もしも風のタクトのガノンおじさんがブレワイ世界に転移したとする 作:東雲るぅ
※今回の話は、作者の独自解釈が色濃く出ています。ブレスオブザワイルドの作中設定を壊していると感じられるかもしれないので、お読みになる際はご留意して頂けると幸いです。
※なお、今回は厄災の黙示録の要素が多分に含まれているので、作品タグに「厄災の黙示録」を追加させて頂きます。
ゲルド砂漠の北方に広がる、カルサー渓谷。その最奥にあるのはイーガ団の本拠地だ。
アジトは、元々谷にあった洞窟を改造したものである。
入り口には、一人のイーガ団員が見張りとして佇んでおり、常に周囲の警戒を怠っていない。
イーガ団は危険な存在である。
なぜなら、厄災ガノンを崇拝し、ハイラルの滅亡を望んでいるからだ。
イーガ団は厄介な存在だ。
彼らは軽やかな身のこなしで暗器を扱い、様々な術を操って、敵を仕留める。
イーガ団は人々から恐れられている。
優れた変装技術は、何人たりとも見破れない。すぐそこを通りかかった旅人がイーガ団かもしれない。
しかし、そんなイーガ団にも弱点がある。
それは、イーガ団員はツルギバナナが大好物ということだ。
もし、彼らが道端でツルギバナナを見つければ、任務のことなどそっちのけになるだろう。
入口の門番であるイーガ団員は、地面に転がった一房のツルギバナナを発見する。
そして「うひょひょっ」と、喜びの声を上げて、バナナを拾いにいく。
ところがここで不思議なことが起こる。
ツルギバナナは何かに引っ張られるように地面を移動していくのだ。
しかしイーガ団員は、その違和感を気にも留めない。
なぜなら、目の前にあるバナナで頭がいっぱいなのだ。
そうして、ツルギバナナを追いかけたイーガ団員は、物陰まで足を進める。
暗がりの中で、バナナが動きを止めた。
仮面の裏で舌なめずりしたイーガ団員は、ゆっくりとバナナに手をのばす。
その瞬間、イーガ団員は、金縛りにあったように身動きが取れなくなる。
首根っこを何者かに掴まれたのだ。
暗がりに巨漢のゲルドの男がいた。
その男の太い右腕が、イーガ団の首を強く掴んでいる。
そして男の背後に、ハイリア人の青年がいる。
青年は釣り竿を持っており、釣り竿から伸ばされた糸はツルギバナナに括り付けられていた。
この青年がイーガ団員をここまで誘導したのだろう。
「死にたいか?」
ゲルドの男が、口を開いた。
それと同時に、ぎりぎり、とイーガ団員の首根っこを掴む力を強めた。
イーガ団員は、仮面の裏で恐怖の表情を浮かべながら、首を横に振る。
「仲間の配置と、捕まえたゲルドの民の居所を教えろ。洗いざらいすべてだ」
イーガ団員は口を閉じた。
それはだめだ。
もしこの男に喋ってしまえば、イーガ団の、ひいては団長であるコーガ様への裏切りになる。
だが、射殺さんばかりの男の鋭い眼光で屈しそうになる。
なによりその気になれば、この男はイーガ団員の首などたやすく握りつぶしてしまえるだろう。
やがてイーガ団員は、恐怖に負けて、自分が知っている情報を吐いた。
すると、ゲルドの男は満足気にうなずいて、あくどい笑みを浮かべる。
イーガ団員は、その光景が恐怖の象徴となって、頭の中にこびりついた。
男はイーガ団員の首を掴んだまま、ぶぅん、と持ち上げる。
「ひぃぃっ、うわぁぁ!!」
イーガ団員は、悲鳴を上げる。
だがアジトの入口から離れた暗がりでは誰にも聞こえない。
そのまま男の手によって、勢いよく地面に叩きつけられる。
こうして地面に顔をめりこませたイーガ団員は、生涯忘れられないトラウマを刻みこまれて、意識を失った。
★
スナザラシでカルサー渓谷まで移動したガノンドロフとリンクは、すみやかにイーガ団のアジトを発見した。
そしてアジトの入り口にいる見張りから情報を抜き出した。
アジトに囚われたゲルドの女戦士の数は、10人。
捕虜は、アジトの東端にある小部屋に閉じ込められている。
しかし、イーガ団のボス、コーガの居場所については、見張りは知らないようで聞き出すことはできなかった。
「リンク、問題ないか?」
アジトの入口の前にして、ガノンドロフはリンクはたずねる。
すると、リンクは<なんで?>と聞き返した。
「相手は魔物ではなく、人間だ。戦闘の結果、相手の命を奪う可能性が極めて高い。それを了解しているか?」
たしかにイーガ団は、リンクの命を狙い、ハイラルの滅亡を望んでいる邪悪な集団だ。
イーガ団の人間を殺傷しても、誰もそれを非難しないだろう。
とはいえ、団員のひとりひとりは、血が通った人間。
そんな相手を手にかけるのだから、ただ魔物を倒すのとは訳が違う。
100年前はどうか分からないが、今のリンクは人間と戦った経験がないのだ。
ガノンドロフの質問に、リンクは答えなかった。
ただ背中から剣を抜いた。
答えはそれで十分だ。リンクは自分の中で折り合いをつけていたようだ。
それからふたりは、事前に打ち合わせをおこなって、アジトの中に侵入する。
内部には、イーガ団員がそこらじゅうで徘徊している。
気配を消したふたりは、静かな足取りで通路を進んだ。
幸い、アジトの中は薄暗い洞窟なので、ふたりの姿は闇に隠れて、発見されづらい。
前方の扉の前に、ふたりのイーガ団員がいる。
リンクがツルギバナナを壁際に投げつけると、二人の敵は上機嫌にバナナの元へ誘導されていく。
そこへ天井裏に潜んでいたガノンドロフが、上から襲いかかり、敵二人を排除した。
ガノンドロフとリンクであれば、強行突破することも可能だろう。
だが騒ぎを起こせば、イーガ団の連中は、捕らえたゲルドの戦士を人質に取るかもしれない。
ガノンドロフは、できれば全員を救出したい。
捕らえた者に危害が及ぶのを避けたいので、敵に発見されることなく、拠点内に潜入する必要があった。
しばらく、じめじめとした暗闇の中を歩いていると、ガノンドロフは懐かしさを覚える。
ガノンドロフは青年時代、魔盗賊として活動していた時期があった。
ハイドアンドシークや敵施設への潜入工作。それらの技術は、魔王となってから長い間使っていなかったせいで、すっかり錆びている。
なのでガノンドロフは、昔の感覚を思い出しつつ、慎重に敵を排除していく。
リンクも口笛で敵を誘い出したり、弓を使い、静かに敵を倒した。
「リンク、間違いない、ここが地下牢だ」
曲がりくねった通路の先。
ガノンドロフは、音を立てないようにゆっくりドアを開けて、リンクと共に中に忍び込む。
そこは淀んだ空気が溜まった部屋だ。
部屋の隅には、鉄格子が設置されている。そのなかで、ゴソゴソとうごく人影があった。
リンクが火をつけた松明で、鉄格子の中を照らす。
そこには、ゲルドの女戦士たちがうずくまっていた。
人数は合わせて10人、捕らえられたものたち全員がそこにいる。
「助けに来たぞ。ここを開ける。動ける者はいるか?」
ガノンドロフが言葉をかけるが、ゲルドの女戦士たちはどこか夢うつつな状態であった。
「ゆ、夢に違いないわ。こんな最高にイケてるイケオジが助けに来るなんて……」
「恋愛小説の読みすぎかしら……」
「ああ、きっとここは天国なのね……」
ガノンドロフは錠を壊し、鉄格子の扉を開ける。
「夢でも天国でもない。動ける者は早くこのアジトから逃げろ」
ガノンドロフは、女戦士たちにそう言い聞かせる。
すると、彼女たちはこれが現実であると理解したのか、興奮冷めやらぬといった態度となった。
「ス、ステキな人……、このヴォーイはきっと私の運命の人なんだわ」
「は? 何言っているのよ? このヴォーイはアタシの運命の人だから」
「おまえら、静かにしろ。こんな状況で騒ぐな。このヴォーイはわたしの運命の人なんだ」
きゃあきゃあと、騒ぐゲルドの女戦士たち。どうやらずいぶん元気らしい。
「……」
<……>
そのあと、ゲルドの戦士たちをアジトの外へ逃がした。
★
人質を救出したあとは、ガノンドロフとリンクは、堂々とアジトの中を進んでいく。
もうコソコソ隠れている必要はない。
なにより捕虜たちが逃げたことを、イーガ団に気取られないようにするために注意を引かなければならない。
敵の警笛が鳴り響き、ふたりの進撃を阻むために、無数のイーガ団員が押し寄せて来る。
「死にたい者だけ前に出ろ」
ガノンドロフはそう口にして、コウメコタケを抜剣する。
それから華麗な殺陣のように二振りの剣を操り、襲いかかる敵をひとりまたひとりと切り捨てていく。
「勇者リンク一行、ここで散れ!」
「すべてはコーガ様のために!」
敵幹部のイーガ団員ふたりが、それぞれ手にもつ『風切り刀』を振るって、ガノンドロフを切り付けようとする。
だが、ガノンドロフの双剣の交差による一撃は、その何倍も速い。
敵幹部ふたりは、なすすべもなく胴を切りさかれ、倒れた。
それを目撃していた他のイーガ団員たちの間で、動揺が広がる。
ガノンドロフの身から放たれる桁違いの戦気。そしてその双眸に宿る冷徹な殺意と静かな怒り。
それらが、団員たちを慄かせたのだ。
ガノンドロフによって退けられていくイーガ団員たち。
後方にまったく注意が向いていない彼らに、リンクが攻撃を仕掛ける。
巨大な鉄の箱が自由に空を舞い、イーガ団員たちの背後から迫りくる。
鉄の箱は予測不可能な軌道を描き、次々とイーガ団員たちを吹き飛ばしていく。
それはリンクが手にもつ、青白い巨大な磁石によるものだった。
シーカーストーンの機能の一つ──マグネキャッチ。
強力な磁力を放ち、金属であれば、離れた距離でも自由に動かすことができ、攻撃にも使える。
ガノンドロフに気を取られた者は、視界外から襲いかかる鉄の箱にやられていく。
かといって、わずかでもリンクに意識を向ければ、ガノンドロフの攻撃に圧倒されてしまう。
もはや敵は混乱状態で、統制をとることができない。
戦意を失ったイーガ団員たちは、奥の通路へ逃げ惑う。
こうしてふたりは、襲いかかる敵を返り討ちにして、ずんずんと前に進んでいく。
しばらくするとガノンドロフとリンクは、二筋道に突き当たる。
右の道。
左の道。
どちらかが、団長であるコーガの元へたどりつくだろう。
「ここから二手に分かれるぞ。もし危険と判断すれば、すぐに引き返せ。……まあ、おまえなら大丈夫だろうがな」
ガノンドロフの言葉に、リンクはうなずいた。
ガノンドロフは左の道へ、リンクは右の道へ進む。
ガノンドロフは、狭い一本道を通り抜けると、前方に光が差し込んでいる空間にたどりついた。
そこは洞窟の外で、円形の巨大な岩場が広がっていた。
どうやら最奥にたどりついたのは、ガノンドロフの方だったらしい。
砂地の中央には、ひとりの男が、腕を組んで仁王立ちしていた。
男は、ガノンドロフに目がけて、よく通る野太い声で言い放った。
「貴様ら! よくも俺様の昼寝を邪魔してくれたな! あまつさえアジトを滅茶苦茶にしよって許さん!」
男は、他のイーガ団員と同じように、赤いスーツを身につけ、奇妙な模様を描いた仮面を被り、頭にちょんまげを生やしている。
だが特徴的なのは、でっぷりとしたお腹をしていることだ。
「何者だ? 逃げずにひとりで立ち向かうとは、その意気だけは褒めてやる」
ガノンドロフは剣先を、目の前にいる男に向けた。
「おっと自己紹介を忘れていたな! 俺様は強く! イカした男! イーガ団団長、コーガ様だ!」
くるっくる、と絶妙にダサいポーズを取りながら、コーガは自己紹介した。
(なるほど、こいつがコーガか)
ここに来る直前、ガノンドロフは、イーガ団についてゼルダ姫から聞き出せるだけの情報を貰っている。
100年前にもイーガ団は活動していた。
その時のイーガ団の頭領は、コーガという名の人物だったという。
(奴の名前もコーガ。ならばイーガ団の団長は世襲制なのかもしれん……。だが、目の前の男と、ゼルダから聞いたコーガの容姿の特徴が一致する。おそらく同一人物だろう)
リンクの知人には、プルアというシーカー族の研究者がいる。
プルアは『アンチエイジング』という実験により、己の体を若返らせることに成功したという。
イーガ団は元はシーカー族が結成したものであり、シーカー族の高度な秘術を所持している可能性が高い。
つまりコーガは、何らかの方法で若い肉体を保ち、100年以上生きていると考えるべきだ。
「コーガ。おまえに一つ聞こう。なぜ厄災ガノンを崇拝する?」
「そんなもの決まっている、ガノン様は忌々しいハイラルを滅ぼしてくださるからだ」
「……そうか、ならばここで死ね」
ガノンドロフは、煮えたぎるような怒りをコーガに浴びせた。
頭領であるこいつを始末すれば、イーガ団は瓦解するだろう。
厄災ガノンを崇拝するという、こんなバカげた組織は今日で終わりだ。
「ふんっ、それはどうかな、勇者リンクのお仲間め! おまえは俺様の罠に引っかかったのだよ」
コーガは、ぱちん、と指を鳴らす。
すると、周囲にあった草や岩や木に変装していたイーガ団員たちが、姿をあらわした。
その数、20はくだらない。
ある者は『首刈り刀』を手でもてあそび、戦いを待ち望んでいる。
またある者は『二連弓』の照準をガノンドロフに向けている。
コーガは両手を広げ、自慢の部下たちに命令を下す。
「さあっ! 若い衆! こいつをとっととやっつけてしまえ!」
コーガの命令を受けた団員たちは、喜々としてガノンドロフに襲いかかった。
対してガノンドロフは、二振りの剣を、地面に叩きつけた。
どん、と周囲の地面が陥没し、その衝撃で周囲にあった岩が空中に浮きあがる。
ガノンドロフはそれらの岩を粉々に切り裂く。
石礫となったそれらは、剣戟の風圧で四方八方に飛ぶ。
ガノンドロフを取り囲んでいたイーガ団員は、無差別に飛来する石礫を喰らい、倒れていく。
砂煙が上がったあと、その場に立っていたのは、ガノンドロフとコーガだけだった。
「くそっ、なんなんだ。勇者リンクはこんな強い奴を仲間にしているのか!? いくらなんでも反則すぎやしないか!?」
コーガは地団駄を踏みながら、そう叫んだ。
「諦めろ。もうおまえたちはおしまいだ。イーガ団らしくその辺の雑草にでも変装しておけば助かったかもしれんぞ」
どちらが悪なのか分からないような台詞を放ち、ガノンドロフはコーガに接近する。
「ううっ、こんの化け物め! ち、近づくな!」
「ああ、昔はよくそう言われていた」
ガノンドロフは、右剣コウメをコーガに向けて振りかぶる。
だがその剣戟は、コーガに到達することはなかった。
「ほぉ……」
ガノンドロフとコーガの間に、何者かが割って入ったのだ。
「コーガ様! ここは拙者に任せて、お逃げ下され!!」
現れた人物は、イーガ団の幹部のひとりである。
ただ他の幹部とは違い、両手に武骨な直剣を持ち、それでガノンドロフの一撃を防いでいた。
「どけ」
ガノンドロフは、左剣のコウメで刺突する。
幹部の男はバックステップで下がり、回避する。
しかしその動きを予測していたガノンドロフは、3歩踏み込んで、右剣のコウメで円を描く斬撃を放つ。
だが、幹部の男はその攻撃を読んでおり、双剣を十字に交差して防御の構えを取って、その一撃を防ぐ。
それからガノンドロフと幹部の男は数合打ちあった。
両者ともに双剣をぶつけ合い、そのたびに火花を散らす。その姿は、さながら出来の良い舞台演技のように見える。
「……っ!!」
幹部の男は、ガノンドロフの攻撃を防ぐだけで手いっぱいのようだ。
しかしながら、この男は他の団員より桁違いに強い。
他の者では、ガノンドロフと一合すら打ち合うことはできないだろう。
(……うまい。狂信者どものなかに、これほどの剣士がいたとはな)
息を切らした幹部の男は、すばやく後退する。
ガノンドロフはあえてそれを見逃がして、すこし間を置いてから、口を開いた。
「名を名乗れ」
「拙者はスッパという名でござる」
幹部の男はそう名乗る。
ガノンドロフは、ゼルダ姫の話を思い返す。
100年前、イーガ団の幹部を務め、コーガの忠臣であった双剣使いがいた。
その男の名こそ、スッパである。
その当時、厄災発生前に起きた各地の動乱で、スッパは消息を絶ったとされる。
だが、スッパは生き延びていたのだろう。
そしてコーガ同様に、何らかの技術で寿命を延ばし、この時代でもコーガの忠臣として健在していたのだ。
「スッパと言ったな。貴様に問おう。なぜイーガ団にその身を置いている? おまえは剣士としての腕はある。まっとうに生きることはできたはずだ」
「愚問でござるな。
コーガ様は、朽ち果てていくだけだった子どもの拙者を拾い、育ててくれた命の恩人。
なればこそ、恩人であるコーガ様に忠義を持って仕える。
理由はそれだけでござる」
スッパの返答は、ガノンドロフにとって予想外だった。
「忠義か……。その忠義とやらが、ゲルドの民を、ハイラルの人間を苦しめることになってもか?」
「そんなことは、承知しているでござる」
「残念だ。おまえはここで
ガノンドロフは、無慈悲に刃を振りおろした。
スッパは双剣を構えて、その一撃を受け止める。
たしかにスッパという男は、かつての四英傑に迫るほどの剣豪である。
しかしそれほどの剣士でも、ガノンドロフとの間には、大きな実力差が開いていた。
ガノンドロフの一撃は、スッパの一撃より、二倍速く、三倍重たい。
しかも剣技の技量においても、スッパはガノンドロフに到底かなわない。
スッパは二振りの剣を操り、防ぎ、そらし、かわす。防戦一方だ。
それでも、スッパは一歩も後ろに下がろうとしない。
背後にいる主君に敵を近づけさせないという、確固たる決意がそこにはある。
「コーガ様、時間は稼ぎます。お逃げ下さい!!」
「で、でも……」
コーガは狼狽えている。
「さあ、早く!!」
スッパの必死の声を受けて、コーガは弾かれたように駆けだした。
しかし、数メートルほど走ったあと、コーガは突然立ち止まる。それからぐるん、と方向転換し、元の位置まで戻ってくる。
「や、やっぱり、部下は見捨てられんわっ!! くそっ、もうどうにでもなれ!!」
コーガは、ヤケクソ気味にガノンドロフに襲いかかった。
リンクの持つシーカストーンと同じようなものを用い、爆弾やエネルギーシールドで攻撃してくる。
しかしガノンドロフは二人を同時に相手しても、余裕を崩すことはない。
スッパを圧倒しつつ、側面や後方から来るコーガの攻撃を切り伏せていく。
かろうじて意識のある団員が、その戦いを目にして、絶望に満ちた声を上げた。
「あ、ああ、そんな……」
「そいつと戦ったらダメです……」
「我々など見捨てて、お逃げ下さい……コーガ様」
そんな団員たちや奮闘するスッパの姿を目にしたガノンドロフは、イーガ団に対して、認識を改めていく。
(どうやらこやつらは、厄災ガノンを信奉しているわけではないらしい)
思い返すと、団員の口から『厄災ガノン』に関してひとつも出てこない。
その代わりに出てくる言葉は、『コーガ様』という頭領の名ばかりだ。
イーガ団の構成員の大多数はハイラル内でつま弾きにされた人間であり、コーガはそんな連中の受け皿となっている。
さらに先ほどの行動から、コーガは身内である部下に対しては情が厚いのだろう。
団員たちはコーガを慕っている。忠臣であるスッパがその最たる例だ。
一見すると、イーガ団は、厄災ガノンを崇拝する危険思想を持つ集団だ。
しかし実際のところ、団長のコーガを除き、団員のほとんどが厄災ガノンにあまり興味関心がなく、コーガのために動いているのが実情なのだろう。
(……冷静に考えれば、アレは黒い瘴気の塊だ。そんな訳の分からないモノを崇拝する人間など、そうそういまい)
ガノンドロフのなかにあった怒りは、しだいに鎮火していく。
剣を下ろしたガノンドロフは、こう告げる。
「慈悲をくれてやる。武器を捨てて、地面に這いつくばって、投降しろ。そうすれば、命だけは取らないでやる」
「へん、嫌だね!!」
「断るでござる」
もちろん、コーガとスッパはこれを拒絶する。
「そうか、ならば話はここまでだ」
次の瞬間、コーガとスッパの背後から、2本の緑色の軌跡が迫る。
『電気の矢』である。
コーガとスッパは、戦闘の疲労により、背後からの不意打ちにより反応できなかった。
「なっ!」
「くぅっ!」
ふたりは、『電気の矢』で感電し、わずかな時間身動きが取れなくなる。
「卑怯とは言うまいな。おまえたちは、卑怯な手でハイラルの者たちを苦しめて来たのだからな」
ガノンドロフはその隙をついて、スッパに接近した。
うなじに剣の柄を叩きつけ、スッパの意識を奪った。
次にコーガに近づく。
回し蹴りを顔面に食らわせ、コーガを昏倒させた。
「もう、終わったぞ。リンク」
砂地のそこら中で倒れている、戦闘不能となったイーガ団員たち。
その中のひとりが、うつ伏せのまま弓を構えていた。
弓をしまった団員──リンクはイーガの仮面を外し、素顔をあらわにした。
「まさか、連中に変装していたとはな。おまえが紛れ込んでいることを、途中まで気が付かなんだ」
スッパの戦闘中、ガノンドロフはリンクの存在に気が付いた。
そしてコーガとスッパを、リンクが攻撃しやすい位置まで誘導したのだ。
「ん? <この服装ヘンな感じだなぁ>だと? まあ……そうだな、それは人によりけりだろうよ」
そのあと、イーガのアジトが陥落した一報は、ゲルドの街に届いた。
スナザラシに乗ったゲルドの戦士たちが、アジトに押し寄せる。
そしてアジトはごくわずかな時間で、隅々まで制圧された。
コーガの敗北により、残党のイーガの団員たちは士気を失い、ほとんどが降伏していたからだ。
お縄についたイーガの賊たちは、スナザラシがけん引する馬車に詰め込まれて、ゲルドの街の監獄に送りこまれる。
もちろんその中には、コーガとスッパの姿もある。
「甘いな、やはり全員殺すべきだったか……」
そんな光景を眺めていたガノンドロフが、そう、つぶやいた。
ガノンドロフは、温いと思っていた。
コーガを生かしたことや、イーガ団に投降を促したことを。
(たとえなにがあろうとも、やつらはゲルドの民を苦しめた賊に変わりはない)
それはスッパの忠義心に感心したのか。
団員の多くが狂信者ではなかったからなのか。
はたまた、くだらない慈悲の心とやらに突き動かされたのか。
(いや……そもそも、やつらを裁くのはわしの役目ではない)
ガノンドロフはこの世界に迷い込んだ人間であり、部外者である。
だから部外者には口を挟む資格はないのかもしれない。
被害を受けたゲルドの民が、イーガ団の者たちの処遇を決めるべきなのだろう。
ともかく、これで清算すべきことがひとつ減った。
★
その後、ガノンドロフと、女装姿に着替えたリンクはゲルドの街に戻る。
街に戻ると、あふれんばかりの歓声がふたりを迎え入れた。
その歓声には案の定「きゃあー」という黄色い悲鳴から、「結婚してー!」という一世一代の告白まで、様々なラブコールが入り混じっている。
ゲルドの民にとっては、ガノンドロフは捕らわれた戦士たちを救出し、にっくきイーガを討伐した英雄である。
ただでさえゲルドの女にとって魅力的な容姿だというのに、そこに名声が上乗せされたのだ。
好感度は上限をぶっちぎって、とどまるところを知らない。
ふたりは兵士に守られるかたちで、街の中を進み、ルージュの屋敷にたどりついた。
もちろん屋敷の玄関口には、大量の恋文が積み上がっている。
こころなしか、前回より2割くらい増量している。
屋敷に入ると、玉座に座っていたルージュが、ばたばたと二人の元に駆け寄る。
「ドロフ、リンク、二人共ありがとう。これでゲルドの民は、イーガ団に悩まされることはなくなった」
「いいや、まだ気は抜けん。ハイラルのどこかに、やつらの残党は残っているはずだ。一度発生した悪の芽はそう簡単には途切れん」
「そうかもしれぬ。しかし連中は、とうぶん、表立った活動はできなくなるじゃろう。アジトを潰し、コーガを捕まえた。おぬしらの功績は計り知れん」
「ルージュ族長、これを」
ガノンドロフは、ルージュにあるものを手渡す。
それは、アジトの奥で回収した『雷鳴の兜』だ。
ルージュは、ガノンドロフから『雷鳴の兜』を受け取り、ぎゅっと胸元で抱きしめた。
手元に戻ってきたことがよっぽど嬉しかったのだろう。
「ありがとう……ほんとうに、ありがとう」
ルージュは感謝の言葉に繰り返した。
「この兜は、ゲルドの先祖たちが代々大切に守って来た神器じゃ。
これをやつらに奪われたとき、わらわは族長失格だと思った。
亡くなった母上もこれを大切に守り、また、わらわに守るように仰せつかったのだから……」
「ルージュ族長、『雷鳴の兜』は取り返したのだ。ならば気に病むことはないだろう」
「……そうじゃな。それよりこの秘宝があれば、暴走したナボリスに近づける。
ふたりとも、今日は屋敷で休養を取ってくれ。
疲れているどころではないじゃろう。
明日に準備を整えて、ナボリスを止めに行こう」
「いや、ルージュ族長。今すぐ行こう」
「平気なのか? ドロフ」
「問題ない。わしも、リンクも、すこしでも早くナボリスに乗りこみたい。それに貴殿だってすぐにでもナボリスを停止させたいだろう」
「……ああ、分かった。おぬしたちは本当に強いの……。わらわもそうなれたらどれだけ良いものか」
それからガノンドロフとリンク、ルージュの三人は、ゲルドの街を出て、雷の神獣ヴァ・ナボリスの元に向かった。
★
ぎいいいいいい、と動物の悲鳴に似た機械音が響き渡る。
巨大なラクダを模した要塞兵器──ヴァ・ナボリス。
ついさきほどまで四本足で砂漠の大地を闊歩していたが、いまでは、ぴたりと動きを止めている。
「まさか……これほどの剣士だったとは……」
『雷鳴の兜』を被ったルージュは、畏怖の念がこもった声を出した。
自らの愛スナザラシ『パトリシア』に乗ったルージュの視線の先。
そこにはナボリスの足元で、コウメコタケを鞘にしまう、ガノンドロフの姿があった。
ナボリスとの戦いはすぐに決着がついた。
最初、3人は作戦を立てた。
雷の神獣ヴァ・ナボリスは、防衛装置により、自分の周囲に落雷を発生させている。
なので『雷鳴の兜』をつけたルージュが、雷を防ぐバリアを展開する。
そして安全を確保しつつ、三人でバリア内に固まって、ナボリスの4本足にある制御装置をひとつずつ壊していく。
ところが、その作戦は崩れた。
ナボリスの進行方向にオアシスがあったのだ。
一刻も早くナボリスを止めなければ、オアシスは踏み荒らされてしまう。
それを危惧した3人は急いでナボリスを停止させることにする。
ガノンドロフは、バリアの範囲外──雷が降り注ぐ危険地帯を疾走するという、無茶をおこない、4つのうち3つの制御装置を壊した。
そしてその間に、リンクとルージュは残りの一つを壊し、ナボリスの暴走を沈めたのだ。
(鬼神のごとき強さだ。偉大なる英傑ウルボザでさえ、ドロフと同じようなことはできまい)
ルージュは、ガノンドロフはかなりの剣豪であるとは思っていた。
リンクというハイリア人と、たったふたりでイーガ団のアジトを制圧したのだ。
まさしくゲルドの民にとって、100年前に実在した英傑の再来といえる。
しかしこの目で確かめれば、その強さがどれほど異常なのか理解できた。
まず馬よりもはるかに速く疾走する身体能力。
そしてナボリスの雷を何度でも浴びても、平然としていた。
だがなにより特筆すべきは、二振りの大剣を軽やかに、それでいて巧みに扱う剣技だ。
ルージュはガノンドロフの剣技に見覚えがあった。
それは、古来より伝わる、ゲルド流剣術である。
英傑ウルボザが使ったとされ、先代族長であるルージュの母も用いた。
ルージュ自身も護身のために、従者のビューラから学んでいた。
だからこそ、ルージュは理解できる。
ガノンドロフの剣。
あれは、優れた才を持つ人間が長い年月をかけてたどりついた、ゲルド流剣術の到達点だ。
──まさにあれは、ゲルドの戦士の理想を体現している。
「これからわしらは神獣内部に侵入する。
ルージュ族長は、ゲルドの街に戻っておいた方がいい。
とつぜんナボリスが停止したのだから、街の住民が不安がっているかもしれん」
ガノンドロフの言葉に、ルージュはぼんやりしていた頭を振り払う。
「……ああ。そうじゃな、おぬしらの健闘を祈る」
「あともうひとつ頼みがある。リンクが男であることを黙認してくれると助かる」
ルージュは、女装服から元の服装に戻ったリンクに視線を送る。
それから仕方ないといった風に息をついた。
「よい、承服した」
ゲルドの民にとって、リンクは恩人である。
ルージュは族長なので、ゲルドの掟を遵守しなければならない。
それと同時に、恩を仇で返すようなことはできない。
<ありがとう、すごく助かる>とリンクはルージュに感謝した。
それからルージュは、神獣に乗り込むふたりを見送って、自分の愛スナザラシにまたがる。
「わらわも、うかうかしていられんな。いくぞ、パトリシアちゃん」
ぶぎゃぁ、とパトリシアは一鳴きし、ルージュを乗せて、ゲルドの街へ泳ぎだした。
★
ガノンドロフとリンクは、雷の神獣ヴァ・ナボリスに侵入する。
ナボリスは、これまでの神獣と同様に、謎を解いて奥地にあるボス部屋に向かわなければならない。
ガノンドロフは、前回と同じ方法──壁に穴を空けて進む方法で、謎解きをスルーし、奥地へ向かう。
「なに? <壁の中に動力源があるかもしれないから、壊すのはまずいと思うけど>だと……」
リンクの指摘はもっともだ。
うっかり重要なパーツや動力源を破壊してしまったら、神獣が正常に機能しなくなるかもしれない。
「うぅむ、その通りだが……」
ガノンドロフは、自分のやり方が杜撰であることを自覚する。
しかし謎解きするのはめんどくさいので、嫌である。
その結果、ガノンドロフは、細心の注意を払いつつ、特に破壊しても大丈夫そうな壁を見定めて、穴を開けていくことにした。
リンクは渋々納得した表情で、一緒に開ける場所を探してくれる。
そのおかげで動力源がある部位を破壊することなく穴を開けられた。
(リンクには悪いが、やはりこちらの方が楽でいい)
こうしてふたりは、またしてもダンジョンの設計者泣かせな方法で奥地にたどりつく。
最奥にあるボス部屋には、やはりカースガノンが待ち受けていた。
このカースガノンは、これまでの個体よりサイズは小さく、両手に青く発光する片手剣と盾を装備していた。
(やはりアレも他の個体と同じく、見ているだけで不快感を覚えるな……)
ガノンドロフは、まとわりつくような怖気を振り払って、コウメコタケを抜剣した。
リンクは、シーカストーンを起動し、ビタロックの発動準備を整える。
カースガノンは、びゅんびゅん、と目にもとまらぬ速度で移動しながら、ガノンドロフ達に襲いかかる。
だがいくら素早く動いても、リンクのビタロックによって、あっさり動きを止められてしまう。
そこにガノンドロフの連撃が撃ちこまれて、カースガノンは、何もできないまま消滅した。
こうしてガノンドロフたちは瘴気を取り除き、制御装置を起動させた。
雷の神獣ヴァ・ナボリスは正常に運転し始めた。
『まさかゲルドの男を、死んでから目にするなんてね。それもこんな目の保養になる色男をさ』
ガノンドロフとリンクの前に、ゲルドの女の霊体が現れた。
ゲルドの女幽霊は親愛の情をこめた視線をリンクに送り、それから蠱惑的な笑みをガノンドロフに向けた。
『それにアタシを倒したガノンの分身を、ああもあっさりやっちまうなんて、これじゃあ英傑の名が廃るよ』
ゲルドの女幽霊──英傑ウルボザはカラカラと笑った。
「はじめまして。我が同胞、英傑ウルボザ。
わしの名はドロフ。
貴殿のことは、ゲルドの民から、リンクやゼルダ姫からうかがっている。まことに誇り高きゲルドの戦士であったと」
『そうかい、あんたみたいな強くてイイ男に名を知られているのは嬉しいこった。
……リンク、おひいさまを任せたよ。あとハイラルもね。
なに、あんたには、頼りになる仲間がいるんだ。厄災ガノンなんて蹴散らしてくればいいのさ』
ウルボザは、にかっ、と快活に笑い、それからぷかぷかと宙を舞く。
『できればあんたにそこを交代して欲しいよ。あたしも、一度くらいは色男とハイラルを冒険してみたいからさ……なんてね!』
ウルボザは最後まで明るく、ガノンドロフとリンクの旅路を祝福し、その場から消えた。
「さて、では帰還するとしよう、ゲルドの街に」
ガノンドロフの言葉に、リンクは頷く。
それからふたりは、ゲルドの街に戻った。
街の門をくぐったふたりを、街の住民が出迎える。
人々は喜びの声を上げている。
イーガ団は討伐され、長らくゲルドの民を悩ませていた神獣ヴァ・ナボリスが静まった。
ゲルドの民の不安は、すべて取り除かれたのだ。
そして人々は、それらもたらしたガノンドロフとリンクを讃えた。
「きゃぁー! ドロフ様!!」
……もちろん、住民たちのほとんどがガノンドロフに熱い視線を送っているのは、言うまでもない。
ふたりは喧騒に包まれながら、ルージュの屋敷に戻る。
屋敷の玄関口には、相変わらず、どっさりと恋文が積み上がっていた。
その日も、ガノンドロフとリンクはルージュの屋敷で一晩過ごした。
★
翌日、ガノンドロフとリンクは、ゲルドの街を発つことにする。
だがその前に、これからの旅に向けて、物資等を準備しなければならない。
しかしガノンドロフが街に繰り出せば、大騒ぎになってしまう。
なのでリンクだけがバザールに出向き、ガノンドロフは屋敷で待機することとなった。
そんな手持ち無沙汰なガノンドロフは、ルージュからある誘いを受ける。
「ドロフ、もしよければ、この街を見ていかないか?」
「族長、それは遠慮させてもらおう。下手にあちこち出歩けば、騒ぎになってしまうからな」
「なに、おぬしはゆっくり街を見物できなかっただろう?
街を一望できる場所がある。そこに案内するだけだ。
安心せい、おぬしの姿は誰にも見られん」
ガノンドロフにとって、それは魅力的な提案だった。
この街に住む同胞たちがいったい何をしているのか。日々何を考え、どう生きているのか。
ゲルドの街に到着してから、それがずっと気がかりであった。
「……わかった。では、案内していただこう」
ガノンドロフは、ルージュに連れられ、屋敷の裏口に向かう。
どうやら裏口は砦と繋がっているらしい。敵に攻め込まれた時、脱出するための隠し通路だという。
そうして、ふたりは砦の最上部までたどりついた。
「どうじゃ? いい眺めだろう」
ゲルドの街は、砦の壁で四方をぐるりと囲われている。
その砦の最上部から、街の中を隅々まで見渡すことができた。
密集した家々。そして道を行き来するゲルドの民たち。
空き地では、まだ幼い子供達が遊んでいる。
人でごったがえした市場では、色とりどりの作物が並んでいる。
街のあちこちには水路が張り巡らされていて、潤沢に水が供給されている。
ガノンドロフはこの光景を目にして、言いようのない安らぎを感じた。
「……貴殿の言う通り、とても良い景色だ。だがそれだけではない。街が活気にあふれている。そしてゲルドの民の顔が明るい」
「明るい? それはどういうことじゃ?」
「生きている、というべきなのかもしれない。
わしがかつて暮らしていたところは、ひどくやせこけた貧しい土地だった。
そして、そこに暮らしていたゲルドの民の心も、貧しかった」
ガノンドロフがいたゲルドの集落では、住民はいつも死の風を恐れていた。
それは死んでいないだけで、生きていない状態だったのだ。
「……たしか、ドロフ、おぬしはハイラルの外から山脈を越えてやってきたと聞いたが」
「ああ、そうだ。ここからずっと遠いところにある。もう二度と戻れないほど彼方にな」
この世界のゲルド砂漠は、かつてのゲルド砂漠と同じように過酷な風が吹く。
だが、それでもこのゲルドの街と、かつていたあの貧しい集落は大きく違う。
人々は生きているのだ。心も体も生きているのだ。
だからガノンドロフは思った。
ああ、きっと大丈夫だ。
もうゲルドの民は大丈夫なのだ。
「街にいる者たちを見ればわかる。ルージュ族長、貴殿はきっと民にとって良きリーダーなのだろう」
「……そうとは思えぬな。わらわは失敗ばかりしている。イーガの者たちに『雷鳴の兜』を盗まれたのもそうだ」
「貴殿はまだ若い。
歳を重ねるうちに、どこかで失敗をしてしまうものだ。
周囲にいる者たちは、それを承知の上で、貴殿を族長として認めているはずだ」
「本当にそうだろうか?」
「自信を持て。わしが保証しよう」
「はは、おぬしにそう言われたら、卑屈になってばかりおられぬな」
その時、砦の反対側から、ガノンドロフとルージュに近づく人物がいた。
「あれは……リンクか?」
ガノンドロフはつぶやいた。
女装姿のリンクが、何かを抱えながらこちらにやってくる。
両手いっぱいに、何かを詰めた袋やら手紙やらがある。
「リンク、それはなんだ? ……<バザールでゲルドの人たちに囲まれて怖かった>だと?」
どうやらリンクが市場で買い物していると、いきなりゲルドの女たちが近寄って来たらしい。
そして『あなたがあのイケオジヴォーイの娘ね!』と叫び出したという。
次に周囲の者たちはお菓子やら恋文やらをリンクに手渡し、『お母さんって呼んでいいから!』とか、『あなたのパパを紹介して!』と言い出した。
最終的にリンクは身の危険を感じ、砦まで逃げた。
そこで偶然、ガノンドロフとルージュを発見したのだ。
「……すまない、おまえには色々と迷惑をかけてしまった」
眉を下げるガノンドロフに、リンクは<別にいい、必要なのものは全部買いそろえたよ>と言った。
「もう行くのか?」
ルージュは、すこし寂しそうに、ふたりに聞いた。
ガノンドロフとリンクはうなずく。
ルージュは、そんなふたりに告げた。
「ドロフ、リンク。力が必要な時、我らを頼ってくれ。
おぬしらはゲルドの民の英雄。もしその時が来れば、死力を尽くして、おぬしらのために戦おう」
それを聞いたガノンドロフは嬉しく思う。
魔王であったころ、自分は魔物しか味方がおらず、人心は離れていくばかりだった。
ゲルドの民さえもガノンドロフから離反する者が大勢いた。
だが、今は違うのだ。
自分を求め、受け入れる者が大勢いる。
それは、この旅における、たしかな変化なのだろう。
それからふたりは旅支度をし、屋敷を出た。
門までの道のりには、街の住民が見送りに集まっている。
「そんなぁ、ドロフ様が行ってしまうなんて!」
「嫌だ! あと10年、いや、一生この街に居て欲しい! あとついでに結婚して!!」
「もう人生のどん底だ。アタシの運命の人が離れていく……」
そんな惜しむような声を浴びながら、ふたりはゲルドの街を去った。