もしも風のタクトのガノンおじさんがブレワイ世界に転移したとする 作:東雲るぅ
ゴロンシティに戻ったあと、ガノンドロフは連れ帰ったユン坊に話を聞く。
「小僧はこれからあの神獣を火口に追い払いに行くのだろう」
今現在、炎の神獣ヴァ・ルーダニアは、火口付近で活動中だ。
咆哮したり、火炎弾をばらまいており、あれでは観光客が逃げるのも納得できる。
「実はその、今日はやめにするつもりコロ」
「なぜだ?」
「その、ブルドー族長が腰痛を悪化させて動けないから。ひとりで行くのは危なすぎて……」
たいてい、ユン坊と族長のブルドーがヴァ・ルーダニアを追い払っている。
しかし、そのブルドーが動けないので、回復するまでユン坊は待つつもりらしい。
「では、わしとリンクが小僧に付いて行こう。元々、わしらはあの神獣に乗り込むためにこの街に来たのだ。
小僧としては、あれを早く鎮めたいのだろう?」
「え! ドロフさんとリンクが付いてくるの! ぜ、是非お願いします!」
……こんな強い人たちがいれば、安心コロ!」
ユン坊は目をきらきらさせる。
それを見たガノンドロフは、妙な気分になった。
かつて、力のトライフォースを手にしたガノンドロフは、ハイラルを支配下におき、人々が恐れおののく魔王となったのだ。
ガノンドロフという名を聞けば、ハイリアに住む子どもは怖がって、親に泣きつくものであった。
しかし、目の前にいるユン坊という少年は、ガノンドロフに対して、羨望のまなざしを向けて来る。
このような事態は初めてである。
★
それからガノンドロフとリンク、ユン坊は、ゴロンシティを出て、ヴァ・ルーダニアがいる火口へ向かう。
道中、ユン坊は自分のことを語った。
「ボクの先祖はダルケルっていう、すごいゴロン族の戦士コロ」
──ダルケル。
ガノンドロフは、ゼルダ姫からその人物について聞き及んでいた。
かつて五英傑のひとりとして数えられていた、ゴロン族の戦士。
屈強な肉体を持ち、さらには強力な防御結界を操ったとされる。
だがそんなダルケルは、100年前の大厄災で、炎の神獣ヴァ・ルーダニアに搭乗したまま命を落としたのだ。
「なるほど、だから小僧は街の者から頼られていたのだな」
「あ、いや、そんなことはないですコロ。まだまだというか……」
ユン坊はどこか自信なさげにそう言った。
「ん? どうしたリンク?」
とつぜんリンクが立ち止まった。
それからしばらくぼんやりしたリンクは、勢いよくガノンドロフに話しだす。
「なに? <ダルケルのことを思い出した>だと」
どうやらミファー同様、リンクはダルケルのことを思い出したらしい。
リンクは<そういえばここで、ダルケルとロース岩を食べた>と言う。
おそらく昔訪れた場所に来て、それで記憶が刺激されたのだろう。
「『ダルケル』って、どういうこと?」
ユン坊は、リンクの話に首を傾けている。
それはそうだ。リンクは100年前に死んだ英雄のことを、まるで知り合いのように語るのだ。
リンクは少し迷った表情を浮かべたあと、ユン坊に、自分が英傑であること、そして自分の旅について明かした。
「え、ええっ!! じゃ、じゃあリンクはダルケル様と一緒に戦ったことがあるんだ!」
ユン坊は目を輝かせて、リンクに「どんな人だったの?」と質問する。
リンクもダルケルのことを誰かに話したかったのだろう。昔の思い出をぽつぽつ述べていく。
そのたびにユン坊はしきりに頷いて、リンクの話を傾聴するのだ。
ふたりはとても楽しそうである。
ガノンドロフは、魔物を警戒しつつ、仲良く話すふたりの若者を見守った。
★
火口まで行くには、オルディン橋を通る必要がある。
だがオルディン橋は、ヴァ・ルーダニアがゴロンシティまでやってこないように、跳ね上げられている。
「ゴロンの小僧、あれはどう降ろす?」
「ドロフさん、任せてくださいコロ。『ダルケルの護り』!」
すると、オレンジ色の円形の障壁が展開され、ユン坊を覆う。
ガノンドロフは驚いた。
一目見て、ユン坊の『ダルケルの護り』の強固さを見抜いたからである。
(本気の1撃で破れるどうか……、まさか小僧がこれほどの使い手だったとは)
『ダルケルの護り』は長時間持続できないものかもしれない。
しかしながら、これほど頑強な防御はツインローバでも構築できないだろう。
だが、それはそれで不思議だ。
ユン坊はなぜあれほど自信がなく、おどおどしているのだろうか。
それから『ダルケルの護り』を纏ったユン坊は、近くにあった大砲の発射口に入る。
次にリンクは、爆弾を砲台にセットした。
爆弾が爆発すると、ユン坊は大砲から発射されて、橋に直撃する。
ユン坊がぶつかったことにより、跳ね上がっていたオルディン橋は向こう岸まで架かった。
(まさか、自分を弾として使うとはな……)
『ダルケルの護り』は強固だ。だからそれを纏った自身を高速で飛ばし、攻撃手段としているのだろう。
……意外にもユン坊という少年は、勇敢なのかもしれない。
一見臆病に見えるが、本当に臆病ならば、神獣を追い払うことなどできるはずがない。
すると架かったオルディン橋の向こうから、なにか大きな影が近づいてくる。
「ミギャー! ガ、ガーディアンだコロ!」
ユン坊は叫んだ。
装甲に包まれた機械の体。そこに青く光る一つ目がついている。
6本の足を動かしながら猛然と迫りくるそれは、かつて厄災に対抗するために開発された、自動歩行兵器ガーディアンだ。
だが、厄災の瘴気により制御系統が暴走し、今では見境なく人間を襲う破壊兵器と化している。
ガノンドロフが前に出た。それと同時にリンクは盾を構え、ユン坊を守る配置につく。
ガーディアンは、ガノンドロフにレーザーの照準を向ける。
一方、ガノンドロフは一振りの剣──コウメのみを抜き、両手に持つ。
そしてコウメを水平に構え、剣先の向きを背後に、剣の柄をちょうど右の腰骨に当たる位置につける。
体の重心を安定させて、剣のブレを減らす構えだ。
ガーディアンは、レーザーを射出した。
高速の一撃だ。だが、ガノンドロフの剣速はそれをはるかに凌駕している。
右下から左斜め上まで振り上げた一撃は、みごとにレーザーを打ち返した。
反射されたレーザーを喰らい、ガーディアンは半壊する。
だがガーディアンは、いまだに照準をガノンドロフに合わせており、攻撃は止めるつもりはない。
すかさずリンクが『氷の矢』をガーディアンに放つ。
リンクの『氷の矢』は、敵のレーザーの射出口に当たり、その部分が凍り付く。これによって、敵は攻撃を一時的に封殺される。
「良いアシストだ。リンク」
ガノンドロフは近づいて、ただの動く的となったガーディアンに一撃を叩き込んだ。
装甲がひしゃげ、部品をまき散らしながら、ガーディアンは完全に壊れた。
「うわぁ……やっぱりかっこいいコロ」
ユン坊は、やはりキラキラした目でガノンドロフを注目する。
ひょっとするとユン坊は、ガノンドロフを英傑ダルケルと重ねているのかもしれない。
英傑ダルケルは、屈強な肉体を持つ戦士で、さらにデスマウンテンを襲った魔物の群れをゴロンの戦士たちと共に撃滅してみせた伝承が残っている。
たしかにガノンドロフは、若かりし頃よりも衰えてはいるが、屈強な肉体は健在である。
そしてついさっき、火吹きリザルフォスの大群相手に大立回りしてみせた。
おそらくそのせいである。
ガノンドロフはむずがゆさを感じつつ、黙って見過ごすことにする。
★
ようやく三人はヴァ・ルーダニアに近づいた。
ヴァ・ルーダニアは、周囲にドローンを配置し、敵が近づかないように警戒している。
「うぅ、あの偵察機いやだなぁ。あれに見つかると、ルーダニアが暴走して、火炎弾を飛ばしてくるんだコロ」
「ふむ、そうか。では小僧、リンク、とっとと片付けるぞ。あれを弱らせて、火口に追いやればいいのだろう」
「え!?」
ガノンドロフは、魔術を使い、溶岩の海の上を歩く。
そのまま偵察機にわざと見つかり、ヴァ・ルーダニアの目のまえまで移動する。
「注意は引いておく。おまえたちは攻撃しろ」
前回の水の神獣同様、ガノンドロフは囮に徹する。
そしてその隙に、リンクとユン坊が攻撃をしかけるのである。
ルーダニアは咆哮を上げて、ガノンドロフを敵と定めた。
ガノンドロフは強大な魔力を持っている。
これによりルーダニアはリンクやユン坊よりも、ガノンドロフを優先して狙うだろう。
一方リンクたちは、近くの砲台に向かった。
そこでオルディン橋を降ろした時のように、リンクは爆弾の衝撃を使い、砲弾となったユン坊をルーダニアへ発射する。
『ダルケルの護り』をまとったユン坊が、ルーダニアに直撃した。
叫び声をあげた神獣は、火口に向かって、上部へ移動していく。
ガノンドロフは、移動する神獣に合わせて崖から崖へ飛び移り、溶岩地帯を渡る。
そうして常にルーダニアの正面から、離れない。
次々と火炎弾が飛来してくるが、ガノンドロフはこれらを剣で打ち落としていく。
リンクとユン坊も、他の砲台がある地点に向かい、そこから再度ルーダニアを狙う。
三人の連携によって、ヴァ・ルーダニアは火口へ追い込まれていく。
「さぁ、これで最後の一押しだ」
ガノンドロフは、ヴァ・ルーダニアに接近し、その巨大な右前足を掴む。
ルーダニアの動きが止まった。この巨大な防衛兵器は、ガノンドロフの桁違いの腕力に囚われてしまったのだ。
そこに、砲弾と化したユン坊がぶち当たる。
ルーダニアは悲鳴のような機械音を出して、火口の中に潜り込んでいく。
ガノンドロフはリンクとユン坊と合流し、三人で火口の中を覗いた。
火口の奥に広がるマグマの海の上、そこで停止したルーダニアの姿があった。
「やった! ドロフさん、リンク、今ならルーダニアに乗り込めるコロ。さっさっ、早く!」
ユン坊の言葉を受けて、リンクはためらうことなく、火口の中に飛び降りた。
そのままパラセールを展開し、ルーダニアの体に着地する。
その様子を見届けたガノンドロフも、飛び降りる準備をした。
そこで、ガノンドロフは振り返って、ユン坊を見た。
「小僧、おまえはダルケルに会いたいか?」
「え?」
英傑ダルケルの魂は、ミファーと同じように、この神獣内に囚われているだろう。
解放すれば霊体となって、ユン坊とダルケルを会わせられるかもしれない。
「会いたいなら、そこで座って待っておけ」
そう言い残し、ガノンドロフは飛び降りた。
★
ガノンドロフとリンクは、炎の神獣に入り込んだ。
内部は、ヴァ・ルッタと同じようにダンジョンのような構造になっている。様々な謎を解いて先に進まなければならない。
しかしガノンドロフは、謎を解くのが面倒になりつつあった。
ガノンドロフは、己の目的のためなら策略を謀ることもあったが、その本質は『力』である。
なにせ『力のトライフォース』に選定されるほどなのだ。
謎解きという『知恵』を使うものは、性にあわないということだ。
(あの頃、自分でダンジョンの『謎解き』を作るのは、中々に楽しかった。だが解く方にまわると途端につまらん。時の勇者もこのような気分だったのか?)
やがてガノンドロフは、強硬手段に出る。
コウメコタケを手にし、神獣内部の壁を切りつける。
すると壁は、まるでバターみたいにスパッと切り取られて、人ひとりが通れそうな縦長の四角形の穴ができあがる。
その穴をふたりは通過し、さらに次の壁もガノンドロフが同じように穴を空けることで、先に進んでいく。
かくしてふたりは、壁に穴を空けて謎解きを無視していくという、ダンジョンの設計者泣かせな方法で奥地まで到達した。
「リンク、おそらくこの壁の向こうがボス部屋だ。ここに穴を空けて侵入するぞ。
なに、<こんなズルやってもいいのかな?>だと?
かまわんさ。世界を救うためなら、一度や二度は卑怯になるくらい誰も文句は言わん」
ふたりはボス部屋に侵入した。
フロア内には、カースガノンは待ち構えていた。
水の神獣の時のカースガノンとは違うタイプらしい。全身が炎に包まれており、巨大な大剣を手にしていた。
(相変わらず、対面するだけで気色悪さを感じる……)
しかし、やることは前回と同じである。
即座にリンクはビタロックをかけてカースガノンを停止。
そこにガノンドロフが攻撃を畳みかける。
ふたりは、カースガノンを秒殺した。
★
神獣に巣くっていた瘴気は取り除かれた。
制御装置を起動し、炎の神獣ヴァ・ルーダニアは正常に機能する。
そう、厄災ガノンを討つという、100年前に果たすべき機能を。
ルーダニアは、火口を登り、デスマウンテンの頂上に鎮座する。
そして来たるべき決戦まで待機するのだ。
リンクの前に、霊体が現れた。
鍛え上げられた巌のような肉体を持つ、ゴロン族の戦士──ダルケルだ。
ダルケルは、がはは、と笑いながらリンクの背中を叩いている。
懐かしい戦友同士の語り合いだ。水をさす訳にはいくまい。
そう思ったガノンドロフは、ミファーの時と同じく、二人の様子を眺めるのだった。
やがてダルケルは、外に出て、神獣の頭頂部に立つ。
火口で待っていたユン坊はダルケルと出会う。
ふたりはおたがいに手を振り合った。距離が遠いせいか、両者ともに声は聞こえない。
それでもユン坊は、憧れの先祖に会えて、大満足らしい。
「ゴロンの小僧。おまえは祖先に会えて満足だろう」
ガノンドロフは、突然、外の景色が見たくなった。
ここは山の山頂なのだ。きっと良い景色が見れるに違いない。
ガノンドロフは梯子を登り、神獣の背中に到着する。
その時ちょうど、ゼルダ姫の声が聞こえた。
『まさか、こんな短期間で神獣を2体も解放してしまうなんて……。ドロフさんには、どう感謝の言葉を表せればいいのか』
「いらん、リンクには感謝を伝えたか」
『もちろんです。彼にはこんな過酷な旅を強いてしまっているのですから……』
「そうか、ならばよい」
ガノンドロフはデスマウンテンの頂上からの、景色を一望した。
思わず、息を呑んだ。
まず、前方には、ラネール地方の茶色の沼地が広がっている。
次に左には、紅葉の草木で満ちた、アッカレ地方の赤色の大地がある。
そして右には、緑豊かなハイラル平原が広がっている。
では、あの奥にある黄色の大地はなんだ?
この世界のゲルド砂漠だろう。
なら、あそこにある白色の大地はなんだ?
リト族が住まう、へブラ地方の雪原だ。
じゃあ一番奥にある、地平線の彼方まで広がる青は?
潮風吹き抜ける、大海原だ。
これは見事な自然風景である。
ガノンドロフは心打たれる。
ハイラル王国がどれだけ豊かな土地なのか、この景観を見れば、一目瞭然だった。
「ゼルダ姫、ハイラルは好きか?」
『わたしは、好きです。自分が生まれて育った故郷ですから』
「ハイラルは豊かな国か?」
『わたしはそう思います。
良く晴れた日に、ハイラルの平原に出ると、すごく気持ちのいい風が吹くんです。
きっと100年経っても、あそこは変わっていないはずです」
「そうだろうな。ここでさえ、こんな良い風が吹いているのだからな」
★
そのあと、ガノンドロフとリンクは、ゴロン族たちから歓待をもって迎え入れられた。
まずふたりは、ゴロン族たちからプレゼントを受け取る。
そのプレゼントこそが『特上ロース岩』である。
『ロース岩』は巨大な岩の塊であり、岩が主食のゴロン族にとって最高のご馳走だ。
それの特上バージョンなのだから、より厳選された、上質で重厚な岩がロースされている。
だが、こんなものを食える人間は、この世のどこにいるのだろうか?
「なに? <美味しいから、一口でも食べてみて>だと?」
むしゃむしゃ、とリンクは『特上ロース岩』にかじりついている。
ガノンドロフは『特上ロース岩』に対して眉をひそめるしかない。
(これは美味いのか? いや、どう見てもただの岩の塊だ)
ガノンドロフは、やっぱり食べるのをやめる。
するとリンクは、ガノンドロフの分まで平らげてしまった。
ガノンドロフは、かつてないほど勇者リンクに戦慄した。
それからふたりは、数日かけて旅の準備を整えたあと、デスマウンテンを降りる。
麓に預けた馬にふたりは乗り、さあ出発しよう、となった時だ。
デスマウンテンの方向から、コロコロと一人のゴロン族が転がってくる。
ユン坊である。
「どうした、小僧。また何かあったのか?」
「あの、見送りに……」
「そうか、世話になったな」
「あの、ドロフさんに聞きたいことがあるコロ」
「なんでも言え」
ユン坊は、うつむいてから、自分のこぶしをぎゅっと握った。
「僕は強くなれるのかな。ダルケル様みたいに。ドロフさんみたいに」
その時だった。
ガノンドロフの頭の中に、ある少年の姿が浮かんだ。
あの海の時代で出会い、小さな姫と一緒に己の妄執を壊してくれた、風の勇者だ。
そう、ユン坊という少年は、あの風の勇者と似ている。
妹を助けるために、魔物が巣くう島へ乗り込んだ小さな勇者。
己が砲弾になることもいとわないゴロンの少年。
どちらも、ガノンドロフにとってはじめは弱々しく臆病に見えた。
しかしそれは思い違いで、どちらも勇敢な心を持った少年だった。
ゆえに、ガノンドロフは厳しく言い放つ。
「それでは、おまえはだめだ」
「……え」
「誰かのようになりたい……。そう思っている限り、一生その誰かの後追いに成り下がる」
「そんな……じゃあ」
ユン坊は言葉を失う。
自分はどうすればいいのか、途方に暮れているようだった。
「だから理想の自分を追求することだ。
自分がどうなりたいのかを考えろ。誰か、ではなくな。
そうすれば案外、ダルケルを超えることも容易いかもしれんぞ」
ガノンドロフは笑みを浮かべた。
しかしそれは、悪どい笑みではない。
「わかったか?」
「はい!!」
ユン坊は力いっぱいうなずいた。
そこに、迷いはない。
「ではな、小僧、人の縁とは奇妙なものだ。またいずこで会うだろうよ」
それからリンクとガノンドロフは、オルディン地方を去った。
ふたりの次の目的地は、雷の神獣ヴァ・ナボリスだ。
ゲルド地方。その砂漠地帯の中心にある街、ゲルドの街へ馬を走らせる。
ガノンドロフは、この世界のふるさとに帰郷する。
★
「ゲルドの男だと? それはまことか、ビューラ?」
「はっ、ルージュ様」
ハイラル王国の南西に広がる、ゲルド砂漠。
その砂漠の中心地にある、ゲルド族が住まう男子禁制の街──ゲルドの街。
街の最奥にある、ひときわ大きな屋敷の中、玉座に座ったうら若きゲルドの少女と、その前にかがみこみ頭を垂れる従者の、ゲルドの女がいた。
「2か月前、ヴォーイハントで街を出た者が、カカリコ村でゲルドの男を目撃したと……」
従者であるビューラは、玉座に座る族長ルージュにそう語る。
ルージュは眉根を寄せて、うむむ、とうめいた。
ゲルド族は女しか生まれない部族である。
そして、100年に1度、ゲルド族から男児が生まれる。
しかしもう長い間、ゲルド族には男が生まれていないのだ。
それは、厄災ガノンの正体が今から1万年前に生まれたゲルド族の男であり、その呪いだという俗説もある。
「他にも目撃者はおるか?」
「はっ、ある者は、『ラネール地方の大湿原で、ハイリア人の青年と馬で移動しているところを見た』と証言しております」
「……うむ、そうか」
ルージュは、右手に持った盃をカラカラと揺らして、考え込んだ。
単なる見間違いという可能性もある。
だがもし仮に、その男がゲルド族であった場合、どうするかだ。
ゲルドの民は、過酷な砂漠の中でたくましく生き抜いてきた。
それゆえ、結束力が強く、誰一人も見捨てようとしない。
その男の出自は定かではないが、もし仮に、ゲルドの街の外で生まれた者ならば、いちおう保護するべきではないか?
ルージュとしては、使いを送り、男子禁制であるが例外的にゲルドの街に連れて帰って、接見したいところだ。
しかし、その男がハイラルのどこかにいるのか分からない。
それにその男が、接見を拒否すれば、叶わぬことだろう。
本人の意思は尊重されなければならない。
(こんな時、母上ならば、どうしていたのだろうな……)
ルージュはため息をついた。
先代の族長が亡くなり、そのひとり娘であったルージュは若くして、族長の立場になった。
ルージュはまだ15にも満たない少女であり、一族の頭領という立場を背負うには、あまりにも若すぎる。
なによりここ最近、『イーガ団』という危険思想を持ったカルト集団が幅を利かせていることも、ため息をつかせる要因の一つだった。
「その男はどんな容貌をしていた?」
「ルージュ様、それが……たいへん言いにくいのですが」
「うむ?」
「『いまだかつて見たことがないほどイケオジのヴォーイだった』と……」
「む? イケオジ?」
ルージュは手に持っていた盃を落としそうになった。
ゲルドの街の中心にある、ゲルド族たちでにぎわう市場。
砂獏の風が吹きつけるその場所で、あるひとつの噂話が流れこんだ。
ゲルドの男がハイラルを旅している。
その男は、戦士のような屈強な肉体で、まるで賢王のごとき理知的なまなざしを持っているという。また、どこか哀愁が漂う雰囲気を纏っているという。
まったく馬鹿げた都市伝説だ。
その噂を聞いた誰もが、くだらないと一蹴した。
ゲルドの女は、強い男を好む。
それと同じくらい、知性がある男に魅力を感じる。
さらに加えて、ゲルドの女たちは、哀愁が漂うと言った趣のあるものにも弱い。
つまり、噂で語られるゲルドの男は、ゲルドの乙女のツボを完璧に抑えた異性である。
そうだ、こんな完璧な存在などいるわけがない。
仮にこのような者がいれば、それはきっと白馬の王子様ならぬ、オアシスから現れたヴォーイだろう……。
次回は2万字を超える分量になる予定なので、今回のように前編後編に分割して投稿させて頂きます。それでは。