可愛い銀髪美少女天使カードとして転生した私、マスターを導く   作:にゃっとう

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64.あっ……ぅ……その……こ、こんにちは……

 翌日の放課後。

 生徒会室へと続く長い廊下を、私とマスターは二人で並んで歩いていた。

 なぜ生徒会室に赴いているのかと言えば、もちろん理由はただ一つ。

 昨日の別れ際にノゾミと交わした、彼女の知人を紹介してもらう約束を果たすためだ。

 

 ――無空さん。あなたは言っておりましたね。依り代なんてものがなくとも、ホロエルさんが自分だけの身体を持って自由に生きていける世界が欲しい、と。

 ――彼女であれば……もしかすれば、あなたの願いを成就させる手助けができるかもしれません。

 ――明日の放課後、生徒会室へ足を運んでくださいますか? 彼女のもとへご案内いたしますので。

 

 ノゾミがマスターへと伝えた内容を改めて思い出す。

 あれからマスターはいつも通りの乏しい表情の裏側で、ソワソワと落ちつかない様子を見せていた。

 皆と一緒に帰り道を歩く最中も、帰宅してからも。眠る直前も、起きた後も。果ては今日一日の授業中まで。さすがに授業くらいは真面目に聞いてほしいのだが……。

 

 正直なところを言えば、私は最低限マスターのそばにいられればそれでいいと思っているので、自分の身体を持つことにそこまで執着はしていない。

 けれどマスターが私のためを想い、私のために行動してくれていることが嬉しいのは紛れもない事実だ。

 愛する子どもに恩返しをされて喜ばない母親がいるだろうか? いや、いるはずがない(反語)。

 まあ私はお母さんではなくてお姉ちゃんだが、ずっとそばで見守り続けてきた彼女が私のためを想ってなにかをしようとしてくれるのは、なんだか胸にジーンときて感慨深いものがある。

 

 それに、執着していないとは言ったけど……ただの1枚のカードに過ぎない私が自分だけの身体を持ち、本当の意味でマスターと同じ時間を過ごす。

 そんな夢物語のようなことが可能なのであれば、どうしようもなく魅力を感じてしまうのも事実ではあったりするわけで。

 こうして生徒会室への道を歩く足取りがつい弾んでしまうのも、無理からぬことと言えるだろう。

 

 思えば、私がマスター以外の誰かと……ホムラと友達になれたのも、同じ体験や時間を共有したいというマスターの思いやりがキッカケだった。

 もしかしたらマスターはあの時からもうすでに、私に恩返しする方法を模索し始めていたのだろうか。

 私が今までマスターを見守ってきたぶん、"今度は私があなたに与える番"だ、と。

 だとしたら、マスターの成長の種は私が思っていたよりもずっと早く、彼女の中で芽生え始めていたのかもしれない。

 

「……ついた」

 

 たどりついた生徒会室の扉の前でマスターが足を止める。

 コンコンという乾いた音が響き渡った直後、中から鈴の鳴るような涼しげな声が返ってきた。

 

「どうぞ」

 

 マスターが扉を開けて室内に足を踏み入れると、長テーブルの向こう側に腰かけていたノゾミとイサネが私たちを出迎える。

 と、同時に……あちこちに亀裂が入った、無惨な部屋の内装があらわになった。

 マスターは一瞬だけ目を点にしていたが、すぐに先日の一件――生徒会室で互いの意見が衝突した際の出来事を思い出したらしい。

 あの時、生徒会室の中でホムラは自身のソウルハート・サーヴァントである『再燃の焔リバイヴ・H・ドラゴン』を容赦なく実体化させていた。

 リバイヴ・Hは竜にしては小柄な部類だが、さすがに生徒会室に収まり切るほど小さくはない。

 衝突はどう足掻いても避けられないものではあったが、すでにノゾミたちとは和解している。

 この惨状にはさすがに申しわけなさが湧いてくるのだろう。マスターは気まずそうに視線をそらしていた。

 

「お待ちしていました、無空さん。部屋の状態についてはどうかお気になさらないでください。すでに業者の方に連絡を入れ、来週には修復してもらえることになっています。それまで少々の不便を感じる程度です」

「……わかった。あなたがそう言うなら、気にしないようにする」

「そうしてください。これもまた、私たちが犯した過ちへの罰の一つだと私は認識していますから」

 

 マスターに微笑みかけるノゾミの顔色は、昨日とは比べるべくもないほど良くなっていた。

 どうやら体調は無事回復したようだ。

 

「ホロエルさんも、よく足を運んでくださいました。あなたとこうして再びお会いできたことを、とても嬉しく思います」

 

 私というソウルハートの存在を知っている人たちしかいないことを確認した後、私はマスター以外の人からも姿が見えるように存在の強度を上げる。

 私が姿を現す前からすでに胸に手を当て、柔和な笑みを浮かべていたノゾミを一瞥すると、マスターは思い出したように首を傾げた。

 

「そういえば、ずっと聞こうと思ってたんだけど……ノゾミって、持ち主の私にしか姿が見えないくらい存在を弱めてるホロエルのことも見えてるの?」

「はい、見えていますよ。これはラフィエルの加護による恩恵の一つです。私の目は魂の状態を捉え、その輪郭を見通すことができます。なので無空さん。あなたがホロエルさん以外にも、あと一体のソウルハート・サーヴァントと共にあることも私には見えていますよ」

「……それって、もしかしてホルルンのこと?」

「はい。とは言っても、存在を薄く顕現させているホロエルさんとは異なり、その子はカードの中で待機状態にあるようなので、あなたのデッキにいるということくらいしかわかりませんでしたが……なるほど。ホルルンさんが、もう一体のソウルハート・サーヴァントの正体だったのですね」

 

 納得したように頷くノゾミ。

 ホルルンはソウルハート・サーヴァントとして覚醒してから日が浅いから、まだ力の使い方に慣れていない。

 毎晩実体化の練習に付き合ってあげているが、今の私のように自在に存在の強度を調整できるようになるには、まだまだ時間がかかりそうだ。

 

「ふぅん……便利な力ね。ところで、イサネは謹慎中だってエミリアから聞いてたけど……どうして生徒会室にいるの?」

 

 今度はイサネの方を見やる。

 イサネは座ったまま軽く一礼すると、クスリと微笑みを返した。

 

「ご無沙汰しております、無空様。あなたのその情報に間違いはございません。私は今回、一般の協力者として生徒会を訪れているだけですので。今も謹慎中で授業に出ることはできませんわ」

「いや……一般の協力者って……あなた、副会長なんだから普通に関係者じゃないの?」

「いえいえ、今の私はどこにでもいるただの普通の一般人こと冥土イサネですよ。事実、本日の私は生徒会副会長としてこなすべき仕事には一切手をつけておりません。一般の協力者でも可能な雑務のみ手伝わせていただいております」

「……」

「お嬢様が昨日お倒れになったことは、先生方も承知していることですから。仮に発覚したとして、これくらいの特例であれば黙認していただけるでしょう」

 

 まるで一休さんのように屁理屈を並べ立てるイサネ。

 しれっとした態度を崩さない彼女の隣で、ノゾミは呆れたようにため息をついていた。

 

「実は私も、わざわざ手伝っていただかなくとも大丈夫だと何度もイサネに念を押したのですが……結局はこうして押し切られてしまいまして。ですが無空さん。他でもないあなたがダメだと言うのであれば、イサネもきっと従ってくださるでしょう。どうか私と一緒にイサネを説得してくださいませんか? 彼女に謹慎という責任をしっかりと取らせるためにも……」

「いや、あなたの大丈夫って全然大丈夫じゃないし。それで無理しすぎて倒れたばかりなの、もう忘れたの? 別にそれくらい私は気にしないから。むしろまた倒れないためにも、誰かに見張ってもらってた方がいいと思う。あなた、放っておくと絶対無茶するタイプだし」

「え」

 

 味方になってくれると期待していたマスターがまさかの塩対応だったからか、ノゾミが愕然としたようにピシリと固まる。

 だが、これに関してはマスターが全面的に正しい。

 私もマスターの隣でうんうんと頷いてみせた。

 

「ふふっ。無空様もホロエル様も、お嬢様のことをよくわかっていらっしゃるのですね。とのことですわ、お嬢様。誠に申しわけございませんが、不肖イサネ、ここは謹んで無空様の提案をお受けしようと思います。お二人のご厚意を無下にはできませんもの。お嬢様もそうは思いませんか?」

「……イサネ……はぁ。まったくあなたは……」

 

 イサネがわざとらしく恭しい仕草で一礼する。

 ノゾミはジトリとした眼差しを彼女に向けたが、やがて諦めたように肩を落とした。

 ……まだ付き合いが少ないからなんとも言えないけど、イサネって割と愉快な性格をしてるのかもしれない。

 

「わかりました。無空さんとホロエルさんもこう仰っていますし、ここは私が折れることにしましょう……」

「ふふ、是非そうしてくださいませ。無空様、ホロエル様。お嬢様の説得のご助力、感謝いたします」

 

 イサネが優雅に微笑みながら再び一礼する。

 ただ命令に従うだけの従者ではない、自らの意思で誰かを支えようとする芯の強さを感じさせる凛とした立ち振る舞いだった。

 ノゾミはコホンと咳払いをすると、改まった様子でマスターと私に向き直る。

 

「さて、前置きが長くなってしまいましたね。ではお二人とも、今から約束の人物……あなたがたの願いを叶える力添えができるであろう人物のもとへ、ご案内いたします。イサネ、留守をお任せしますね。お二人はこちらへ」

「……わかった。行こう、ホロエル」

 

 先導するように歩き出したノゾミの後に続く。

 どうやら生徒会室から出るようだ。

 私は姿をいつものマスターにだけ見える状態にする前に、バイバイ! とイサネの方に手を振ってみる。

 すると彼女はどこか微笑ましそうに口元を緩めながら、小さく手を振り返してくれた。

 へへっ。やっぱりイサネって結構ノリが良い子なのかもしれない。

 

「私たちに会わせたい人って、生徒会の人じゃないの?」

 

 生徒会室を出ると、私たちは三人で廊下を歩き始める。

 歩みを進め始めてすぐに、マスターが訝しげにノゾミに問いかけた。

 

「無空さんのご想像通り、生徒会の方で合っていますよ。すでにご存知かもしれませんが、この学園の生徒会のメンバーは合計で三人しかいないのです。私とイサネと、あと一人……これから会うのは、その三人目の生徒会役員となります」

「生徒会室に姿は見えなかったけど……」

「私とイサネは生徒会にしか所属していませんが、その方は生徒会の他にも、とある部活の部長も兼任しているのです。元々彼女は重要な業務の時のみ手を貸していただくという条件で生徒会に勧誘いたしましたので、普段は部活動の方を優先してもらっております」

「ならこれから向かうのは、その人が所属する部活動の部室?」

「その通りです。詳しいことについては、彼女に直接聞いてみてください。無空さんとホロエルさんが相手でしたら、きっと喜んでお話してくれると思いますので」

「……その人は、私たちのことを知ってるってこと? ホロエルがソウルハートだってことも……その正体も……」

 

 言外に「教団のことを知っているのか?」という疑問を含んだマスターの問いに、ノゾミは迷うことなく首肯を返した。

 

「はい。彼女は教団のことも、虚構天使のことも存じています。とは言っても、どうか誤解しないでいただきたいのですが……私が彼女に話したのは私とイサネの過去についてであり、無空さんのことではありません。なのでかつての私と同様、ホロエルさんが教団の崇める虚構天使であることには気づいているはずですが、無空さんとホロエルさんの細かな事情までは彼女の知り得ないことでしょう」

「……それはつまり、あなたが自分の過去を話すくらいには信頼してる人物ってこと?」

 

 マスターの目が鋭さを増す。

 自分たちに会わせたいという人物が、本当に味方なのかを懸念しているようだ。

 まあ、ノゾミとイサネだって、最初はあまり友好的とは言いがたい関係だったもんね……。

 マスターが慎重になるのもある意味当然と言える。

 マスターの疑心を察したのか、ノゾミは熟考するように沈黙した後、言葉を選ぶようにゆっくりと口を開いた。

 

「そうですね……彼女との間に信頼と呼べるほどのものが築けているかと問われれば、否と答える方が正しいのかもしれません。私と彼女が関係を持つに至った経緯は、そういった友好的な感情に基づくものではなく、打算的な理由を多分に含むものでしたので」

「打算的な理由?」

「私は元々、彼女の持つ特異な才能に目を付け、ラフィエルの力を取り戻す手助けをしてもらう目的で接触を図りました。私の過去の一端を明かしたことも、その流れで必要に応じて話したに過ぎないのです。私と彼女はいわば、互いに利を得ることを求め合うビジネス関係……ゆえに彼女が信頼に値するかどうかは、どうか無空さんご自身の目で確かめていただきたく存じます」

「……わかった」

 

 信頼できると安易に断言しない誠実な姿勢に、マスターは神妙な面持ちで頷きを返した。

 ノゾミはわずかに口元を緩めて穏やかに微笑みかける。

 

「そう硬くなさらなくても大丈夫ですよ。気難しい人ではありませんし、あなたがたにとっては緊張する必要のない相手だと私は思います。それどころかむしろ、彼女の方が緊張してしまいそうというか……とても人見知りをしてしまうタイプですから」

「人見知り……そうなんだ。なら、気が合うかも。私も人見知りするタイプだから」

「ふふっ、そうなのですね。だとしたらきっと、無空さんと彼女は仲良くなれますよ。さあ、つきました。ここが彼女の所属する部活の部室になります」

 

 ノゾミに案内されてたどりついたのは、学園の文化部棟の一角だった。

 デュエル科学研究部――扉の横に立てかけられたプレートに書かれた文字列を、マスターは怪訝そうに凝視する。

 

「……この部活の名前、どこかで聞いたような……?」

 

 小さく呟くマスターの横で、ノゾミがコンコンと扉をノックをする。

 すぐに室内から「はいはいどうぞっす!」という元気いっぱいの声が返ってきた。

 扉をくぐると、そこは予想外の賑やかさに満ちていた。

 

「いやぁ、この新しいフレームの合金、やっぱり耐久性が段違いだな! これならインドゾウに蹴られたってなんてことないぜ!」

「でも耐荷重計算した時にちょっと不安定なポイントがあるっぽいよ~? 補強パーツの素材もっと柔軟性あるのに変えない?」

「じゃあ試作品作ってテストしてみようよ! ボク、早速モデリングソフト立ち上げてくる~!」

 

 なにやら仰々しい形をしたデュエルガントレットを囲み、白熱した議論を交わすゴーグルや工具類を携えた生徒たちが十人弱。

 部屋の壁には大型モニターに設計図が投影され、長机の上にはケーブルや専門誌があちこちに散乱している。

 まるで工房か研究所といった趣だ。部屋中が独特の熱気に満ちていた。

 

「あれ? 生徒会長じゃないっすか! どうかしたんすか?」

 

 部屋に入ると、私たちを部屋の中に招き入れた声の主であるらしいショートカットの活発そうな女子部員が駆け寄ってきた。

 

「突然の来訪となり申しわけありません。部長さんにご用がありまして。部長さんはいらっしゃいますか?」

「あ~……部長ならまたいつもの引きこもりモード入ってますねぇ。ほら、あそこの準備室。第四試作型SHAの制御アルゴリズム組んでるみたいで、もうここ一週間は授業終わるなり籠りっぱなしっすよ」

「第四試作型……以前彼女と話した際はまだ構想段階だと聞いていましたが、もう製作に入っているとは。さすがですね」

「部長はソウルハート・エネルギーの理論方面じゃガチの天才ですもん。しかもプログラミングと電子工学もめっちゃ得意で。でも天は二物を与えないというか……超がつくほどの上がり症なんすよね~。この前の学会での発表も半月も前からガチガチに緊張しちゃってて、ウチら何度もリハーサルに付き合わされたっすよ。代わりにこっちの研究も見てもらいましたからウィンウィンっすけどね」

「変わりありませんね、彼女は」

「あっ! へへ、話し込んじゃってすみません。準備室、鍵はかけてないと思うんですけど……集中したいって時はロックかけちゃうこともあるんで。外から声かければ開けてくれると思うっすよ!」

 

 軽快に笑いながら手を振る部員に見送られ、私たちは部室の奥にある扉へと向かった。

 ぽつんと佇む頑丈そうな鉄製の扉には、『デュエル科学部準備室/重要機材有り・立入厳禁』と貼り紙がされている。

 ……よく見ると扉の表面になにやら黒い煤のようなものが付着していて、貼り紙もごく最近書き換えられたように真新しい。

 

「では、早速彼女にコンタクトを……」

「待ってノゾミ。この扉についてる、黒い煤みたいな汚れはいったい……?」

「あぁ……それは焦げ跡ですね。デュエル科学研究部の子たちは偶に部室を爆発させる大惨事を起こすので、部長さんが万一に備えて耐火仕様に改装したそうです」

 

 ……はい? 爆発?

 

「……思い出した。昨日保健室に来た子がデュエル科学研究部の所属で、部室が爆発したって騒いでた記憶が……」

 

 あー……そういえばそんなこともあったね。

 確か白衣の子が、いずれ偉大なデュエル科学に発展すること間違いなしの崇高な実験がどうとか騒いでたような……。

 もう一度部屋の中を見渡してみると、あの時の白衣の子も団欒の中に混じっていて、他の部員と楽しそうに意見を交わしていた。

 どうやらここが件の爆発した部室で間違いないらしい。

 昨日の今日でそんな惨事があったにもかかわらず、部員一同は何事もなかったかのように通常運転で研究に没頭しているようだ。

 

 うーむ……前々から思っていたが、この学園の生徒はなかなか個性的な子が多いみたいだな。

 まあマスターもその中の一人なのだが……。

 

「ねえノゾミ……本当に大丈夫なの? こんな怪しい人たちに頼って……」

「まあ、無空さんの懸念もわかります……かく言う私も生徒会長として、この部活が引き起こす惨事には日々頭を悩ませていますから。ですが、彼女たちの能力は紛れもなく本物ですよ。この部活の卒業生の中には、最先端のデュエル科学に携わる政府公認の著名なデュエルエンジニアも含まれているほどですから」

「そうなんだ……」

 

 ノゾミがせめてものフォローを入れるものの、マスターは未だ半信半疑と言った様子だった。

 ノゾミは苦笑しながら、準備室の入り口の取っ手を握る。

 しかしやはりロックがかけられていたらしく、扉はびくともしなかった。

 

「施錠されていますね……直接声をかけてみましょう」

 

 ノゾミが軽く扉を叩く。

 金属製の扉なので、カンカンと甲高い音が鳴り響いた。

 

「モモリさん。お忙しいところ申しわけございません。ノゾミです。つい先日メッセージでお伝えさせていただいた件について、無空さんをお連れしましたので入室の許可をいただきたく――」

「ひょわぁっ!? の、ののっ、ノゾミちゃんっ!? たっ、ただいま出ます! すぐ出ますっ! ちょっと待ってくだひゃっ、うびゃぁぁぁっ!?」

 

 ノゾミが扉越しに声をかけた直後、扉の向こう側でドタバタと派手な物音が響き渡り、盛大になにかが崩れ落ちる音とともに鈍い悲鳴が上がった。

 部屋の中ではさらに追い打ちをかけるかのようにバタバタと慌てた音が続く。

 私とマスターは思わず顔を見合わせ、目を瞬かせた。

 それから数秒の後、カチャリと錠前が解除される音が聞こえると、扉がゆっくりと内側から押し開かれる。

 

「あっ……ぅ……その……こ、こんにちは……」

 

 控えめに半分だけヒョコッと顔を出したのは、気弱そうな印象を受ける少女だった。

 自信なさげに俯きがちな丸い瞳。茶色のボサボサで手触りの良さそうな癖毛。

 服装は制服の上からダボッとしたサイズの白衣を羽織っていて、袖が指先まで覆い隠してしまっている。

 猫背気味でオドオドと落ちつきがなく、特に初対面であるマスターの方をチラチラと見ながら、所在なさげに指をモジモジとさせていた。

 

「こんにちは、モモリさん。例の件について、今お時間よろしいでしょうか?」

「は……はいっ! ちょうど一段落ついたところですので……! えと……ど、どうぞ中へ……!」

 

 緊張した面持ちで入室を促す彼女に従い、準備室へと足を踏み入れる。

 

 準備室の中は、まるで研究室のような空間だった。

 無数の配線が這う床に、大型ディスプレイと複数のコンピューター。

 少し離れた小さなデスクの上には精密な計測器具が鎮座し、壁沿いにはファイルや資料がきっちりと分類されて整頓されている。

 部屋の奥には複雑な形状の装置や制御盤が据えつけられており、人型のマネキンのような機械へと繋がっていた。

 一見すると優秀な研究者の職場のようにも見えるが……よく見ると飲み終えたペットボトルとエナジードリンクの空き缶がいくつかまとめて置かれていたりもして、ずぼらな生活感が垣間見える。

 

「ち、散らかっててごめんなさい……」 

「いえ、こちらこそ急な来訪にご対応いただきありがとうございます。モモリさん。こちらの方が先日お伝えした無空メイさんです」

 

 ノゾミが一歩下がってマスターを紹介すると、モモリはアワアワと挙動不審な様子でマスターの前に進み出た。

 

「はっ、初めましてっ! わっ、わわ、私は地伏田(じふくだ)モモリと申しますっ! せ、生徒会の書記とデュエル科学研究部の部長をやらせてもらってて……あっ! 生徒会とは言ってもあくまで臨時というか非常勤というか、緊急時のサポート要員みたいな立ち位置であってメインで働いてるのはノゾミちゃんとイサネちゃんのお二人で私なんていてもいなくても変わらないというか……! あとデュエル科学研究部の部長の方も前の部長に指名されて部長やってるだけで一応は部長ってことにはなってるんですが他の部員の子にサポートしてもらってなんとか成立してるようなものでこんな私が部長なんてほんと恐れ多いというか申しわけない気持ちでいっぱいで……っ!」

「モモリさん。少し落ちついてください。ほら、深呼吸です。すー、はー。すー、はー」

「は、はひっ! すーっ……はーっ……すぅーっ……はぁーっ……!」

 

 怒涛のマシンガントークを見兼ねたノゾミが制止の声をかけると、モモリはノゾミの真似をして何度も深呼吸を繰り返す。

 肩まで上下するほどの大袈裟な呼吸を何度か続けるうち、徐々に落ちつきを取り戻してきたようだ。

 ほんの少しばかり肩の力を抜いた彼女が、こちらに向き直る。

 おずおずと遠慮がちに上目遣いでマスターを見上げるその瞳は、どこか隠し切れない好奇心に満ちていた。

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