可愛い銀髪美少女天使カードとして転生した私、マスターを導く   作:にゃっとう

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60.さようなら、ノゾミちゃん。また会いましょう

 ――デュエルは……これが初めてじゃない。

 

 かつてラフィエル様とともに戦乱の世の怪物を封印し、人々を救った光華のご先祖様は、類稀なる実力を備えたデュエリストであったという。

 光華の家に産まれた者にとって、ご先祖様が成し遂げた偉業は尊ぶべき誇りだ。

 だからこそ光華の血を継いで産まれた子は皆、ご先祖様の名に恥じないだけの高いデュエルの実力を身につけることを求められる。

 光華の本家。その一人娘として産まれた私も当然例外ではない。

 連綿と受け継がれてきた風習に倣い、私が五歳になった時にはすでに元プロデュエリストの教官のもとで無数の知識と戦術を叩き込まれた。

 もちろん、ただ机に向かって学んでいただけではない。

 習うより慣れろ。百聞は一見に如かず。

 教官が用意した試験官を相手に幾度となく実戦的なデュエルも経験し、そしてその中で私は一度として敗北することなく常に勝利を収めてきた。

 まさしく天才。光華の英雄の再来だと、多くの者が私の才能を畏怖し、そして羨んだ。

 

「――私のターン、ドロー。私のターンスタートを迎えたこの瞬間、私は墓地の『黒死蝶・蛹』と『Re;グール』の効果の発動を宣言するわ」

 

 ……けれど。

 これまで私が受けてきた期待や評価が忖度(そんたく)だったのではないかと感じてしまうほどに、シーラの実力は圧倒的だった。

 

「反応連鎖のルールに則り、後から発動が宣言された『Re;グール』の効果から適用するわ。その効果で私は手札から闇属性以外のカード1枚を捨て、『Re;グール』自身を墓地から私の場に呼び戻す」

 

Re;グール
コスト3 種別:アンデッド 
属性:闇 ATK 2000 HP 2000 

サーヴァント 

 - 効果 - 
①『Qアクション0』=条件:相手によって自分のライフカウンターが破壊された時。

②場に出た時に強制発動。お互いのプレイヤーのデッキの上から1枚目を墓地へ送る。

③【墓地で有効】自分のターンスタート時に発動可能。手札から闇属性を含まないカード1枚を捨てる。それが正しく捨てられたなら、墓地からこのサーヴァントを場に出す。この効果で場に出たサーヴァントはターンエンド時に破壊され、破壊される時に消滅する。

 

「この効果で場に出た『Re;グール』はターンエンド時に破壊され、破壊される時に消滅する。続いて『黒死蝶・蛹』の効果を適用するわ。手札を1枚捨て、さらにエナジーを3支払うことで墓地から自身を場に出せる。そしてその()()()()に、私は『Re;グール』を選択する」

「自分自身の効果で墓地から転生するサーヴァント!?」

「羽化を忌諱(きい)する者よ。その厭忌(えんき)こそが死の養分だと知るがいい。黒死の揺籃、『黒死蝶(こくしちょう)(さなぎ)』」

 

黒死蝶・蛹
コスト6 種別:インセクト/ゴースト 
属性:風/闇 ATK 1000 HP 4000 

転生サーヴァント 条件: 墓地から場に出たサーヴァント1枚 

 - 効果 - 
【制約①】:[複合属性]

【制約②】:[転生サーヴァント]


①『アサシン』

②???

③???

④【墓地で有効】各ターンスタート時に発動可能。エナジーが3以上なら、墓地からこのサーヴァントを場に出す。場に出たなら、手札を1枚捨ててエナジーを3消費する。この効果で場に出たサーヴァントは攻撃権が消費済みとなる。

 

 ドクンドクンと心臓のように脈動を繰り返す、不気味な黒い繭がシーラの場に現れる。

 

「『黒死蝶・蛹』は転生サーヴァントだから、本来であれば召喚硬直を無視して場に出たターンでも攻撃ができる。だけど残念ながら、自身の効果で場に出た『黒死蝶・蛹』は攻撃権が消費済みの状態になるわ。よって攻撃は行えない」

「……私の今のライフカウンターの数は0。ですが私の場には『ガード』を持つ大型サーヴァントが3体も存在しています! 盤面の優位は私が握っている……今更そんな攻撃もできないサーヴァントを呼び出したところで意味なんて――!」

「果たして本当にそうかしら?」

「っ……」

 

 手札を2枚、さらにエナジーを3消費して最終的に場に出てきたのは、ATKが1000しかない転生サーヴァントが1体だけ。

 見たところ、自身と戦闘を行った相手サーヴァントを問答無用で破壊する効果『アサシン』を有しているようだが……攻撃権がないとなれば、その強力な能力を活かした能動的な除去も行えない。

 シーラが盤面の優位を握っている状況ならばともかく、今の状況ではほとんど役に立たないサーヴァントに見えた。

 

 だけど……どうしてだろう。怖気が止まらない。

 敗北の足音が、刻一刻と迫ってきている感覚がする。

 

「反応連鎖による一連の効果処理が終了したことで、転生素材となった『Re;グール』の場に出た時の効果がこのタイミングで発動するわ。その効果でお互いのプレイヤーのデッキの1番上のカードを墓地へ送る」

「……」

「ノゾミちゃん……と言ったかしら? ここまで見せてもらったあなたのデュエルは、とても素晴らしかった。この賞賛は、決して嘘なんかじゃないわ」

 

 場の状況は私の方が有利なはずなのに。

 このデュエルはもう終わりだとでも告げるように、シーラが悠然と語り出す。

 

「そのデッキはあなた本来のデッキじゃない。にもかかわらず、あなたは手札に来たカードの傾向から、デッキの方向性や中心となる戦術に高い精度の推測を立て、瞬時に高次元の戦略を組み立ててきた。まだ十歳かそこらだというのに、大人顔負けのデュエルタクティクス……それだけじゃないわ。庇護されるだけの弱者の立場に甘んじず、己の力で道を切り拓く強者たらんとする気骨もある」

「……」

「きっと周囲の大人たちはあなたのことを神童、天才と持て囃してきたのでしょうね。そしてそれは紛れもない事実。あなたは強い。これまで数多もの才能を目にしてきたけれど、その中でもあなたは選りすぐり。群を抜いて優秀だわ」

 

 けれどシーラはそこで口惜しそうに首を左右に振った。

 

「でも残念ね……今のあなたにあるものは、しょせんは生まれ持った才能だけ。この私と対等に渡り合うためには、一つだけ決定的に不足しているものがある」

「不足しているもの、ですって……?」

「言葉にすれば、ほんの些細なものよ。私とあなたの間に存在する隔絶とした差の正体――それは()()。ただ一つのことに飢え、他のすべてを捨ててでも追い求めたいと願うだけの満たされない渇望。あなたからは……それをまったく感じない」

 

 その刹那、シーラの纏う空気が一変した。

 底冷えするような眼差しが私を睥睨し、その身に覆う闇が濃密に膨れ上がる。

 

「ねえ。今までの人生は、幸せだった? 満ち足りてたかしら? もしそうだったとしたら、それはとても幸運なことだったでしょうね。でもね……気づいてたかしら? その恵まれた環境こそが、他でもないあなた自身の可能性を抑圧していたということに」

「な、なにを……」

「人ってね。満ち足りていればいるほど、多くを求めなくなっていくの。熱も、夢も、目標も……なにもかも中途半端でも満足してしまう」

 

 嘆かわしいことね、と。シーラが大げさなほどに肩をすくめて見せる。

 

「飢餓。それは不幸に、不平等に、不条理に抗う者の心に宿る原初の衝動。そして人は飢えていればいるほど、その欠乏を満たそうと足掻き、藻掻き、限界を超えて成長していく。そう……飢餓こそが、人に眠る無限の可能性を引き出す本能。才能を開花させる最大の原動力になるの」

 

 シーラの言葉が、粘り気を持った呪いのように私の心に絡みついていく。

 

「幸せとは毒。幸せとは、可能性を閉ざす檻。どれほど優れた天才であったとしても、幸福に満ち足りた環境にいる限り、その才覚が真に発揮されることはないわ。無限に広がる可能性を前に、怠惰にも手を伸ばそうともしないのなら……その才能に、いったいどれほどの価値があるというのかしら?」

「っ……」

「素晴らしい才能が、幸福に蝕まれ腐り堕ちていく。あぁ、なんてもったいないことでしょう。私は悲しい。耐えられないわ。あなたのように輝かしい才能が、路傍の石のようにつまらないもので終わってしまうことが」

「……それ、が……そんなものが、あなたがこの異常な教団に(くみ)している理由とでも、言うつもりですか……?」

 

 震える声で尋ねると、シーラは艶めかしく弧を描くように口角を吊り上げた。

 

「そうよ。世界に過酷を。人々に絶望を。その果てでこそ、私が求める真の強者は生まれる……私はただ、あなたのように才ある者の極限を見てみたいだけ」

「……っ! 自分勝手です! あなたは、あまりにも!」

 

 叫ぶように非難をぶつけるも、シーラはまったく動じることなく、その酷薄な笑みを深くした。

 

「ふふ、そうね。あなたの言う通りだわ。でも……だからなに? 私が間違っているというのなら、それを打倒する正義のヒーローがいて然るべきでしょう。だけどそれは未だ私の前に現れたことはない。私の理想を否定した者は皆、私が持つ力の前に等しく散っていった」

「力だけがすべてだとでも言うつもりですか!? そんな歪んだ理想のために多くの人を巻き込んで……! 人の幸せを踏みにじっていい権利なんて誰にもないはずです! あなたは――」

「間違っている、と? だったら……あなたがなってくれるのかしら? 私の力を跳ね除け、アリエルの計画を阻止する英雄に。すべてを救う正義のヒーローに」

「っ――!? そ……それ、は……」

 

 妄執が、執着が――あるいは愛情にも似た狂気的な情念が決壊したかのように溢れ出し、死神のごとき異形の姿を象って、彼女の全身を覆い尽くすように立ち昇る。

 その存在感は有無を言わさぬほどに圧倒的で、無尽とも思えるような絶大な飢餓の発露を前に、私はつい答えを言い淀んでしまった。

 

 果たして今の私に、ご先祖様のような。

 シーラの言うような人々の英雄になれるだけの力があるのだろうか、と。

 ほんの一瞬だけそんな不安が脳裏を過ぎって、答えることに躊躇してしまったんだ。

 

「……そこで『はい』と即答できないから、飢餓が足りないと言っているのよ」

 

 私のわずかな逡巡を見透かしたかのように、シーラが失意を隠さずに嘆息する。

 

「満ち足りた天才では、私には届かない……飢えた獣だけが、私の喉元を食い破る資格を持つ――だからこそ、いつかあなたが私の血に飢えた獣となれるように。他でもないこの私が、あなたの心に絶望を刻んであげましょう」

 

 話はもう終わりだとでも言うように、シーラが1枚のカードを天高く掲げた。

 ゾッ、と強烈な寒気が背筋を走る。

 覚えのある気配だ。これは、ラフィエル様が一瞬でやられてしまった時と同じ――。

 

「どうぞ受け取ってちょうだい? あなたの覚悟も、才能も、幸福も。遍くすべてを無為に帰す、この消えない祝福(呪い)を」

 

 禍々しいオーラがカードを中心に渦を巻くように収束していき、死の予兆を知らしめるかのように空気が重く沈み込む。

 

「――焦がれたあの日は遥か遠く。それでもまだ、私は同じ夢を見続けている。進み続けましょう。たとえ数多の想いを踏みにじることになったとしても。現れなさい、我が半身。『黒死之風(スミェールチ・ブーリャ) -Вечный(ヴェーチヌイ) проклятие(・プロクリャーチエ)-』!」

 

黒死之風(スミェールチ・ブーリャ) -Вечный(ヴェーチヌイ) проклятие(・プロクリャーチエ)-
コスト13 種別:ナイト/ゴースト 
属性:風/闇 ATK 13000 HP 13000 

転生サーヴァント 条件: 風属性と闇属性を複合する転生サーヴァント1枚以上 

 - 効果 - 
【制約①】:[複合属性]

【制約②】:[転生サーヴァント]


①【手札で有効】このサーヴァントを召喚するために必要なコストは、転生素材に指定したカードのコストの数だけ下がる。

②『ストライク4』

③場に出た時に強制発動(上限:同名/1ターンに1回)。自分・相手の場の他のサーヴァントすべてを手札に戻す。その後、各プレイヤーは手札に戻った枚数だけ手札を捨てる。(手札の上限枚数を越えて墓地へ送られたカードも手札に戻ったものとして数える)

④???

⑤???

⑥???

 

「っ、黒死……!」

 

 不気味な黒い繭の殻を破り、破片を飛び散らせながら、禍々しき黒き風を纏う巨大な騎兵が姿を現す。

 それはこのデュエルが始まる前にも見た、シーラのソウルハート・サーヴァントだ。

 死そのものが具現化したかのような悍ましい気配は、一度体感すれば絶対に忘れられない。 

 心の中に巣食う不安や恐怖と言った負の感情が強引に引きずり出されるかのような尋常ならざるプレッシャーに、私はゴクリと唾を飲んでいた。

 

「『黒死之風(スミェールチ・ブーリャ) -Вечный(ヴェーチヌイ) проклятие(・プロクリャーチエ)-』。その正体は、風と闇の2つの属性を併せ持つ転生サーヴァントのみを素材に指定した、コスト13の超大型転生サーヴァントよ。これを見せたのは、あなたの今後への期待と、強者たらんと私に挑んだ勇気に対する敬意だと思ってちょうだい」

「なっ、転生サーヴァントを素材に要求する転生サーヴァントですって!? コスト13……ですが、あなたに残っていたエナジーは13もなかったはず……!」

「黒死は転生素材に指定したカードのコストのぶんだけ、召喚に必要なコストを下げる効果を持っているの。コスト6の『黒死蝶・蛹』を素材に指定したことで、13から6を引いた7エナジーで降臨が可能になったわ」

「っ、くっ……」

「それじゃあフィナーレと行きましょうか。『黒死之風(スミェールチ・ブーリャ) -Вечный(ヴェーチヌイ) проклятие(・プロクリャーチエ)-』の効果。場に出た時、黒死は自身以外のすべてのサーヴァントを手札に戻す」

「す、すべて!? それでは、私のサーヴァントは……!」

 

 黒死が槍を横薙ぎに振るうと、私の場にいた3体のサーヴァントが黒い暴風に飲み込まれ、病魔に侵されるようにして黒い塵となって消失する。

 

「そしてその後、各プレイヤーはこの効果で手札に戻った枚数だけ手札を捨てなければならないわ。手札に戻った枚数は、私が0枚。あなたが3枚。さぁ、3枚のカードを捨てなさい」

「っ、ハンデスまで……!」

「これであなたの場はがら空きね。邪魔な『ガード』持ちはいなくなり、ライフカウンターの数もすでに0。あとはダイレクトストライクが決まれば私の勝ちよ」

 

 ……超大型のサーヴァントに相応しい強大なステータスに、問答無用の全体除去……そしてリソースを補給させないハンデス。

 確かに、脅威的な力だ。少なくとも盤面の優位は一瞬で奪われてしまった。

 だけど……!

 

「いいえ、そうはなりません! あなたのその黒死は、攻撃権を消費済みの『黒死蝶・蛹』を素材にして転生しています! 転生素材に指定したカードの中に攻撃権が消費済みのカードが1枚でもあれば、それに重ねた転生サーヴァントも同様に攻撃権が消費済みになるルール……! 転生サーヴァントは召喚硬直を適用せずに場に出たターンでも攻撃ができますが、攻撃権がない黒死はすぐには攻撃することができません!」

「あら。転生サーヴァントに対して適用される特別な処理についても、きちんと学んでいるのね。ふふ、感心感心。でも残念。私の黒死にそんな甘い常識は通用しない」

 

 黒と暗緑が入り混じった髪を揺らしながら、シーラはくすりと妖しげに微笑んだ。

 

「『黒死之風(スミェールチ・ブーリャ) -Вечный(ヴェーチヌイ) проклятие(・プロクリャーチエ)-』のさらなる効果。相手が手札を捨てた時、自身の攻撃権を回復する」

「なっ……!?」

 

黒死之風(スミェールチ・ブーリャ) -Вечный(ヴェーチヌイ) проклятие(・プロクリャーチエ)-
コスト13 種別:ナイト/ゴースト 
属性:風/闇 ATK 13000 HP 13000 

転生サーヴァント 条件: 風属性と闇属性を複合する転生サーヴァント1枚以上 

 - 効果 - 
【制約①】:[複合属性]

【制約②】:[転生サーヴァント]


〈※効果①~③、⑤~⑥は省略とする〉(省略された効果)

④???

 ↓

④相手が手札を捨てた時に発動可能。攻撃権を回復する。

 

 不吉な風が轟々と渦を巻き、黒い騎士の兜の隙間から怨念に満ちた暗緑の焔が溢れ出す。

 

「これで攻撃権の問題は解決ね。そしてあなたの言った通り、転生サーヴァントである黒死は場に出たターンでも召喚硬直を無視して攻撃ができる。なら、この後に訪れる結末は……言わなくても理解できるわよね?」

「……わ、私が……負ける……? こんな……一方的に?」

 

 黒死の手に握られた漆黒の槍に刻まれた暗黒の紋章が怪しく輝き、その穂先がこちらに向けられる。

 たったそれだけで、私の身体は恐怖に支配されてしまったかのように動かなくなってしまった。

 

「幸福の揺り篭から逃れられぬ、哀れな獅子の子よ。この私が、今こそその荒ぶる心を眠りから解き放ちましょう」

 

 シーラが腕を振りかぶるとともに、黒死がその槍を高く掲げ、漆黒の死風が唸りを上げながら螺旋状に膨れ上がっていく。

 

 私はその時……ようやく悟ったんだ。

 私が今までしてきたデュエルなど、取るに足らない児戯に過ぎず。

 私のような幸福のぬるま湯に溺れていた弱者が、本物の強者に勝てる道理など初めからなかったのだと。

 

 この女は、まさしく修羅だ。

 己の内に渦巻く果てなき飢えを満たすためならば、デュエルの結果に平然と命さえも捧げてしまえる。

 ただ力のみを信奉し、戦うこと以外のすべてを捨てた、人の形をしているだけの怪物――。

 

「――『黒死之風(スミェールチ・ブーリャ) -Вечный(ヴェーチヌイ) проклятие(・プロクリャーチエ)-』で、プレイヤーにダイレクトストライク」

「あ、ぁぁっ……きゃぁぁぁあああああああああっ!!」

 

 黒死が槍を振り下ろした瞬間、黒い暴風が津波のように押し寄せ、私の身体を激しく打ち据えた。

 肺が潰れそうになるほどに重く冷たい衝撃が全身を駆け抜け、受け身を取ることもできず床に転がり落ちる。

 

「ぁ……ぐ、ぅ……」

 

 視界が霞む。体を、指一本まともに動かすことができない。

 頭から次々に血が流れてきて、私の目に映る世界を赤黒く汚していく。

 

「ノゾミちゃんっ! だめっ、やだ……! 死なないで、ノゾミちゃん! ノゾミちゃぁんっ!」

『……出血がひどいですね。その子を死なせてしまっては、先の約束を違えることになります。巫女に自決を選ばせるわけにはいきません。シーラ、止血を』

「わかってるわ。私としても、この子にこのまま死なれるのは困るもの」

 

 朧気な意識の中、ぼんやりとシーラとアリエルの会話が聞こえてきた。

 止血をするシーラの足を掴もうとしたが……腕に力が入らず、届きかけた手は呆気なく空を切る。

 シーラはそんな私を暫し憐憫の眼で見下ろしていたが、緩く頭を振ると踵を返した。

 

「それじゃあ儀式に取りかかりましょうか。準備はできてるわね、アリエル」

『……ここでやるのですか? 召喚者が弱ったことで、あの危険な天使も存在を維持できず、すでにその姿を消しました。そう急がずとも……』

「嫌なことを後回しにしたがるのは、あなたの悪い癖ねアリエル。そうやって前の巫女の子を逃がしてしまったことを、もう忘れてしまったのかしら?」

 

 シーラのその言葉に、アリエルがピクリと反応を示す。

 

「つべこべ言わずにさっさと準備なさい。これはあなたが始めた物語でしょう」

『……』

「……ねえ! その儀式っていうのを受け入れたら……ノゾミちゃんは……無事に、お家に帰れるんだよね? もうこれ以上……傷つかなくて、済むんだよね……?」

 

 ダメです……イサネ……そんなこと、絶対……。

 懸命に声を振り絞ろうとしたが……血塊が喉につまり、うめき声のような掠れた音しか出ない。

 

『はい。虚構する天使アリエルの名において、その願いを決して無碍にしないと誓いましょう』

「……わかった。あなたのことを……信じる」

『……どうか安心してください。依り代の儀式が、痛みを伴うことはありません。儀式を終えた時、あなたの精神は深い安らぎの中で眠りにつくこととなるでしょう』

「深い安らぎ……?」

『はい。痛みも苦しみもすべてを忘れて、安寧の中に居続けることができるのです』

「……そっか。とっても優しい世界なんだね。でも……それでもわたしは……痛くても、苦しくても……ずっとノゾミちゃんのそばに、いたかったな……」

『……』

 

 それから少し経つと、アリエルがイサネの頭に手をかざし、ブツブツと呪文のようなものを唱え始めた。

 彼女たちの言う儀式が……なにか、取り返しのつかないことが始まろうとしている。

 それがなんとなく理解できた私は、最後の力を振り絞るようにイサネへと手を伸ばした。

 

「イサ……ネ……ダメ、です……戻って……きて……」

「……ノゾミちゃん……」

 

 イサネが振り向くのが見えた。

 彼女は一瞬、泣き出しそうに顔を歪めたものの、すぐにギュッと唇を噛んで俯くと……その涙で濡れた顔を笑顔へと変えた。

 その微笑みはどこか悲しげで、けれど、とても穏やかで温かくて――。

 咲き誇る満開の花のように、優しい笑顔だった。

 

「――ありがとう、ノゾミちゃん」

 

 それがいったい、なにに対する感謝の言葉だったのか。

 私にはわからない。もう知る術もない。

 ただ確かだったのは、私はイサネと違って。

 太陽のように優しい彼女の記憶の最期を……その今生の別れを。

 笑顔で彩ってあげることが、できなかったということだけだった。

 

「ぁ――――」

 

 アリエルの手から眩い光が迸った瞬間、糸が切れた人形のようにイサネの身体から力が抜けた。

 小さな身体がふらりと崩れ落ちる寸前で、シーラがそれを抱きとめる。

 イサネは、なにも言わない。声も上げない。

 死にゆくように、静かに瞼を閉ざしていく。

 

『……これは……』

 

 ……しかしそんなイサネの前で、アリエルは神妙な面持ちで沈黙していた。

 

「アリエル? どうかしたの? 儀式は……」

『……儀式は、失敗しました』

「失敗?」

 

 アリエルの口から漏れた単語に、シーラが眉を潜める。

 

『兼ねてより懸念していたことではありましたが……恐怖の中で捧げられた祈りから巫女としての適性を読み取るのは、いささか無理があったようです。この子には、虚無の力を操る素質自体はありますが……私という存在を収められるだけの器の大きさがありませんでした』

「……」

 

 ……儀式の、失敗……?

 なら、イサネは……戻って、くるの……?

 あの優しくて温かい、日差しに包まれたような日常が……もう一度……。

 

 イサネの瞼がピクリと動き、再びゆっくりと持ち上がる。

 だが次の瞬間、私が抱いた淡い希望は粉々に砕かれることとなった。

 

「……あなたは……誰……?」

「……え……?」

 

 思考が停止する。理解が追いつかない。

 

「イサ……ネ? なにを、言っているんですか……? 私、ですよ? ノゾミ……です。 わ……わからない、んですか……?」

「えっ、と……ごめんなさい……わかりません」

「――――」

「あ、そのっ、ご、ごめんなさいっ! 本当に、あの……わから、なくて……」

 

 愕然とする私を前にして、イサネが気まずげに身を縮こませる。

 純真無垢で、見知らぬ人を前にした時にする反応としては自然すぎるほどのその振る舞いが、より一層私の胸を深く抉った。

 まるで私なんてもう……彼女にとっては大切でもなんでもない、赤の他人になってしまったかのようで。

 私の中にあったかすかな希望が、音を立てて崩れ落ちていく。

 

『……どうやら儀式の後遺症で、記憶を失ってしまったようですね』

「……」

 

 シーラはしばらくの間黙ってアリエルを見つめていたが、大きなため息を吐くと、静かに首を左右に振った。

 

「そう。残念だけど、しかたないわね」

『……』

 

 ……しかた、ない……?

 なんだ、それは。なんなんだ、そのあまりにも軽い物言いは。

 

 どうしてそんなにも平然としていられる?

 どうしてそんなにも当たり前に、人の大切なものを踏みにじることができるんだ?

 全部お前たちのせいじゃないか。

 お前たちのせいで、イサネは……!

 

「あ……あの……」

 

 ふと、イサネが声を上げてシーラを見上げる。

 するとシーラは思い出したかのように貼りつけた笑みを浮かべた。

 

「あら、ごめんなさいね。今のあなたにとっては目の前にあるなにもかもが未知で、不安でしかたがないでしょうに。でも、安心してちょうだい。これからはこちらのアリエル様が、あなたのことを家族のように愛してくれるから」

「アリエル……様?」

「さあ、ともに行きましょう。アリエル様が、あなたが必要とするものをすべて与えてくれるわ」

「え……えっ? ……わ、わかりました」

 

 シーラがイサネの肩に手を置き、どこか有無を言わせぬ響きをもって導こうとする。

 イサネは初めこそ戸惑いの声を上げていたが、記憶を失った彼女には、そもそも抵抗する理由自体が存在しない。

 シーラに促されるまま、ぎこちないながらも一歩、また一歩と立ち去ろうとする。

 

「ま……待って……行かない、で……イサ、ネ……」

 

 嫌だ……。

 そんな簡単に、捨てられたくない……忘れてほしくない……。

 私を、置いてかないで……お願いだから……。

 私は、まだ……あなたと……。

 

 ……私は、なにを間違えたのだろう?

 いったいどこで、選択を誤ったのだろう?

 私がもっと強ければ……私に力があれば、こんな結果にはならなかったのだろうか?

 

 ……わからない。もうなにも考えられない。

 ただ一つだけ、確かなことは……。

 この手はもう永遠に、記憶の中にある彼女の笑顔に届くことはないということだけだった。

 

「ぁ……」

 

 その時ふと、自分のそばに転がるペンダントが視界に入った。

 ラフィエル様から授けられた、彼女の加護が込められたペンダント。

 私はそれに手を伸ばすと、最後の希望を込めるかのように、ギュッと握り締めた。

 

「……たす、けて……ラフィ、エル……様……」

 

 そうして意識までもが暗闇の中に沈みかけたその瞬間……私は確かに見た。

 私の手の中でペンダントが光り輝き、ラフィエル様が再び顕現するところを。

 

『――――』

 

 その姿は最初に私の声に応えてくれた時のような、勇壮なものとは明らかに異なっていた。

 羽根は無惨に千切れ落ち、胴体には未だ穴が空いていて、黄金の液体が流れ落ちている。

 神聖なはずの輝きも、今にも消え入りそうなロウソクの炎のように弱々しく、彼女を構成する輪郭そのものがブレて見えるほどのノイズが走っている。

 

 だがそれでも、誰が見ても無茶をしていることが明白な状態でありながら、ラフィエル様は決死の形相でシーラとアリエルへと急襲を仕掛けた。

 

『――ッ!? シーラッ!』

「わかってるわ!」

 

 ラフィエル様は顕現した黒死の一撃を、右半身を犠牲にすることで強引に退け。

 黒死ではなくシーラ本人に攻撃を仕掛けることで黒死に防御を余儀なくさせ、続く攻撃を阻止した。

 そしてアリエルが行動を起こすよりも早く、アリエルの本体であるカードの周囲を光の幕のようなもので覆うことで一瞬だけ力の一部を封印し、強引にその実体化を解除させ。

 瞬きにも満たない刹那の隙を突いて、イサネを光の球体の中に回収して私のもとに戻ってきた。

 そして私を除いた他の気絶した子どもたち全員もイサネと同じような光の球体で包み込むと、彼女たちをどこか別の場所に瞬時に転移させる。

 

「――お見事」

「先生!? ご無事ですか!?」

「くっ……先生に危害は……」

「いいわ。あなたたちは手を出さないで」

 

 ラフィエル様の凄まじい猛攻に、これまでずっとシーラの背後に控えていた私とそう変わらない背丈の二人が動こうとする。

 しかしシーラはそれを片腕で制すると、私を光の球体に包んで立ち去ろうとするラフィエル様に敬意を表すかのように微笑みを向けた。

 そして最後に、今にも意識を失いそうな私へと視線を移す。

 

「離別。失望。憎悪。憤怒。罪過――これから先の人生、きっと数え切れないほどの苦難があなたを待ち受けていることでしょう。でも、私は信じているわ。すべての艱難辛苦を乗り越え、どのような逆境も凌駕して、いつの日か再び私の前に立ちはだかることを」

 

 死神のように昏い笑顔を浮かべ、シーラは言い放つ。

 

「さようなら、ノゾミちゃん。また会いましょう」

 

 そんなシーラの不吉な予言と、光の膜が視界を埋め尽くしたのを最後に――。

 私の意識は、深い暗闇の底へと落ちていった。

①【手札で有効】このサーヴァントを召喚するために必要なコストは、転生素材に指定したカードのコストの数だけ下がる。

②『ストライク4』

③場に出た時に強制発動(上限:同名/1ターンに1回)。自分・相手の場の他のサーヴァントすべてを手札に戻す。その後、各プレイヤーは手札に戻った枚数だけ手札を捨てる。(手札の上限枚数を越えて墓地へ送られたカードも手札に戻ったものとして数える)

⑤???

⑥???




カード制作裏話
・Re;グール
Qアク0と自己蘇生効果を持つ器用なサーヴァント。自己蘇生すると破壊時に消滅するようになってしまうが、手札に戻したり転生素材にしたりすることでデメリットを回避できるので脱法使用を積極的に狙って使い回していきたいところ。このカード自体は闇属性単体だが、自己蘇生のためには闇属性以外のカードを捨てる必要があるので闇単デッキでは効果を生かし切れない点はバランスが取れていると思っている。オマケの墓地肥やしもそこそこ役に立つ。

・黒死蝶・蛹
自己蘇生効果持ち転生サーヴァント。Re;グールと異なり破壊時消滅のデメリットがないので何度でも使い回せる。これだけ書くと強そうだが、あくまで転生サーヴァントなので場に転生素材がなければ蘇生できないこと、素材指定が墓地から場に出たサーヴァントと地味にめんどくさいこと、場に出たターンは攻撃権が消費されること、手札1枚と3エナジーを消費する必要があること、ステータスが低いことなど癖も強い。転生サーヴァントを延々と呼び出せるギミックはなにかの悪さに使えそう。

・黒死之風 -Вечный проклятие-
シーラの切り札。読みは「スミェールチ・ブーリャ -ヴェーチヌイ・プロクリャーチエ-」。風&闇の転生鯖を素材に指定した転生鯖と、専用に組んだデッキでなければまず運用できない転生条件をしている。全体除去→攻撃権回復→ストライク4とスムーズに繋がる点が強力。ただし弱点も存在し、自分のサーヴァントも問答無用で手札に戻してしまうこと、相手の場にサーヴァントがいなければ相手が手札を捨てることもなく攻撃権の回復ができないことは注意が必要。すでに相手が展開している時の返しとして使うのが強そう。
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