可愛い銀髪美少女天使カードとして転生した私、マスターを導く   作:にゃっとう

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65.私のこの夢は、無空ちゃんの願いと繋がってるんだって……そう感じるの

「お……落ちつきました。その、改めまして……もう一度自己紹介させていただきます。私はこの学園の二年生で、デュエル科学研究部の部長をやらせてもらっている、地伏田モモリです……!」

 

 今度はしっかりとマスターと向き合って挨拶をする。

 まだオドオドとしているし、マスターと目が合うとすぐにそらしてしまうが……。

 初対面の人を相手にする不安や緊張はあれど、相手を拒絶するような嫌悪感や偏見は感じられない。

 むしろ、控えめながら興味津々と言った様子だ。

 

「私は無空メイ……その、よろしく。モモリ」

「は、はいっ! よろしくお願いします……!」

 

 ……前々から思ってたけど、マスターって敬語使わないよね……。

 仮にも二年生の先輩相手だというのに、堂々としたタメ口と呼び捨て。

 いやまあ、これでもマスターが内心緊張してるのは私もわかってるんだけどね。

 

 マスターは敵対者に対しての振る舞いはともかくとして、自分に友好的な存在への距離感を測りかねている印象がある。

 それは私以外のほとんど誰とも関わってこなかった弊害であり、自ら人と接することを避けてきた防衛本能でもあるんだろう。

 この学園に来て、ホムラを始めとした多くの出会いに恵まれて、その壁を取り払う方法を模索し始めてはいる。

 しかし人付き合い初心者なマスターが正しい距離感を自然と計れるようになるには、まだ時間がかかりそうだ。

 

「……」

「……」

「……モモリは私のこと、どこまでノゾミから聞いてるの?」

 

 人見知り同士が出会った時特有の気まずい沈黙がしばらく続いたのち、マスターがやや控えめに沈黙を破る。

 モモリはビクッと肩を跳ねさせたが、すぐにしどろもどろになりながらも答えた。

 

「え、えっとっ……デュエルの実力がすごくて、ノゾミちゃんに勝っちゃうくらい強いってことと……虚構天使の子と一緒にいるってことくらい……? 虚構天使の方は、ノゾミちゃんから教えてもらったというか自分で気づいたというかだけど……」

「……あなたはノゾミとイサネの昔のことを知ってるって聞いた。ホロエルは確かに虚構天使だけど……ノゾミを傷つけたアリエルとは違う」

「う、うんっ! それはわかってるよ! だってそうじゃなきゃ、ノゾミちゃんが紹介しようなんて言い出すはずないもんね」

 

 悪意も敵意も感じさせない返答に、マスターがホッと息を吐く。

 幸いなことに、ノゾミと対立していた時のような弁明は必要なさそうだ。

 私としても、私のせいでマスターと他の誰かの仲が悪くなるのは心苦しいので一安心と言ったところである。

 

「……ノゾミはあなたのことを、私の望みを叶える力になってくれるかもしれないって言ってた。私の望みは、その虚構天使……ホロエルが、依り代なんかに頼らなくても自分の身体で生きていけるようにすること。モモリはそれを……叶えることができるの?」

 

 疑いが半分。そして期待が半分と言った調子で本題を切り出すマスター。

 モモリは自分の胸に手を当てると、深呼吸を一つ挟み、やや自信なさげながらもしっかりとマスターの瞳を見つめ返した。

 

「まだ完全なものではないので、大手を振って叶えられると言えるわけではないですけど……ただ、私はソウルハート・サーヴァントの長期間にわたる疑似的な実体化を実現する研究を進めていて……それは間違いなく、あなたの望むものに近いはずです」

「長期間にわたる擬似的な実体化……? そんなことが可能なの?」

「はい! とは言っても、まだ研究段階の試作品ですが……」

 

 彼女はそこで一度、思案するように言葉を区切る。

 それから小さく咳払いをすると、プレゼンテーションでも始めるかのように大きく声を上げた。

 

「無空メイさん! 突然ですが……あなたは、デュエル中に起こるサーヴァントの実体化現象について疑問に思ったことはありませんか?」

「疑問……というと?」

「ソウルハート・サーヴァントであれば、デュエル中でなくとも任意で実体化をすることができます。しかしその時間は非常に限られたものであり、決して無制限というわけにはいきません。ですがデュエルの最中であれば、ソウルハートであるかそうでないかにかかわらず、すべてのサーヴァントがデュエルというルールに則って無制限に実体化することができます」

「……確かに……ずっとデュエル中みたいにホロエルと触れ合えたらいいな、って思うことはある」

「ですよねっ!!」

 

 今までになく食い気味に身を乗り出すモモリに、マスターが目をパチクリとさせる。

 

「実は、私も昔からそのことがすごく不思議で……どうしてデュエル中だけサーヴァントたちが自由に実体化できるのか調べてみたんです! それによると、どうやらその現象はデュエリスト同士が衝突した際に生じるデュエルエネルギーと呼ばれるものに起因していて、本来無差別な性質を持つそのエネルギーがデュエルフィールドという枠組みの中に閉じ込められることで、より高密度な状態へと変質し、デュエルによって指向性を持たせられることでカードの実体化という現象に影響を及ぼしているそうなんです……!」

「……な……なるほど……?」

「ですから逆説的に言えば、デュエル以外の領域でもデュエルと同等の高密度のエネルギーを生成できればサーヴァントの実体化は原理的に可能であるということでもありまして……! 今からおよそ八年前、これを私は疑似デュエル環境という概念で捉え直し、人工的かつ局所的にその状況を再現してサーヴァントが自由に活動できる環境を作ることを目的に研究を始めました!」

 

 堰を切ったように捲し立てられる専門的な説明が、マスターの脳を蹂躙していく。

 なんとなくわかる。マスターは絶対に内容を理解できてないぞ。

 一応、なんとか話を噛み砕こうと頑張ってはいるみたいだけど……。

 

「……??? …………うん」

 

 ……うーむ。

 無理そう……。

 

「そんな研究の第一段階が栄えある第一試作型となるのですが……残念ながら、その実験結果は大きな課題を残すことになってしまいました。それがエネルギー生成量の深刻な不足です。デュエルを介さない人工的なデュエルエネルギーの生成量には限りがあり、サーヴァントの実体化という現象を維持するには絶対的に量が不足していたのです」

「そう、なんだ……?」

「元よりデュエルによって生じるエネルギーですから、当然と言えば当然かもしれません。模索の末、生成量そのものの改善は難しいという結論に至ってしまったことは無念でしたが……生成そのものができないわけではありませんっ! なのでひとまずは生成量はそのままに目的の規模を縮小化し、自由な実体化を可能とする空間を作るのではなく、肉体となる器を別に用意してサーヴァントに憑依してもらう形を取ることにしました! この辺りは虚構天使の言う依り代という概念とちょっとだけ似ていますね」

「……そう、だね……?」

「ですがそういった実例があるからこそ、現実的に可能な研究とも考えられました! この方向転換後に作成した第二試作型の稼働実験は見事成功し、用意した義体へのソウルハートの憑依を実現することが――」

「…………すごく、すごい……」

 

 マスター、もはや語彙力が死んでいる……!

 口から出る言葉がどんどん平坦な抑揚を伴い始めている上に、目が虚空を見つめ始めている……。

 もうやめて! とっくにマスターのライフは0よ! 勝負はついたのよ!

 

「ノゾミちゃんのおかげで研究に必要な設備が充実したこともあって、難航していた第三試作型の製作も順調に進んで……っ! つい先日、その成果をもとにさらなる発展型である第四試作型を――」

「モモリさん、モモリさん。どうかその辺に。一度の説明ですべてを理解してもらうことは難しいでしょう。また無空さんが疑問に感じた時に、一つ一つ説明してあげてくださいませんか?」

 

 どうしたものかと私が頭を悩ませていると、横からそっと助け舟が出される。

 ノゾミだ。二人の交流を尊重し、一歩引いた位置で見守っていた彼女だったが、さすがにマスターがキャパオーバー寸前の状態にあると判断したらしい。

 モモリも、そこでようやくハッとした様子で我に返った。

 興奮で赤くなっていた顔が、見る見るうちに青ざめていく。

 

「ご……ごめんなさいごめんなさいっ! つい熱くなりすぎてしまって……い、一方的に話してしまって、ごめんなさいぃっ……!」

「……大丈夫。私の不安を解消しようって、あなたなりに頑張って説明しようとしてくれた気持ちは、きちんと伝わったから」

「む、無空ちゃん……っ!」

 

 マスターがフォローを入れると、モモリは感激したように目を潤ませた。

 いつの間にやら無空ちゃん呼びになってる辺り、相当な好感度の上昇っぷりも見て取れる。

 

 ……この子、もしかしたら結構チョロいのかもしれない……。

 大丈夫? マスターは良い子だから大丈夫だけど、世の中にはそういう素直さを利用しようとする悪い人がいくらでもいるんだからね?

 いつか悪い人に騙されたりしないか、お姉ちゃんちょっと心配です。

 

「無空さん。要約いたしますと、モモリさんの研究はソウルハート・サーヴァントへ機械による仮の肉体を与えるものなのです」

 

 モモリのテンションが落ちついた頃合いを見計らい、ノゾミが引き継ぐようにまとめに入る。

 

「仮の肉体を……?」

「実体化に不可欠な肉体の生成や維持と言ったプロセスを、機械の側で肩代わりするという見方をするとわかりやすいかもしれませんね。そのぶんだけソウルハート・サーヴァントの負担が軽減され、物質世界での長期間の活動が実現可能になるのです」

「……なるほど。今度こそ理解した」

「実際にはもっと多くの要素が織り込まれたシステムですが……概要としては、その認識で問題ないかと思われます。ですよね、モモリさん?」

「は、はいっ! ノゾミちゃんの言う通りです!」

 

 モモリがコクコクと頷きを返す。

 

「モモリさんのこの研究は非常に先進的なものです。それゆえにまだ実験段階であり、完成品というわけではありません。その研究をさらに先の段階へ進めるためには、稼働データを取るためのテスターが必須となります」

「テスター……つまり、ソウルハート・サーヴァント?」

「その通りです。だからこそ無空さん。私はそこに、ホロエルさんに身体を与えたいというあなたの願いを結びつけたのです」

「ふむ……」

「これはあなたの願いに適合するだけでなく、彼女の研究にとって有益なものでもあります。協力し合うことが互いの利益になる」

 

 要点を的確に押さえながら、マスターとモモリ。二人の立場や利害関係をそれぞれ丁寧に紐解き、わかりやすく補足してみせる。

 生徒会長という役割上、他者へ簡潔な説明を行う場面も多いのだろう。

 人見知り二人を同時に相手にしてこのレベルのコミュニケーションを行えるとは……やはり天才か……。

 

 私もおおむね理解したぞ。

 つまりはソウルハート・サーヴァントへ仮の肉体を与え、実体化に限りなく近く、けれどそれよりも遥かに省エネな自律行動を可能にさせることがモモリの研究テーマってことだな。

 モモリはその研究成果を確認するためのテスターを欲している。

 そしてマスターは、私が自分だけの身体を持って生きていけるようになることを欲していて、偶然にもモモリの研究がそれに合致する。

 お互いにWin-Winの関係が成立するというわけだ。

 

「つまり……あなたの言うところのビジネス関係ってこと?」

 

 マスターが問うと、ノゾミは微笑みながら首を横に振った。

 

「それはお二人次第かもしれませんね。ホロエルさんの存在が、無空さんにとって比較しようがないほどに大きなものであることは私も承知しています。そして同時に、モモリさんにとっての自分の研究もまた己の人生と心血を注いで進めているものです。互いに大切なものを預け合うのですから、対等に尊重できる関係性が理想的でしょう」

「……そうね。あなたの言う通りかも」

「お二人の関係が、私とモモリさんのようなビジネス関係に収まるかどうかは……お二人の今後に委ねられるものかと私は愚考いたします」

 

 うむうむ。ノゾミの言う通りだ。

 私としてもビジネスだなんて冷たい一線を引いたものではなく、できることなら友達という温かな間柄を期待したいところである。

 と、私が頷きを繰り返しながら心中でそう思った時だった。

 

「え……? ま、待ってノゾミちゃん……私たちの関係って、ビジネスな感じだったの!?」

 

 驚愕に目を大きく見開いたモモリが、信じられないものを見るような眼差しでノゾミを見やったのだ。

 私とマスター……そしてついでになぜかノゾミも、ポカンとした表情でモモリを見つめる。

 

「友達だと思ってたの……私だけだった……? 私のこの気持ちって、一方通行だったの……!?」

「……えっ!?」

 

 ……流れ変わったな……。

 まさかノゾミ、やらかしたか……?

 

 ビジネス関係。ここに来る道中、ノゾミはモモリとの関係性をそう表現していた。

 だがモモリにとってその表現は、甚だ不本意なものだったらしい。

 珍しく素っ頓狂な声を上げるノゾミ。完全に虚を突かれたその反応は、紛れもなく本心からのものだった。

 モモリもノゾミのそんな嘘偽りない動揺を察したのだろう。

 悲しげに眉尻を下げて、しょんぼりと俯いてしまう。

 

「……そっか。ノゾミちゃんは私のこと……そんな風に考えてたんだ……こんな私にも自分のことをわかってくれるお友達ができたんだって、私だけが勝手に浮かれてたんだね……」

「え……あ、あの……モモリさん……?」

「そりゃそうだよね……ノゾミちゃんみたいなすごい子が、私なんかとお友達になってくれるはずないもんね……こんな地味で冴えなくて、コミュ障で人見知りなダメ人間と……お友達になってくれるわけないよね……ぐすっ」

「……ノゾミ」

 

 すすり泣くモモリ。

 その姿を目の当たりにしたマスターが、突き刺すような眼差しでノゾミを射抜く。

 かつて私がノゾミから心ない言葉を浴びせられた時にも匹敵する、冷ややかなオーラが放たれている。

 それはホムラやエミリア、センカ、そしてクラスメイトたちとの交流を経て、友情が尊いものだと学んだ今のマスターだからこその怒りだった。

 

 かく言う私も、今回ばかりはジトーッとした非難めいた眼差しを向けざるを得ない。

 私だって、もしホムラとかに「メイちゃんのソウルハートだから義理で仲良くしてるだけだよ」とか言われたりしたら普通に傷つくし……。

 もちろんホムラがそんなこと言うわけがないのだが、今回ノゾミがモモリに対してしたことはそれと同じなのだ。

 本当にそういうドライな関係性だったならともかく、こんなにも想ってくれてる友達をビジネス呼ばわりするのはさすがに擁護できない。

 

 私はまだノゾミのとの付き合いが長いわけじゃないし、彼女のことをそこまで知っているわけじゃない。

 でも……彼女がかつて私に向けた憤怒も憎悪も、すべては失った愛情の裏返し。

 今はもう手が届かなくなってしまった大切な誰かを、変わらず想い続けていたがゆえのもの。

 だからその心根は誰よりも愛情深く、人の気持ちを慮れる優しい子だって信じてたのに……。

 まさか友達をビジネス扱いするなんて……見損なったぞ、ノゾミ!

 

「っ……ち、違うんですモモリさんっ! あっ、あれはそういうつもりで言ったわけでは……!」

 

 これまで見せたことのないほどの狼狽っぷりを見せるノゾミ。

 自分のなんてことのない言動が意図せずモモリを傷つけてしまったことを、彼女もようやく悟ったようだった。

 

「私はモモリさんのことを好ましく思っていますっ! これは紛れもなく私の本心です! しかしそのっ……モモリさんと関わりを持つに至ったキッカケが、打算的な理由を多分に含むものでしたから……モモリさんの能力面ばかりを見て、それを利用するような真似をしている私にモモリさんの友人を名乗る資格はないのではないか、と……」

 

 ノゾミの決死の訴えに、モモリはふるふると首を横に振る。

 

「そんなこと言ったら……私だって研究の資金とか設備の面とかでいっぱい助けてもらってて、ノゾミちゃんの厚意を利用してるのがおこがましいって思うし……」

「あれは私やラフィエルの助けになってくださるモモリさんへの正当な対価であり、あなたという一人の研究者への投資です! 一方的な施しというわけではないのですから、モモリさんが気に病むことではありません……!」

「だったら……私とノゾミちゃんの間に、貸し借りなんてないはずでしょ? 私たちは、対等な取引をしてるんだから……遠慮する必要なんて、ないはずでしょ……?」

「……そ、それは……そうかもしれませんが……」

 

 ……涙で顔をくしゃくしゃにしながらも、さすがは研究者と言ったところか。

 その反論は一つ一つが理路整然としていて、きちんと理屈が通っている。

 ノゾミも返す言葉が見つからなかったのか、思わずと言った具合に押し黙ってしまっていた。

 グスグスッ、と鼻をすすりながら……モモリはノゾミに歩み寄ると、上目遣いで彼女を見上げた。

 

「能力とか、打算とか……報酬とか、投資とか……そういうのがあったら、私はノゾミちゃんと友達になれないの……? 大切には、思っちゃいけないの……?」

「……モモリさん……」

 

 ポロポロと零れる大粒の涙が、モモリの頬を濡らす。

 ノゾミは大きく目を見開くと、彼女の訴えを噛み締めるように瞼を閉じた。

 それから自嘲するように、小さく首を左右に振る。

 

「……つくづく、実感しますね。かつての私がどれだけ自分のことばかりで、周りが見えていなかったのか……」

「ノゾミちゃん……?」

「憤怒と憎悪に目を眩ませて……イサネやモモリさん。そばにいた人たちにこんなにも想われていたことに気づけなかったなんて……本当に愚か者です」

 

 不意に、ノゾミが私の方を見やる。

 深い感謝の念が込められた眼差しだった。

 そんな風に見られる心当たりがなく、「むむ?」と私が小首を傾けている間に、彼女は再びモモリに視線を戻して深く頭を下げる。

 

「いいえ、モモリさん。私たちはもうとっくに友達ですよ」

「……ほ、ほんとに……? 私に気を遣って、そう言ってくれてるだけじゃない……?」

「違います。本当に心から、モモリさんのことを大切な友人だと認識しています。だからこそ、どうか友人に向けるには相応しくない表現を使用してしまったことを訂正させてください。本当に……申しわけありませんでした」

「ノゾミちゃん……」

「あなたを傷つけてしまった以上、今更謝罪の言葉を重ねたところで遅いかもしれませんが……」

「う、ううんっ! そんなことない! その……私の方こそごめんね! 気を遣ってるなんて疑っちゃったりして……」

「ふふ……でしたら、貸し借りなしのお互い様、ですね」

「っ……! うんっ!」

 

 パァッ、と花が咲いたような笑顔を浮かべるモモリ。

 目はまだ少し赤いままだが、傷ついた様子はもう見られない。

 ノゾミは安心したように肩の力を抜くと、ハンカチを取り出して彼女の目元を優しく拭った。

 

 まったく……こっちまでヒヤヒヤしたぞ。

 でも、なんだかんだですれ違いが解消されたようでなによりだ。

 仲直りした二人の様子を見て、マスターもやれやれと言った感じに肩をすくめている。

 私は最初からノゾミが根は優しい子だって信じてたぞ!(手の平返し)

 

「その……無空ちゃんも、ありがとね……!」

 

 トテトテとこちらに近づいてきたモモリがペコリとお辞儀する。

 

「……? ……私はなにもしてない」

「ううん。会って間もない私なんかのために怒ってくれて……嬉しかったから」

「……」

 

 暫しの沈黙ののち、耳の先をほんのりと赤く染めて、マスターがプイッと視線をそらす。

 へへへ、照れてるぞ。マスターが照れてる!

 マスターは人付き合いの経験が少ないがゆえに、お礼も言われ慣れていないのだ。

 ニマニマと口元を緩めて眺めていると、それに気づいたマスターが「むぅ……」と頬を膨らませながら、プイプイッと私からも顔をそらした。

 そんな膨れっ面をしてもただ可愛いだけなんだよなぁ。我が妹ながらなんと愛らしいことか。

 お姉ちゃんはとても眼福です。

 

「……ホロエル」

 

 ニマニマする私に呆れたように小さく息を吐いてから、マスターが私の名前を呼んだ。

 語らずとも私の意図をマスターが察してくれることが多々あるように、私もマスターの言わんとしていることはなんとなくわかる。

 どうやらマスターは、私の姿をモモリに明かしてもいいと判断したようだ。

 私がソウルハート・サーヴァントだってことはバレバレだったし、今更と言えば今更ではある。

 それでもここまで私の姿を明かそうとしなかったのは、要は気持ちの問題だったのだろう。

 つまるところ、モモリがマスターを信用して好意を抱いてくれたように、マスターもまたモモリを信用するに足る人物だと認めたわけである。

 

 マスターの呼びかけに応じ、私はモモリからも姿が見えるようになるまで存在の強度を上げた。

 銀髪金眼、純白の衣装。白い翼と白銀の光輪。

 私本来の姿が、ハッキリとモモリの視界に映し出される。

 

「ひゃっ……!? こ、この子って……!」

「モモリ。もう知ってると思うけど……彼女がホロエル。私のソウルハート・サーヴァント。そして私の大切な、たった一人の家族」

「う……うんっ! 知ってるよ! クラス代表対抗戦の無空ちゃんのデュエル記録を見た時から、ずっと会ってみたかったんだ……!」

 

 モモリは目をキラキラと輝かせながら、吸い寄せられるように私の前に立った。

 その瞳は憧れのアイドルと邂逅したファンのように輝いている。

 

「は、初めましてっ……! 私、デュエル科学研究部の部長をしてます、地伏田モモリです! その……よろしくねっ。ホロエルちゃん……!」

 

 よろしくだぞ!

 

 おずおずと遠慮がちに差し出してきたモモリの手に、私も自分の手を重ねる。

 今の私は完全な実体化を果たしているわけではなく、いつもの半透明モードだ。

 重なった手のひらに温もりはなく、実体のない感触だけが漂う。

 それでも握手の形になるように彼女の手を握った。

 ニコニコと笑いかける私に釣られたように、モモリの瞳も柔らかく弧を描く。

 

「えへへ……なんだかこの握手だけで、ホロエルちゃんがどんな子かわかっちゃったかも……」

 

 はにかむようモモリが笑う。

 せっかくなら私もここから皆のようにモモリと友情を深めたいところではあるが、まだ本題が残っている。

 自己紹介が一段落したところで、マスターは改めてモモリに向き直った。

 

「モモリ。あなたの研究が私の願いと適合することはわかった。私の願いはノゾミがさっき言った通り……ホロエルに自由に動ける身体を与えること。もしもモモリがそれを叶えることができるなら、私はその研究に全面的に協力したい……させてほしいと思ってる」

「は、はいっ!」

「でも……あなたもノゾミも、その研究はまだ完全なものじゃないって言ってた。それはつまり……まだなにかしらの問題が残ってるって解釈でいい? たとえば……安全性とか、ソウルハート・サーヴァント側にかかる負担とか。そういう部分に問題はないの?」

「あっ……うんっ! そうだよね! 危険性がないかどうかって、すごく大事だよね……! うーんと……そうですね。その説明をする前に……まずは実際の試作品をご覧になった方がわかりやすいかと思いますので……! 皆さん、どうぞこちらへ!」

 

 ふーむ。

 私は当初、モモリが敬語を使うのは初対面の人を相手にしている緊張が原因だと思っていたが……。

 もしかするとそれだけではなくて、研究者モードに入った時にも口調が切り替わるのかもしれない。

 キリリッと真剣な面持ちを浮かべる彼女からは、それまでの気弱な様子からは想像できないほどの頼りがいを感じさせた。

 

 私とマスターは互いに顔を見合わせると、モモリに従って準備室の奥へと進んだ。

 そこには部屋に入った時から目についていた、人型のマネキンのような機械が静かに鎮座していた。

 全身の装甲や関節部分に流線的なデザインが施されており、いかにも近未来的な印象を受ける。

 

「こちらが私の研究の試作品の最新型、第四試作型SHAになります!」

「試作品……ってことは、これがソウルハート・サーヴァント専用の義体……?」

 

 私はマスターの隣に並んで立つと、彼女と一緒にまじまじと人型のマネキンの全体像を眺めた。

 

 見た目はツルリとした無機質なもので、どこかのっぺりした印象を受けた。

 白く滑らかな表面には細かい紋様のような回路が走っていて、胸部にはなにやら重要そうなユニットが埋め込まれているのが透けて見える。

 関節部分には特殊な球体機構が組み込まれており、人間らしい動きを再現するための可動域が確保されているようだった。

 

 見るからにロボットというか、アンドロイドというか……。

 まあ確かに、動きそうな見た目ではあるが……。

 

「第四試作型SHA。正式名称は、ソウルハート・アバターです。ソウルハート・サーヴァントの現世での分身という意味合いでそう名付けました。これまでの試作型では技術的な検証や短期間の動作テストが主でしたが、第四試作型は長期的な運用を想定した仕様に仕上がっていまして、いわば今までの研究の集大成とも呼べる基礎モデルなんです!」

「へえ……よくわからないけど、この身体をホロエルが使うってこと……? うぅーん……」

 

 マスターがなんだか微妙な反応を示している。

 いや、私もマスターの気持ちはわかるぞ。

 なにせ自信満々にお披露目された義体とやらが、明らかに人間味ゼロの無機質なマネキンだったのだ。

 私の可愛い美少女天使な姿とは、似ても似つかない。

 これを自分の身体として使えと言われても、さすがに私も戸惑ってしまう。

 

 まぁ、マスターがどうしてもって言うなら乗り移ってみてもいいけど……。

 

「……モモリ。これ……ホロエルが乗り移ったら、ホラー映画みたいになっちゃわない……?」

 

 私が毎晩余った実体化時間でしてあげているように、このマネキンに頭を撫でられる光景でも想像したのだろうか。

 マスターが苦い顔を浮かべながら、控えめにモモリに抗議する。

 私に自由に動ける身体を与えたいマスターも、さすがにこの無機質マネキンは嫌だったらしい。

 だが不満をあらわにするマスターに、モモリは「ふっふっふっ」と意味深に笑みを浮かべながら人差し指を振った。

 

「ご安心ください、無空ちゃん。実はこの第四試作型SHA……憑依するサーヴァントの容姿に合わせて、外見を変更する機能を搭載しているんです!」

「外見を変更……? そんなことできるの?」

 

 目をパチパチと瞬かせるマスター。ちなみに隣で私も同じリアクションをしている。

 モモリはコホンと咳払いをすると、得意気に腰に手を当てて解説を始めた。

 

「このSHAはベーシックな状態では人型のマネキンの形を取っていますが、その実態は多重層の特殊なナノフレーム構造なんです」

「なのふれーむ……?」

「とても細かな粒子が集まって構成されている、ということです! 制御ユニットが個体ごとのソウルハート・エネルギーの波動パターンを読み取り、回路を通じて全体に呼応させることで、ナノフレーム構造がそのソウルハートにとって最適な形状に変化する仕組みになっているんですよ」

「……つまり、今のこの状態はあくまで素体……的なもので、ホロエルが乗り移る時はホロエルの姿になるってこと?」

「はいっ! その理解で間違いありません!」

 

 はぇー、すっごい……。

 

「ただし注意点として、ベースとなる義体からあまり大きく姿を変えることはできません。この義体は、あくまで人型のサーヴァント専用のものですから。ホロエルちゃんは条件を満たしているので問題ありませんが、四足獣タイプのサーヴァントなどであれば別途にそのタイプ専用の義体を製作する必要があります」

「なるほど……」

 

 今度はマスターが処理落ちしないよう彼女のペースに合わせてゆっくりと話し、噛み砕いた解説を加えてくれる。

 おかげでマスターも今回は難なく理解できたようだ。

 感心した無垢な子どものように、へぇー、と無邪気に頷いている。

 

 と、そこでモモリは少し真剣な面持ちになると、まっすぐにマスターに向き合った。

 

「無空ちゃん……私のこのSHA、ソウルハート・アバターはまだ試作品ですから、確かに多くの課題が残っていることは否定できません。ですがその研究の過程において、私は常にソウルハート・サーヴァントの安全を第一として設計してきました。義体に乗り移るソウルハート・サーヴァントの安全性に関しては、私のこの命にかけても保証いたします」

「……命……」

「ですから……もし無空ちゃんとホロエルさんのお二人さえ良ければ、私の研究のテスターになっていただけませんか? もちろん、最終的な決断はお二人にお任せしますが……この第四試作型SHAなら、きっとお二人の希望に添えると思うんです……!」

「……あなたは、それでいいの?」

「……へ? 私ですか?」

 

 マスターの返しが意外だったのか、モモリはパチクリと目を瞬かせる。

 

「ノゾミはあなたのこの研究を、あなたの人生と心血を注いで進めてるものだって言ってた。人生、心血、命……口で言うのは簡単だけど……その重みはきっと、あなた以外の誰にも理解できるものじゃないはず」

 

 マスターがチラリと私を一瞥する。

 

「そんな大事な研究のテスターを……会って間もない私たちに任せて、あなたは本当にそれでいいの?」

「……」

「……もしもノゾミにお願いされたからっていう義理人情で、その役目を私たちに託そうとしてくれているのなら……私はやめるべきだと思う」

 

 マスターはテスターを引き受けたいと思っていて、モモリもこちらにテスターを任せたいと言ってくれている。

 ただ承諾するだけで済むその状況で、敢えてマスターはモモリの意思を問いただす。

 それはきっとマスターが……命より大事なものを抱える感覚を知っているからなのだろう。

 ノゾミが抱える痛みに共感し、彼女を許す選択をしたように。マスターは人の気持ちになって考えられる子だから。

 だからこそ、モモリが抱える想いを蔑ろにするような選択は取れないのだ。

 

 モモリは最初こそ瞠目していたが、すぐにふにゃりと顔を綻ばせると、照れくさそうに頬を掻いた。

 

「えへへ。無空ちゃんって、やっぱり優しいね。でも、私は大丈夫だよ。ノゾミちゃんにお願いされたからじゃない……私としてはむしろ、無空ちゃんたちにこそ任せたいって思うくらいだし」

「それは、どうして?」

「無空ちゃん、言ってたよね。ホロエルちゃんはたった一人の大事な家族なんだって。家族……私もね。私のパートナーの子のことを同じように想ってるの」

「あなたのパートナー?」

「うん。出てきて、モグルン」

 

 モモリが呼ぶと、彼女の足元にマスコットのように可愛らしいモグラのソウルハート・サーヴァントが現れた。

 10秒間しか実体化できない私と違って、実体化の燃費が良いのだろう。完全な実体化状態だ。

 モグルンと呼ばれたその子はマスターの前まで進み出ると、両手を差し伸べるように広げてキューキューと可愛らしく鳴いた。

 マスターがおそるおそる手を差し出すと、その指先をモグルンはキュッと両手で握り返す。

 その光景は、私がさきほどモモリと交わした握手ととてもよく似ていた。

 

「……」

「私の研究は、人間とソウルハート・サーヴァントが肩を並べて生きていける未来を作るために始めたことなんだ。私のこの夢は、無空ちゃんの願いと繋がってるんだって……そう感じるの」

「肩を並べて生きる……」

「だからもしも無空ちゃんたちが私の研究に協力してくれるなら、それは願ってもないことなんだよ。私と無空ちゃんは同じものを見てて、同じことを同じように感じられる。そんな無空ちゃんと同じ方向に向かって一緒に歩いていけるなら……それってとっても素敵なことだと思うから」

 

 モモリの言葉を反芻しながら、マスターは自分の指を握るモグルンを見つめる。

 モモリのソウルハート・サーヴァントであるモグルンを通して、彼女が夢見る景色に思いを馳せるかのように。

 やがてマスターはそっとモグルンから手を離すと、自分の胸に手を置いて、モモリに向かって力強く頷きを返した。

 

「……わかった。なら、改めて私からもお願いしたい。モモリの研究のテスター……私たちにやらせてほしい」

「はいっ! こちらこそ、不束者ですがどうかよろしくお願いしますっ……!」

 

 マスターとモモリは互いに手を差し出して握手を交わす。

 私もそれに倣ってモグルンの前にしゃがみ込むと、さきほどマスターがしていたようにモグルンと握手を交わした。

 

 おー、よしよしよしよし。

 うへへ。ちっちゃくて可愛いねぇ。これからよろしくだぞ!

 

 私とモグルンのなにげない戯れに、マスターとモモリは顔を見合わせて小さく笑い合う。

 

「さて! それでは具体的な予定の話に入りますが……」

 

 モモリは再び研究者モードに入ると、義体の近くにデスクに備えつけられたコンピュータの方へと向かった。

 浮かび上がったモニターに、いくつかの数値やグラフが表示される。

 覗き込んでみてもなにがなんだかよくわからなかったが、なんか難しそうでかっこいいことはわかったぜ……。

 

「まずは稼働テストの第一段階として、ホロエルちゃんに第四試作型SHAに憑依してもらい、事前に作成した評価項目に則った状態チェックを行うことを提案します」

「ふむ……」

「このテストの主な目的は二つです。一つは、義体に搭載された各機能が正常に動作するかどうかの確認です。事前に行った無人テストでは問題ありませんでしたので、大丈夫だとは思いますが……万が一ということもありますから」

「もう一つは?」

「これまで行われたSHAの稼働テストは、ノゾミちゃんのパートナーであるラフィエルちゃんに協力してもらっていました。その役目をホロエルちゃんに引き継いでいただくに当たって、各種パラメーターに相違性がないかどうか。こちらも確認が必要になります。相違性がある場合は、ホロエルちゃんに合った最適化を施す必要がありますね」

「……一応聞くけど、義体が突然爆発したりはしない?」

「うっ!? あ、あはは……それを聞くってことは、この部活のやらかしを無空ちゃんも知ってるんですね……」

 

 モモリは気まずそうに苦笑しつつも、首をブンブンと横に振った。

 

「でも、大丈夫です……! すでに数十回と行ったシミュレーションテストで安全性の評価は済ませています! それにSHAは、一定以上の過剰負荷がかかると即座に強制停止する機構も組み込んでいますから。仮になにか異常動作があった場合、ソウルハート・サーヴァントへ悪影響が及ぶ前に安全に隔離される仕組みになっています!」

「そっか……わかった。あなたを信じる。それでその稼働テストって言うのは、今から?」

「はい! 無空ちゃんとホロエルちゃんの都合がよろしければ、すぐにでも!」

「私たちは大丈夫」

 

 だよね? というマスターに目配せに、私はコクコクと頷きを返す。

 なんならちょっとドキドキしてきたぞ……!

 ただの1枚のカードに過ぎない。実体のない身体でマスターを見守ることしかできなかった私が、本当の意味で彼女の隣を歩ける可能性があるというなら……それほど魅力的な誘惑はない。

 

「了解です! それでは早速ですが、ホロエルちゃん。SHAに乗り移る……前に、義体の胸部に埋め込まれてる制御ユニットに触れてもらえますか? 幽体のままで構いませんので!」

「ホロエル。お願い」

 

 二人に促され、私はモモリの指示通り、SHAの胸部に埋め込まれた制御ユニットに手を置いた。

 すると、その刹那。マネキンの全身を走る回路状の紋様が青白い光を放ち始め、その表面がまるで水面のように揺らぎ始めた。

 マネキンの滑らかな曲線が、歪み、伸び、膨張し、収縮し、次第に新たな輪郭を描き出す。

 無機質だったマネキンに髪が広がり、翼が芽吹き、四肢が伸縮し、その装甲を柔らかな肌に変えて、私の肉体を再現していく。

 最後に、まるで内側から溢れ出すかのように服が形成されると、そこにはまさにこの場にいる私と瓜二つの姿をした義体が誕生していた。

 

「ホロエル……?」

 

 マスターが呆然と呟く。かく言う私も開いた口が塞がらない。

 

「ソウルハート・エネルギーの波動パターンの解析と全身への伝達、ナノフレーム構造の変化に問題はなし……と。えへへ、どうですか? 無空ちゃん、ホロエルちゃん。私の研究は、お二人の期待に添えるものでしょうか?」

「うん……本当にすごい……」

 

 マスターの純粋な賞賛の言葉に、モモリが自慢げに胸を張りながら照れ笑いする。

 いや……うん。なんというか、すごい。

 すごくすごい……。

 マスターの語彙力のなさを笑えないレベルで、私も言葉が出てこない。 

 

「このまま憑依していただくのがもっとも親和性が高い状態になるのですが……んー……羽とヘイローがあるままだと、他の人の目に留まった時に困りますね。それとせっかくなら、服もここの生徒と変わらない違和感のないものにした方が良さそうかも……ちょっと待っててくださいね。憑依していただく前に、少しだけ見た目の調整を加えます!」

「調整?」

「はい! そんなに大きな調整ではないので、これくらいならササッとできるはず……えっと、ここをこうして……」

 

 モモリがコンピュータを操作し、モニターに映っていた義体の立体映像を編集する。

 するとしばらくして、私の姿を象った義体に再び揺らぎが走った。

 翼と光輪がするりと溶けるように消失し、衣装も見慣れた制服へと変わっていく。

 そうしてあっという間に、この学園の生徒の格好をした私が誕生した。

 マスターや皆と学園に通っていてもなんらおかしくないような、そんな見た目だ。

 

 ……まあ、チョイスされた制服が中等部のものなのが微妙に気になるところではあるが……。

 いやまあ、わかるよ?

 私は高等部に通うにはちょーっと幼すぎる見た目で、こっちの方が自然だってことは。

 でもマスターが高等部で、私はマスターのお姉ちゃんなわけだから、私も高等部にすべきではなかろうか。

 これではマスターと並んだ時、私の方が妹に見られてしまうかもしれない……。

 それは誠に遺憾である。

 私がお姉ちゃんなんだぞ! これだけは譲れない!

 

「うんうん。良い感じですね! これならもし誰かに姿を見られても、ホロエルちゃんとよく似た女の子ということで誤魔化せそうです!」

 

 翼と光輪がないだけで、ずいぶんと印象が変わる。

 確かにこれならモモリの言う通り、最初から疑ってかからない限りはソウルハート・サーヴァント……『虚構天使ホロエル』だとは気づかれないだろう。

 そもそも、ソウルハート・サーヴァントは実体化時間に限りがあるのが常識だ。

 常に実体があるSHAはその常識に反するものであり、ただ見た目が似ているというだけでソウルハート・サーヴァントだと結びつける人はまずいないだろう。

 無空さんが使うホロエルちゃんによく似てるね、と。その程度の印象に収まるはずだ。

 

「さすがですね、モモリさん。一つ前の第三試作型ではここまでのことはできなかったはずですが……容姿の細かな調整までできるようになっていたとは」

 

 ここまで静観していたノゾミが、感心したように息を漏らす。

 

「ですが新たにこのような機能を実装したということは……もしや第四試作型は、準備室の外で稼働テストを行うことも想定しているのですか?」

「その通りです、ノゾミちゃん。繰り返しになりますが、第四試作型は長期的な運用を想定した基礎モデルですから。新たに作り直す形ではなく、既存の状態からブラッシュアップを繰り返すことで、より洗練されたモデルに仕上げていきたいと考えています」

「なるほど。ではこの第一段階の状態チェックを終えた後の次なるステップは、屋外での長時間運用……ということですか」

「その予定です! とは言っても、今日のところは稼働中の状態チェックと稼働後の義体の負荷状態の確認で終わってしまいそうですが……」

「……ふむ」

 

 ノゾミはなにやら思案するように顎に手を添えると、やがて小さく頷いた。

 

「わかりました。続けてください」

「……? うんっ!」

 

 モモリは訝しげに首を傾げつつも、マスターと私に向き直った。

 

「それでは稼働テストを開始しましょう! ホロエルちゃん、準備はいいですか?」

 

 うむ! 任せろ! いつでもいいぞ!

 私が頷きを返すと、モモリは満足そうに微笑んだ。

 

「ではホロエルちゃん。もう一度制御ユニットに……義体の胸の辺りに触れて、意識を集中させてください」

 

 モモリから言われた通りにする。

 ……感じる。私の幽体の手が触れると同時、義体の奥にある制御ユニットが、私の内に存在するエネルギーと同調を始めたのが。

 なるほど。モモリに口で説明された時はなんとなくでしかわからなかったが、こうしてみると感覚的にも理解できる。

 

 私の意識は今、こうして義体の前に存在して、その制御ユニットに手をかざしている。

 しかし実際のところ、私の本体はマスターのデッキの中に入っている1枚のカードであって、この幽体はあくまで仮の容器でしかない。

 薄いエネルギーによって構築された自分だけの幽体を生み出して、それに意識を乗せている。要するに今の私はそんな状態なわけだ。

 その意識を乗せる対象を、この機械仕掛けの身体に移し変える――。

 可能だ。その手応えが、確かに指先から伝わってくる。

 

「同調率79.4%で安定……許容範囲内。問題なしです! ホロエルちゃん、どうぞ!」

 

 端末のモニターに映る数値を確認し、モモリがGOサインを出す。

 

 私は迷わず、その機械の身体に意識を移した。

 意識の焦点が一瞬だけぼやけ、瞬時に再構築される。

 それまで感じていた幽体特有のかすかな浮遊感のようなものが消え、代わりに物体の重さが私の感覚を包み込んだ。

 通常の実体化とは明確に違う。物理的に干渉できる実体を持ちながらも、私の中のエネルギーだけでそれを維持するのではない。

 義体が与えてくれる肉体を基盤に据えることで、より安定した在り方を確立できる。

 自分の力で作った身体じゃないから、ソウルハート・サーヴァントとしての戦う力はまったく行使できなさそうだけど……。

 これなら……10秒なんて短い時間じゃない。

 10分……一時間……いや、もっと長くだって――。

 

「ホロエル……?」

 

 沈み込んでいた意識が浮上し、ゆっくりと瞼を開く。

 私を見つめるモモリとノゾミ、そしてマスターの姿が視界に映る。

 モモリは万が一生じるかもしれない義体の不具合を見逃さんと、私とモニターを食い入るように交互に睨んでいる。

 ノゾミはただ穏やかな眼差しで、私の様子を窺っていた。

 そしてマスターは不安と心配と、それから隠し切れない期待に瞳を揺らして、私を見つめている。

 

 その瞳に導かれるように、私はそっとマスターへと手を伸ばした。

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