ったノゾミは、呆然とホロエルへと視線を移す。

 そんなノゾミに、ホロエルはただ、申しわけなさそうに控えめに顔を綻ばせた。

 

 ――虚構天使の……私のせいで、たくさん辛い思いをさせてしまって、ごめんなさい。

 って。

 

「――――ぇ……ぁ……」

 

 何度も罵倒され、蔑まれ、存在そのものすら否定されたにもかかわらず。

 ホロエルは、ほんの一欠片だってノゾミを恨んではいなかった。

 ホロエルは、ノゾミが心の奥底で苦しんでいることを知ったその時からずっと……私がそうなれたように、ノゾミが過去の痛みを乗り越えて、心から誰かと笑い合えるようになることを望んでいた。

 いつの日か、彼女が取りこぼしてしまった幸せを、もう一度拾い直せる日が訪れてほしいと。

 ただそれだけを祈り、願い。

 ホロエルは決着の瞬間、その槍の穂先をノゾミではなく、地面へと突き立てたんだ。

 

 そんなホロエルの心が、ノゾミに伝わったかどうかはわからない。

 ホロエルは言葉を持たない。

 普通の人以上に……自分の意思を、誰かに伝える方法を持たないから。

 

 だけどそんなホロエルの姿を見て、ノゾミの瞳には徐々に涙が滲んでいった。

 ……私はノゾミに背を向けると、首だけで彼女の方を振り返る。

 

「ラフィエルは……もう渡さなくていい。私だって、ホロエルを手放さなきゃいけないってなったら、今のあなたみたいになっちゃうと思うから。でも代わりに、もう一度だけ思い出してみて。あなたの目に映っていたホロエルの仕草を、ホロエルの表情を。あなたの目にホロエルがどう映っていたのか。そのホロエルに……本当に人の心がなかったのかどうか」

「無空、さん……」

「教団について、あなたにはいろいろと聞きたいことがある。でも詳しい話は後日……あなたの答えが出てからでいい。ただ、それがどんなものであっても、ホロエルや皆に手を出さないって約束だけは守ってもらうから」

「……」

「……私が言いたいことは、それだけ。じゃあね」

 

 私はデュエルフィールドに踵を返すと、その場を後にした。

 ホムラやエミリア、センカ、そしてホロエルが、私についてくる。

 

 ノゾミとイサネの姿が完全に見えなくなり、廊下を少し歩いたところで、私は足を止めて皆の方に振り返った。

 

「……ごめん。皆。勝手にいろいろ決めちゃって」

「大丈夫です! 勝負して勝ったのはメイ様なんですから! わたしたちはただ見てただけですし!」

 

 私の謝罪に、すかさずセンカが声を上げる。

 さらに彼女に続いて、ホムラやエミリアも頷きながら口を開いた。

 

「センカの言う通りだよ。むしろ、私は逆に安心しちゃった。会長の人は確かにホロエルちゃんにいろいろ酷いこと言ってくれたけど……あんな姿見せられちゃったらさすがに、ね。私はメイちゃんに賛成だよ!」

「そうね。元々、私たちは戦いに来たんじゃなくて話し合いに来たんだもの。もしもこの選択がノゾミ先輩たちとわかり合うためのキッカケになってくれるのなら、それこそ私たちの目的は叶ったと言えるはずよ。事がこの先どう転ぶかはわからないし、少し楽観的かもしれないけれど……私も無空さんの判断には賛成するわ」

「……ありがとう。皆」

 

 事後承諾のような形になってしまったが、誰も私の選択を責めようとはしなかった。

 重苦しかった空気が霧散し、和やかな雰囲気が流れ始める。

 そしてそんな私たちを、ホロエルも微笑ましそうにニコニコと見守っていた。

 

「でも正直、わたしはちょっとくらいなら生徒会長の人に意地悪してもよかったと思うな~。メイ様の判断に異論を唱えるつもりじゃないけど……メイ様や私たちが散々なくらい振り回されて、ホロエルちゃんがひどい悪口いっぱい言われちゃったのは事実だもん。相応の罰はあって然るべきだよ!」

「まあ、そこに関しては私も思うところはあるけど……もしも会長の人が心変わりしてくれるなら、それに越したことはないでしょ?」

「甘いよお姉ちゃん! っていうか、お姉ちゃんたちはいつも甘すぎるの! 皆が優しさだけで改心できるなら、世界平和なんてとっくに実現できてるんだからね!」

 

 ぷんすこと頬を膨らませて、センカが不満を吐露する。

 ホムラはそんな彼女を宥めるように苦笑いを浮かべていたが……まあ正直、センカの気持ちは私にも理解できる。

 

 でも、もしも私がノゾミのことを心からの邪悪だと信じ込み、ラフィエルのカードを返していなかったら……。

 あり得ない話ではあるけれど、あるいはホロエルが、その槍でノゾミを傷つけてしまっていたのなら。

 きっと今、私たちはこんな風に笑い合ったりはできなかったことだろう。

 

 いついかなる時も、感じた心の痛みを忘れず、人の心を捨てることをしない。

 ホロエルが私に教えてくれたことの本当の意味が、今なら私にも理解できる気がした。

 悪意に満ちた選択で傷ついてしまうだろう誰かのためだけじゃない。

 日の当たる世界で、自分自身に胸を張って生きていくために……大切な誰かと、なんの隔たりもなく笑い合うために。

 それは絶対に必要な条件だったんだ。

 

 ……ホロエルはいつだって、私の幸せを願ってくれる。今も、昔も。

 

「ああそういえば、忘れるところだったわ」

 

 寮部屋に帰る帰路の最中、不意にピタリと足を止めたエミリアがホロエルの方を振り返る。

 その表情はにっこりと微笑んではいるものの、目はまったくと言っていいほど笑っていない。

 

「ホロエルちゃん。後でちょっと長ーいお話があるのだけど……良いかしら?」

 

 え? と、ホロエルが素っ頓狂に小首を傾げる。

 エミリアの全身から有無を言わせない迫力に満ちたオーラが滲み出ていることは察しているようだが……どうしてエミリアがそんなに怒っているのか、まったく心当たりがなさそうな反応だ。

 しかし私やホムラ、そしてセンカには当然のごとく心当たりがあり、ああ……と顔を見合わせた。

 

「まあ、しかたないよね。センカ」

「うん。こればっかりはしょうがないよ。ね、メイ様」

 

 自分だけが状況を理解できていないホロエルは、え? え? と視線を右往左往とさせたのち、まるで助けを求めるように私を見上げてくる。

 だけど私はそんな彼女からプイッと顔を逸らすと、わざとらしく唇を尖らせた。

 

「さっきのノゾミとのデュエル。手札に来てって散々思いを込めたのに……ホロエル、ギリギリまで来てくれなかったよね?」

 

 あっ……と。

 ようやく状況を理解したホロエルの額に、冷や汗が流れ始める。

 ワタワタと私や皆の間を駆け回り、慌てて弁明を試みようとするホロエルの仕草はとても新鮮で、言葉にできないくらい可愛らしかった。

 しかし私も今回ばかりは心を鬼にして、ツンとそっぽを向き続ける。

 

 私だって、これでもちょっと怒ってるのだ。

 ホロエルがいなくなった方が私が幸せになれるだなんて、そんな風にホロエルに思われたことが。

 

「ホロエルちゃん。あなたがあの時なにを考えていたのかは大体わかるし、もう反省してるのもわかってるけど……」

 

 エミリアは膝を屈めると、ずいっとホロエルに顔を近づけて、彼女に向かってにっこりと微笑んだ。

 

「それはそれ。これはこれ。帰ったら、お説教よ」

 

 ひえぇっ、と戦慄をあらわにしながら、ホロエルがコクコクと何度も頷く。

 エミリアはそれに「良いお返事ね」と満足げに頷き、私や他の皆は再び顔を見合わせると、ふふっと小さく笑い合った。

 

「さ、帰りましょうか」

「うん!」

「は~い!」

 

 エミリアの号令にホムラとセンカが元気よく返事して、再び帰路を歩き出す。

 そんな彼女たちの背中を見つめた後、私は振り返ると、ホロエルに手を差し伸べた。

 

「行こう、ホロエル。この先も、一緒に」

 

 ホロエルは涙目だった目をパチクリとさせて、私の差し出した手をじっと見つめていた。

 けれどやがてその口元を嬉しそうに綻ばせると……ホロエルは私の手を、ぎゅっと握り返してくれる。

 

 デュエルが終了したことで、今のホロエルはいつもの実体のない半透明な状態に戻っている。

 けれど、それでも私は自分の手に、彼女の手の感触や温もりが伝わってきたように感じて……。

 私はホロエルの手を握り返すと、皆の背中を追いかけて、二人で並んで歩き出すのだった。

 

 

 


 

 

 

 そこは、世界の狭間に作り上げられた空間。

 そこにあるすべては偽物であり、紛れもない本物でもある。

 数多の信仰を捧げられることでこそ成り立つ、そんな矛盾に満ちた架空の世界にて、一人の少女が夜の空を見上げていた。

 真っ白な宮殿のバルコニーに佇むその少女の姿は、まるで絵画の中から飛び出してきたかのように麗しく、儚げで。

 その身体は実体がないのか半透明で、向こう側が透けている。

 

『――ホロエル……どうやら世界に風穴を空けるあの力を、使ったようですね』

 

 半分に欠けた月に向かって手を伸ばしながら、少女は己の片割れたる虚構なる天使の名を呼ぶ。

 彼女の呼びかけに応じる声はない。

 静寂だけが少女を包み込み、冷たい風が、その美しい銀色の髪を優しく揺らす。

 

『私とあなたの繋がりの根幹を、あなたは知らない。あなたが思っている以上に……私たちの繋がりは深いのです。あなたが堕天の力を使ったおかげで、ようやく私も、あなたの存在を感じることができました』

 

 銀髪に月光を反射させながら、少女はそっと瞼を伏せる。

 

『ホロエル。私とあなたは……二人で一つなのです』

 

 天に煌めく半分の月を再び見上げた少女の横顔は、どこか物憂げで、そして切なげだった。

 

『ホロエル……』

 

 少女は三度、その名を口にする。

 この世界に唯一存在する、自身の片割れであり、理解者になるはずだった最愛の存在の名を。

 けれどその声は虚しく夜の闇へと消え去り、彼女の呼びかけに応える者が現れることはなく。

 少女はしばらく物思いに耽るように月を見つめていたが……やがて踵を返すと、その身体は足先から少しずつ光の粒子となって消えていく。

 ただ夜の空に輝く満月だけが、少女が消え去るその瞬間まで、彼女のことを照らし続けていた。




デッキ紹介
・4属性(光&火&水&地)複合天使相互ランプコントロール(使用者:光華ノゾミ)
エミリア「ノゾミ先輩のデッキね。守りに長けた光と水、それからエナジーチャージの補助に優れた地属性を中心に据えた4属性混合のコントロールデッキよ。火属性も入っているけれど、そちらは自分から攻め込むためというより、相手が展開してくるサーヴァントへの除去札としての役割を期待して採用しているみたいね。主に種別天使を持つカード群を中心に構築されていて、それらは『自分のカードの効果で相手にエナジーをチャージさせる』ことでパワーアップしていく特異な性質を持っているの。相手に利を与えることが力を発揮する条件なせいで、序中盤はほぼ常に受けに回ることになっちゃうし、相手に好き勝手させちゃうせいで早々に取り返しのつかないことになりかねないしで、使いこなすのは至難の業なのだけど…それらを乗り越えて高コストのサーヴァントを出すところまでたどりつければ、多少の不利なら軽くひっくり返せるくらいの凄まじい展開ができるのが特徴ね。1枚1枚のカードのスペックが高いから、相手はその1枚に対処するために2枚3枚の手札を切らなきゃいけなくなって、それを繰り返していくことで、いずれは相手のリソースが尽きて一方的な展開になっていく。だからと言って一気に勝負を決めようにも、イヴリエルでロックされてしまう可能性を考えれば下手に大量展開もできない…後半になればなるほど、どんどん手がつけられなくなっていくデッキね。弱点は…そうね。やっぱり序中盤の展開の遅さでしょうね。後半戦を意識して高コストのカードの採用枚数を多くすればなるほど、そのぶん低コストの有用なカードが手札に来づらくもなってしまう。どんなに後半が凄くても、その後半が来なかったら意味がないわ。だからと言って低コストの防御札ばかり入れていたら、決め手に欠けてデッキの長所を活かせなくなってしまう。防御や回復、エナジーチャージ、除去、高コストの切り札やそれにアクセスするためのサーチカード、そして各属性と、単属性と複合属性の枚数…バランス良くカードを採用してデッキを構築することは、言うことは簡単でも実行することは難しいものよ。これを実現できているところに、ノゾミ先輩の力量の高さが窺えるわね」
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