可愛い銀髪美少女天使カードとして転生した私、マスターを導く   作:にゃっとう

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※ノゾミ過去編3話分(「58」~「60」)に関し、以前の公開時より下記の点を修正。
・全体的に描写を削減、細かな表現を修正
・頭痛の深刻化や手枷等、物語の進行に影響を及ぼさない要素の削除
・シーラ含む教団員の登場シーンに教団側の主要キャラのセリフを一言ずつ追加
・アリエルと黒死の登場シーンに容姿に言及する地の文を追加
・黒死の攻撃権を回復する効果の発動条件を「いずれかのプレイヤーが手札を捨てた時」→「相手が手札を捨てた時」に下方修正。
・イサネ(記憶喪失前)に対して儀式を行う際のアリエルとイサネのやり取りを追加

いずれも物語の進行に大きく影響する変更ではないため読み直す必要はありません。

今話はノゾミ過去編の締めになります。
サブキャラの過去編としてあまりに長くなってしまいましたが、ご容赦いただけますと幸いです(o_ _)o


61.たとえ、世界中のすべてがあなたの敵になったとしても②

 それから私が目を覚ましたのは、三日ほど経った後の病院のベッドの上だった。

 

「イサネは……どうしていますか?」

 

 お見舞いに来てくれたお母様に私が真っ先に尋ねたのは、イサネについてのことだ。

 ラフィエル様が逃がしてくれたことで、事件に関わった子どもたちで行方不明となった者は一人もおらず、無事に家族のもとに返還されていた。

 事件の通報も行われており、すでに警察による捜査も開始されているとのことらしい。

 しかし肝心のイサネの体調や状況については「後で教えるから」と、はぐらかされてばかりだった。

 

「イサネちゃん、ね……」

 

 だが私が幾度となく同じ質問を繰り返していると、退院が翌日に迫った日、お母様は観念したかのように教えてくれた。

 

「あなたの言う儀式の副作用か、あるいは事件のショックが原因か。イサネちゃんは事件以前のすべての記憶を失ってしまったわ。それは今も変わっていない」

「……そう、ですか」

「それと……事件が起こったあの日、イサネちゃんがあなたの手を引いて屋敷の外に出るところを、偶然目撃した使用人がいたそうよ。あなたたちが屋敷を抜け出す際に使っただろう老朽化した塀の穴も、とっくに見つかっている」

「ッ――!?」

「あの日を境にラフィエル様の力がひどく弱まってしまったこともあって、冥土家は今、光華の分家や他の使用人の家系からその責任を追及されているの」

 

 私は絶句した。

 そんな私の反応を見たお母様は、責めるような、それでいて労わるような……複雑な表情で沈鬱に告げた。

 

「ノゾミ。イサネちゃんとの交友は、あれで終わりにしなさい」

「なっ……!」

「悪いことは言わないから、言う通りにしなさい。ラフィエル様が力を失ったことで向いている矛先は、冥土家だけじゃないわ。光華の本家ということもあって表立っては言えないようだけど、あなたが無断で外出しなければこんな事件も起こらなかっただろうと、あなたに責任を求める声だって出てきているのよ」

「っ……!」

「聡明なあなたならわかるでしょう。あなた自身の立場も今は大変危うい状態なの。本家そのものへの不信も高まっている……あなたとイサネちゃんが接触することで、余計な疑いを招く可能性もあるわ。下手すればあなただけでなく、光華の本家そのものの存続に関わりかねないのよ」

「光華、そのものに……」

「それに……イサネちゃんはあなたと過ごした記憶も失っている。辛いでしょうけど、あなたが知っているイサネちゃんはもうどこにもいないのよ。これ以上イサネちゃんと居続けても辛いことになるだけよ。傷つくだけだわ……お互いにね」

 

 お母様の続くその言葉を皮切りに、私はもうなにも言えなくなってしまった。

 そうして退院し、屋敷に戻った私を待ち受けていたのは、無数の陰口だ。

 

「本家の長女様はいったいどういう教育を受けていらしたのかしらねぇ。無断で屋敷を抜け出した挙句、ラフィエル様の力を弱らせてしまうなんて。冥土家の子が連れ出したと聞きましたが……長女様への躾がなっていないことがそもそもの原因ではありませんの?」

 

 屋敷の中はいつもどこか慌ただしく、屋敷内の廊下や庭先で交わされる声が、否応なく私の耳にも入ってくるようになった。

 以前のように、私を天才だ神童だなどと持て囃す声は一つもない。

 皆が口にするのは決まって私とイサネの迂闊な行動と、それによって引き起こされた一連の出来事についてだ。

 

「やはり光華の本家と言えども、最近は弛んでおいでなのでしょうな。もし次の災厄に備えられず被害が拡大したら、いったいどう償われるつもりなのか」

「ラフィエル様もラフィエル様だ。力を尽くして攫われた子どもたちを救ったつもりなのだろうが、その結果がこれではな。本当に賢明な判断だったのか甚だ疑問だよ」

「それは……力を失うくらいならば、事件に巻き込まれた子たちは見捨てるべきだったと? さすがにそれは……しかし……」

「一理あるでしょう。たかが数人の子どもよりも、未来の数え切れないほどの人々を救う方がよっぽど大切に決まっていますもの。先を見据えて力を温存すべきだったと私は思いますわ」

「そもそも冥土の娘の記憶喪失とやらは事実なのかね? 取り返しのつかないことを犯した彼女を糾弾から守るための方便である可能性も……」

 

 廊下の角、庭の木陰、使用人たちの集まる休憩室。

 そこかしこから聞こえてくるのは、光華の本家と冥土家の……いや、私やイサネへの非難と、信仰を捧げてきたはずのラフィエル様への信頼が揺らぐ声。

 特にラフィエル様に関しては酷いものだ。あれほど敬虔な信仰を捧げていたというのに、いざ力が衰えればこうも手のひらを返したように結果論で批判する。

 

 でも……彼らの言うことに、なにか致命的な間違いがあるわけじゃない。

 私が浅慮だったこと。私のために無理をされたことで、ラフィエル様が力を失ってしまったこと。それによって未来に生きる人々の安全を守る力が弱まったこと。

 そのすべてが否定しようのない事実だ。

 ただ……ほんの少し見方を変えるだけで、正しさというものはこうも醜く残酷に感じられるのかと、吐き気のする思いだった。

 

「……」

 

 そんな息苦しい日々を送る中でも、私は変わらず中庭の庭園を訪れていた。

 イサネとラフィエル様と秘密の会合を行っていた庭園。イサネと出会った、この場所で。

 過ぎ去った日常の残滓に縋るように……とっくに枯れてしまった花々の前に立って、来る日も来る日も心の中で懺悔を繰り返す。

 

「……ラフィエル様……」

『……』

 

 私がそうしていると、ラフィエル様は決まって慰めるかのように姿を見せてくれた。

 けれど今のラフィエル様は、以前と比べて存在がかなり希薄になっている。

 以前のように言葉を交わすことは叶わず、実体化する力も失ってしまったようで、触れ合うこともできなくなってしまった。

 半透明の彼女と、視線や仕草による簡単な意思疎通を図る程度がせいぜいだ。

 それでもラフィエル様のお優しい気性自体は変わっていないようで、彼女は姿を現すといつも気遣わしげに私に寄り添ってくれる。

 だけどだからこそ……私は、より一層強い自責の念に苛まれた。

 

「……私のせいで、ごめんなさい……ラフィエル様」

 

 ラフィエル様は、ふるふると首を横に振る。

 あなたのせいじゃない。

 すべてはあなたたちを送り出しておきながら、守ることができなかった私の責任なのだと。

 

「……」

 

 ラフィエル様は、もしかしたら本気でそうお考えになっているのかもしれない。

 だけど私は……私の考えは、ラフィエル様とは違う。

 

 だってラフィエル様は、私の声に応えて、必死に救いの手を伸ばしてくれただけだ。

 私やイサネ、そして他の攫われた子どもたちを助けるために、文字通り死力を尽くしてくれた。

 それで力の大半を失い、光華やそれに連なる家の者たちからいわれのない中傷を浴びせられることになろうとも……彼女だけは、私やイサネを救うことを――目の前で泣いている人を見捨てず、懸命に慈悲の手を差し伸べることを、正しいことだと信じて行動してくれた。

 そして周囲からのラフィエル様への不信感が高まった今でも、彼女はきっと誰も恨んでいない。

 どんな悪意に晒されたとしても、それが人々の身を案じる思いから来たものであれば、ラフィエル様は甘んじてそれを受け入れるのだろう。

 

 ……何度考えたって、答えは変わらない。

 ラフィエル様が下した決断に、間違いはなかった。

 今ここにある無情な現実はすべて……私が浅慮で、どうしようもなく弱かったばかりに起きてしまったことなんだ。

 

「ねえ、イサネ……あなたを失ってしまった私は……これから先、どう生きていけばいいのですか……?」

 

 目を閉じれば、いつでも脳裏に蘇る。色鮮やかな花のように。

 私が名前を呼ぶと、嬉しそうに目を細めて「なあに?」と小首を傾げる、あの朗らかな声が。

 一緒にこの花壇に種を蒔き、水をやり、一緒に成長を見守った花……それが時間をかけて見事に咲き誇った時の、彼女のあの喜びに満ちた声が。

 

「……帰りたい……もう一度、あなたと……」

『……』

 

 イサネとラフィエル様と、三人で笑って一緒にいられたあの頃に、帰りたい。

 無知で愚かで……だけど幸せだった、あの頃に。

 

「うっ……うっ……ぅあっ……」

 

 私は膝を折ると、地面に突っ伏したまま声にならない嗚咽を漏らした。

 もう幾度となく繰り返された、無意味な慟哭。

 彼女の温もりを、笑顔を、声を、記憶の中から手探りで掬い上げ、失った世界を悼むだけの無意味な行為。

 

「……ノゾミ、様……?」

「……え……?」

 

 その時だった。聞き覚えのある声が、私の名前を呼んだのは。

 背後から聞こえたその声に、私はハッとして振り返る。

 

「大丈夫、ですか? どこか、痛むところとか……その……」

「イサ、ネ……」

 

 そこに立っていたのは、紛れもないイサネの姿だった。

 あの事件以来、私が初めて目にする、彼女の姿――。

 私は息を呑んだ。涙に濡れた顔を拭うことすら忘れて、その場に立ち尽くしていた。

 

「どうして……あなたがここに……」

「……どうして、なのでしょう……ただ……気がついたら、足がここに向かっていて……」

「気がついたら……?」

「……わからないのです。私は……自分のことが、わかりません……なにも……」

 

 他人行儀な言葉遣い、遠慮がちな態度、どこか遠い距離感……。

 かつての明るく元気な印象はすっかり鳴りを潜め、今のイサネからはまるで別人のように気弱な雰囲気が感じられた。

 改めて実感させられる。私が知っているあのイサネは、もうどこにもいないのだということを。

 

 だけどそれ以上に私の目に留まったのは、彼女のそのやつれた表情だった。

 身なりは整えられているが、目の下には薄っすらと隈ができ、肌の血色も明らかに悪い。

 人と視線を合わせることさえ恐れるように、常に周囲の様子を気にする素振りを見せている。

 

 どうしてこんなにも憔悴しきっているのか……いや、その理由は考えるまでもない。

 本家の長女である私にも陰口が聞こえてくるくらいなのだ。

 使用人の家系であるイサネともなれば、もっと露骨で、悪意に満ちた罵倒や叱責に晒されていてもおかしくない。

 だけど記憶を失った幼い彼女は、なぜ自分が責められているのかすら知らない。

 かつての自分がどんな人間だったのかさえも……なにもわからないんだ。

 それなのに周囲から浴びせられるのは、理不尽で容赦のない中傷の嵐。

 まるで自分の存在そのものが罪であるかのように言われ続け、常に気を張って過ごさなければならない針の筵のような生活は、九歳の少女にとってどれほど過酷で耐えがたいものなのか。

 ……変わり果てた彼女の様子はあまりにも痛々しく、思わず目を逸らしてしまいそうになるほどだった。

 

「……その……ノゾミ様も……私のことを、怒っていらっしゃいますか……?」

「怒って、いる?」

 

 だからこそ私は、彼女が口にしたその言葉に衝撃を受けた。

 彼女は今、こんなにも苦しんでいる。

 心無い言葉に晒され、精神的に追い詰められて、見るからに壊れそうになっている。

 なのにイサネは、その上でなお……私までもが、彼女を責めていると……?

 

「どうして、そんなことを思うのですか……?」

「それは……っ」

 

 私が問い返すと、イサネはその瞬間、まるで親に叱られる前の子どものように身を竦めた。

 

「だってノゾミ様は……ずっと泣きそうな顔をしていて……今だってとても、辛そうで……屋敷の人たちから、聞きました。私とあなたは……友達だったのだろうと……」

「っ……」

「でも私は……すべてを忘れてしまいました。今の私は、ノゾミ様が知る私とは……別人、です。私が、あなたの大切なものを奪ってしまったのかもしれないと思ったら……ノゾミ様もきっと……今の私を、怒っているのだと思って……」

 

 イサネは申しわけなさそうに、そしてひどく怯えながらそう言った。

 

 私はその時、やっと気づいた。気づかされたんだ。

 彼女をここまで追い詰めているのは、周囲の大人だけじゃない。

 過去のイサネの幻影を追い続ける私自身も、その一人だったのだと。

 

「それに……こうしてノゾミ様と一緒にといると……なんだかすごく悪いことを、しているような気がして……申しわけありません……ノゾミ、様……」

「イサネ、あなたは……」

 

 ……そうだ。私はいったい、なにをやってる?

 後悔に溺れて、自罰的になって、なに一つ成し遂げようともせず。

 こんなところに蹲って、いつまで戻れもしない過去に固執しているつもりだ?

 

 私には……果たさなければならない、責任があるはずだ。

 誤った選択にイサネを巻き込み、かつての彼女を間接的に殺めた私には。

 ラフィエル様に力の大半を失わせる決断を強要し、未来に生きる多くの人々を危険に晒す結果をもたらした私には。

 世界から爪弾きにされ、自分は生きていてもいいのかと悩み苦しんでいる少女を救う責任が。

 力を失ったラフィエル様に代わって、より多くの人を救うだけの責任が。

 今なお世界に悲劇の種を振りまき続ける元凶――あの卑劣な虚構天使と、邪悪なる黒き死を討ち果たす責任が。

 

 かつてのイサネも、ラフィエル様も、私を守るために命を懸けた。

 だったら私は、その犠牲の価値を自らの手で証明し、今のイサネを救い、ラフィエル様が守りたかったものを守り抜くんだ。

 それがきっと、たった独り無事に生き残ることを許された私の責任で……。

 かつてのイサネに捧げられる唯一の弔いで、贖罪なのだから。

 

 たとえ私の人生が、この先どれほど孤独と苦難に満ちたものになるとしても。

 もう二度と、私の心が幸せを実感することがないのだとしても……。

 

「……申しわけ、ありません……私とノゾミ様は、接触が禁じられておりましたね……すぐに、立ち去ります……ご迷惑をおかけしました……」

 

 イサネはぎこちない笑みを浮かべると、踵を返して屋敷の方へと駆け出そうとする。

 私はそんな彼女の手首を掴むと、半ば強引に彼女を引き寄せ、両腕の中にその小さな身体を閉じ込めた。

 

「そんな顔をする必要はありません。イサネ」

「え……? ノゾミ、様……?」

 

 突然のことに、イサネが驚いたように声を上げる。

 そんなイサネに構うことなく、私は抱擁を解かぬまま囁くように語りかけた。

 

「あなたは、なにも悪いことはしていません。かつてのあなたがなぜ私を外に連れ出したのか、どんな想いを抱いて生きていたのか……私はそのすべてを知っています。だからこそ言えます。あなたは、なにも悪くない。なにも悪くなんてないんです」

「……ノゾミ様は……怒っているのでは、ないのですか……? さきほども、言ったはずです……今の私は、ノゾミ様が知っている私とは……別人です。私はあなたと過ごした日々を……なに一つ覚えてなんて……」

「関係ありません。たとえ今のあなたがイサネでも、イサネでなくとも。かつてのことを覚えていても、いなくとも。そんなこと知りません、関係ありません。たとえ世界があなたを認めなくても……たとえ、世界中のすべてがあなたの敵になったとしても。私があなたのそばにいます。私があなたを肯定し続ける。あなたの温もりに満ちた心を、誰にも否定なんかさせない」

「っ……ぁ……」

 

 私がそう告げてギュッと力強く抱きしめると、イサネの身体が小さく震えた。

 そして私の肩越しに見える、彼女の目尻から……ポロポロと、大粒の涙が零れ落ちていく。

 

「……私、は……生きていても、いいのですか……? 生まれてきても、よかったのですか……?」

「当たり前です。かつてのあなたが私に教えてくれた温もりの源泉は、この世界にあなたが生きていることそのものです。今のあなたは、確かにかつてのあなたとは違いますが……それでも。あなたはあの子がこの世界に遺した、一番の宝物です」

 

 目の前にいる彼女は言った。

 自分の足は気がついたら、この花壇へと向かっていたのだと。

 それはきっと彼女の身体に残った、かつてのイサネの習慣だ。

 かつてのイサネの記憶が、その名残(なごり)が……私と目の前にいる少女を引き合わせてくれた。

 

「あなたがここに存在することの価値を、私が必ず証明してみせます。だからどうか……どうか私のことを、信じてくれませんか?」

「ノゾミ様を……信じる……?」

「そうです。たとえ世界中の人々が敵に回ろうとも……あなたは、私の味方でいてくれますか?」

 

 私とイサネの視線が絡み合う。イサネの瞳は涙で潤み、頬を伝った痕が幾筋も刻まれている。

 その目には恐れと、不安と、そしてかすかな希望の光が宿っていた。

 彼女は小さく唇を噛み締めると、迷いながらもゆっくりと頷く。

 

「はい……ノゾミ様が、私を求めてくださるなら……信じます。私を、ノゾミ様のおそばにいさせてください……」

「もちろんです。この私が、あなたを守ります。私があなたに新しい世界を、新しい人生を与えますから。一緒に行きましょう……イサネ」

 

 それからイサネは堰を切ったように大声を上げて泣き始めた。

 私は彼女が落ちつくまで、それ以上なにも言わず彼女を強く抱きしめ続けた。

 

『……』

 

 それから私はイサネと別れた後、お父様が普段仕事をしている執務室へと向かった。

 満月が綺麗な夜だった。これから私が征く道を祝福してくれているような、美しい月だ。

 

「お父様。お話があります」

「……どうしたノゾミ。こんな時間に訪ねてくるとは。事件のほとぼりが冷めるまでは、大人しくしていろと言ったはずだが」

 

 私を見下ろすお父様の眼差しに、以前のような期待の色は微塵もない。

 あるのは落胆と、考えなしにラフィエル様に力を大半を失わせた私に対する不信感。そしてかすかな侮蔑だけだ。

 だけど私は臆することなく父様の視線を真正面から受け止めると、淀みなく告げた。

 

「イサネを私の付き人に、専属の使用人にしてください」

「……そうか。少しは反省したのかと思っていたが、そうでもないようだな。まったく……お前のことをできた娘だと思っていた過去の俺が愚かに思えてくるよ」

「お父様がそう思われるのもしかたのないことです。私が迂闊な行動を取ったばかりに、私だけでなく光華全体に多大な損害を与えてしまいました。ですが、それとこれとは話は別です。記憶を失っているにもかかわらず、周囲から目の見えぬ圧力をかけられ続ける今のイサネがどれほど苦しんでいるのか、お父様なら理解が及ばないわけではありませんよね?」

「……それが、今のお前になにか関係があるのか?」

「ノブリス・オブリージュ。恵まれた環境に生まれ、力を持つことを許された者として、人々を救うことが光華に課せられた使命です。ご先祖様とラフィエル様が交わした盟約を、よもや光華本家の現当主であるお父様が軽視しているわけではないでしょう」

 

 お父様は不快そうに眉を潜めたが、私の言葉に口を噤んだ。

 私がイサネの名前を口にしたからだろうか。あるいはお父様もイサネの境遇について少しは思うところがあったのかもしれない。

 だけどそんな私のわずかな希望を打ち砕くように、お父様は鋭い声で言い放った。

 

「俺は、短慮な子どもに過ぎんお前とは違う。力を持つからこそ、その力をどう使うのかを選別し、より多くの者を救わねばならん。そのためには、時に犠牲が必要となる時もある」

「……だから、敢えて冥土家やイサネ個人への中傷を無視し、冥土家にすべての責任を押しつけ、(のち)に切り捨てることで本家の権威をわずかでも保とうと?」

 

 私が核心を突くように指摘すると、お父様は瞠目した。

 しかしすぐに平静を取り戻すと、すぅっと鋭く目を細める。

 

「……なるほど。お前もあの一件で少しは成長したらしい。そうだ。光華とて一枚岩ではない。そして、統率の取れていない組織に価値はない。ラフィエル様の力が減じたことで、今、本家の発言力はかつてないほどに弱まっている。まずは光華の秩序を取り戻さねばならない」

「分家の子を養子として受け入れ、私を遠方へ追い払う算段もついているのでしょう。今の私は、いわば光華の汚点……私が本家に留まったままでは、いつまで経っても本家の信用は回復しませんから。そうして新たな跡継ぎとともに、ラフィエル様の力を取り戻すことに全力を尽くすことを宣言すれば、時間はかかるものの本家の信用も徐々に回復していく。そういうおつもりですよね」

「ああ。その通りだ。そしてそれが、ラフィエル様の力を減じる原因を作ったお前が負わねばならん責任だ。違うか?」

「……」

「お前と冥土の娘が接触することも、冥土の娘の処遇に干渉することも、許すわけにはいかん。もしここで本家が彼女に手を差し伸べれば、我々への不満に火がつき、混乱が広がるのは明白だ。だが冥土家とその記憶を失った一人娘という犠牲を許容すれば、光華は再びまとまり、より多くの人々を救うことができるようになる。これが合理的な判断というものだ。理解できたか?」

「はい、理解できます。ですがお父様。その判断は間違っています」

「間違っている、だと?」

 

 お父様は苛立ちを隠そうともせず、私を睨みつけた。

 

「間違っているのはお前だ。その優秀な頭脳で理解していないわけではないだろう。今ここで犠牲を許容しなければ、本家の失脚は不可避だ。目下の課題はどのようにして本家の権威を取り戻すかであって、お前が余計な気を回す必要などない」

「違います。本家の権威を取り戻すために、そのように矮小な策など必要ありません。思い通りにならない世界を変えるために必要なものは、ただ一つ――絶対的な力(сила)です」

「力……だと?」

 

 ――私が間違っているというのなら、それを打倒する正義のヒーローがいて然るべきでしょう。だけどそれは未だ私の前に現れたことはない。私の理想を否定した者は皆、私が持つ力の前に等しく散っていった。

 

「お父様。今この瞬間、私は次期当主として名乗りを上げ、お父様に(そむ)きます」

「なん、だと……?」

「目の前で苦しみ泣いている子どもに手を差し伸べない正義など、間違っています。合理を言い訳に他者の苦痛に見て見ぬふりをするお父様に、もはや当主の座は務まりません。いいえ……お父様だけではありませんね。ラフィエル様の慈悲ある決断を理解できず侮辱する者が、光華には蔓延っている。ゆえにこそ、私が新たに光華本家の当主に就き、その任を果たし、光華の誤った認識を改めさせましょう」

「バカな真似はやめろ! お前一人でなにができると言うんだ!? 光華の当主とは、単なる力ある者の特権ではない! より多くを救う重責を背負い、時に非情な決断を下すことも迫られる! お前が言っていることなど理想論……いや! ただのガキのワガママだ! そんなものが罷り通るわけが――」

「罷り通るのです、お父様。絶対的な力さえあれば、どのように認めがたい理想も覆しがたい現実に変わります。私はそれを誰よりも理解しています。そう、誰よりも……」

 

 ――だったら……あなたがなってくれるのかしら? 私の力を跳ね除け、アリエルの計画を阻止する英雄に。すべてを救う正義のヒーローに。

 

「私は英雄になる。そしてお父様を下し、光華の当主を継ぐ者として今ここに宣言しましょう。この世に存在する苦痛を、憎悪を、悲哀を、絶望を――この私が一つ残らず刈り取ることを」

「ッ……そうか。ならば、示してもらおうかノゾミ。光華の輝かしい歴史に弓を引いた、愚かで罪深き我が娘よ。お前が嘯く、その絶対的な力とやらをな……!」

 

 そうして私たちは中庭へと移動すると、互いにデュエルガントレットを装着して向かい合った。

 私がお父様に当主の座を賭けて挑戦状を叩きつけたことはすぐさま屋敷中に広がり、夜間にもかかわらず屋敷内は大騒ぎとなっていた。

 多くの分家の人々や使用人たちが見守る中、私はお父様との対決を開始した。

 

「――俺のターン! 俺はエナジーをチャージし、2エナジーを消費して『スーパー・スピーダー』を召喚!」

 

スーパー・スピーダー
コスト2 種別:メカ 
属性:火 ATK 2000 HP 1000 

サーヴァント 

 - 効果 - 
①『フルアクセル』

②自分の場に他のサーヴァントがいないなら、ライフカウンターへ攻撃できない。

 

「『スーパー・スピーダー』は自分の場に他のサーヴァントがいなければ攻撃できん。だが、すでに俺の場には『スピーダー』がいる。よって攻撃は可能だ。俺は『スーパー・スピーダー』でライフカウンターを攻撃する!」

「ライフで受けます」

「……ふん。どうやら手札にライフカウンターの破壊をトリガーとする『Qアクション』はないようだな。であれば、場の有利を俺が握っている今、このまま攻め入っていけば俺の勝利はほぼ確定したようなものだ」

「さあ、それはどうでしょう」

「お前……」

「私のターン」

 

 お父様に勝つことは簡単じゃない。

 お父様は、光華の現当主――私と同じ教育を……いや。それ以上の教育を完遂し、積み重ねてきた経験も桁違い。

 本来であれば、今の私がどれだけ策を弄したところで勝ち目などあり得ない相手だ。

 だけど……どうしてだろう。私はまるで負ける気がしていなかった。

 確かにお父様は手強い。その才能と実力はトップクラスと言っていいものだろう。

 でも、しょせんはそれだけだ。

 お父様のデュエルには、一つだけ決定的に不足しているものがある。

 それは――。

 

「……ともに、戦ってくれるのですね」

 

 私は手札に来たカードを見て一瞬だけ目を丸くする。

 だが、すぐに祈りを込めるようにそれを額に当てると、迷うことなく場に叩きつけた。

 

「――天より降臨せし慈愛の天使。かの者が踏みしめた大地は再生し、流した涙は河となり、舞い落ちる羽根が世界の夜を温める。どうか私に祝福を――『【慈愛】の熾天使ラフィエル』!」

 

【慈愛】の熾天使ラフィエル
コスト4 種別:天使 
属性:光/地/水 ATK 4000 HP 4000 

サーヴァント 

 - 効果 - 
【制約】:[複合属性]


①【手札で有効】自分の場にエリア「ジャッジメント・ワールド」があるなら、このサーヴァントを召喚するために必要なコストは-2される。

②召喚時に発動可能。プレイヤーはデュエル中永続する以下の特殊能力を得る。(同じ特殊能力は重複して得られない)

☆光属性を含む複合した属性を持つカードをエナジーにチャージする時、消費状態でチャージする制約を無視する。(【制約】:[複合属性]を無視し、未消費状態でチャージする)

③相手のターンスタート時に強制発動(上限:同名/デュエル中に1回)。お互いのプレイヤーはデッキの上から2枚をエナジーにチャージし、カードを2枚引く。この時、相手のエナジーは消費状態でチャージされる。

 

「なっ!?」

 

 ――【慈愛】の熾天使ラフィエル。

 

 私がその名を唱えた瞬間、周囲の空気が一変した。

 金色の光が舞い降りる。眩いほどの輝きが夜空を裂き、荘厳な六枚の翼を携えた天使が私の眼前に降臨した。

 金色の髪は腰まで届き、軽やかに靡く。

 翼から舞い散る羽根一つ一つが柔らかい光を纏い、中庭全体を優しく照らし出していた。

 

「バ、バカな……! ラフィエル様、だとッ!? なぜお前が、ラフィエル様のカードを……!」

「……」

「まさか……選ばれたというのか!? 偉大なるご先祖様以来、誰一人として選ばれることのなかった契約者に……お前が!?」

 

 お父様は愕然とした様子で立ち尽くしていた。

 周りで見ている他の分家の人々や使用人たちも同様だ。全員が一様に唖然とし、私が召喚したラフィエル様の姿に目が釘付けになっている。

 無理もないことだ。ラフィエル様の加護を授かり、その恩恵を受けて育ってきた光華の者にとって、ラフィエル様は崇敬の対象。

 たとえ力の大半を減じたと言えど、その事実だけは未来永劫覆ることはない。

 

「行きましょう、ラフィエル様。いえ……ラフィエル。今ここで光華に蔓延る膿を払い、粛清します。私に力を……貸してくださいますか?」

『……』

 

 慈愛に満ちた碧き双眸が静かに私を見つめる。

 その眼差しには叱責も諦念もなく、悲しげな決意と深い愛情が滲んでいた。

 

「ノゾミ、様……?」

 

 中庭の隅っこ。人混みに紛れながらも、遠慮がちにこちらを見つめるイサネの姿が視界の端に入った。

 

 ……必ず守る。

 かつてのイサネが遺した最期の宝物を。ラフィエル様が果たしたかった儚き願いを。

 そしていつの日か、たどりつくんだ。

 もう一度。あの卑劣な虚構天使と、邪悪なる黒き死のもとまで。

 

 ――私は信じているわ。すべての艱難辛苦を乗り越え、どのような逆境も凌駕して、いつの日か再び私の前に立ちはだかることを。

 

 責任を果たせ。

 絶対的な力をもって、己の正しさを証明しろ。

 

 そうだ。私は、正しい。

 私は正しい、私は正しい、私は正しい私は正しい私は正しい私は正しい私は正しい私は正しい私は正しい私は正しい私は正しい私は正しい私は正しい私は正しい私は正しい私は正しい私は正しい私は正しい私は正しい私は正しい私は正しい私は正しい私は正しい私は正しい私は正しい私は正しい私は正しい私は正しい私は正しい私は正しい私は正しい私は正しい私は正しい私は正しい私は正しい私は正しい私は正しい私は正しい私は正しい私は正しい私は正しい私は正しい私は正しい私は正しい私は正しい私は正しい私は正しい私は正しい私は正しい私は正しい私は正しい私は正しい私は正しい私は正しい私は正しい私は正しい私は正しい私は正しい私は正しい私は正しい私は正しい私は正しい私は正しい私は正しい私は正しい私は正しい私は正しい私は正しい私は正しい私は正しい私は正しい私は正しい私は正しい私は正しい私は正しい私は正しい私は正しい私は正しい私は正しい私は正しい私は正しい私は正しい私は正しい私は正しい私は正しい私は正しい私は正しい私は正しい私は正しい私は正しい私は正しい私は正しい私は正しい私は正しい私は正しい私は正しい私は正しい私は正しい私は正しい私は正しい私は正しい。

 

 立ち止まるな。進め。責任を果たせ。

 かつてのイサネ。あなたが導いてくれたこの道を、間違ったものになどさせはしない。

 この私が正義をもたらす。この私が、すべての悪を断罪する。

 私が歩む、英雄の道を邪魔する者。それこそが……悪だ。

 

 ――こうして私は光華本家の当主となり、記憶を失ったイサネを側仕えとして取り立てた。

 そして虚構天使アリエルとシーラを討つべく、その足取りを追い続けたのだった。

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