可愛い銀髪美少女天使カードとして転生した私、マスターを導く 作:にゃっとう
「61」の前書きに修正内容のまとめを記載していますので、すでに読破済みで修正点のみ確認したい方は、そちらを参照いただけますと幸いです。
――それはイサネと出会い、ラフィエル様とも一緒に過ごすようになって、およそ三年が経過した頃のことだった。
「ノゾミちゃん、なんだかあんまり元気ないね」
庭園の隅にある人目につかない日陰のベンチ。
そこでいつものように私とイサネとラフィエル様の三人で集まって秘密の会合を繰り広げていると、唐突にイサネが私の顔を覗き込んできた。
「そ、そんなことはありませんよ? いつも通りだと思いますが……」
「嘘。だっていつもみたいにこうして話してても、ノゾミちゃんずっと上の空で、全然笑ってくれないもん。なにかあったの?」
……どうやら、よほど顔に出てしまっていたらしい。
私は観念して息を吐くと、ぽつぽつと事情を語り出した。
「実は……お父様に、来月から習い事の数を増やすと言われてしまいまして。これからは本腰を入れて光華の娘として相応しい教養を身につけなさい、と」
『光華の娘として……ごめんなさいノゾミちゃん。私のせいで、ノゾミちゃんにはそのような苦労を……』
「い、いえ! ラフィエル様のせいではありません! 光華が名家である以上、習い事は避けられないことです。それに今は……なにも考えず光華の教えに従っていた昔と違って、人を守ることに力を尽くすラフィエル様の考え方が理解できるようになってきたんです」
『ノゾミちゃん……』
「多くの人を導き、守ってきたご先祖様やラフィエル様のように、私もいつか立派な英雄になりたい。この気持ちに嘘はありません。光華の責任も、多くの習い事も、今は私自身が背負いたいと思う大切な重荷なんです。なのでラフィエル様、どうかあまり気に病まないでください」
『……ノゾミちゃんは強い子ですね』
これ以上の自虐的な発言は余計な気苦労をかけさせるだけだと判断したのか、ラフィエル様は軽く頭を振ると、穏やかに私に笑いかけた。
「でもノゾミちゃん。習い事の数が増えちゃうってことは、それだけ自由にできる時間が減っちゃうってことでもあるよね? それって……」
「はい……今までのように毎日三人で集まると言ったことは、難しくなってしまうと思います」
「……それでノゾミちゃん、今日はずっと上の空だったんだ」
イサネは納得したように頷くと、さきほどまでの私と同じように曇り空を見上げた。
私もそんなイサネにつられて空を見上げる。
ラフィエル様もそんな私たちの様子を、どことなく寂しげな様子で見守っていた。
「……よし!」
変わりゆく未来に思いを馳せるように幾ばくかの沈黙が流れた後。
イサネはなにかを思いついたように立ち上がると、イタズラな笑みを浮かべて私に手を差し出した。
「ノゾミちゃん! 今から二人でお出かけしようよ!」
「い……今からですか? 確かに今日はもう習い事はありませんが……護衛の者がいなければ外出の許可は……」
「平気平気! わたし、塀に穴が開いてるとこ知ってるから! そこからこっそり出ればバレないよ!」
「ダ、ダメですよそんなの! というか塀に穴なんて大問題じゃないですか! すぐにお父様に報告して修繕していただかないと……ラフィエル様もイサネになにか言ってやってください!」
目を白黒とさせながら否定する私と、半ば強引に私を誘うイサネ。
ラフィエル様はそんな私たちの様子に眩しいものを見るかのように目を細めると、唐突にパンッと手のひらを合わせた。
するとラフィエル様の目前に小さな光が生まれ、碧色の宝石が埋まったペンダントが姿を現す。
『ノゾミちゃん。これを』
「えっ、と……? これは、なんでしょうか?」
『私と光華の者との盟約による繋がりを強め、瞬時に私を呼び出すことを可能にする触媒です。外で万が一トラブルに巻き込まれた際には、これに祈りを込めて私の名前を呼んでください。どこにいようとも、必ず私があなたたちの元に駆けつけますから』
「え……ラ、ラフィエル様! まさかイサネの案にご賛同なさるおつもりですか!?」
意外だった。
ラフィエル様なら、『いけません』とイサネを窘めてくれるものと思っていたのに……。
『私は、イサネちゃんとノゾミちゃんの意思を尊重するつもりです。お二人がその選択をするのであれば、それを止めはしません。ただし、もしもなにか問題が起きた時には、これを使ってすぐに私を呼んでください。お二人とも、約束してくれますね?』
そう言ってラフィエル様は実体化すると、そっと小指を差し出してきた。
イサネはすぐに彼女の意図を察して、自分の小指を差し出す。
「ほら。ノゾミちゃんも! 指切り、一緒にやろ?」
「イサネ……ラフィエル様……」
……どんなに強く望もうとも、こんな秘密の会合がいつまでも続けられるわけではないことはわかっている。
大人に近づくにつれて、光華の名は今よりもずっと重く私の肩にのしかかってくるだろう。
だけどだからこそ、そんな私のためにイサネもラフィエル様もできる限りのことを尽くして、私がただのノゾミとして思い出を作る機会を与えようとしてくれているんだ。
そんな二人の心遣いが嬉しくて、なんだかこそばゆいような気持ちになって……。
「もう……しょうがないですね。でも、ちょっとだけですよ。あまり長い時間いなくなると騒ぎにもなってしまいますから」
私は、選んでしまったんだ。
イサネの手を取って、ラフィエル様と指切りを交わすことを。
「――ノゾミちゃん、こっちこっちー!」
「ちょ、ちょっと! 走らないでくださいイサネ!」
イサネと二人で手を繫いで歩く街並みは、いつも見ている景色とはまた違って見えた。
道行く人々の話し声。通りを抜ける車のエンジンの音や、街の喧騒。
聞き慣れているはずのそれらが、どうしてか普段よりも新鮮に耳に届く。
ふと隣を盗み見れば、楽しげに鼻歌を歌う彼女の横顔が目に入った。
彼女は私が見ていることに気がつくと、にぱっと花が咲くように笑う。
「まったくもう……」
それだけで、私の胸はポカポカと温かくなって……だからきっと私もその時、同じように笑っていたのだと思う。
……けれどそんな幸せなひと時は、そう長くは続かなかった。
「あれ? ……ねえノゾミちゃん。今……悲鳴みたいなの聞こえなかった?」
「え……?」
夕焼けが街を茜色に染め始めた頃だった。
二人で寄り道しながら歩いていると、イサネが足を止めて怪訝そうな顔で振り返った。
私も耳を澄ませてみると……確かに争うような物音がかすかに聞こえてくる。
音の出どころを探して視線を巡らせると、ちょうど私たちが歩いていた通りから一本奥へ入った薄暗い路地裏の方角から、その音は漏れ出ているようだった。
「やっぱり聞こえた! なにかあったのかも!」
「イ、イサネ! 待って……止まってください!」
私が止める間もなく、イサネはその路地裏へと駆け出して行ってしまった。
私は慌ててその後を追いかける。
そうして薄暗い路地裏を進んだ先にあったのは……さきほどまで過ごしていた日常とはかけ離れた異様な光景だった。
「や、やだ……た、助け……誰か助けて……」
怪しげな白いローブに身を包んだ大人の集団が、一人の女の子を袋小路へと追い込んでいる。
女の子は、まだ七歳かそこらの幼い子だ。
小さな身体をガタガタと震わせながら、涙で濡れた瞳で必死に助けを求めていた。
「おいおい嬢ちゃん、良い子だから大人しくしな。痛い目見たくねえだろ?」
「こ……来ないでっ。来ないで、ください……」
じりじりと迫ってくるローブの大人たちを前に、女の子は後ずさろうとする。
しかし彼女の背にあるのは行き止まりの高い塀だけだ。
塀に背をぶつけた彼女は、恐怖に震える足をもつれさせて尻餅をつく。
「っ……あなたたち! いったいなにしてるの! その子、嫌がってるでしょ!」
その時、私と同じ光景を見ていたイサネが、勇気を振り絞るようにして飛び出した。
彼女は白いローブの集団の横をするりと通り抜けると、女の子を庇うように両腕を広げる。
私がハッと我に返る頃には、白いローブの集団の視線はイサネを捉えてしまっていた。
「……なんだこのガキは。誰か追加で連れてきたのか?」
「そんなわけないでしょう。不自然な大人数の同時失踪は、私たちを嗅ぎまわるやつらへの痕跡を残すことに繋がる。だから無理にノルマ以上をこなす必要はない。そう言われたでしょう?」
勇ましく声を上げたイサネとは対照的に、白いローブの集団はなんてことのない世間話のように気だるげに言葉を交わす。
「悲鳴を聞かれちまったってとこか。ハハ! 正義の味方様のご登場ってわけだ」
「……なんなの。あなたたち、いったいこの子になにしようとしてたの!」
威嚇するように問いかけるイサネに、大人たちのうちの一人が軽薄な笑みを浮かべて答えた。
「そうだなぁ。ま、布教活動ってとこだな」
「なに言って――ッ!?」
次の瞬間、突如として塀を飛び越えてきた別の白いローブの大人がイサネの真横に降り立ち、イサネを羽交い絞めにした。
イサネの顔に苦悶の表情が浮かび、呻き声が漏れる。
「っ、イサネッ!」
「ノ、ノゾミちゃ……ん! う、うし、ろっ……!」
「え――」
咄嗟に駆け寄ろうとすると、今度は私の視界に背後から深い影が降りた。
ゴッ――! と後頭部に重い衝撃を感じ、急速に意識が遠のいていく。
薄れゆく意識の中、最後に見たのは。
羽交い絞めにされながらも私に向かって必死に手を伸ばすイサネの、今にも泣き出しそうな表情だった。
…………。
……。
「――う……うぅ……」
……あれから、どれほどの時間が経ったのだろうか。
朦朧とした意識で瞼を開けると、そこは薄暗く窓のない、冷たい大理石のような白い壁に囲まれた空間だった。
燭台の明かりが揺らめき、埃っぽい空気が鼻をつく。
「ここ、は……」
上体を起こして辺りを見回せば、私以外にも何人かの子どもたちの姿が視界に入った。
彼女たちは一様に不安に怯え切った表情を浮かべていて、部屋の隅で身を寄せ合いながら縮こまっている。
そして部屋の中にいる子どもたちの中には、見知った姿もあった。
「ノゾミちゃん!」
「っ、イサネ! ここはいったい……痛ッ」
不意に後頭部に鈍い痛みを感じて、思わずその場に蹲る。
「無理しないで! ノゾミちゃん、私たちが目を覚ました後もずっと気絶したままだったんだよ? ずっと目を覚さないから……わたし、どうしたらいいのかわからなくて……!」
「……ごめんなさい、イサネ。心配をかけてしまいましたね。私なら大丈夫です」
安堵に涙を浮かべながら、イサネが私を抱きしめるように縋りついてくる。
私もそんな彼女の背に腕を回し、そっと抱きしめ返しながら、私は部屋の中をもう一度見回してみた。
壁も床も天井も全てが真っ白で、窓の一つすら存在しない。
扉は一つあるが……どうやらパスワード式の電子扉のようで、番号がわからない限りは開けられそうもなかった。
「やだ、やだぁ……家に帰りたいよぉ……」
「たすけて……パパ、ママ……ぐすっ……」
「お兄ちゃん……どこにいるのぉ……」
泣きじゃくる子どもたちの絶望的な声が、あちこちに反響する。
部屋の中には、私やイサネを含めて合計で八人の子どもたちが集められていた。
全員が女の子で、年齢は七歳から十八歳程度とバラバラだ。
その中には私たちが気絶する直前、あの路地裏で白いローブの大人たちに詰め寄られていた女の子の姿もある。
「ノゾミちゃん……」
「……大丈夫ですよ、イサネ」
あの時女の子を庇うように飛び出した勇敢なイサネですら、今は私に身を寄せながら小さく震えている。
私はそんなイサネを安心させるように微笑みかけながら、そっと自分の胸に手を当てた。
「幸い……ペンダントは取られていないみたいですから」
「それって……」
服の中に隠れた首から提げたペンダントの感触を確かめて、私はこくりと頷きを返す。
しかしそれ以上イサネと話を続けようとした矢先、ピー、と短い電子音が扉の方から聞こえて、外部から電子扉が開かれた。
イサネが息を呑み、子どもたちの間に緊張が走る。
「……イサネ。隙を見てペンダントを使います」
「……無理しないでね。ノゾミちゃん」
「わかっています。イサネこそ、もう一人で突っ走らないでくださいね」
開かれた無機質な扉の向こう側から、白いローブを着た集団がぞろぞろと中に入ってきた。
数は十人以上。中でも特に豪華な装飾が為された白いローブを羽織った者が、数えて五人いる。
「皆サマ。どうかご安心ヲ。ワタクシたちに、アナタがたに危害を加える意思はありませン」
「……」
豪華なローブを纏う五人のうちの二人は、目隠しをした華奢な女性だ。
布が被せられた一枚の板のようなものを、二人で協力して大事そうに左右から抱えている。
「ハッ。くだらねぇ……どうせまた見つかんねぇよ。つまんねぇ時間が始まっちまったぜ」
「……クラース。静かにして。無駄口叩かないで」
残りの三人のうち二人は、フードを深く被っているせいで肝心の顔が窺えない。
ただその背丈からして、私やイサネとそう変わらない程度の年端のいかない子どものように見えた。
そして、最後の一人は……。
「初めまして、子どもたち。私の名前はシーラ。この虚無の教団ヌルの司教をやらせてもらっているの」
黒と暗緑が入り混じった髪を揺らし、作り物めいた笑みを浮かべながら、子どもたちを見下ろす一人の女性がそこにいた。
豪華な装飾が為されたローブを身に纏う五人の中で、シーラと名乗った彼女だけが、さらに上等な布で織られたローブを纏っている。
白いローブの集団の先頭に立ち、一際大きな存在感を放っていることからも、彼女こそがこの集団におけるリーダー格であることに疑いようはなかった。
「虚無の教団……?」
「ええ、そうよ。虚無の力をもって世界を在るべき姿に戻し、この世に永遠の安寧をもたらす。それこそが私たちの使命なの」
胡散臭い教義を並べ立てながら、シーラがその濁った黒緑の瞳を不気味に煌めかせる。
どこか芝居がかった言い回しと相まって、それが果たして心からの言葉なのか、はたまた虚言なのかすら判別がつかない。
そして彼女は子どもたちを落ちつかせようとでもいうように柔和な笑みを浮かべると、その作り笑顔を崩すことなく、背後で控えていた目隠しをした二人に目配せをした。
「始めましょうか」
シーラの合図に従うように、目隠しをした二人の女性が板のようなものに被せられていた布を取り去った。
布の下から現れたのは、銀の装飾が施された古めかしい額縁だった。
その中央には、美しい真っ白な翼を広げながら祈るように手を組んだ、一枚の天使のカードが収められている。
モノクロームの空を見上げる瞳は果てしない憂鬱の色を孕み、優美でありながらも底知れない悲哀を秘めたような静謐さを湛えていた。
「今からあなたたちには、虚無の天使様に祈りを捧げていただきます」
中心人物であろう五人を除く周囲の白いローブの大人たちが一斉に膝をつき、額縁へと向かって頭を垂れる。
その異常な光景の中、私とイサネは密かに視線を通わせた。
「ねえ、ノゾミちゃん……あのカードって、もしかして……」
「ええ……おそらくはラフィエル様と同じ、ソウルハート・サーヴァントでしょう。用心してください、イサネ」
ソウルハート・サーヴァント。
カードそのものが自我を持ち、カード自身の力で一時的に現実世界に顕現する力を持ったサーヴァント系統カードの総称だ。
……あれが普通のソウルハート・サーヴァントなら、そこまで問題にはならない。
光華の言い伝えによれば、ラフィエル様は人々の信仰を自身の内側にため込むことで、並のソウルハート・サーヴァントの領域を遥かに越えた強大な力を発揮できるそうだ。
つまり、ラフィエル様が普通のソウルハート・サーヴァントを相手に後れを取ると言ったような事態はまず起こり得ない。
ただ……そう言った特別な力を持つソウルハート・サーヴァントの存在が、果たしてラフィエル様だけとも限らない。
シーラは、あのカードのことを虚無の天使様と呼称した。
ラフィエル様と同じ天使の名を冠するソウルハート・サーヴァント……だとしたら、もしかすればラフィエル様と同じように、信仰を力に変換できる能力を有していてもおかしくない。
ラフィエル様が負けるとは思わないけれど、現状あの虚無の天使とやらがどれほどの力を有しているかは完全に未知数だ。
ラフィエル様と虚無の天使との正面衝突は、ラフィエル様の著しい消耗を招いてしまう危険がある。
……まだ、ラフィエル様に助けを求めるべきタイミングじゃない。
今この状況における最優先事項は、囚われた他の子どもたちも連れて全員で無事に逃げ出すことだ。
虚無の天使との衝突でラフィエル様が消耗し、逃げられなくなってしまうようでは本末転倒だ。
ここは一旦堪えて、機を待たなければ……。
「い、祈りって……どうやって込めれば、いいの……?」
早くこの状況から解放されたいという一心からだろう。
身を寄せ合っていた子どもたちのうちの一人が声を上げる。
「簡単よ。彼らのように両手を組んで、天使様に救いを求めればいいの」
頭を垂れる白いローブの大人たちを、シーラが指し示す。
「だけど一つだけ注意して。天使様は自分に捧げられた祈りの存在を感じられる。いくらあなたたちが彼らの真似をしたところで、その祈りに心が込められていないのなら意味がないわ。大事なのは、心を……あなたたちの本心を天使様へと捧げること」
「ほ、本心……?」
「あなたたちが心の奥底でもっとも強く望んでいることを思い浮かべるの。家に帰りたい。家族に会いたい。元の生活に戻りたい……今のあなたたちの中にある望みは大方そんなところかしらね。その気持ちを前面に出して、自分の心を満たすのよ」
「じゃ、じゃあ……そうやって虚無の天使様に、心を捧げたら……わたしも、皆も……家に、帰してもらえるの?」
「ええ。私が保証するわ。祈りが終われば、あなたたちは無事にお家に帰れる。ただし……あなたたちに巫女としての適性がなければ、の話だけどね」
「み、巫女……? その巫女の適性っていうのがあったら……家に、帰してもらえない……の?」
ざわめき立つ子どもたち。
シーラはあいかわらず貼りつけたような胡散臭い微笑みを浮かべながら、そんな彼女たちに優しく語りかけた。
「大丈夫よ。何千、何万と捧げられた祈りの中で、虚無の巫女の適性があった子を、私は一人しか知らないから。あなたたちがその特別な一人と同じでなければ、きっとお家に帰れるわ」
「な、何万人に一人……そっか、それだったら……!」
「さあ……始めましょう? 天使様への祈りを。あなたたちも、私に続いて?」
シーラが祈りを始めると、他の子どもたちもそれに倣って指を組み始めた。
私もイサネと顔を見合わせると、同じように祈りの仕草を取る。
脱走の隙ができるまで、ひとまずは従順なふりをしておくのが賢明だろう。
……シーラの言うことが本当なら、あの虚無の天使のカードは自分に捧げられた祈りの存在を感じられる。
脱走の企みが露呈しない範囲で、私が心から望むこと……それを祈りとして込める必要がある。
それはなにかと自分に問いかけてみて、ふと私の中を過ぎったのは、イサネと一緒に過ごした毎日だった。
――わたしはただ、ノゾミちゃんが笑ってるところが見てみたいなぁって、そう思っただけだから!
私の記憶の中にいるイサネは、いつだって明るくて奔放で、元気いっぱいな向日葵のように楽しげに笑っている。
私の笑顔が見てみたい。
そう言って私の手を引いた柔らかで温かな彼女の手の感触を、時が経った今も鮮明に覚えている。
彼女との触れ合いの中で芽生えた花のように鮮やかな感情を、私は一生涯忘れることはないだろう。
――もしもこの先、私が無事では済まなくなったとしても……。
――せめてイサネだけは、平穏で安らかな日々に戻れますように。
「……」
……皆、真剣に祈りを捧げているのか、人が大勢集まっているというのに物音一つなく、室内は水を打ったような静けさに満たされている。
祈りの真偽を指摘されないということは、私の祈りは上手くいったということでいいのか。
光華の長女という環境で育った私にとって、こういった特殊な環境はそれなりに慣れっこのつもりだった。
周りより少しばかり肝が据わっていて、冷静でいられると自負していた。
なのに今は、自分でも驚くほどに心臓の音がうるさい。
握り込んだ拳に、じわりと汗が滲む。
私は密かに息を吐き、逸る鼓動を落ちつかせた。
……大丈夫……脱走は必ず成功する。
彼らから見て、しょせん私たちは非力な子どもに過ぎない。
いつまでも厳重な警戒を続ける理由はなく、私たちが暴れたところで大した脅威にはならないと侮るはず。
巫女の適性がないことが判明すれば、虚無の天使がわざわざここにいる理由もなくなり、姿を消すという流れもじゅうぶんに考えられるだろう。
その時こそが、脱走を決行するベストタイミング――。
ペンダントを通じてラフィエル様に助けを求め、集められた子どもたちを引き連れて、ここから全員で脱出する。
私が今すべきなのは、慎重かつ冷静に行動し、最後まで気を抜かないことだ。
……けれど。
そんな私の思惑も虚しく、事態は急展開を迎えることとなる。
「――虚無の巫女の適性を持つ子が、見つかったわ」
「え……」
思わず漏れたその声は、いったい誰の口から溢れたものだったのか。
シーラの眼差しは、子どもたちのうちの一人に向かって注がれていた。
それは……私のよく知る女の子。
私に日常の大切さを教えてくれた、唯一無二の友達。
「おめでとう。あなたの祈りは天使様に届いたわ。銀髪の少女よ」
「……ノ、ノゾミちゃん……わ、わたし……」
シーラが見据える先に立っていたのは――他でもないイサネだった。
シーラの無情な宣告に、イサネが声を震わせながら縋りつくように私を見つめる。
私の知る明るくて元気いっぱいな彼女からは想像もつかないほど、その表情は青褪めていた。