「バンドを始めたキッカケは何だったんですか?」
「僕……元々人と話すのが苦手だったんですが、ある日ギターを持って歌ってみたら……」
押入れの中、流しっぱなしにしていたラジオから聴こえてきたのは今注目のロックバンドのギターボーカルのインタビューだ。
なんか前にも同じような事があったような……そうだ!中1の時にテレビで見たロックバンドのメンバーも同じ様な事を言っていたんだ。
それを見て私も輝きたいと思って、お父さんが持っていたギターを借りて音楽を始めたんだ。懐かしいなあ……あの時はあんなにワクワクしたのに、今はとても辛い……それもそうだ。今の私には、夢に向かって突き進んでいる人は眩しすぎる、その輝きに、まるで自分自身の存在がかき消されてしまいそうで。
私の名前は後藤ひとり。中学1年生の時にギターを始めて、ひたすら押入れにこもって毎日練習した甲斐もあって……自分で言うのもなんだけど、動画サイトでは結構な人気者になりました。でも目標だった、バンドを組んで文化祭でライブしてちやほ……脚光を浴びると言うのは、中学では叶いませんでした。
そんな私に転機が訪れたのは高校1年生の時。ドラマーの虹夏ちゃんに突然声をかけられたのをキッカケに、バンド『結束バンド』のギタリストになる事に。その後色々とあり、元々の目標でもあった文化祭でのライブは叶い、更にはCDまで出す事も。
私とギターボーカルの喜多ちゃんの高校卒業後には更に積極的に音楽活動を行うことになり、バンド結成から5年後……私が21歳になる頃には全国ツアーを行い、ツアーファイナルでは1000人以上動員可能なライブハウス『渋谷O-HIGASHI』で、ワンマンライブを行うまでになりました。
そして……その日の渋谷O-HIGASHIのライブが、結束バンドのラストライブとなりました。
解散理由について色々な人達から聞かれました。表向きには「活動を続ける中でそれぞれのやりたい事が少しづつ異なってきたので、各自がより輝けるように」と虹夏ちゃんがインタビューで答えてくれましたが……それは嘘です。
虹夏ちゃんも喜多ちゃんもリョウちゃんも、結束バンドをもっともっと続けたかった……!なのに私が……私が、逃げたんです。
あんなにバンドでビッグになりたいとか言っていたくせに、あんなにみんなから注目されたいと言っていたくせに……いざそれが形を帯びてくると、ビッグになる事・注目される事のプレッシャーがとにかく怖くて……
動画サイトで顔やプロフィールを隠して活動していた頃とは違い、SNSでは色々な意見が飛んでくる。今思えば馬鹿な話だけど、否定的な意見がとにかく怖い癖に日々エゴサしてはそれらを目にして鬱になっていた。
時には公式アカウントで反論リプライを飛ばして、火に油を注いだことも。
そんな私に対して、暖かく接してくれたメンバー3人の優しさが……とにかく辛かった。バンドが大きくなるほどに私の心は限界に近づいて……スタジオ練習の日、私は3人に脱退希望を告げました。
脱退するのは完全に私のエゴ。結束バンドにはこの先も続いて欲しい。
バンドを続ける中で人の繋がりも増えたお陰で、私の代わりになるメンバーもきっと見つかるだろう。だから私がいなくても大丈夫……だと思ったのに。
「ひとりちゃんが抜けるなら、これ以上結束バンドを続ける意味は無いです!」
喜多ちゃんが、叫ぶように言った。
「そうだね。4人でやってこその結束バンドだもんね。ごめんねぼっちちゃん、そこまで思いつめていたのに気づいてあげ……ううん、見て見ぬ振りをしちゃって……」
それに続いて、虹夏ちゃんが申し訳無さそうに言った。
「ここまで突き進みすぎた。ちょっと休もうか」
リョウちゃんがいつもの調子で、でもいつもよりどこか暗い表情で言った。
私は言葉が出なかった。3人の優しさがとても嬉しくて……それ以上に辛かった。
その日から解散ライブまでの事は良く覚えていない。形式的には感動のフィナーレを迎えたはずなんだけど、良く覚えていない。
そして結束バンド解散から2年。私以外の3人はそれぞれの道をしっかりと歩んでいた。
虹夏ちゃんは結束バンド解散後、姉の星歌さんが店長のライブハウス『STARRY』で本格的に働き始めた。
2年経った今では副店長として、それこそ星歌さん以上にライブハウスの顔として箱を切り盛りしている。
リョウちゃんは結束バンド解散後、作曲家として様々なジャンルのアーティストへの楽曲提供を開始した。
今では人気クリエーターとして引っ張りだこで、更には今話題のバンド『
喜多ちゃんは結束バンド解散後、シンガーソングライターとしての活動を開始した。
結束バンド時代のファンだけでなくこの2年で新たなファンを獲得し、今年の夏には結束バンドのラストライブの会場でもあった渋谷O-HIGASHIでのワンマンライブを成功させた。
そして私は結束バンド解散後……引きこもった。高校時代には引きこもる私に容赦ないツッコミを入れていた妹のふたりが、どこか腫れ物に触るように優しく声をかけるようになった事が……時の流れを強く感じた。こんな駄目な姉で本当にごめんね。
とは言え、大学にも行かず働きもせずニートを満喫できるほど私のメンタルは強いはずもなく……一ヶ月後には、押入れの中でひたすら世の中の最新曲・流行り曲を練習し、ギターヒーローとして動画サイトでの活動を再開した。
今思えば、結束バンドを組んでいた頃に 後藤ひとり=ギターヒーロー と公表していなくて本当に良かった。
元々はフリーライターのぽいずん♡やみさんが『結束バンドとギターヒーローが同等の力にならない内に公表するのは逆効果』と言ってくれたおかげだ。もし公表していたら……ここには戻れなかった。もし戻れなかったらもう私には、音楽すら無かっただろう。
ありがたいことに活動再開してからの2年で登録者数は100万人にまで増え、毎月十分な収益を出せるようになった。
そのお陰で家賃代+αをお父さんお母さんに払うことが出来ている。本当に良かった……ただ引きこもっているだけのタダめし食いじゃ、私の存在価値なんて無かったから。
「さて、続いてのゲストは、シンガーソングライターの喜多郁代さんです」
「こんばんは!喜多郁代です♪」
先程からなんとなしに流していたラジオから、かつて毎日聞いていた声が流れてきて思わず耳を傾ける。
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「喜多郁代と言うお名前は本名なんですか?」
「はい!来た 行くよ って、ダジャレみたいで昔は苦手だったんですが、どんどん愛着が湧いてきて今ではとても好きな名前です♪」
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「喜多さんは、以前はバンド活動していたんですよね」
「はい!結束バンドと言う、これもダジャレみたいな名前ですけどとても素晴らしいバンドで、この頃があったから今の私がいます♪」
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あれだけ苦手だった本名で、アーティスト活動している喜多ちゃん。解散後のバンドについて、何も臆する無く語っている喜多ちゃん。
私なんかが言うのもおこがましいけど、成長したな。歌声やギターの腕前もそうだけど、それ以上に人間として。
逆に私は……あの頃よりもギターの腕前は上がったかもしれないけど、人間としては……
『ピピッ!』
「なななっ!なに!?」
LIMEの通知音が押し入れに響き渡る。LIMEが鳴るのなんていつぶりだろう、久しぶりすぎてビックリしてしまった。
スマホを開いた先に表示された名前を見た私は、呼吸をするのも忘れて表示された名前に見入ってしまった。
――喜多ちゃん
最後まで読んでいただき、ありがとうございます。