もしも風のタクトのガノンおじさんがブレワイ世界に転移したとする   作:東雲るぅ

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5.雷の神獣ヴァ・ナボリス(前編)

 フィローネ地方の熱帯雨林の奥地で、滝の音に混じって、剣戟の音が響く。

 そこで、ふたりの剣士が打ち合っていた。

 

 ひとりは、金髪で青い瞳を持った、ハイリア人の青年だ。

 水色の衣服を身に着け、利き手である右手に『ガーディアンナイフ+』と左手に『ライネルの盾』を装備している。

 

 もうひとりは、中年のゲルドの男だ。

 若かりし頃、男の瞳は野望に燃えていたが、今では年を取り、どこか静けさを帯びている。

 相手を傷つけないように、鞘に納めたまま縄で固定した、二振りの剣を扱う。

 

「呼吸を常に意識しろ。

 息を吸う時、体全体の筋肉が弛緩し、わずかに油断が生まれる。

 すなわち、その瞬間、相手にとっておまえの守りを崩すチャンスだ。

 そして逆に、おまえにとって、相手の守りを破るチャンスだ」

 

 ゲルドの男が振るう剣速は、青年のものよりわずかに速いか、まったく同じである。

 それだけではない。

 青年の足運びや、移動速度。それらも同等である。

 

「それでいい。

 だが、打ち込みすぎるな。

 相手にいつでも対応できるように、最低限のスタミナを常に確保しておけ。

 体力が底を突いたとき、動きの精彩を欠き、剣の冴えを失い、おまえは死に至る」

 

 男は意図的に、己の剣士としての能力を下げている。

 青年の最適な練習相手になるために、動きを制限しているのだ。

 

「なに? <ちょっと疲れたから休みたい>だと?

 いいだろう、では、10分の小休止を挟む。

 その間に、水分補給と体をほぐしておけ。10分経ったら再開する」

 

 ガノンドロフは、リンクに対して、そう言った。

 

 

 ★

 

 

 オルディン地方を出たふたりは、そのまま南に下る。

 その間、ハテール地方、フィローネ地方と、ハイラルの南側をぐるりと回って、大きく寄り道しつつ、着々とゲルド地方に向かう。

 

 試練の祠を探し、リンクを強化する必要があったからである。

 これのおかげで、30近い数の祠をクリアしたリンクは、膨大な加護を受け、今までにないほど強くなった。

 

 

「ゼルダ姫、聞こえるか?」

 

『はい、ドロフさん、なんでしょう』

 

 その日の晩、稽古の疲れのせいか、リンクは日が落ちると同時に、ぐっすり眠ってしまった。

 焚き火の前に座って、ひとりで夜空を見上げていたガノンドルフは、なんとなく、ゼルダと話してみようと考えた。

 

 そう、若かりし頃に敵対していた、因縁あるこの姫と。

 

「今、貴殿は話す余裕があるか?」

 

『余裕、ですか?』

 

「貴殿は今もハイラル城で、厄災を抑え続けているのだろう。もう100年以上も」

 

 100年前に起きた大厄災。

 ハイラルの都は壊滅し、王国は瓦解した。リンクを除く英傑も死亡。

 そのリンクも重傷を負ったため、回生の祠で100年の眠りについた。

 その間、ゼルダはハイラル城に残り、自身の巫女の力を使って、厄災ガノンを外に出さぬように封印でおさえつづけた。

 

 100年という、人の一生に匹敵するほどの長い時間を、ゼルダは孤独に耐えていたのだ。

 

「辛いだろう?」

 

『いいえ、そうは思いません』

 

 ガノンドロフは、かつて何度も封印された。

 その度に、暗がりに閉じ込められ、野望の炎を燃やしながら、孤独な時間を過ごしたのだ。

 長くうつろなだけの時間を、か弱い娘が耐えられると思えなかった。

 

「なぜだ?」

 

『リンクがかならず助けに来ると信じているからです』

 

 顔は見えない。声しか聞こえない。

 それでもその声からは、少女の覚悟がたしかに伝わってくる。

 

(リンクと同様に、こやつも昔から変わっておらん)

 

 思い返せばいつでもそうだった。

 どの時代でも、ゼルダはいつもリンクを待っていた。

 そしてリンクはゼルダを助け、最終的に、ガノンドロフは敗北に追いやられてしまうのである。

 

「ふ、ふふふ……」

 

『どうしました? わたし、何かおかしなことでも言ったのでしょうか?」

 

「いやなに、若い頃の自分の愚さを再確認したまでよ」

 

 ガノンドロフは、なぜ自分が敗北したのか、ようやく分かった気がする。

「ゼルダはか弱い娘に過ぎない」と、そう高をくくって、慢心していたからだ。

 それでは、リンクとゼルダに負けるのも当然だろう。

 

『あの、ドロフさん……』

 

「む、なんだゼルダ姫?」

 

『その、もしよろしければなんですが、ひとつお願いがあるのです』

 

「言いよどむな。早く言え」

 

『この旅が終わった後の話です』

 

「なに?」

 

 ゼルダは静かに語った。

 

『厄災ガノンを討伐したあと、ハイラル王国に平和が訪れます。

 けれど、そこからが本当のスタート地点です。

 まず、ハイラルを復興しなければなりません。各地にはいまだ問題もたくさん残されているでしょう。

 その時、ドロフさんには助力を願いたいのです。

 かつての英傑すらも凌駕するあなたがいれば、きっと、ハイラルの未来はより良くなるはずです」

 

 ゼルダの提案に、ガノンドロフは、ハンマーで頭を勝ち割られたような衝撃を受けた。

 

「わしは身分も知れぬ旅人。そんな信用もできない人間をハイラル王国に仕えさせるなど、あまりにも迂闊すぎないか?」

 

『それはこれまでの旅が証明しています。

 あなたが何者かは知りません。

 ですが、このハイラルを救おうという志を持っていることはわかります。

 ハイラルの復興に、これ以上必要な人物は他にいるでしょうか?」

 

 何か、質の悪い冗談か、お世辞の類だと思っていた。

 だがゼルダの真剣な声音から、それが嘘ではないと伝わる。

 

「……少し、考えさせてくれ」

 

 ガノンドロフは、返事を先延ばしにする。

 それと同時に、ガノンドロフの中で、ある疑問が浮かび上がる。

 

 ──もし、この世界の自分を殺したとして、そのあとどう生きればいいのだろう?

 

 自分は野望を失って、枯れ果ててしまった。

 今は、「この世界の自分を抹殺する」という目標のおかげで、行動を起こせている。

 

 厄災ガノン。城の地下で眠るその本体。そしてハイラルを取り巻く瘴気のすべて。

 まさにそれらは、かつての己の罪が実体となって、現れたようなものである。

 だから「消してしまいたい」と思った。

 そしてそれらを排除すれば、過去を清算できるような気がした。

 

 それは決して善意ではない。世のため人のためでもない。

 あくまで自分のためなのだ。

 だからリンクと旅をしているのだ。

 

 だが、もうその旅も折り返し地点。

 すでに2つの神獣を解放した。

 残りの2つを解放すれば、来たるべき戦いに備えるだけだ。

 

 ガノンドロフは、この旅の終わりを想像して、寂しさを覚える。

 すべてから解放されたあと、残った人生をどう過ごせばいいのか。

 それを、いずれ考えなければならない。

 

 

 ★

 

 

 ガノンドロフとリンクはゲルド地方の目前までたどりついた。

 デスマウンテンと同様に、ふたりは馬を近くの馬宿に預ける。

 ゲルド砂漠の日夜の激しい寒暖差に、馬が耐えられないからである。

 

 グランドキャニオンの谷道を徒歩で進んでいくと、渓谷の隙間から、果てしなく広がる黄色の大地が姿を現す。

 

 ゲルド地方。そのほとんどの面積を占める、ゲルド砂漠である。

 ただひたすらに、砂地となだらかな砂丘があるだけの場所を目にして、ガノンドロフは懐かしさを覚えた。

 

(たしかにここは故郷の砂漠ではない。だが、やはりここはあの砂漠と同じ風が吹いている)

 

 砂漠の風は死を運んできた。

 日中には灼熱を、夜には凍てつくいぶきを。

 それは、少年だったガノンドロフが恐れ、ハイラルの豊かな土地を求める契機を与えた存在だ。

 

 そんな死を運ぶ風は、この地でも健在であった。

 

 ガノンドロフとリンクは、ゲルドの砂漠を歩く。

 ゲルドの街は砂漠の中心地にあり、グランドキャニオンから徒歩で丸一日はかかるという。

 

 砂漠は過酷である。

 日中は、灼熱の砂漠地帯を移動する。

 ガノンドロフは慣れているおかげで平気だったが、リンクは日差しを避けて岩陰で休憩したり、『ひんやり薬』を飲み、体を冷やす。

 

 しかし脅威はまだ終わらない。

 夜になれば、寒風が吹き、灼熱の砂漠が凍てつく荒れ地に姿を変える。

 ガノンドロフはもちろん平気だったが、リンクは急激な気温の低下のせいでブルブルと縮こまり、『ピリ辛薬』を飲み、体を温めて一晩をやり過ごす。

 

「……<ドロフさんがいた砂漠もこんなところだったの?>だと?

 まあ、あまり変わらんところだ。

 すこし良いことを教えてやる。砂漠の夜の過ごし方だ。

 ほれ、上を見上げてみろ?

 良い景色だろう。砂漠の夜空は綺麗にうつる。星々もよく見えるはずだ。

 子どもの頃、寒さを紛らせるために、晩になれば星空を眺めていて……」

 

 一夜が明けたあと、ふたりは、砂漠の道なき道を進んだ。

 

 

 ★

 

 

 ガノンドロフは、道中、ある物を発見する。

 

「なんだこれは?」

 

 何もない砂地、そこにぽつぽつと植物が生えていた。

 それは地面に、分厚い皮で包まれた、大きな球体の果実を生やしている。あの海の時代で食した『スイカ』という果物にそっくりだった。

 

 その時、ガノンドロフ達の背後から、3人組のハイリア人のキャラバンが通りがかった。

 すかさずガノンドロフは呼び止めて、この果物が何かをたずねた。

 

「ああ、それは、ヒンヤリメロンですよ。

 ハイラルでもこの砂漠でしか自生していないフルーツです。美味しいですよ」

 

 しかも、このゲルド砂漠では、他にもビリビリフルーツという甘い果実をつけたサボテンがそこらじゅうにあるという。

 

 ガノンドロフは、何かジェネレーションギャップに近い、衝撃を受けた。

 

 なぜなら、ガノンドロフが暮らしていたゲルド砂漠は、マトモな作物が育つことすらできない貧しい土地だったのだ。

 ところが、この世界のゲルド砂漠では、ごく少数とはいえ作物が自生しているという。

 

 それからガノンドロフとリンクは、ヒンヤリメロンを両断して、二人で半分ずつ食べた。

 中に詰まった果実を、口に運べば、舌に甘みが広がった。

 咀嚼するたびに水気の多いジュースみたいな果汁が口内ではじけ飛ぶ。

 

(うまい、うまい。ここが暑いから余計にそう思う)

 

 なにより、体がひんやりしてくる。

 このヒンヤリメロンは、その名の通り、体を冷やす効能でもあるのかもしれない。

 

 そんなふたりを、キャラバンの三人組は、少し離れた距離からじっと観察していた。

 

 やがて、ヒンヤリメロンを食べ終えたガノンドロフはため息をついた。

 

「もう茶番はいいだろう。殺気が隠せておらん」

 

 それはキャラバンの3人組に向けた言葉だった。

 3人組のうち、リーダーらしきハイリア人の男がわずかにたじろいだ。

 

「もう少し巧妙に隠蔽するべきだな。後、癖なのか、3人共に足さばきが妙に静かだ。

 尾行ももう少し慎重にやったほうがいい。丸わかりだ。

 それで偽装したつもりなら、暗殺者として三流もいいところだ」

 

 ガノンドロフは、半日ほど前からこの三人組が尾行していることに気が付いていた。

 ついさっき、3人組が追い越したのは、この先で待ち伏せするためだろう。

 

 ガノンドロフに正体を見破られた3人は、殺気を爆発させる。

 

 白煙が上がり、3人の変装が解かれる。

 煙が散ったあと、そこには旅装束のハイリア人3人組の姿はない。

 赤いスーツを着て、奇妙な模様を刻んだ白い仮面をかぶり、頭にちょんまげを生やした3人組がいた。

 

 そのうちのひとりが、リンクに向かって叫ぶ。

 

「我らはイーガ団! 金髪青眼のハイリア人。そしてシーカーストーンを所持している!

 間違いなく、貴様は勇者リンクだろう!

 コーガ様の命により、ここで貴様ら勇者一行の命を頂く!!」

 

 イーガ団と名乗った3人組は、ガノンドロフたちに襲いかかってきた。

 

「ふむ、こんな妙なやつらに命を狙われるとは、勇者とは大変な役目だな……」

 

 ガノンドロフはそうつぶやいた。

 リンクは、すでに刺客を察知していたのか、あらかじめ右手は背中の剣に添えられていた。

 だが、今回はリンクの出番はないだろう。

 

 ガノンドロフは足元に転がっていた、石ころを3つ拾い上げた。

 それを指弾で、イーガ団員たちに向けて、3つ撃ち放つ。

 放たれた3つの石ころは超高速で飛び、それぞれイーガ団員の顔面にあたり、仮面を粉々に砕いた。

 

「ぎゃあああ!!」

 

 ダメージを喰らい絶叫したイーガ団員たちは、その場で倒れて、あっというまに戦闘不能となった。

 

「殺す価値もない。去れ」

 

 ガノンドロフは、威圧感をこめて、言い放つ。

 それに恐れをなしたイーガ団員たちは、ひいい、と悲鳴を上げながら逃げ去った。

 

『イーガ団……、やはり100年経っても、彼らはハイラルで暗躍しているのですね』

 

 ゼルダの憂うような声が聞こえた。

 

「ゼルダ姫、あの訳の分からん連中を知っているのか?」

 

『イーガ団と呼ばれる、危険思想を持つ集団です。

 彼らは厄災ガノンを信奉し、ハイラルに混乱をもたらすことを目的に活動しています』

 

「厄災ガノンを、信奉だと……? いったいなぜ?」

 

『遥か昔、シーカー族という、優れた古代技術を持つ一族がいました。

 ガーディアンも神獣も、彼らが作り上げたものなのです。

 しかし、その技術力を恐れた当時のハイラル王家は、シーカー族を追放してしまいました。

 追放された一部のシーカー族は、ハイラル王家と女神ハイリアを恨み、厄災ガノンを崇拝するようになったのです。

 そうして、彼らイーガ団が結成されました』

 

「ううむ……」

 

 ガノンドロフは、思わず、額に手をあてた。

 

 まさか自分を崇拝する連中がいるとは。

 そしてそんなおかしな連中が、何も知らずに、崇拝対象である自分の命を奪いに来ている。

 これほど奇妙な状況は他にあるだろうか。いや、あるまい。

 

 そのような面倒そうな組織は、今後のために潰しておいた方がいいだろう。

 しかし、さきほど、ガノンドロフはイーガ団員を見逃してしまった。

 尋問でもすれば、何らかの情報を引き出すことはできたはずである。

 

 絶好の機会を逃してしまった。

 ガノンドロフは、イーガ団員に情けをかけたことを、不覚に思った。

 

(……温いな。昔なら、命乞いをしていても、やつらを容赦なく殺していただろうに)

 

 年を取ったせいなのだろうか。

 それとも、過去の償いのつもりなのか。

 ガノンドロフ自身でも、分からなかった。

 

 

 ★

 

 

 ラクダを模した、要塞のように巨大な機械が、4本足で砂漠を移動している。

 その上空には雷雲が立ちこめており、常に機械の周囲に落雷が降り注いでいる。

 

 あのラクダのような巨大な機械が、雷の神獣ヴァ・ナボリスだ。

 

 小高い砂丘を登った二人は、砂漠地帯を移動するヴァ・ナボリスの姿を確認する。

 それと同時に、遠くにぽつんとある街を発見した。

 四角形に壁に覆われた街だ。あそこがゲルドの街だろう。

 

 リンクとガノンドロフは、ゲルドの街に入り、族長のルージュをたずねたい。

 しかしゲルドの街は、男子禁制であり、女しか入ることを許されていない。

 男は一歩でも踏み込めば、衛兵にしょっぴかれてしまう。

 

 よって、あるものを手に入れる必要があった。

 

 ふたりはゲルドの街からやや離れたところにある、キャラバンの集落に足を運んだ。

 

「イヤ~ン! 似合っているじゃない!!」

 

 行商人の男が、どこかオカマっぽい言動でそう口にする。

 

 ガノンドロフの目のまえに、リンクがいた。

 それは別にいい。問題はリンクの衣装である。

 

 リンクは女装していた。

 全体の服色は淡い青色で、可愛らしいフリルが付き、腹部と肩の部分が露出しており、どこか煽情的である。

 

 ゲルドの街に男が入る方法は、たったひとつだけある。

 それこそが、女装である。

 

「ウフフ、思っていた通りだわ。イイ女になったじゃない」

 

 行商人の男は、リンクをほめそやす。

 リンクは、なんだか複雑そうな表情を浮かべる。

 もうこんな服さっさと脱ぎ棄ててしまいたい。そんな顔である。

 

 しかし、ある意味で、行商人の男の言葉は的を射ている。

 

 リンクは中性的な顔つきだ。

 フードで頭部を覆い、布で口元を隠し、女性服を着れば、もう女にしか見えない。

 なによりリンクは寡黙な性格のため、うっかり声を出して男だとバレることはない。

 

「で、アナタは……」

 

 行商人の男は、ガノンドロフに視線を向ける。

 

「いや、わしは必要ない。というより、できないだろう」

 

「そ、そうね。アナタはその、ワイルドすぎるというか、たくましすぎるというか、女装はちょっと無理そうね」

 

 リンクは困ったような表情を浮かべる。

 

「ん、どうした? <じゃあ、ドロフさんは外で待機して、自分ひとりだけゲルドの街に入るの?>だと?

 いいや、違う。わしも中に入ろう」

 

 ガノンドロフには直感があった。

 たしかに自分は男だ。しかしゲルド族の男である。

 

 ガノンドロフが知るゲルド族は、結束が強い民である。

 この世界のゲルド族もそういった民族性なのか定かではないが、同胞であることを明かせば、街に入れなくとも、なんらかの便宜を図ってくれるかもしれない。

 

 確証もない、論理の欠けた考えである。

 だが、ゲルドの民として生きたガノンドロフだから、根拠もないその可能性を信じることができた。

 

 

 ★

 

 

 ガノンドロフと女装したリンクは、ゲルドの街に近づく。

 街の門の付近には、ゲルド族の門兵が2人直立している。

 衛兵のうちひとりが、ガノンドロフらの姿を目にとめて、声を張り上げた。

 

「止まれ! そこの旅の者二人!」

 

 それからゲルド族の門兵が、ガノンドロフらに近づく。

 

「片方はヴァーイだな。通って良し! もう片方は……」

 

 門兵のゲルドの女が、ガノンドロフを目にした瞬間である。

 ゲルドの女はリンゴのように顔が赤くなる。それからプシューという、やかんが沸騰するような音がした。

 

「え、あ、ふぇ……え、ゲルドのヴォーイ? え、なにこのイケオジ……やばぁ」

 

 もう片方の門兵も、唇をわなわなと震わせていた。

 

「う、噂は本当だったんだ。ゲルドのヴォーイだ。それも、噂通りの哀愁漂う、ワイルドな顔つきにスマートなまなざしのイケオジだ……!」

 

 門兵たちふたりは、あたふたしている。

 

(……何を言っている、こやつらは?)

 

 ガノンドロフは当惑するが、それを表情には出さない。

 

「わしは、ドロフと申す。

 ハイラルの外からやってきた、貴殿らと同じゲルドの民だ。

 ぜひ族長ルージュにお目通りを願いたく。この街の通行許可を頂きたい」

 

 ガノンドロフが手早く用件を伝えれば、門兵は真っ赤な顔でうつむいて、首を横に振る。

 

「え、あ、あの、ヴォーイはそのぉ、ゲルドの掟で街を通したらダメなんです……」

 

 しかし、もう片方の門兵がそれを引きとめた。

 

「ま、待て! すこし前ルージュ族長が、ゲルドのヴォーイを探していたと聞いたぞ。

 ここで追い返してしまったら、後々問題になるんじゃないか!」

 

「け、けど、掟を破ったら、怒られるどころじゃすまないもん」

 

「い、いやそんなこと私に言われても。こういう時どうすればいいのか、マニュアルに書いてないし……」

 

 半ばパニック状態の門兵に、ガノンドロフは疑問をぶつける。

 

「どういうことだ。ルージュ族長がゲルドの男を探している? それは本当か?」

 

「え、あの、はい。もう1か月くらい前の話なんですけど……」

 

 どうやら話を聞くに、ガノンドロフの存在は、ゲルド族の間で噂として広がっているらしい。

 なんでも、「ハイラルを旅する謎のゲルドのヴォーイ」だと。

 

(おそらく、これまでの道中、ゲルドの者たちに目撃されたに違いない)

 

 そして、その目撃情報をルージュ族長が耳にして、噂のゲルドの男を探しはじめた……といった流れだろう。

 ルージュの目的は、本当にゲルドの男か真偽を確かめるため、もしくは100年に1度しか生まれないゲルドの男を保護するといったところか。

 

(ふむ、むしろこの状況は好都合だな……)

 

 ガノンドロフとリンクは、ルージュ族長に会うために、ゲルドの街に訪れた。

 そのルージュ族長が、ガノンドロフを探している。

 これはまさに好都合というほかない。

 

 だが、なによりガノンドロフは思うのだ。

 

 同胞と邂逅できた。

 

 かつての、ゲルドの民は自分以外滅んでしまった。

 だが、この世界では彼女らは立派に生きている。

 自分の目でそれを確認できた。ガノンドロフにとって、それだけで、この世界に来た価値はあったのだ。

 

 ゲルド族の門兵たちを見つめているうちに、ガノンドロフは自然と笑みを浮かべた。

 

「ふぇ!?」

 

 その笑みを受けた門兵は、素っ頓狂な声を上げた。

 

 そうして、しばらく門兵たちとやりとりしていたガノンドロフであったが、ふと、周囲が騒がしいことに気が付く。

 

 いつのまにか、門の内側に人だかりができていたのだ。

 ざわざわ、とこちらに視線を飛ばしてくるのは、この街で暮らしているゲルドの女たちであった。

 

「え、あれって……ゲルドのヴォーイ。嘘、なんてステキな人……」

「ちょっと、アンタ話しかけてきなさいよ」

「む、むりぃ、だってヴォーイと話したことなんて一度もないよー」

 

 ガノンドロフは、動揺する。

 なぜなら、集まったゲルドの女たちの視線は、今まで浴びてきたことのないタイプだったからだ。

 恐怖、畏怖、敵意、憎しみ、怯え。そのどれでもない、熱がこもったものだ。

 

 時間が経てば経つほど人だかりができ、喧騒が膨れ上がって、辺りに満ちていく。

 やがて、その空気を破壊するように、鋭い一声が響いた。

 

「ちょっと待ちなさい! あそこにいるハイリア人のヴァーイは誰なの!?」

 

 門の内側にいた者たちの疑惑の視線が一斉に、女装姿のリンクに向けられる。

 ゲルドの女たちは、完全にリンクを女と思い込んでいる。

 

「いったいあの娘はなんなのかしら?」

「どうしてイケオジヴォーイの隣に?」

「ずいぶんと仲が良さそうね……」

 

 女装姿のリンクはアワアワしている。

 

「間違いないわ! きっとあのハイリア人のヴァーイは、イケオジヴォーイの恋人なのよ!」

 

 その声がきっかけで、騒ぎが爆発した。

 

「なんですって!!」

「そ、そんなぁ、あんまりだ……」

「認められない! アタシは認めていない!」

 

 さっきまで色めき立っていた周囲の空気は、急激に重苦しくなっていく。

 そして悲しみの慟哭やら、怨嗟の声やら、呪詛の言葉やらが飛び出し、場はカオスになっていく。

 

 女装姿のリンクは、ますますアワアワしている。

 あまりにもかわいそうである。

 

 しかし、ここでまたしても鋭い一声が響いた。

 

「いいや、それは違うわ! あのヴァーイは、イケオジヴォーイの娘なのよ!」

 

 その瞬間、重苦しい空気が緩和される。

 

「なに?」

「どういうことかしら?」

「なんで……?」

 

「よく考えてみれば簡単なことだわ。

 イケオジヴォーイと、あのハイリア人のヴァーイはずいぶん年が離れているわね。

 それも、親と子供ぐらいに。

 そして仮にふたりが親子ならば、あることにも納得がいくわ」

 

「それはいったい?」

 

「イケオジヴォーイの放つ哀愁漂う雰囲気。

 あれは最愛の妻に先立たれたことによる、未亡人の色気なのよ!

 そしてイケオジヴォーイは、遺された娘を連れて、傷心旅行としてハイラルを旅しているのよ!」

 

「な、なんだって!」

「おお! なんという、名推理!」

「つまり、彼の傷心を癒せるのはアタシだけ!」

「たしかによく見れば、どことなく顔が似ているわね」

 

 ……本当にそうだろうか?

 

「……」

 

<……>

 

 ゲルドの女たちの盛り上がりが最高潮に達する一方、渦中に巻き込まれたふたりは、押し黙っていた。

 

 やがて騒ぎを聞きつけたのか、鎧を身に着けたゲルド族の兵士たちが現れる。

 

「散れえぃ! 散れえぃ! なにごとかっ! おまえたち、騒ぎを起こすでない!」

 

 隊長らしきゲルドの女が、そう叫んだ。

 それから兵士たちは、集まっていた民衆の垣根をぬって、ガノンドロフの前に現れる。

 隊長らしきゲルド族は、ガノンドロフを視認して、目を見開いた。

 

「まさか本当にゲルドの男がいたのか! いやそれにしても、これはたしかに、耐性がないゲルドの女には……」

 

 その女は、こほんと咳払いしたあと、こう付け加えた。

 

「私は、族長ルージュ様の従者ビューラだ。貴公は我らゲルド族の男で間違いないだろうか?」

 

「ああ、そうだ。わしはドロフという。此度は、ルージュ族長にお目通りさせて頂きたく、この地に参った」

 

「……それは嬉しい限りだ! ルージュ様は、ぜひ貴公と接見したいとおっしゃられていた。

 では、速やかにドロフ殿をルージュ様の屋敷に案内しよう。

 そちらの、お連れのハイリア人の女性もご同行願いたい」

 

「よろしく頼む」

 

 ガノンドロフがそう言ったあと、女装姿のリンクもつづけて頷く。

 

 

 ★

 

 

 ふたりは、ビューラと護衛の兵士に連れられる形で、ゲルドの街の門をくぐった。

 砂のように白い石造りの家が密集し、道を行きかう者たちのほとんどが、ゲルドの女である。

 門から徒歩で5分程度移動すれば、ルージュの屋敷に着くという。

 

 道中、ゲルドの街を観察するガノンドロフは、自分が置かれている立場を理解していく。

 

(……自惚れではないが、どうやらわしは注目の的になっているようだ)

 

 まず、この街の住民の態度だ。

 ガノンドロフを目にしたゲルド族の女たちは、誰もが足を止めて、凝視する。

 そしてだいたい半分くらいは、黄色い声を上げたり、顔を赤らめたりする者で占められている。

 

 注目の的……というより、異性に向ける視線というべきか。

 ガノンドロフにとって、まったく慣れない類のものであった。

 

 ガノンドロフは、このような事態は予想していなかった。いや、できるはずがないだろう。

 

 少年時代からガノンドロフは、強大な魔力をもち、王となるように教育を受けて来たのだ。

 それゆえ、周囲のゲルドの女たちから、畏怖の念を抱かれ、個人としてではなく王として見られて生きてきた。

 

 しかしガノンドロフは、現在、魔王ではなくなり、ただのゲルドの男である。

 ゲルドの女にしてみれば、そんなガノンドロフは魅力的な異性として映るかもしれない。

 

 

 ゲルドの街の奥にある、ひときわ大きな屋敷。

 玄関口から入室したガノンドロフとリンクを迎えたのは、巨大な大広間だった。

 

 大広間の最奥には、ゲルドの少女が玉座に座っている。

 少女は右手で盃をゆらゆらと揺らし、来客を待ちわびているようだった。

 

「ルージュ様、ゲルドの男を連れてまいりました」

 

 玉座の前まで三人が進んだあと、まずビューラがひざまずいて、玉座に座る少女──ルージュに報告する。

 

「うむ、よくやった。ご苦労、ビューラ」

 

「はっ!」

 

 ルージュの言葉を受けて、ビューラは玉座のすぐ隣の位置まで移動する。

 従者であるビューラは、ルージュを護衛するという役目も持っているのだろう。

 

「はじめまして、我が同胞よ。わらわの名はルージュ。ゲルド族の頭領だ。

 ようこそ、ゲルドの街へ。この町は男子禁制。

 しかし、おぬしは男であるがゲルド族。100年に1度とされる、唯一の男の同胞だ。

 よって特例処置を持って、ゲルドの街の通行を許可する」

 

「ご厚意かたじけない。わしの名はドロフという。隣にいる連れは、リンクという者だ」

 

「ふむ、ドロフ。おぬしはわらわと謁見したいと、ビューラから聞いておった。……噂に聞く通り、中々の美丈夫じゃな」

 

(……美丈夫?)

 

 ガノンドロフはルージュの言葉に、引っかかるが、気にせず流した。

 

「ルージュ族長、頼みがある。わしとリンクは、雷の神獣ヴァ・ナボリスに乗り込みたい。そのために、あの神獣に関する情報が欲しいのだ」

 

「なに! ナボリスに!?」

 

 ルージュは、驚いた様子を見せた。

 すると隣に控えていた、ビューラが口を開いた。

 

「……ドロフ殿、神獣を操れるのは英傑だけとされている。

 だが、その英傑達も、100年前の大厄災で命を落とした。つまり、アレを操作できるなど不可能だ」

 

 するとルージュは、ビューラに対して、口を挟んだ。

 

「いや、待て、ビューラ。

 ドロフが連れているリンクという女の、腰につけている石板。

 おそらくそれはシーカーストーンだろう。シーカー族の高度な技術を用いれば、あの神獣を操ることができるかもしれぬ」

 

 ルージュはううむ、と唸っている。

 

 おそらくルージュは迷っているのだろう。

 目の前にいる100年に1度のゲルド族の男。貴重な人間に、無理に危険な行動を取らせて死んでしまったら、と危惧しているのかもしれない。

 

 だが、ガノンドロフは、ルージュがどう考えようとも構わなかった。

 

「ルージュ族長、一つ聞きたい。暴走した神獣ヴァ・ナボリスは砂漠地帯を動き回っている。多かれ少なかれ、周囲に被害が出ているのではないか?」

 

「もちろんじゃ、ナボリスの周囲には常に雷が降り注ぐ。

 そのせいで、あれに巻き込まれて怪我を負った者もいた。

 なにより将来、ナボリスがこのゲルドの街に向かってくる可能性もあるの」

 

「貴殿らは、神獣を止めようとしないのか?」

 

「ナボリスの雷で近づくことさえままらなぬ。だが、唯一、その雷を防ぐ手段がある」

 

「それはなんだ?」

 

「ゲルドの族の神器、『雷鳴の兜』。その兜があれば落雷から身を護ることができる。だが、『雷鳴の兜』はイーガ団の賊どもに奪われてしまったのじゃ」

 

「イーガ団だと?」

 

 それは砂漠でガノンドロフ達を襲った、あの奇妙な連中だ。

 

 ガノンドロフのなかで、ふつふつと怒りが生まれる。

 イーガ団は、厄災ガノン──もとい自分を崇拝し、それを盾に悪事を働いているのだ。

 まるでイーガ団のおこなう破壊活動に自分が加担しているように感じ、不快になった。

 

「神獣に乗り込むとはいうが、せっかくだ。ドロフ、リンク。

 ふたりとも、今日はゆっくり羽をのばしていってくれ。この街で一番良い宿を手配しておく。そこで旅の疲れを癒すといい」

 

 ルージュがそう言い終わったあと、大広間の扉が開き、数人の兵士が駆けこんでくる。

 

「ルージュ様、たいへんです! 屋敷の前に住民が大勢集まって、騒ぎになっています!」

 

「なにっ!? なぜそのようなことが?」

 

「それが、その……『イケオジのヴォーイに会わせろ』と皆が口々にそう言っていまして……」

 

「なん……じゃと?」

 

 ルージュは呆然としていた。

 騒ぎの理由が、あまりにも馬鹿げているせいだろう。

 

 ガノンドロフは、この若い族長に対して、だんだん罪悪感が沸いてくる。

 

「迷惑をかけて、申し訳ない……」

 

「いや、ドロフ、気にするでない。すべては族長であるわらわの責任だ。

 すまないが、ふたりは今晩この屋敷に泊まるといい。今日は外出を控えてくれると助かる」

 

 その日の晩、ガノンドロフとリンクは屋敷の客室で過ごした。

 翌朝、屋敷の玄関口に、おびたたしい数の恋文が積み上げられていた……。

 

 

 

 ★

 

 

 

「本当に行くのか?」

 

「ルージュ族長、すまないが、引き留めようとも行かせてもらう」

 

 準備を整えたふたりは、すぐさま屋敷を出た。

 屋敷から門までの道のりは、案の定、ゲルドの女たちが待ち構えていたが、ルージュと護衛の兵士たちに囲まれ、事なきを得たのだ。

 

 門の付近には、リードで木にくくりつけられた2匹のスナザラシがいた。

 アザラシのような見た目で、大の男より二回りほど大きい真っ白な体を、砂の上でバタバタさせている。

 ガノンドロフとリンクが砂漠を移動するために、ルージュが気を利かせて用意してくれたものだ。

 

 ガノンドロフは、スナザラシにまたがって操縦方法を確認しつつ、ルージュに話す。

 

「貴殿らの神器をあの賊どもから取り返してこよう」

 

 ガノンドロフとリンクは、これからゲルド砂漠を北上し、カルサー谷に向かう。

 谷の奥地にある、イーガ団のアジトに乗り込み、『雷鳴の兜』を奪取してくるのだ。

 

 それは神獣攻略のためでもあり、ゲルドの民の誇りのためでもある。

 

「本当にふたりで大丈夫なのか? やつらのアジトに戦士たちが乗り込んだが、失敗に終わった……」

 

 そんな心配げに言うルージュに、ガノンドロフはたずねる。

 

「やつらに捕まってしまったゲルドの者はいるか?」

 

「……ああ、いる」

 

「ならば、なおさら行かねばならん」

 

 ガノンドロフにとって、イーガ団は許しがたい存在だった。

 勇者リンクと供であるガノンドロフを抹殺しようしている。

 悪事を働き、ゲルドの民に危害を加えた。

 なにより連中は、あの忌まわしい厄災ガノンを――この世界の自分を崇拝している。

 

 とても、不愉快だ。

 

「ん……? どうしたリンク? <怖い顔している>だと。まあそうだな、清算しなければならないことがひとつ増えたからな」

 

 ガノンドロフの言葉に、リンクは首をかしげた。

 

 ふたりはスナザラシを駆って、砂の海を移動し始めた。

 

 

 

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