もしも風のタクトのガノンおじさんがブレワイ世界に転移したとする   作:東雲るぅ

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10.ハイラル城

 厄災ガノンの口から光線が放たれた。

 赤色の光線は、緑の草原を焼き払いながら、周囲を焦土に変えていく。

 その攻撃をかいくぐりながら、ドロフとリンクは二手に分かれる。

 

 ドロフは厄災ガノンの正面へ。

 リンクは、ぐるりと時計回りに、厄災ガノンの後方へ動く。

 唸り声を上げた厄災ガノンは、正面のドロフへ牙を剥いた。

 ガノンはドロフの魔力に引き寄せられており、リンクには目もくれない様子だ。

 

「おまえもわしを忌々しいと思っているのか。お互い様だ」

 

 ガノンは本体からにじみ出た怨霊であり、意志を持たない人形のようなものだ。

 きっと言葉など理解していないだろう。

 ドロフは、コウメコタケを交差させる構えを取った。

 それに応えるように、厄災ガノンは、ドロフめがけて口からレーザーを射出する。

 

「はぁっ!」

 

 ドロフは高速で迫るレーザーを切り払い、ガノンの足元に潜りこむ。

 その勢いのまま剣戟を叩き込んだ。一撃一撃が、ガノンの体を切り裂いていく。

 

 そこへ加勢するように、上空から4本の光線が飛来した。

 ラネール地方の方から、オルディン地方の方から、ゲルド地方の方から、へブラ地方の方から。

 それぞれの方角からやってきた光線は、英傑の魂が操る四神獣の攻撃だ。

 4本の光線は、ガノンの胴体を貫き、浄化の力でダメージを与えていく。

 ガノンは苦しみのたうち回り、そのたびにハイラルの草原は厄災の炎で焼かれていく。

 

(鬱陶しい。これ以上、この地を穢すな)

 

 ドロフは、ガノンの攻撃をかわしながら、その体を斬り続ける。

 厄災ガノンはガノンドロフの分身体である。所詮は瘴気の塊。本体とは比べ物にならないほど弱い。

 よって、力押しで破るのが最も手早い。

 

 一方、厄災ガノンの背後に回りこんだリンクは、少し離れた位置に移動する。

 そこでリンクは、ゼルダの巫女の力で生成された『光の弓』を手にし、聖なる矢を放ち、常に遠距離から攻撃をしかける。

 後のガノンドロフ戦のために、リンクの体力を温存しつつ、マスターソードを消耗させてはならないからだ。

 

 それからも、同じような応酬がつづいた。

 ドロフが厄災ガノンを引き付け、正面から攻撃をしかける。

 瘴気の体を斬って、突いて、裂いて、確実にダメージを蓄積させていく。

 そして無防備になったガノンの背中に、神獣たちの光線が降り注ぎ、リンクの光の矢が突き刺さる。

 

 しだいに、ガノンの体から黒い煙が立ち上り、城のような巨体が小さくなっていく。

 ダメージを与えたことで、ガノンの体内にある瘴気が消失しているのだ。

 ドロフはますます攻撃する手を早めた。一刻も早く倒してしまいたかったのだ。

 

 ドロフはガノンの右足を駆けのぼり、ガノンの顔面までたどりつく。

 両目を双剣で突いた。

 視界を潰されたガノンは悲鳴を上げ、瘴気のブレスを闇雲に辺りにまき散らそうとする。

 

 それを遮るように、四神獣のレーザーがガノンの動きを止めた。

 リンクの放った光の矢が、ガノンの心臓部分をヒットする。

 そうして追い詰められた厄災のガノンの首を、ドロフは双剣で屠った。

 

 黒々とした醜い獣の首が、宙を舞う。

 地面に落ちる寸前だったガノンの首は、塵となって消えた。切り離された体も消滅した。

 

 こうしてドロフとリンクは、まったくの損害を出さず、厄災ガノンの討伐を達成する。

 

 消滅したガノンの瘴気の中から光があふれた。

 その光は、ひとりの人間を包み込んでいた。

 白い装束のような巫女の衣装を身にまとった、金髪ロングヘアで青眼の、ハイリア人の少女である。

 

「お目にかかるのはこれが初めてだな。ゼルダ姫」

 

 ドロフはそう言って、未来の女王に礼をした。

 それにならって、リンクも武器を納めて、礼をする。

 ハイリア人の少女──ゼルダは、初めて目にするゲルドの男の姿をまじまじと視界におさめる。

 それからゼルダは、リンクに視線を移した。

 

<……>

 

 ゼルダは、リンクをじっと見つめて、恐る恐るといった風に口を開いた。

 

「ハイラルの勇者……わたしを覚えていますか? わたしのこと、わたしの顔を」

 

 リンクはこくり、と頷いた。

 ゼルダはわなわなと唇を震わせて、たしかめるようにリンクの両の瞳を覗いた。

 

 ドロフは口を挟まなかった。

 100年の時を越えて、姫と騎士は再会を果たした。

 それに水を差すのは、あまりにも無粋に思えたのだ。

 

 ドロフが言葉を発したのは、数分が経った頃である。

 

「失礼、ゼルダ姫、貴殿の体調はどうだ? なにせ100年間、やつをとどめていたのだからな」

 

「……はい、問題ありません。ただ、ずっとガノンを抑えていたので、巫女の力の多くは消失しています」

 

「かまわんさ、少しでもやつの動きを止められるのであれば、よい。それに……」

 

 ドロフは、ゼルダの右手を凝視した。

 ゼルダ右手の甲。そこに、巫女の力とは別の強大な力が眠っているのを感じた。

 

「ゼルダ姫、肩の力を抜き、目を閉じて、頭にイメージを描いてくれ。ハイラル王家の大三角の印。それが金色に輝き、光を放つ。そんな情景を」

 

 ゼルダは目をぎゅっと閉じて、右手を握りしめて、前に突き出した。

 ドロフは、つづけて言葉を発する。

 

「次の言葉を言ってくれ。『トライフォースよ、我の言葉に応じよ、目覚めたまえ』」

 

 ゼルダは、ドロフの言う通り、トライフォースに呼びかける。

 すると、ゼルダの右の手甲が光り、黄金の大三角の文様が浮かんだ。

 

「……これが、トライフォースなのですね」

 

「ああ、そうだ。『知恵のトライフォース』は、知恵ありし者に宿る。

 貴殿は知恵ある者だと認められ、トライフォースの一片を与えられた。

 それはすなわち、貴殿が賢王となる素質を秘めていることに他ならない」

 

「賢王……わたしがですか」

 

 ゼルダの表情が、翳りを帯びた。

 きっと、100年前の自身の失態を思い返しているのだろう。

 ドロフは、そんなゼルダに対して、ふっと笑った。

 

「案ずるな。貴殿はハイラルを興そうという志がある。それを見失わない限り、良き王になるだろう」

 

 その言葉は、ドロフ自身の経験から導き出されたものだった。

 いくら王としての素質があっても、己の野望に身を任せれば、人心は離れていく。

 その点、このゼルダという少女は、清廉な心を持っている。それは、いつどの時代のゼルダも、持っていたものである。

 

「なにより、貴殿には頼りになる騎士がいる。主がそのようでは、従者の顔を曇らせてしまうぞ?」

 

 ドロフの言葉に、ゼルダはハッとして、リンクの方を向いた。

 リンクは静かに主を見つめていた。しかしリンクの瞳は、ゼルダを案ずるように不安で揺れている。

 

「ごめんなさい、リンク。そうですね、わたしはもう一人じゃない……」

 

 ゼルダはぶんぶんと、首を横に振る。リンクの瞳から、心配の色はなくなった。

 

 その時、リンクの右の手甲が、発光し、トライフォースの文様を描いた。

 ゼルダのトライフォースに反応し、浮かび上がったのだろう。

 ここに、『勇気のトライフォース』と『知恵のトライフォース』がそろった。

 

 三人の視線は、ハイラル城に注がれている。

 厄災の瘴気が消え、ハイラル城とその周辺の草原は、嵐が過ぎ去ったように静かである。

 しかし、本当に倒すべき敵が、まだ残っている。

 

 ドロフは眉をひそめた。

 あの城の地下で、強大な悪の気配が渦巻いている。それに嫌悪感を覚える。

 

「ゆこう。すべての元凶の元へ」

 

 

 ★

 

 

 ドロフと、リンク、ゼルダの三人は、ハイラル城の内部に足を踏み入れる。

 厄災消滅の影響で、周辺をうろつくガーディアンは全て停止していた。

 なにより瘴気が霧散しているおかげで、魔物がほとんどおらず、城内の侵入と探索は容易かった。

 

 しばらくした後、三人は、城の地下へと通じる通路へ向かう。

 ゼルダ姫曰く、そこは長い間閉ざされていて、城の者も一切の侵入を禁じられていたという。

 

 三人は地下を進んだ。

 通路は灯りがひとつもないので、暗闇が広がっている。

 リンクが松明を照らし、ゼルダとドロフが後につづいた。

 

「まさか城の地下には、このような空洞が広がっているなんて……」

 

 キョロキョロと辺りを見わしていたゼルダだが、とつぜん硬直した。

 ゼルダの視線の先には、通路の壁に刻まれた巨大な壁画があった。

 

「こ、こ、これは! 間違いありません、ゾナウ族について書かれたものです!」

 

 ゼルダはひどく興奮しているようだった。

 たしかにこれは、古代文明の研究者にとって見逃せない、貴重な遺物だろう。

 

「ゾナウ族?」

 

「はい、ゾナウ族は遥か古代に実在したという部族です。空で暮らしていて、このハイラルの地に降りたったとか。なによりすごいのは、シーカー族を上回る技術を持っていたことで、シーカー族の高度な技術も、このゾナウ族の文明に影響を受けたのではないかという一説が──」

 

「……」

 

「あ! すみません、ついに夢中になってしまって……」

 

 ゴホン、と咳払いしたゼルダは、壁画から目をそらした。

 100年ぶりに自由に行動できるようになったせいか、ゼルダは気が高ぶっているようだ。

 目下の魔王討伐を忘れてしまうぐらいに……。

 

 それから前方を歩いていたリンクが<ヘンな感じがする>とつぶやいた。

 

「ふむ、リンク、おまえも感づいたか。洞窟の奥の方から瘴気が漏れでているな」

 

「これは……厄災ガノンが放つ瘴気と同じものです」

 

「おそらく魔王にかけられていた封印が解除されつつあるのだろう」

 

「どういうことですか?」

 

「あまりにも長い年月が過ぎたせいで、封印の力が弱まっているのだろう。

 わざわざ、こちらが出向かなくとも、数年後には、やつは自力で地上に這い出ていたはずだ」

 

(わしがいなくとも、この世界のリンクとゼルダ、ガノンドロフはいずれ邂逅していただろうな)

 

 3つに散らばったトライフォースは、元の一つに戻ろうとする性質がある。

 それによりトライフォースを宿した者は、いずれ出会う運命にあるのだ。

 この世界の三人も、トライフォースの宿命から逃れられないらしい。

 

 かつて一度はその宿命に囚われ、解き放たれたドロフが、第三者としてその因縁に関わることになるとは……。

 

 洞窟の奥へ進むたびに、辺りに漂う瘴気がより濃くなっていく。

 リンクやゼルダも、最奥に潜む邪悪な空気を感じたのか、警戒心を強めているようだ。

 

 一方、ドロフは、足取りが重くなっていく。

 戦いが始まればもう引き返せない。勝利すれば、ハイラルの平和。そして自分の消滅。

 だからドロフは、すでに準備を整えていた。

 

 ──戦いの前夜、ドロフは遺書を書き記した。リンクとゼルダに宛てて書いたものだ。

 自分が倒せば消滅する。それを黙っていたことを許してほしいと。

 次にある頼み事を綴った。自分の夢。「いつかゲルド砂漠に緑を咲かせてほしい」と。

 仮にふたりがやらずとも、その願いをゲルドの民に伝えてくれと。

 

 そうして書き上げた遺書を、昨晩、ドロフはひっそりとリンクのポーチの中に忍ばせたのだ。

 ドロフが去ったあと、リンクはポーチの底から遺書を発見し、目を通すだろう。

 

(わしが去ったあと、ふたりはどう思うのだろうな……)

 

 リンクは、自分を師匠のように慕ってくれている。

 ゼルダは、恩人として、ハイラルの未来に仕える勇士として尊敬の念を抱いてくれている。

 

 ドロフは、自分の行動が、ふたりの気持ちを裏切るのは承知している。

 しかしもう覚悟を決めたのだ。立ち止まりはしない。

 

 地下の最奥にある空間にたどりついた三人は、ついに諸悪の根源と相対する。

 

 空洞の中心には、一体のミイラが横たわっていた。

 赤い髪と黒い肌。

 元はゲルド族の男だったと思われる朽ちはてた肉体だった。

 空間内は溢れかえるほどの瘴気に包まれており、そのミイラから噴き出しているのは明らかだ。

 

「ずいぶんみすぼらしい姿になっているな。魔王ガノンドロフ」

 

 リンクは松明を投げ捨て、マスターソードを抜剣する。

 ゼルダは体からオーラを発して、身構えた。

 

「やつの封印を解く。ふたりはそこにいろ」

 

 ドロフは、ゆっくりとミイラとなったガノンドロフに近寄る。

 そしてドロフは、ガノンドロフの右手に注目した。そこから、『力のトライフォース』の気配を感知する。

 

 封印されている今ならば、ガノンドロフから『力のトライフォース』をあっさり奪えるように思える。

 しかし、そんなうまい話はない。

 封印を解いて、叩き起こさなければ、ガノンドロフから、『力のトライフォース』を奪取できない。

 

 ガノンドロフの胴体には、緑色に光る右腕が突き刺さっている。

 ドロフにはそれが何なのか分からない。

 しかしその右腕のようなものが、ガノンドロフを封印しているものであると理解した。

 

 ドロフは、ミイラとなったガノンドロフから右腕を引きはがした。

 その瞬間、ガノンドロフから膨大な瘴気の渦が発生した。

 カタカタ、とガノンドロフの頭が動いて、落ちくぼんだ眼窩が妖しく光る。

 

「愚か者め、我の封印を解くとはな……」

 

 地の底から響いたようなしゃがれた声だった。

 復活したガノンドロフが、殺気と悪意を煮詰めた眼でドロフをにらみつけた。

 

「ああ、まったく愚かだ。いつまでもハイラルにこだわるお前も、ようやく間違いに気が付いたわしも」

 

 ドロフは双剣を抜き、起き上がったガノンドロフの首筋に向けて、斬撃を放った。

 しかし、ガノンドロフは瘴気による防壁を展開し、防いだ。

 瘴気がさらにあふれていく。地面がぐらぐらと揺れて、通路の壁に亀裂が走る。

 

「リンク、ゼルダ姫、ここは崩落する。急いで引き返せ」

 

 ドロフがそう言い放ったあと、リンクはうなずいて、ゼルダの手を取った。

 絶対に離すまいと、おたがいに固く握っている。

 きっとこれなら二人は離れ離れにならない。

 

 二人は元来た通路を駆け抜けていった。

 

 

 ★

 

 

 この瞬間、世界線に大きなゆがみが生じた。

 

 突然、ハイラルの空を漂う、『白龍』が消滅した。

 ハイラルの各地方にある5つの神殿も、その奥で勇者を待ちわびる賢者たちも消滅した。

 

 

 本来の歴史であれば、ガノンドロフ復活の際、ゼルダは崩落に巻き込まれる。

 その直前で偶然拾った、ゾナウの秘宝である『秘石』の力で数万年前の過去に飛ばされる。

 

 その過去の時代で、ゼルダは当時のハイラルの王ラウルと出会い、ガノンドロフの陰謀に巻き込まれる。

 まずガノンドロフは策謀により、王妃ソニアを殺害した。

 そしてゾナウの秘宝である『秘石』の簒奪に成功し、魔王となるのだ。

 

 ゼルダは時の賢者として『封印戦争』に参加し、ラウルと他5人の賢者と共に、魔王ガノンドロフと戦う。

 その戦いで国王ラウルは命を落とすが、魔王は封印される。

 しかし、未来から来たゼルダは、将来、魔王が復活することを知っていた。

 

 魔王復活に備えて、ゼルダは賢者たちを眠りにつかせる。

 さらに魔王打倒のために、時を超え自身の元にやってきたマスターソードを修復し、強化する必要があった。

 そのためゼルダは『白龍』となり、悠久の年月、ハイラルの空を漂うこととなる。

 

 ──だが、ゼルダは過去に飛ばなかった。

 

 タイムパラドックスにより、過去の歴史が修正されていく。

 ゼルダが存在しない形で、過去の歴史が進んでいく。

 

 本来の歴史通り、ガノンドロフはソニアを殺害し、秘石を奪ったことで、封印戦争が勃発する。

『時の賢者』であるゼルダが欠けた状態であるが、ラウルと、ラウルの姉『魂の賢者』ミネル。そして四賢者は、魔王ガノンドロフに戦いを挑んだ。

 戦いの結末は、本来の世界線と同様に、ラウルが命を落とし、ガノンドロフが封印される帰着となる。

 

 しかしゼルダがいないことでラウル側は、本来の歴史より弱体化していた。

 そのせいで4賢者たちは、魔王との激闘による後遺症でこの世を去った。

 後を追うように、ラウルの姉、魂の賢者ミネルも亡くなった。

 

 過去の歴史は、さらに修正される。

 

 ゼルダがいないことで、残された者たちは「退魔の剣を持つ勇者リンク」と「ガノンドロフが未来で復活する」という情報を知らされない。

 仮に知ったところで、賢者達は戦いで亡くなっている。

 賢者達が、秘石を託すために、神殿で勇者を待ちわびることもない。

 

 加えて、この世界線のゼルダは、過去に飛ばなかったので、『白龍』にはならなかった。

 ゼルダは過酷な運命を背負わずに済んだのだ。

 だが同時に、それは過去からの希望が消失したことを意味する。

 

 『白龍』となったゼルダによってマスターソードが強化されなくなる。

 強化されたマスターソードは、数少ない、魔王への対抗手段だ。

 それが失われたこの世界線において、魔王を倒しうる方法は、たったひとつ。

 

 完成させたトライフォースだけである。

 

 

 ★

 

 

 赤い月が、天に上った。

 空は血のような赤黒い色に染まる。

 瘴気をともなった黒雲が現れる。

 

 7日間の周期で、ハイラルには赤い月の夜が訪れる。

 瘴気がハイラル全土を席巻し、肉体を失った魔物たちの魂が、ふたたび受肉するのだ。

 しかし、今日、七日の周期から外れて、赤い月が昇った。

 

 ハイラル中の人々は不安に襲われた。

 不吉だ。まるであの空の色は、魔の主の誕生を祝福しているようだ。

 

 だが、人々はすぐさま思い出す。

 世界を救うために、ハイラルを駆け巡った英雄たちがいることを。

 きっと大丈夫だ。今もどこかで彼らは戦っているはずだ。

 だから明日はいつものように、穏やかな風が吹くだろう。

 

 

 

 

 ドロフ、リンク、ゼルダの三人は、崩落する通路を疾走し、ハイラル城から飛び出す。

 地中から発生した瘴気は、大地を陥没させ、ハイラル城を地盤ごと上空へ押し上げていく。

 三人はいち早く脱出したので、それに巻き込まれなかった。

 三人は、ハイラル城からやや離れた位置にある、草原に移動する。

 

 そんな三人の後を、ミイラ姿のガノンドロフが宙を浮いた状態で、追いかける。

 

「いいだろう、手始めに貴様らを抹殺する。それからじっくり、この緑豊かな平原を、光なき闇に沈めてやろうぞ」

 

 宙に浮かぶミイラに、ハイラル中の瘴気が集まる。

 朽ち果てていたガノンドロフの肉体が、しだいに元の姿へ形を変えていく。

 

 赤い髪、浅黒い肌。それはゲルド族であることの証左。

 腰に一振りの刀をぶらさげた、筋骨隆々の肉体。野望に満ちた男のかんばせ。

 それは間違いなく、魔王ガノンドロフだ。

 

「──これよりこの地をあるべき姿に戻す」

 

 受肉したガノンドロフは、地面に降り立った。

 

「世界は我が統べる、我が定める」

 

 ガノンドロフは、嗤う。

 戦いに対する高揚感と、ハイラルへの支配欲がそこにはあった。

 

「それこそが、王である」

 

 ガノンドロフの言葉に、ドロフは鼻で笑った。

 

「ふん、『この地をあるべき姿』だと? 面白いことを言う。どうせ更地にでもして、魔物の楽園にするしか能がないのに、大口を叩くな」

 

「……いつまで強気に出られるか見ものだな。まずは貴様の目のまえで、そこにいる小僧と小娘をむごたらしく殺してやろう」

 

 ガノンドロフは、嘲笑を絶やさない。自分の絶対性は揺らぐことはない、と態度であらわしていた。

 

 ドロフ、リンク、ゼルダの三人は、ガノンドロフと向かいあう。

 両者の間で見えない火花が散った。

 

 ドロフは、ガノンドロフに接近した。

 同時に、リンクはガノンドロフの右側面へ、ゼルダは左側面へ移動する。

 

 ドロフのコウメコタケと、ガノンドロフの刀が、同時に振るわれる。

 ドロフの交差する一撃。ガノンドロフの袈裟斬り。両者の攻撃は、相手の攻撃と衝突して、さえぎられる。

 つづけざまに、ガノンドロフは突きに見せかけて、下段斬りを放つ。

 しかし、ドロフはそれを読んでおり、左剣で受け流し、右の剣で浅く切り付けた。

 

「ぬぅっ」

 

「どうした? 世界を統べる王なのだろう? この程度で手こずってどうする?」

 

 両者は、数度打ち合い、おたがいに相手の能力を把握していく。

 パワーやスピードでは、ガノンドロフの方が強く、速い。

 しかし剣士の技量において、ドロフの方が優れている。

 

 それに、戦っているのはドロフひとりだけではない。

 ドロフとガノンドロフの間に、空からリモコンバクダンが落下する。リンクが投球したものだ。

 リモコンバクダンが爆発し、土煙がふたりの視界をさえぎる。

 

 その土煙に紛れるように、ガノンドロフの右側面にいたリンクが『光の矢』を放つ。

 それと同時に、ゼルダが反対射線から、巫女の力によるレーザーを撃った。

 だが、ガノンドロフは瘴気による防壁を展開し、これらを防いだ。

 

「やはり貴様は、小細工に頼ることしかない老いぼれだ。純粋な力では我に及ばぬ!」

 

 ガノンドロフは、己の額にある石に触れた。

 次の瞬間、石は禍々しい黒い光を放ち、ガノンドロフの姿が変化していく。

 髪は赤色から深紅に染まり、背中まで伸びあがる。

 瘴気の衣が体全体を覆い、身にまとうオーラは何倍にも膨れ上がった。

 

「さあ、幕引きの時間だ」

 

 第二形態に移行したガノンドロフは、瘴気を集めて、槍を生成する。

 その槍を手にしたガノンドロフは、ドロフに連続突きを打ちこんだ。

 ドロフは、双剣で右に左に繰り出して、防いだ。

 

(さっきより攻撃速度が上がっている。なにより一撃一撃が重い)

 

 ドロフは思考を回す。

 おそらくガノンドロフの額にある石。

 あの石は力の増幅器なのだろう。それを利用し、自分を強化しているのだ。

 

 魔王ガノンドロフは、素の状態で、全盛期のドロフに匹敵する強さである。

 だが額にある石により、ガノンドロフはさらに数段、パワーアップしている。

 

「どうした老いぼれ? 軽口を叩く余裕がなくなってきたのか?」

 

「いや、なに。技量の伴っていない力任せっぷりに、呆れてものが言えなくなっただけだ」

 

「生意気を! 二度と喋れぬようにその口を切り裂いてやる!」

 

 ガノンドロフは、周囲の瘴気を集めて、自分の幻影──ファントムガノンを生成する。

 それを、計3体、ドロフに差し向けた。

 3体のファントムガノンが、それぞれ別方向からドロフに襲いかかる。

 

 ドロフはとっさに飛びのく。

 だがそれを見越していたガノンドロフは、死角から、瘴気の槍を投射する。

 槍はドロフの左肩に突き刺さった。ドロフはその衝撃で、数メートル吹き飛ばされる。

 

 地面を転がりながら、受け身を取ったドロフは、大きな隙をさらす。

 そこへ、ファントムガノンたちが殺到する。

 しかし、その側面から、リンクが飛び出した。

 

 リンクは矢を撃ち、3体のうち2体をおびきよせる。

 

「リンク、わたしに任せてください!」

 

 まず先鋒にいた1体を、リンクの後方に移動していたゼルダが、巫女の力を使って動きを封じる。

 リンクはマスターソードを振るい、身動きの取れない一体目の首をはねた。

 

 次にその後方から迫る2体目。

 リンクは、ハイリアの盾を構えつつ、バックステップで下がる。

 距離を詰めたファントムガノン。

 その瞬間、リンクは、盾を振りかぶった。盾の裏側から、リモコンバクダンが飛び出た。

 リンクはあらかじめ、盾の裏に隠し持っていたのだ。

 

 リモコンバクダンの爆発で、ファントムガノンがよろめいた。

 その隙をついたゼルダが、光線を放ち、ファントムガノンを消滅させる。

 

 残された最後の一体は、リンクに近寄らず、そのままドロフに斬りかかろうとする。

 リンクはビタロックで、遠距離から、最後の一体を停止。

 ビタロックが解除された瞬間、起き上がったドロフが、ファントムガノンを切り刻んだ。

 

 ガノンドロフは、三者の戦いぶりに、感心したような表情を浮かべた。

 

「ほぉ、ラウルや賢者もいないこの地は、安穏を貪る痴呆者ばかり……そう思っていたが、どうやら違ったようだな」

 

 ガノンドロフの言葉を受けて、ゼルダは険しい顔をする。

 

「魔王ガノンドロフ、あなたはなぜ支配を望むのですか?」

 

「小娘、貴様には分からんだろう。ハイラルという豊かな大地の価値を。なにより戦乱のない世など退屈極まりない」

 

 次にリンクが<じゃあ、なんでハイラルを瘴気で汚染しようとするの? 支配するのに壊す必要はないのに>と疑問を口にした。

 

「決まっている。この地に光など必要ない。ハイラルは闇に閉ざされ、魔物がはびこる瘴気の世界になるのがふさわしい」

 

 リンクは、ゼルダを庇うように、ガノンドロフの前に出る。

 

「ふたりとも、こいつとの対話は放棄しろ。こいつは壊れている。瘴気による汚染と破壊しか頭にないのだろう」

 

 左肩に刺さった槍を抜きながら、ドロフはため息をついた。心底うんざりしたかのように。

 

(……やつはこちらの想像以上に手ごわい。そう易々と『力のトライフォース』は奪えないな)

 

 ガノンドロフ単体の戦闘力は、今のドロフとリンクと合わせたぐらいだ。

 しかし問題は、ガノンドロフが誇る無尽蔵の魔力を持ち、いくらでも手下を作り出せること。

 早く決着をつけなければ、持久戦で敗北する。

 

「リンク、ゼルダ姫、あれをやるぞ」

 

 ドロフはすばやく二人に視線を送る。

 リンクとゼルダは軽くうなずき、ドロフの元へ集合する。

 

「ガノンドロフ、覚えておけ。おまえは何をしても、この二人に敗北する運命にある」

 

 ドロフの言葉に、ガノンドロフは訝し気な表情を浮かべた。

 

 リンクとドロフは口笛を吹く。

 ぴゅー、という音が響いたあと、少し離れた丘から2頭の馬が駆けつける。

 リンクのエポナと、ドロフの黒馬だ。

 普段は木などにくくりつけているが、今回は縄につながずに付近に放していた。

 

 リンクとゼルダは、すばやくエポナに騎乗した。

 リンクが手綱を握り、ゼルダが背後に乗る。

 ドロフも黒馬にまたがった。

 

「なんのつもりだ」

 

「おまえに話す義理はない」

 

 ドロフは、ガノンドロフを鼻で笑う。

 そして2頭の馬は、ガノンドロフから逃げるように、背を向けて走り出した。

 

 

 ★

 

 

「逃げる気か……!」

 

 馬に乗って離れていくドロフたちを、ガノンドロフは鬼の形相でにらみつける。

 ガノンドロフは、腸が煮えくり返りそうだった。

 リンクという、小僧がなぜか気に食わない。ゼルダという小娘も、気に入らない。

 

 なにより、ドロフというあのゲルドの男だ!

 自分と同じ魂を持つ存在。

 はじめは仲間に引き入れて、利用するだけ利用し、始末するはずだった。

 しかし、自分に反旗を翻し、あまつさえ、常にこちらを見下すような態度を取る。

 

(やつだけは許せん、絶望の底に叩き落して、血祭りにあげてやる)

 

 ガノンドロフは、瘴気をたぐりよせ、一匹の馬の魔物を生み出す。

 その馬に騎乗し、ドロフらを追跡した。

 

 リンクとゼルダを乗せたエポナ。ガノンドロフを乗せた黒馬。

 ハイラルの赤い空の下で、2頭の馬は、並んで街道を走る。

 そのあとを、ガノンドロフを乗せた魔馬が猛然と追いすがる。

 

 ガノンドロフの騎乗する馬の魔物なら、そこらにいる馬などすぐに追いつける。

 ガノンドロフとドロフたちの距離が、どんどん縮まっていく。

 

「逃げられると思っているのか、この我から!」

 

 突然、ドロフたちは街道をそれて、草原を移動しはじめた。

 ガノンドロフもそれに続いた。

 しばらく草原を進み続けたドロフたちは、ある場所で馬を降りる。

 

 そこは川の付近にある、大きめの池だ。池の中心には、廃墟が水没している。

 ──賢者の神殿跡。

 その場所は、ハイラル平原の北西に位置し、かつて大昔女神ハイリアを信仰する神殿だった。

 しかし数百年前に打ち捨てられ、今ではさびれた遺跡に成り果てている。

 

 ドロフたちは、水没した廃墟の中に入っていく。

 ガノンドロフは、三人の後姿を目で追い、頭の中で疑問符を浮かべる。

 

(隠れるつもりか……? いや、さっきのやつらの態度。おそらく我を誘い込み、何かをしかけてくるはずだ)

 

 目に見える罠。しかし、ガノンドロフは引き下がるつもりはない。

 自分は世界を統べる王。あの不埒な連中をいたぶって、抹殺しなければ、気が済まない。

 

 ガノンドロフは、堂々とした足取りで、廃墟の中に足を踏み入れる。

 内部は、大広間のようなところで、足首がつかるほど浸水している。

 ガノンドロフは疑問を深めた。なぜ三人はこのような場所に逃げこんだのだ、と。

 

 廃墟の奥地で、ドロフとリンクが待ち構えていた。

 ガノンドロフは、より強く瘴気のオーラを自分の身にまとい、殺意を爆発させる。

 

「貴様らは袋のネズミだ」

 

「……袋のネズミか。ああ、そうだな、おまえがな」

 

 ドロフが返答した瞬間、ガノンドロフの視界を遮断するように、四角形の氷の柱が次々と現れる。

 

 

 

 

 ドロフは、ガノンドロフに向かって駆け出した。

 その背後で、リンクがシーカーストーンを起動させながら、走る。

 

 池の中にあるこの神殿跡地は、内部までもが浸水している。足首が水につかるほどの水位なのだ。

 そう、ここはアイスメーカーを使用するには絶好の環境である。

 廃墟の、水に浸かった床。リンクの手によって、そこから氷の柱がいくつも屹立する。

 

 ドロフは、氷の柱を飛び越え、ガノンドロフに斬りかかった。

 たがいに数合切り結んだあと、ドロフは後退。ガノンドロフは追撃しようと一歩踏み出す。

 しかし離れた位置にいたリンクが、ドロフとガノンドロフの間に、氷の柱を生み出す。

 

 ガノンドロフは前方にあった氷の柱を破壊。

 するとふたたび、前方に、右に、左に、3本の氷柱が、ガノンドロフの視界を遮断。

 ガノンドロフはいら立ち、瘴気の炎で、周囲にあった氷柱を溶かす。

 

 しかし正面にドロフの姿はない。

 ドロフは氷の柱を遮蔽物に、ガノンドロフの側面に回りこんでいた。

 そしてドロフは、隙だらけなガノンドロフに一太刀浴びせた。

 

「ぬうっ、小癪な!」

 

 ガノンドロフは苛立ちながら、ドロフの方へ向く。

 

(面倒な小細工だ。ならば魔物を呼び出し、この場をかき乱す)

 

 ガノンドロフは、手に瘴気を束ね、ふたたびファントムガノンを召喚しようとする。

 だがそこに、ドロフの一声が飛んだ。

 

「どうした? 追い詰めたつもりだったのか? それとも、さっきみたいに配下を生み出して、戦わせるか? 臆病者のように」

 

 臆病者。その一言を受け、ガノンドロフは動きを止めた。

 

「……配下などいらぬ、直々に我ひとりで貴様らに手を下す」

 

 安い挑発だ。

 だが怒りの頂点に達していたガノンドロフは、その挑発に乗って、ファントムガノンの召喚を中止した。

 その慢心が、ガノンドロフを勝利から遠ざけていく。

 

 ガノンドロフの背後、リンクが疾走する。

 気取られないように、『しのび薬』を飲んだリンクは、足音を立てずに、ガノンドロフの真後ろまで近づく。

 そしてマスターソードを振りかぶり、『ふいうち』をしかけるリンク。

 その瞬間、ガノンドロフは振り返った。

 

 ガノンドロフはあらかじめ、リンクの接近を察知していたのだ。

 ギリギリまで引き付けて、カウンターを食らわるために、気が付かないふりをしていた。

 

 ガノンドロフは振り向きざまに、鋭い槍の一撃をリンクに放った。

 その一撃は、リンクの胸の中心。心臓のあたりを貫く。

 致命の一撃だ。

 

 ガノンドロフは、達成感を覚えた。

 

(まずは小僧を仕留めた。次はドロフという慇懃無礼な老害を始末する番だ)

 

 しかし、心臓を貫かれたリンクは倒れることなく、突進をつづける。

 

「なにっ!!」

 

 リンクの体をぐるりと、何か小さな物が飛ぶ。

 それは羽をはやした光る球体。妖精である。

 妖精は、持ち主が瀕死の状態に陥った際、自身の魔力を使って蘇生させる習性がある。

 もしもの場合を想定していたリンクは、あらかじめポーチに妖精を入れておいたのだ。

 

 妖精の力で復活したリンクは、鋭い突きを放つ。

 リンクのマスターソードは、ガノンドロフの首筋を貫いた。

 さらにドロフのコウメコタケによる交差の一撃。それがガノンドロフの胸部を切り裂く。

 

 二人の全力の攻撃。しかしそれでも、ガノンドロフを倒しきれない。

 多少はダメージを与えたが、それでも桁違いの魔力を持つ魔王を殺しきることはできない。

 

 ガノンドロフは高笑いする。

 

「ふふははは、貴様らでは我には敵わぬ。命乞いをしろ。そうすれば楽に殺してやる」

 

「楽に殺してやる、か。それはどちらのセリフかな」

 

 その時、ガノンドロフの背後から、巨大な光線が襲いかかる。

 ガノンドロフはとっさに回避しようとする。だがリンクに首筋を貫かれ、ドロフのコウメコタケを胸に突き刺され、身動きを取れない。

 

 光線は、蛇のようにぐにゃぐにゃと曲がり、ガノンドロフに巻き付く。

 そして鎖の形に変形し、ガノンドロフを縛り上げた。

 

 ガノンドロフの背後。廃墟の陰から人影が躍り出ていた。

 ゼルダだ。息を切らしたゼルダが立っていた。

 今の光線は、ゼルダが残された巫女の力をすべて使い切った最大の一撃である。

 

 ガノンドロフは鎖を破ろうと抵抗するが、びくりとも動かない。

 しかしこの魔力の鎖は、あと数十秒もすれば、ガノンドロフの抵抗力に押し負け、壊れるだろう。

 だが、数十秒もあれば事足りる。

 

 ドロフは、ガノンドロフの右手をつかんだ。

 それからドロフは、ガノンドロフの右手の甲に魔力を流し、そこに眠る『力のトライフォース』を探り当てる。

 

「悪いが、おまえには過ぎたものだ。奪わせてもらう」

 

 ガノンドロフから、何かが抜けていく。

 それはガノンドロフの奥底で眠っていたもの。ガノンドロフがずっと気が付いていなかったもの。

 ゾナウの『秘石』よりも、さらに神聖で力強い何か。

 もしかしたらそれは、ガノンドロフが一番求めていたものかもしれない。

 

「なんだこれは、貴様、何をするつもりだ!」

 

「さあな、わしも知らん。このようなものを大地に残した神々の気が知れん」

 

 ドロフの手に、黄金の大三角の文様が浮かぶ。

 この日、この瞬間、『力のトライフォース』は、ドロフの手に渡った。

 

 

 ★

 

 

 ドロフは、己の右の手甲を、冷静に観察した。

『力のトライフォース』。

 かつて己の身に宿し、そして失われた黄金の大三角の一片。それが再度、自分に宿った。

 

 これで、3つのかけらが揃った。

 リンクに『勇気のトライフォース』が、ゼルダに『知恵のトライフォース』が、ドロフに『力のトライフォース』が。

 あとは、三人が持つかけらを合わせて、トライフォースを顕現させる。

 そしてトライフォースに『ガノンドロフの完全消滅』を願うのだ。

 

 ゼルダが、ドロフとリンクの元へ駆けつける。

 三人は、おたがいに右手の甲を突き合わせた。

 

 ドロフは叫んだ。

 

「トライフォースよ、ここに来たれ、3つのかけらよ、ここに合わされ!」

 

 ドロフ、リンク、ゼルダ。三人の右の手甲が強く黄色の輝きを発する。

 それぞれの手の甲から、黄金に光る三角形が現れる。

 三人の手から飛び出た3つの三角形は、一つに合わさる。真ん中に逆三角形の空洞がある、巨大な三角形となった。

 

 ここに、完成したトライフォースが顕現した。

 天地を創造し、世界の理を書き換える神々の神器。それがハイラル平原の隅にある、古びた廃墟に現れた。

 

 魔力の鎖にとらわれたガノンドロフは、トライフォースを目撃し、目の色を変える。

 トライフォースの強大な存在感に、圧倒されているのだろう。

 

「あれだ! あれこそが、我の求めた力だ! 秘石など、どうでもよい! 寄越せ、あれは我が持つべきものだ!」

 

 ガノンドロフは、欲望に満ちた目で、トライフォースを見つめている。

 ドロフは哀れに思った。

 若かりし頃、トライフォースを手にした自分も、あのような下卑た表情をしていたものである。

 

「あの三角形は貴様らのものではない。世界を統べる我のものだ!」

 

 ガノンドロフは身じろぎし、自分の体に巻き付いた鎖を破ろうとする。

 すると鎖にヒビが入っていく。あのままではもうじき、ガノンドロフは解放される。

 

「急げ、ゼルダ姫!」

 

 ドロフの言葉に、ゼルダはトライフォースの元へ駆け出す。

 同時に、鎖を破ったガノンドロフが、トライフォースに向かって走る。

 それを邪魔するべく、ドロフとリンクは、示し合わせたように、ガノンドロフの前に立ちふさがる。

 

「おのれっ! 邪魔だ、通せ!」

 

 トライフォースは触れた者の願いを叶える。ガノンドロフに触れさせるわけにはいかない。

 なので事前に、ゼルダがトライフォースに触れ、ドロフとリンクがガノンドロフから死守するという役割を決めていたのだ。

 

 ドロフは、一瞬だけ振り向いて、ゼルダのうしろ姿を目にした。

 

(これで、終わりだな……)

 

 瘴気の元であるガノンドロフが消滅すれば、瘴気の肉体を持つドロフもまた、消滅するのだ。

 

 ドロフはこれまでの人生が走馬灯のように脳裏を駆け巡る。

 ハイラルに憧れた少年時代。野望を抱き、悪へと転じた青年期。

 魔王となって、時の勇者に討たれるまで。数百年もの長きにわたる封印。大地が沈んだ、あの海と風の時代。

 

 そして、この世界の宿敵との思いがけない出会い。

 長いようで、短い旅。

 

 この旅は楽しかった。

 死にたくないと思ってしまうほど、楽しかった。

 

 ゼルダはトライフォースにたどり着いた。

 伸ばされたゼルダの右手が、トライフォースに触れる。

 

 ドロフは目を閉じた。

 自分は死ぬ。

 だが自分が死んだあと、ハイラルには新しい風が吹く。

 次の世代は、この新しい風を浴びて、生きるのだ。

 そこにはもう自分はいない。それでも風が吹いてくれるのなら……。

 

 ドロフは、自分の死を受け入れた。

 

 

 

 

 ゼルダの声が聞こえた。

 

「トライフォースよ、わたしの願いに応えて!」

 

「ドロフさんを、ガノンドロフを倒せるぐらい強くしてから、本当の肉体に戻して!」

 

 

 

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