もしも風のタクトのガノンおじさんがブレワイ世界に転移したとする   作:東雲るぅ

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今回は今まで以上に捏造設定・独自解釈が強めなので、お読みになる際はご留意して頂けると幸いです。



8.退魔の剣

 ガノンドロフは夢を見ていた。

 

 ガノンドロフは真っ暗な暗がりのなかにいた。

 この暗がりには見覚えがある。

 勇者リンクとゼルダ姫に敗北し、封印されたとき、この暗黒の中に閉じ込められたのだ。

 

 ガノンドロフは、静かに足元に座りこんで、夢が覚めるのを待つ。

 どれくらいたった頃だろう、暗闇の中に光が差し込んだ。

 

 その光は三角形のかたちを成していた。

 小さな三角形が3つ合わさったもので、その中心には逆三角形の空洞ができている。

 それは遥か昔、この地上を創造した三女神が残した遺物だ。

 

 力の女神ディン。

 勇気の女神フロル。

 知恵の女神ネール。

 

 彼女たちは自ら創った大地で生きる者たちへ、恵みとして神器を与えた。

 それこそが触れた者の願いを叶え、万物を与えるという絶対の存在。黄金の大三角──トライフォースである。

 

「ふ、夢で現れるとは……わしはいまだに欲しているというのか?」

 

 暗闇で光るトライフォースを眺めながら、ガノンドロフは自嘲した。

 若かりし頃のガノンドロフであれば、欲望のままにトライフォースに触れていただろう。

 しかしガノンドロフは手を伸ばさない。

 もう妄執には囚われていないからだ。

 

 やがてトライフォースは闇の中にかき消え、視界がぐにゃりと歪み、夢から現実へ引き戻されていく。

 目が覚めたガノンドロフは、上体を起こし、草木が生い茂った野営地を見渡した。

 すぐ近くでリンクが料理鍋で朝食を作っている。

 料理の香ばしい匂いを嗅ぎながら、ガノンドロフはトライフォースについて考えをめぐらせた。

 

 ──この世界のトライフォースはどこにあるのだろう?

 

 ふいにガノンドロフは、リンクの右手に視線を送った。

 リンクの右手の甲が、かすかに黄色く光ったような気がした。

 

 

 

 ★

 

 

 

 へブラ地方を発ったガノンドロフとリンクは、決戦への準備を進める。

 厄災ガノンとの戦いには、四神獣の援護が必要だ。

 そしてそれと同じくらい、必要なものがあった。

 

 それが退魔の剣マスターソードだ。

 太古の時代、悪しきものを討つべく女神ハイリアが鋳造したとされる伝説の剣だ。

 これまでガノンドロフが出会った勇者リンクは、マスターソードをたずさえ、ガノンドロフの前に立ちふさがった。

 この世界でもそれはお約束らしい。

 

 ガノンドロフは、マスターソードに対して複雑な感情を抱かざるをえない。

 自分に二回もとどめを刺した武器だ。

 それがめぐりめぐって、探し求めるハメになるとは……運命とは実に奇妙である。

 

 ガノンドロフとリンクは、マスターソードが眠る地へと馬を走らせた。

 マスターソードは、ハイラルの北東にある迷いの森の奥で、勇者の到来を待っているという。

 しかしふたりは。迷いの森へ向かう道中、すこし寄り道をすることにした。

 

 

 ハテール地方の最東端に位置する、ハテノ村。

 村内には風車があちこちに設置されており、のどかな村の雰囲気をより牧歌的に仕立て上げている。

 ふたりはハテノ村に入り、丘のてっぺんにあるハテノ古代研究所に足を運んだ。

 ハテノ古代研究所に立ち寄ったのは、決戦に向けて、リンクが所持しているシーカーストーンを整備してもらうためだ。

 

「チェッキー! あれぇ、リンクだ。どうしたの? 急に訪ねてきて」

 

 玄関口をノックして所内に入ったふたりを迎えたのは、幼女だった。

 六歳程度で、白髪の髪に、赤い眼鏡をかけている。

 この幼女こそが、ハテノ村研究所の所長プルアである。

 

「ん? <シーカーストーンを見て欲しい>? いいよぉ、ちょっと時間がかかっちゃうけどいいかな」

 

 上機嫌だったプルアが、ガノンドロフに視線を向けた瞬間に硬直した。

 

「あれ、リンクの隣にいるヤケに渋いオジさん……もしかしてゲルド族の、男?」

 

「はじめましてかな、プルア所長。リンクの旅の供をしているドロフという者だ。貴殿の推測通り、わしはゲルドの男だ」

 

 その言葉に、プルアは驚きと興奮でぴょんぴょんと飛び跳ねた。

 

「え、マジ? す、すごい! 本物だ! 本物のゲルドの男だ!」

 

 プルアの反応は当然のものだった。

 

 ゲルドの男は100年に一度生まれるという伝承はあるが、実際のところ、もう数千年近くハイラル王国のゲルドから男は生まれていない。

 厄災ガノンの呪いによるせいだと多くのものは信じており、ゲルドの男はおとぎ話の中だけの存在とされている。

 

 そんなゲルドの男が目の前にいるので、プルアはいてもたってもいられないわけだ。

 

「ちょ、ちょっと調べさせてもらってもいいかな? 大丈夫、すこしデータを取るだけだから!」

 

「……申し訳ないが、遠慮させてもらおう」

 

「ほんの先っちょだけだから、全然危なくないし、痛くもないから!」

 

 研究者魂に火をつけたプルアがギラギラした眼差しを向けて来る。

 ガノンドロフは、何故か分からないが身の危険を感じた。

 ガノンドロフとリンクは、プルアをどうにか落ち着かせる。

 そしてリンクのシーカストーンはプルアの手によって、整備点検を受けた。

 

「プルア所長、点検にはどれくらい時間がかかる」

 

「んー、そうだねぇ、シーカーストーンはかなり複雑な機構だから、隅々まで点検するのに2日はかかっちゃうかなぁ」

 

 どうやら思ったよりも時間がかかるらしい。

 ならば点検が終わるまでの二日間をどう過ごすか。

 リンクはというと、外で村人たちの困りごとを聞いて回っている。

 村の子供達の鬼ごっこに参加してあげたり、村の牧師のために逃げた牛を捕まえたりしている。

 

 しばらく思考したガノンドロフは、プルアにある頼みごとをした。

 それは、研究所内の書物を拝見したいというものである。

 

 ガノンドロフの頼みに、プルアは許可を出した。

 どうやら、プルアたち研究者は村内では「変な研究をしている人たち」と思われているらしい。

 どんな理由であれ、自分たちの研究を見てもらえるのは嬉しいのだという。

 

 そうしてガノンドロフは、研究所の隅にある椅子に座って、机の積み上げった書物を、一冊一冊目を通していく。

 書物を閲覧したいと思ったのは、別にプルア達の研究に強い興味があったわけではない。

 ガノンドロフはある文献を探したかったからだ。

 

 それは『トライフォース』に関して記されたものである。

 

 この別世界に来たガノンドロフは、しばらく旅をしてから、あることに気が付いた。

 

 この世界の人々はトライフォースを知らないのだ。

 

 ガノンドロフがいたかつてのハイラルでは、トライフォースは人々から信仰の対象だった。

 しかしこの世界では、人々はトライフォースを信仰していないどころか、その存在を認知していないのだ。

 どの歴史書のどのページにも、トライフォースに関して何も書かれていない。

 もちろんハイラル王家が、トライフォースを管理しているといたという経歴もない。

 

 日が暮れるまで本を読み漁ったが、トライフォースに関する情報は得られなかった。

 

「プルア所長、貴殿はハイラルの歴史を研究している第一人者と聞いた。

 その歴史の知識とシーカー族の技術を持って、ゼルダ姫と共に、かつての100年前のハイラル王国に技術革新をもたらしたとか」

 

「うん、そうだけど。何か聞きたいことがあるの?」

 

「ならば、『トライフォース』を知っているか?

 ディン、フロル、ネール。三柱の創造神が残した神々の遺物。これに少しでも聞き覚えはあるか?」

 

「とらいふぉーす? うーん、聞いたことがないなぁ。

 それにでぃん、ふろる、ねーる……。聞いたことがない神様の名前。

 ハイラル王国は女神ハイリアを国教に据えている国だから、他の神に関する伝承があまり伝わっていないのよねぇ」

 

「……そうか」

 

 研究者であるプルアでさえ、トライフォースを知らないようだった。

 

(この世界はトライフォースが存在しないのか? いや、それはありえない)

 

 たしかに人々はトライフォースを知らず、歴史にもその存在はない。

 だがトライフォースが実在したという痕跡は、たしかにある。

 

 それはハイラル王家の紋章である。

 この世界のハイラル王家の紋章は、トライフォースの形を模したものなのだ。

 ガノンドロフがいた世界のハイラル王家も、トライフォース信仰の証として、王家の紋章を黄金の大三角にしていた。

 

 つまり少なくとも、ハイラル王家は、どこかの時代でトライフォースを認知、あるいは所持していたと推測できる。

 

 なにより、この世界のハイラルには、リンクがいて、ゼルダがいて、ガノンドロフまでもがいる。

 同じ時代に三人が揃っているということは、その三者の因縁の原因となったトライフォースが、このハイラルの地に眠っている可能性が高い。

 

(ううむ、だが、肝心のトライフォースの居所が分からねば、どうにもならん)

 

 なにか、その手掛かりがあればいいのだが……。

 

「あのドロフ氏」

 

「む?」

 

 プルアはもじもじしながら、ガノンドロフにこう言った。

 

「……アナタの体を調べさせてもらっていい? お願い、貴重なじっけ……ごほん、被験者だから、どうしてもデータが欲しいの!」

 

 今、何か物騒な単語を出かかったのは気のせいだろうか。

 

「はぁ……いいだろう。この所内の本を読ませてもらったのだ。こちらも少しぐらいは頼みを聞かねばな」

 

 その後、ガノンドロフはよく分からない謎の装置を頭にかぶせられたり、色々なことがおこなわれた。

 一見すると危険そうであるが、実際は安全だったので特に問題はなかった。

 だが問題は、実験が終わったあとである。

 

「……アナタ、いったいどういう体をしているの?」

 

 ガノンドロフのデータを採っていたプルアは、そんなことを口にした。

 

「なにが異常でもあったのか?」

 

「ドロフ氏の体は、瘴気で、できている」

 

 プルアの言葉を、ガノンドロフは理解するのに数秒もの時間がかかった。

 それからその意味をすぐさま問い詰めた。

 

「瘴気だと? どういうことだ」

 

 瘴気は、厄災ガノンから放たれる邪悪な魔力である。

 あのような忌々しい物体と同じもので、自分の体ができているいうのだ。 

 おぞましさと拒絶感が、心の中で広がる。

 

「そうね、分かりやすく説明するなら、あなたの肉体は魔物に近いわ」

 

 つまり人間ではなく、魔物ということなのか?

 たしかにガノンドロフは『力のトライフォース』にのみこまれて醜い怪物になり果てた経験がある。

 

「詳しく教えてくれ。できれば簡潔に」

 

「魔物は普通の生き物と違って、肉体のおおよそ半分は瘴気による魔力で構成されているの。

 だけどドロフ氏の場合は、それ以上で、体のほとんどが瘴気で出来ているわ」

 

「……わしは魔力の塊。すなわち実体を持たない幽霊のような存在ということか?」

 

「うーんちょっと違うかな、あまりにも強い魔力の塊だから、ほとんど肉体として機能しているのよ。

 幽霊というより、精霊に近いというべきかしら。

 普通の人には目視できるし、触れることもできる。

 それにお腹が空けばご飯も食べるし、眠たくなったら寝るでしょう?」

 

「つまり普通に生きていく上で、特に問題はないのか?」

 

「そうね……ちょっと体の中身がヘンというか、だいぶおかしいけど、それ以外は普通の人間と何ら変わらないってことよ」

 

 あまりにも突拍子もない話だったが、ガノンドロフは自然とそれを受け入れていた。

 

(そういえば、わしは弱体化している。その原因はこれだったのか?)

 

 今のガノンドロフはかつてより弱体化している。

『力のトライフォース』を失い、何度も封印されたのが原因だと考えていた。

 だが弱体化したのは、肉体を失い、魔力だけの存在になったせいらしい。

 そう考えれば、弱体化も納得できる。

 

 ──なにより、厄災ガノンとカースガノンを目にしたときに覚えた嫌悪感。

 

 あれらはまさに、自分にとって黒歴史の象徴のようなもので、だから嫌悪感を抱いた。

 ガノンドロフはそう思っていた。

 しかし、どうやらそれは思い込みだったらしい。

 

 カースガノンも厄災ガノンも、自分と同じ瘴気という魔力の塊。

 今のガノンドロフの体も、カースガノンと同様に魔力の塊で出来ている。つまりよく似た存在だと言える。

 

 嫌悪感の正体は、たったひとつ。

 自分と同じ存在を受け入れられないという、ガノンドロフの魂が発した、同族嫌悪だったのだ。

 

 ガノンドロフは、手で自分の体に触れてみた。

 自分の体はここにある。しっかりと感触もある。

 だがこの体は、かりそめのような魔力の塊なのだ。

 

(……思えば、わしは死んだはずだ)

 

 ガノンドロフは、風の勇者とゼルダ姫との戦いに敗れ、『力のトライフォース』を失い、死んだ。

 そして目を覚めると、この別世界のハイラルに転移していたのだ。

 それはガノンドロフ自身の力なのか、神の悪戯なのか分からない。

 

 あの時、自分は死んだ。普通に考えれば、生きているはずがない。

 肉体は朽ち果て、魂だけがこの世界に流れ着いたのではないか。

 

 ハイラルには瘴気が満ちている。

 その瘴気は、この世界のガノンドロフ由来のもの。

 流れ着いたガノンドロフの魂と瘴気。このふたつはおそろしいほどに適合してしまったのだろう。

 魂が周囲にあった瘴気を吸い取り、魔力による肉体を形成したのだと考えれば、納得はできる。

 

 ……どういう形であれ、この世界に訪れたことは、ガノンドロフにとって幸運だ。

 自分の過去を清算するチャンスと、新しい人生の目的を得られたのだから。

 

 

 翌日、リンクのシーカストーンの整備が終わり、ふたりはハテノ村を出発した。

 

 

 ★

 

 

 迷いの森は、森の精霊であるコログたちが住まう森である。

 森の中は不思議な力が働き、侵入者をまどわす不思議な霧があたりに立ち込めている。

 マスターソードが眠る地まで、この迷路のような森の中を進まなければならない。

 

 まさに、ガノンドロフが最も嫌うタイプの森である。

 魔王時代のガノンドロフならば、鬱陶しさのあまり焼き払いながら前進していただろう。

 

 ハテノ村を発ったふたりは、迷いの森に足を踏み入れず、少し離れた位置にある崖に移動する。

 そしてそこで人間二人が乗れそうな大岩を探し出し、迷いの森を一望できる場所まで運搬する。

 

「よし、リンク、上に乗っておけ」

 

 これからふたりがおこなうのは、ヴァ・メドーの時と同じやり方だ。

 まずリンクが大岩にビタロックをかけて停止させる。そこへガノンドロフが何度も衝撃を加える。

 ふたりが大岩に乗ったあと、ビタロックを解除し、連続衝撃で迷いの森方向に飛ばすのだ。

 

 ガノンドロフとリンクを乗せた大岩は、天高く飛び、迷いの森の上空を飛翔していく。

 そして森の中央にある大樹を通りがかった瞬間、ふたりは大岩から飛び降りた。

 リンクはパラセールで着地。

 ガノンドロフは付近にあった池に落下し、落下の衝撃を受け流した。

 

 とつじょ上空から飛来した侵入者たちに、コログたちは慌てふためいて逃げていく。

 

(これではまるで森を侵略しているみたいだな……)

 

 こうしてふたりは迷いの森の奥地へたどりついた。

 そこには大樹が屹立していた。塔のように高く、表面は人の顔のような形をした奇妙な木だ。

 その傍には、台座に突き刺さったマスターソードがあった。

 

 ふたりがマスターソードの元へ歩み寄った瞬間、大地を震わすような声が聞こえた。

 

「待っていたぞ、勇者リンクよ」

 

 人の顔をした大樹が、口を動かした。

 

「予想外な侵入にコログたちも驚いておる。じゃがまあいい、おぬしの到来を待ちわびていたのだ」

 

「貴殿がこの迷いの森の主、デクの樹だろう。少々手荒な方法で侵入してすまない」

 

 ガノンドロフはそう心の中でこぼしながら、人の顔をした大樹──デクの樹に非礼を詫びる。

 

(まさかこの世界にも、大樹の精霊がいるとはな。元いた世界では枯れ果てていたが、こちらでは健在のようだ)

 

 デクの樹は、ガノンドロフに対して、警戒のまなざしを向けているようだった。

 

「して、そちらの者は……厄災ガノン! いいや、それにしては魂の輝きがまた違う。別物か? なによりまったく邪悪な気配を感じぬ、妙だ」

 

 ううむ、と、デクの樹はうなったあと、ガノンドロフに向けた警戒を柔らげる。

 

「すまぬな、誤解をしていたようだ。許せよ、勇者の旅の供よ。おぬしを厄災と見誤るとは、わしもすっかり老いぼれかの」

 

「……いいや、気にするな」

 

 ガノンドロフは、内心冷や汗をかきつつ、正体を看破されなかったことに安堵した。

 

 

 それからリンクは、台座に刺さったマスターソードの前に立つ。

 中腰に姿勢を取ったリンクは、両手でマスターソードの柄を握りしめる。

 リンクはゆっくりと、上へ上へ剣を引き上げていく。

 やがて台座から、マスターソードが引き抜かれる。

 

 リンクは、右手に持ったマスターソードを上に掲げた。

 マスターソードの剣身が、青い光を帯びて、魔力があふれる。それは悪しきものを打ち払う退魔の力だ。

 

 リンクは右手にマスターソードを、左手に旅の途中で手に入れた『ハイリアの盾』を持っている。

 ガノンドロフは目を細めた。

 それはまさに、己を打ち倒した勇者リンクの姿だったからだ。

 

「勇者リンクとその供のゲルドの者に聞く。

 ぬしらはこれから厄災に挑み、ハイラルの未来を取り戻すのだろう。

 100年前、姫がこの地にやって来た。そして『来たるべき日のために』と退魔の剣を台座に突き刺したのだ」

 

 それは大厄災でハイラルが滅んだ日のことだろう。

 勇者リンクを回生の祠で眠りにつかせたゼルダは、その足でこの森にやってきたのだ。

 そしてマスタソードをこの地で眠らせたあと、ひとりでハイラル城に戻り、ガノンを封印したのである。

 

「リンク、おまえの姫は辛抱強いな。だが待たせたばかりではうんざりされる。早く救出に行こう」

 

 マスターソードを鞘に納めたリンクが、頷く。

 決戦への決意がこめられたリンクの瞳を目にして、ガノンドロフもまた覚悟を決めた。

 

 ──話さねばならん時が来たな。

 

 

 ★

 

 

『四神獣を解放し、マスターソードを手に入れました。これで、ようやく厄災ガノンとの戦いを始められます。

 ガノンとの戦闘時は、わたしもふたりをサポートして戦います』

 

 迷いの森を出た二人に対して、ゼルダはそう告げた。

 ガノンドロフ、リンク、ゼルダの三人は、厄災との戦いに向けて、作戦を練っていた。

 どこか張りつめた空気のなか、ガノンドロフがこう口にした。

 

「……いや、厄災ガノンを倒しても何一つ解決しない。やつは前座に過ぎない」

 

『どういうことですか?』

 

 ガノンドロフは、直前になって真実を語るべきか迷った。

 だが、このふたりは聞く資格がある。いや、なんとしても聞かなければならない。

 

「真に倒すべきは、ハイラル城の地下深くに眠る、厄災ガノンの本体だ」

 

『厄災ガノンの本体……?

 たしかガノンの元となったのは人間だと聞いたことがあります。

 太古の昔に実在したゲルドの男が元凶だと、ゲルド族のおとぎ話でそう語られているらしいですが……』

 

「そのおとぎ話は真実だ。厄災の根源となったゲルドの男は実在する。その男はハイラル城の地下で封印されている」

 

 ゼルダの、息を飲む声が聞こえた。

 リンクは真剣な目でガノンドロフを見た。

 

「考えてみろ。これまで何度もハイラル王国は厄災を打ち払ってきた。しかし何度も厄災は復活し、ハイラルを脅かす。

 それはなぜか? 地下に眠る本体を倒していないからだ。厄災ガノンは本体から湧き出た魔力の一部に過ぎん。

 本体を殺さなければ、厄災はまたいつか現れるだろうよ」

 

 するとリンクが<封印されたゲルドの人は一体何者なの?>とたずねた。

 

「……ゲルドの男の名は、ガノンドロフ。

 わしは奴に会ったことは一度もない。しかし誰よりも奴を知っている。

 城にはびこる怨念から、カースガノンから、嫌でも伝わってくるのだ。ハイラルへの妄執が、邪悪な野望が」

 

 ガノンドロフはかつて魔王だった。だから確信を持って言える。

 もしこの世界のガノンドロフが復活すれば、間違いなくハイラルの支配を望むだろう。

 

「わしの目的は封印されたガノンドロフを抹殺することだ。だから、リンクの旅に供として付いてきた」

 

『どうしてそんなことを? ドロフさん、あなたは一体何者なのですか?』

 

 ゼルダの質問に、ガノンドロフは押し黙った。

 自分は何者か? その問いに答えれば、自分の何もかもをさらけ出すことになる。

 

「……ゼルダ姫、リンク。わしは二人に嘘をついていた。わしはドロフという名前ではない。ハイラルの外から来たというのも嘘っぱちだ」

 

 自分の正体を話せば、リンクとゼルダはどう思うだろうか?

 分からない。敵と定め、剣を向けるかもしれない。

 それでも伝えなければ。それはきっと己に課された贖罪のひとつなのだから。

 

「わしの名はガノンドロフ。別世界のハイラルから転移した、あの厄災ガノンの元凶と同じ存在だ」

 

『ガノン……ドロフ?』

 

 ゼルダは動揺しているせいか、声音が震えている。

 リンクもこれまで見たことがないような、呆然とした表情をしている。

 

「……少し長い話になる。もうずいぶん昔のことだ。

 わしはゲルド族が暮らす砂漠で生まれた。リンクには以前話したことがあるな。

 そこは貧しい土地だった。昼に灼熱の風が、夜には極寒の風が吹く。作物も育たない」

 

 ガノンドロフは、ふたりの反応を確認することなく、語りをつづけた。

 

「ある日、少年だったわしは思った。

『豊かさが欲しい』と。しかしその欲望は、野望へと歪んでかたちを変えていった。

 やがてわしは、砂漠の隣にあった、ある国に目をつける。

 そこは肥沃な土地を持つ国だ。緑の草原が広がり、風は命を運んでくる。

 その国の名はハイラル」

 

『ハイラル……』

 

「成人したわしは、ハイラル王国の内部に入りこんでクーデターを起こし、国を掌握した。

 魔王となったわしは魔物の軍勢を使役し、ハイラル全土を支配したのだ。

 だが、その支配はあっけなく崩れ去った。

 どこからともなく、ひとりのハイリア人の青年が現れた。

 そやつの名は、リンク。勇者リンクだ」

 

 リンクは、ぎょっとした顔をする。

 ガノンドロフは、構わずつづけた。

 

「魔王だったわしは、勇者リンクとハイラル王国の姫ゼルダとの死闘のすえ、敗北し、封印された」

 

 リンクとゼルダは、絶句しているようだった。

 

「だが、封印されたわしは諦めなかった。

 何百年もの時間をかけ、隙をついて封印を破った。

 わしを倒した勇者リンクはとっくに死んでいる。

 邪魔者がいなくなったわしは、ハイラルをふたたび支配しようとした。

 だが神の怒りによって、わしは封印され、ハイラルもろとも海の底に沈められた」

 

 あまりにも荒唐無稽な話だろう。信じられないだろう。

 

「それからまた何百年もの長い年月が過ぎた。

 わしはふたたび封印を解いて、外に出た。

 しかしそこには、渇望したハイラルの豊かな土地はない。緑の平原もない。

 地平線の彼方に広がる大海原だけがあった。ハイラルも故郷の砂漠も海の底に沈み、消滅していたのだ」

 

 リンクとゼルダはじっと聞いていた。口を挟むことはなかった。

 ふたりがどう思っているのか、ガノンドロフはうかがい知れなかった。

 

「その頃になれば、もうわしの野望は消えかかっていた。

 そして生まれ変わった勇者リンクが現れた。姿は違えど、一目で奴だと気が付いた。

 最後は、その時代の勇者リンクとゼルダ姫によって、またしてもわしは敗北し、野望は完全に潰えた」

 

 ずいぶん長い人生だったように思える。

 そして、そこから始まった旅は、まさに夢のようだった。

 

「次に目を覚ますと、わしは見知らぬ場所に飛ばされていた。

 そこにはわしが求めていたものがあった。肥沃な土地。野生の息吹。緑の草原。

 わしは別世界のハイラルに転移した。そこはわしがいたハイラルとは似ているようで、どこか違う世界。

 運命の導きなのか、立ち寄った村でこの世界のリンクと出会った。

 どうやらこの世界のリンクも、ゼルダを救うため、ガノンドロフと戦うさだめにあるらしい。

 それを知って、いてもたってもいられなくなった」

 

<……>

『……』

 

「これがすべてだ。ふたりにとっては、遠い昔に起きた別世界の出来事かもしれん。

 信じられない話かもしれん。だが、これがわしのすべてなのだ」

 

『……ドロフさん』

 

 ゼルダはどう声をかけて良いのか分からない、といった様子だった。

 

「ゼルダ姫、貴殿はいつかこう言った。

『あなたはハイラルを憂う戦士』だと。それは勘違いだ。

 わしはあくまで自分のために戦っている。すべては己の過去を清算するために過ぎん」

 

『そうかもしれません。でも、あなたはリンクと共に旅をしました。その旅で、あなたは大勢の人を救ったではありませんか』

 

「しょせんは偽善だ。仮にそうでなくとも、気が向いたから人助けをしただけだ」

 

『わたしは、そうは思えません。

 わたしはハイラル城の中で二人の旅路をずっと見ていました。

 だから分かるのです。あなたは自分が思っているよりも、善良で、他の誰かを慈しむことができる人です」

 

 ガノンドロフは口をつぐんだ。

 本当は分かっている。自分はすっかり甘い人間になってしまっている。それを認めたくない自分がいる。

 

 するとリンクは<今も、ドロフさんはハイラルを支配したいと思っているの?>と聞いた。

 ガノンドロフはその問いに対して、自嘲するように笑った。

 

「別世界のおまえに何度も打ち負かされた。そのおかげだろうな、もう自分の中にあった野望は消えてしまったよ」

 

 ガノンドロフの言葉に、リンクは優しげに笑みを浮かべた。

 

「なに? <今は違うんでしょ。じゃあ大丈夫>だと?」

 

 ガノンドロフは、リンクの言葉に耳を疑った。

 何を言っている。何が大丈夫だというのだ。

 

「……<ずっと前に言ってくれた言葉を覚えている? 『何があっても立ち止まるな。自分がやるべきことをやれ』って>だと? それは……」

 

 それは、ガノンドロフがゾーラの里でリンクに言い放った言葉だ。

 あの時、リンクは落ち込んでいた。

 そんなリンクに対して、ガノンドロフは「厄災を倒すまで、立ち止まるな」と言い放ったのだ。

 

 リンクはつづけた。

<正直、ドロフさんの話はあまり理解できていない。だから、全部終わったあとでゆっくり聞くことにする。それでいいよね?>

 そうあっけらかんと、ガノンドロフの元宿敵は言ってのけた。

 

 ガノンドロフは衝撃を受ける。

 旅の間、リンクには驚かされてばかりいる。

 なによりリンクの言葉に納得してしまう。

 くよくよと立ち止まってはいられない。自分の目的は、この世界の自分自身を倒すことなのだから。

 

「ふふ、そうだな。おまえに言ったことを、わしは出来ていなかった。まったく年長者だというのに、情けない」

 

 ガノンドロフは改めて、リンクとゼルダに尋ねた。

 

「ふたりとも、共に戦ってくれるか?」

 

 リンクはうなずいた。

 ゼルダは『はい!』と明るい声で言う。

 

 ふたりはもう、ガノンドロフの宿敵ではないのだ。

 この瞬間、本当の意味で、三人は肩を並べて共闘関係となった。

 

 

 ★

 

 

「厄災ガノンを倒したあと、すぐさま地下に眠る本体を叩く。

 この世界のガノンドロフは、おそらくわしより強い。

 わしは昔の頃より、弱体化している。やつと一対一では勝てるかどうか怪しい」

 

『相手は強大ですね。リンクと解放されたわたしが加勢すれば、勝算はあるでしょうか」

 

「正直、リンクのマスターソードがやつに通用するか分からん。ゼルダ姫の巫女の力も効かないかもしれん。ただ、弱らせればダメージを与えられるだろうが……」

 

 地下で眠るこの世界のガノンドロフは、異常なまでの魔力量を所持している。

 あの厄災ガノンでさえ、魔力量は本体の十分の一にも届かない。

 推測でしかないが、弱体化した今のガノンドロフの何倍もある。

 あの魔力量は封印されている間に溜めつづけていた賜物なのか、それともガノンドロフの知らない何らかの力によるものなのか……。

 

「やつの手の内は分からん。それに厄介なことに、莫大な魔力によってやつはかなりの防御力と持続力があるはずだ。戦いが長引くほどこちらが不利になる」

 

『そんな……ではどうすれば魔王を倒せるのですか』

 

「やつを確実に倒す方法がひとつある」

 

 リンクは<その方法はなに?>と聞いてきた。

 

「……リンク、わしの前に右手の甲をかざしてくれないか」

 

 リンクは頷いて、自身の右手をガノンドロフに差し出す。

 ガノンドロフはリンクの右手の上に、自分の右手をかざす。

 

 ガノンドロフはずっと疑問を抱いていた。

 

 ──この世界のトライフォースはどこにあるのだろう?

 

 かつてトライフォースは、3つのかけらに分かれた。

 

『勇気のトライフォース』

『知恵のトライフォース』

『力のトライフォース』

 

 3つのかけらは、それぞれが持つにふさわしい者に宿った。

 勇者リンクが『勇気のトライフォース』を。

 ゼルダ姫が『知恵のトライフォース』を。

 魔王ガノンドロフが『力のトライフォース』を。

 

 話を戻そう。

 では、この世界のどこにトライフォースは眠っているのか?

 

 この世界にはリンクがいて、ゼルダがいて、ガノンドロフがいる。

 トライフォースの宿命に巻きこまれた三人が、この世界にもいる。

 そう、トライフォースを持つのに最もふさわしい三人が。

 

「眠りから目を覚ませ! 聖なる神器のかけらよ。己の存在の証を今ここで示せ!」

 

 ガノンドロフは呼びかけた。

 リンクの魂の奥に眠っているある物に向けて。

 

 次の瞬間、リンクの右手の甲が黄色の光を放つ。

 その光は、黄金の大三角の紋様を描いていた。

 それは紛れもなく、3つに分かれた黄金の大三角のひとつ『勇気のトライフォース』だった。

 

 

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