可愛い銀髪美少女天使カードとして転生した私、マスターを導く   作:にゃっとう

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59.ただの一人のデュエリストよ。それ以上でも、それ以下でもないわ

 虚無の巫女。

 それが具体的にいったいどのような存在を指す言葉なのか、私はなに一つ知らない。

 けれど、何千何万と捧げられた祈りの中で、たった一人しか見つかっていなかった巫女の適性を持つ者が再び現れたことが、この白いローブの集団にとってどれほど重い意味を持つのかは想像にかたくない。

 事実、イサネが巫女の適性を持つというシーラの一言を皮切りに、私たちを取り囲む白いローブの者たちが放つ空気は明らかに一変していた。

 

「巫女……? 巫女と言ったのか、今!」

「ああ、ああっ! まさか本当に見つかるなんて……!」

「私たちの祈りが届いたのね! これでついに、私たちの悲願が……!」

 

 もはや私たちを監視することすら忘れたように、彼らは恍惚の笑みを浮かべてイサネを凝視していた。

 そんな彼らの反応は、今後起こり得る最悪の展開を否応なく私に予感させる。

 

「――おい! 誰か今のうちにあの娘を抑えつけておけ! 以前と同じ過ちを繰り返すな!」

「そうだ……巫女を捕らえろ! 今度こそ確実に依り代の儀式を行うんだ!」

「アリエル様万歳! アリエル様の御心のままに!」

 

 狂喜に沸く白いローブの者たちが、理性を失ったかのようにイサネへと殺到する。

 

「っ、やっ……!」

「イサネ! くっ! イサネに手出しは……!」

「邪魔だガキッ!」

「うぐっ……!?」

「ノゾミちゃんっ!? ひっ、やだ! 来ないでっ!」

 

 立ち塞がった私の身体は呆気なく弾き飛ばされる。

 受け身も取れず床を転がった私は、鈍痛に呻きながら急いで顔を上げた。

 そうして私の目に入ってきたのは、身の毛もよだつような悍ましい光景だ。

 

「なん、ですか……これ……」

 

 ある者はイサネの腕を掴み、またある者は足を搦め捕り、無数の手が彼女の体を覆っていく。

 イサネもイサネで彼らを振り払おうと必死に暴れて藻掻いてはいるが、大人数を相手に純粋な力比べで敵うはずもない。

 

 彼らの言うことが真実だとするのなら、彼らはあくまでも信奉者の集団のはずだ。

 だけど……果たしてこれが本当に、敬虔な信徒の姿なのか?

 なんの罪もない10歳の子どもの身体を、寄って集って暴力で押さえつける――。

 血肉を貪る飢えた獣のような醜悪さに、吐き気すら込み上げてくる。

 

「痛いっ……離して! 離してよぉっ!」

「ッ……ぁぁああ! 我が血統の呼びかけに応えよ、ラフィエルッ!」

 

 震える四肢に鞭を打って立ち上がると、私は首から提げたペンダントを掴んで乱暴に引きちぎった。

 

 まだ、虚無の天使のカードは近くにある。

 だが今この瞬間を逃せば、イサネは彼らに連れ去られてしまい、二度と逢えることはなくなるだろう。

 だったらもう、後先なんて考えていられない。

 立ちはだかる絶望の闇を、ラフィエル様がその聖なる光で払ってくれることを願って、今ここでペンダントを使うしかない……!

 

「な、なんだこの光は!? いったいなにが……!?」

『――やはり、なんらかの悪しき思惑に巻き込まれていたのですね……』

 

 私の手の内でペンダントが光り輝くとともに、世界が白一色に染まっていく。

 部屋中を煌々と照らす輝きの中、輝く光の粒子が舞い踊り、やがて一柱の天使がその輪郭を成した。

 私の目の前にその身を顕現させたラフィエル様は、子どもたちが隅で震え、イサネが白いローブの集団に捕らえられている現状を一瞥すると、その目をスゥッと鋭く細める。

 

「あれは……天使、か!? だが、アリエル様とは違う……!」

「……へえ……これは、なかなか面白いものが出てきたわね」

 

 離れたところで状況を静観していたシーラが興味深そうに口元を綻ばせる。

 だけど今はそんな些細なことを気にしている余裕はない。

 

「ラフィエル様! お願いです。力をお貸しください! 私は……私はイサネを守りたいんです!」

『もちろんです。我が親愛なる小さき友よ。この慈愛の熾天使ラフィエルが、あなたの願いを聞き届けましょう』

 

 ラフィエル様が荘厳に頷きを返す。

 そして彼女はそのまま、イサネの身体を押さえつける白いローブの集団へと手をかざした。

 

『――光あれ』

「ぐあっ!?」

「な、なんだこれはっ! ソウルハート・サーヴァントか!? まさかあの小娘が――カハッ?」

「うぐっ、があぁっ!」

 

 ラフィエル様の手のひらから極光の輝きが迸り、白いローブの集団を薙ぎ払う。

 光に触れた彼らは苦悶の表情を浮かべ、断末魔を上げながら瞬く間に倒れ伏していく。

 

『我が友を害する卑しき者たちよ。この光は、あなたたちの罪業を映し出す裁きの輝き。逃れることはできません』

「す……すごい……!」

 

 普段から秘密の会合で見ていた自虐的な言動とは、まるで印象が違う。

 これが……これこそが、かつて戦乱の世に誕生した天を衝く怪物を封印したラフィエル様の力。

 光華のご先祖様とともに歩んだ伝承に刻まれた神秘の存在が今、確かにここに具現していた。

 

『そこですね』

 

 イサネに纏わりついていた白いローブの集団を完全に一掃したラフィエル様は、次に額縁に収まった虚無の天使のカードに狙いを定めた。

 その瞬間、目隠しをしている二人がカードを守るように立ち塞がったが……。

 

『無駄です』

 

 さきほどと同じように、ラフィエル様が極光を放つ。

 

「っ!?」

「虚無の力で打ち消し切れなイ……!? まずイッ! アリエルサマ……ッ!」

 

 目隠しをした二人は両手を前にかざし、不可思議な力で抵抗しようとする素振りを見せたものの、拮抗していたのはほんの一瞬だけだった。

 激しい光の奔流に容易く吹き飛ばされ、その余波が虚無の天使を飾っていた額縁までもを粉々に破壊する。

 そうしてふわりと宙へと投げ出された虚無の天使のカードへと、ラフィエル様は狙いをつけるように三度(みたび)手をかざした。

 

『己を信ずる者を盾にする、卑劣なる偽りの天使よ。我が光の裁きを受け入れなさい――』

 

 その刹那、私はラフィエル様の圧倒的な力を前に、虚無の天使が打ち倒されたことを確信した。

 いくらラフィエル様と同じ天使のソウルハート・サーヴァントであろうとも、実体化する暇もなく、本体であるカードを撃ち抜かれてしまえば成す術はない。

 これでイサネも子どもたちも、皆が助かり、無事に元の日常に戻れるのだと。

 

 ――……けれどその確信は、次の瞬間には無情にも打ち砕かれることになる。

 

「残念ね。それはさせないわ」

『なっ――』

 

 あらゆる希望を断ち割る無慈悲な死神の宣告が、冷たく私の耳朶を打った。

 直後、どこからともなく漆黒の旋風が巻き起こり、渦巻く黒雲のように私の視界を覆い尽くした。

 同時に巨大な金属が壁に突き刺さったかごとき重々しい破砕音が鼓膜を激しく揺さぶり、大地が爆ぜたかのような激しい振動が部屋中を襲う。

 ラフィエル様の動揺に満ちた声が、一瞬遅れて私の耳に届いた。

 

「ラ、ラフィエル様!? い……いったいなにが……!」

 

 天井からパラパラと建材の破片が剥がれ落ち、漆黒の風とともに砂塵が舞い散る中、私は必死に目を凝らした。

 漆黒の風が勢いを弱め、舞い上がった砂埃が落ちていくにつれて、覆い隠されていた状況が明らかになっていく。

 だがそこにあったものは、決して私が望んだような光景ではなく、私はあまりのショックに愕然と息を呑んだ。

 

「う、嘘……」

 

 真っ先に目に入ったのは黒い風の正体――漆黒の鎧を纏い、不吉な黒い風を渦のように纏う巨大な騎兵の姿だった。

 全身に渦巻く黒い風は生き物のように蠢き、近づくものを飲み込もうとするかのように脈動している。

 鎧の表面はざらついた金属の質感を帯びており、鎧の隙間からは煙のような黒い靄が漏れ出していた。

 兜の奥からは虚ろな黒緑の双眸が覗き、その冷たく暗い瞳が相対する者の魂を見透かすように射抜いている。

 

 そしてそんな騎兵の手には巨大な漆黒の槍が握られており――その穂先はラフィエル様の身体を串刺しにし、背後の壁を粉砕しながら深々と突き刺さっていた。

 

『ごふっ……!』

「そ、んな……ラフィエル様……!?」

 

 ラフィエル様が苦悶に喘ぐように咳き込み、その口の端から黄金色の液体が零れ落ちた。

 ラフィエル様の白銀の翼は大きく広がったまま壁に張りつき、羽根の一部が折れ曲がっていた。

 純白の羽衣は無残に引き裂かれ、貫かれた腹部からは黄金色のエネルギーのような液体が滴り落ちている。

 

『な、なぜ……あ、ありえ、ません……私の周囲には……幾重もの、不可視の防壁が……展開されていた、はず。こんな……一般の、ソウルハート・サーヴァントに……いとも簡単に……一瞬で、破られるはずが……』

 

 ラフィエル様は自分を貫いている槍を震える眼で見下ろし、信じられないと言った表情で目を見開く。

 そんな彼女に、漆黒の騎兵――黒死の主であるシーラが、カツカツと乾いた靴音を響かせながら、ゆったりとした歩調で歩み寄る。

 

「――『黒死之風(スミェールチ・ブーリャ) -Вечный(ヴェーチヌイ) проклятие(・プロクリャーチエ)-』。それがこの死の呪いを纏う黒い騎士、私のソウルハート・サーヴァントの名前よ。少し長いから、私は黒死(こくし)と呼んでいるの」

『黒、死……?』

 

 教団の司教としての役目に徹していたこれまでの振る舞いとは違い、今の彼女の笑みに胡散臭い偽物じみた柔和さは残されていなかった。

 その双眸は昏く濁り、本性を剥き出しにしたかのような、残忍でどこか無邪気な愉悦の色が滲んでいる。

 

「無数の戦場を渡り、黒死はその槍で数多の魂を刈り取ってきた。その呪いは進化し、今や捉えられた者を例外なく死に至らしめる運命となったの。どのような力を保持していようとも、黒死が見定めた敵の死は必然……残念ながら、何人たりともその結末から逃れることはできないわ」

『ッ!? 呪いの、力……! それはつまり……私が信仰を、力とするように……葬った者たちの怨念を取り込んで、自らの力とするサーヴァント……ということですか……!?』

 

 ラフィエル様が驚愕に声を震わせ、絞り出すように問いを投げる。

 それに対してシーラは否定も肯定もしなかったが……その沈黙こそが、なによりも雄弁な肯定だった。

 

『くっ……! わかっている、はずです! そのように歪で、邪悪な力を持つサーヴァントを……人が御しきれるはずが、ありません! その力を使い続ければ……いずれあなた自身も、その死の呪いに飲み込まれて……破滅します……!』

「それと似た言葉を、もうどれほど耳にしてきたかしらね。でも残念ね。そうはならないの。なぜなら私の心は、常にこの黒死とともにあるから」

『なにを……』

「ソウルハート・サーヴァントにはいくつか誕生の法則がある。その中でもっともポピュラーな方法は、愛用していたカードがソウルハート・サーヴァントへと昇華するというものよ。長い時間をかけ、カードに秘められた魂の欠片に持ち主やその周囲の人々の心の残滓が混ぜ合わさり、一つの心魂を形成してソウルハート・サーヴァントへと至る」

 

 黒き風を纏う騎士が跨る黒馬の前脚を軽く撫でながら、シーラは滔々(とうとう)と語り続ける。

 

「この方法で誕生したソウルハート・サーヴァントは、人の心を写し出す鏡とも言われているの。取り込んだ心の残滓……中でも特に持ち主たるデュエリストの影響を強く受けて、その性格や性質が形作られる。だから持ち主が好きだと感じたものはソウルハート・サーヴァントも好ましく感じるし、その心の共鳴度も段違い。まさしく一心同体と表現するのが正しいでしょうね」

『まさ、か……』

「ええ。この黒死は、そんななんら特別でない方法で誕生した私の心の写し鏡。私の半身。黒死が備え持つ力も、呪いも、死の運命も……そのすべてが私の心を起源としている。ゆえに、黒死の死の呪いが私を蝕むことはありえない。だってその死の呪いこそが私という人間の本質なんだから」

『あ……あなたは……いったい、何者……』

「ただの一人のデュエリストよ。それ以上でも、それ以下でもないわ」

 

 シーラはそう言い切ると、床に落ちたままの虚無の天使のカードを少し呆れたように見下ろした。

 

「で……()()()()。あなた、いつまでそうしているつもり? あなたの信者は全員やられちゃったのだから、あなたに動いてもらわないと話が先に進まないのだけど」

『――……はあ。アリエル様、ですよ。シーラ』

 

 虚無の天使のカードから白い渦が舞い上がり、その中心から一人の天使が姿を現す。

 その姿はまるで月光を束ねたかのような、白く儚い美しさに包まれていた。

 銀色に輝く長髪は一本一本が月光を溶かしたような煌めきを宿し、わずかな光さえも反射して細かい星屑のように輝いている。

 その指先は驚くほど細くしなやかで、爪は磨かれた白真珠のように滑らかだ。

 歩を進めるたびにスカートの裾が揺らめき、水面に揺れる蓮のように揺蕩う。

 

「あら、そうだったわね。アリエル様?」

『……まあ、別に構いません。あなたの言う通り、私の信徒たちは皆、意識を失ってしまっているようですから。私とあなたが旧知の仲であるかのように話していても、今のこの状況では、誰も咎める者はいないでしょう』

 

 シーラの傍らに舞い降りた虚無の天使――アリエルは、事態を把握するように辺りを見渡す。

 

『ふむ……私も入れて、こちら側に残っているのは四人ですか』

 

 ラフィエル様が大多数を一掃したことで、白いローブの集団の人数は大幅に数を減らしていた。

 中心人物と思しき五人のうち、目隠しをした二人もラフィエル様に吹き飛ばされた拍子に気絶してしまったらしい。

 あちら側に残っているのはアリエルとシーラ、それからシーラの背後で微動だにせず控えている私とそう変わらない背丈の二人だけだ。

 

「黒死の呪いの風に当てられて、子どもたちは全員気を失ってしまったようね。少し悪いことをしちゃったかしら」

『全員? 二人……巫女の素質を持つ者と、あの異常な強さを持つ天使を召喚した子どもが残っているようですが?』

 

 呆然として立ち尽くすイサネと私を一瞥し、アリエルが淡々と指摘する。

 

『しかもあの危険な天使も、黒死の槍に刺し貫かれながらも、未だその存在と意識を保っています……まだ倒し切れないのですか? シーラ』

「無茶言わないでくれる? このレベルのソウルハート・サーヴァントを完全に仕留めるとなると、いくら黒死でも相当な力を消耗することになるわ。そこまであなたに尽くす義理はない。それに、この天使はあの金髪の子が持つペンダントを触媒に呼び出された存在よ。本体は近くにはないわ」

『ふむ……であれば、あなたがあの危険な天使を抑え込んでくれているうちに、あの少女が持つペンダントを破壊してしまうのが賢明ですか」

「ッ……!?」

 

 アリエルが私に狙いを定め、その一歩を私へと踏み出す。

 反射的に後ずさろうとしたが、足が思うように動かず、膝がカクンと崩れて尻餅をついてしまった。

 

「――やめてッ!」

「イ……イサネ……?」

 

 恐怖に竦み固まった私の耳朶に、鈴の音のような澄んだ声が響く。

 ハッと顔を上げれば、イサネは私を庇うようにアリエルの眼前に立ちはだかっていた。

 

「ノゾミちゃんに……ノゾミちゃんに手を出さないで! お願いだから!」

『あなたは……』

「わたしが……わたしが欲しいならあげるから! わたしならどうなってもいいから! だから、お願い……!」

「イ、イサネ? 急になにを言って……!」

『……』

「お願いを聞いてくれないなら……わ、わたし、舌を噛んで死んじゃうもんっ!」

 

 涙で潤んだ眼に恐怖を滲ませながら、それでも懸命にイサネはアリエルへと訴えかける。

 そんなイサネに一瞬だけ憂いを見せるように瞼を伏せた後、アリエルはゆっくりと頷きを返した。

 

『いいでしょう。私の目的は、依り代となる巫女を手に入れること。あなたが自ら身を差し出すというのであれば、それに越したことはありません。そこのノゾミという少女には手を出さないと約束しましょう』

「ッ……な、なんですかそれ! ふざけないでくださいっ! なにを勝手に話を進めているんですか! そんなの、私は絶対に認めません!」

 

 イサネを犠牲にして、私だけが無事に生き残る――。

 そんなバカげた展開を、私が許容できるはずがなかった。

 

「私が……私がイサネを、連れてなんて行かせない……!」

 

 まだだ。まだ手はある。

 たとえラフィエル様の力がなくたって……!

 

「ノ、ノゾミちゃん!? なにを……」

 

 私は気絶した白いローブの集団の一人に駆け寄ると、デュエルガントレットを強引に剥ぎ取り、それを自分の腕に装着した。

 そして即座にデュエルリクエストモードを起動し、この場でもっとも強大な力を持つだろうシーラに向かって、デュエルガントレットを構える。

 

「私と……私とデュエルしなさいっ!」

「……へえ?」

「私が勝ったら、イサネを元の日常に帰すと約束してください! 私もイサネも他の子どもたちも、全員を無事に解放してください!」

「ダ、ダメっ、ノゾミちゃん! この人たちに逆らったら、ノゾミちゃんが……!」

「知りませんそんなもの! 私の気持ちも知らないで、勝手に自分を犠牲にしようとして……! あなたがいなくなった世界を、私一人だけが生きてても意味なんてないんです! 私にはあなたが……イサネが必要なんです!」

「ノゾミ、ちゃん……」

 

 私の剣幕に圧倒されたイサネが、瞳を潤ませながら言葉を詰まらせる。

 シーラとアリエルはそんな私たちを静観するように見つめていたが、やがてシーラの方が薄っすらと笑みを浮かべた。

 

「いいわ。その条件を呑みましょう」

『……本気ですか? シーラ。そんな条件で引き受けても、あなたにメリットは一つもありません。それにわざわざデュエルなどせずとも、今の状況なら――』

「悪いけど、口を挟まないでくれる?」

 

 シーラの鋭い眼光が、傍らに立つアリエルを射抜く。

 アリエルは一瞬ピクリと眉を動かしたものの、反論することはなく、真意を探るようにシーラを仰ぎ見た。

 

「私の願いを、あなたは知っているでしょう。私は私の願いのために、そしてあなたはあなたの願いのために動く。これは利害の一致による協力関係だと、手を組むと決めた時に言ったはずよ」

『……これもまた、あなたの願いを叶えるために必要な工程の一つということですか?』

「ええ。その邪魔をするというのなら、あなたが相手でも容赦はしない。黒死の槍は、今すぐにでもあなたの胸を貫くことになる」

 

 貫手のように絞った手を、シーラはアリエルの胸元に突きつける。

 

 ……シーラとアリエル。

 この二人は、単純な仲間同士というわけではないのだろうか。

 彼女たちの因縁をなに一つ知らない私に、二人の真意を推し量る術はない。

 だけど私には確かにその時、二人の間で目に見えない衝突が起こっているように感じられた。

 

『……はあ……わかりました。いいでしょう』

 

 結局、最後にはアリエルの方が折れたのか、彼女はわざとらしくため息を吐くと、黒死の槍で磔にされているラフィエル様を見上げた。

 

『あなたの力は信用していますが……元より、その仕事ぶりに信を置いたことはありませんから。致し方ありません。あなたがデュエルしている間、あの天使は代わりに私が抑え込んでおきましょう。ですがその後は……わかっていますね』

「ええ。すぐにでも依り代の儀式に取りかかりましょう。もっとも、私がこの勝負に勝てたならの話だけれどね」

『デュエルのセンスはともかく、冗談のセンスは、もう少し磨いておくべきですね』

「あら。失礼しちゃう」

「……話は終わりですか」

 

 私が苛立ち混じりに尋ねると、シーラは薄く笑って自らのローブの袖をめくった。

 そうしてあらわになったのは、一世代前の型式の古めかしいデュエルガントレットだ。

 細かな傷や磨耗は枚挙にいとまがなく、革製のベルト部分は端が擦り切れ、ところどころ塗料が剥げ落ちて金属の地肌が露出している。

 

「ふふ……待たせてごめんなさいね。それじゃあ始めましょうか。あなたの覚悟と私の願い。どちらの想いが勝つか、勝負と行きましょう」

「っ……」

 

 デュエルガントレットを構え、シーラが嗤う。

 その笑みは優雅でありながらも、薄ら寒い狂気を孕んでいた。

 

「ノゾミちゃん……」

「……大丈夫ですイサネ。私は必ず勝ってみせます。勝って……それでまた一緒に、あの花壇で花を育てましょう」

 

 不安げな目で私を見るイサネに、精一杯の強がりで笑ってみせる。

 そして私は大きく息を吸い込み、叫んだ。

 

「デュエルガントレット、スタンバイ!」

「「――デュエルスタート!」」

 

 そうして私とイサネの行く末を左右する、運命を賭けた決闘が始まった。

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