もしも風のタクトのガノンおじさんがブレワイ世界に転移したとする   作:東雲るぅ

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前回に引き続いて、独自解釈・捏造設定がてんこ盛りになっています。ご注意ください。






9.決戦前夜

「リンク、おまえの右手の甲に宿っているのは、トライフォースのかけらのひとつだ」

 

<トライフォースってなに?>とリンクを首をかしげた。

 ゼルダも、トライフォースを知らないようで、訝しげに声を出した。

 

『リンクから不思議な力を感じます。まるで……巫女の力によく似た聖なるものが……』

 

「ゼルダ姫、ひとつ聞きたい。リンクのように、右の手の甲に紋様が浮かび上がったことはあるか」

 

『……そういえば、巫女の力に目覚めた時、三角形の紋様が手の甲に現れました。ハイラル王家の紋章とそっくりで、あれはなんだろうってずっと思っていたんです』

 

「やはりそうだったか……ゼルダ姫は知恵のトライフォースを宿している」

 

『知恵のトライフォース?』

 

「……貴殿はリンクと同じように、トライフォースの欠片を持っている。

 おそらく『巫女の力』が覚醒した影響で、貴殿の体内に眠っていた知恵のトライフォースが、一時的に目覚めたのだろう」

 

 トライフォースは、三女神が作り上げた神器。

 ハイラル王家が代々継承する巫女の力は、元をたどれば女神ハイリアに由来する聖なる権能とされている。

 両者はともに神の力。巫女の力にトライフォースが反応したと考えられる。

 

「わしがいた世界では、世界を創った神々がハイラルの大地にある神器を残した。

 それがトライフォースだ。トライフォースは絶大な力を持ち、触れた者の願いを叶える」

 

『触れた者の願いを叶える……!? そんなおとぎ話のようなものが実在するのですか?』

 

「実在したとも。そしてこちらの世界でもな」

 

 リンクは<願いを叶えるなんて、争いの火種になりそう>とつぶやいた。

 そのつぶやきに、ガノンドロフは感嘆する。

 

「リンク、やはりおまえは鋭いな。

 おまえの言う通り、トライフォースをめぐって、ハイラル王国と周辺諸国の間で戦争が起きた。『統一戦争』と呼ばれた血で血を洗う争いだ。

 それだけにとどまらず、私利私欲のために手に入れようとする者が後を絶たなかった。

 その中の一人が、若かりし頃のわしだ」

 

 リンクは驚いたのか、目を見開いた。

 

「……若く野心に満ちたわしは、ハイラル王家の忠臣になった。

 その目的は、聖地に眠るトライフォースを手に入れることだった。計画は成功し、わしは聖地に潜りこんだ」

 

『なるほど、それでドロフさんは……魔王ガノンドロフはトライフォースの力でハイラルを支配したのですね』

 

「それは違う。わしはトライフォースを手に入れることができなかった。あともう少しというところで、トライフォースは三つに散らばったのだ」

 

『いったいなぜ?』

 

「トライフォースにはある性質がある。

 それは三つに分かれて、『勇気ある者』『知恵ある者』『力ある者』の元へ渡るというものだった。

 わしは『力のトライフォース』を宿したが、他のふたつは別の者へ譲渡された。

 勇者リンクと、ゼルダ姫に」

 

『ち、ちょっと待ってください……つまりドロフさんがいた別世界では、三つに分かれたトライフォースを、ドロフさんと、別世界のわたしとリンクが持っていた。

 こっちの世界でも、同じように、わたしとリンクも持っている。

 じゃあ、残りの一つは誰が……?』

 

 ゼルダはぶつぶつと考えこんでいる。

 ゼルダはハイラル王国の姫だが、同時に古代文明の研究者でもある。

 この短い時間で話をほとんど理解しているのは、流石というべきか。

 

『あれ、この世界にも魔王ガノンドロフがいる。もしかして最後の一つは──』

 

「ご明察だ、ゼルダ姫。『力のトライフォース』は、この世界のわしの中に眠っていると考えられる」

 

 ガノンドロフの言葉を聞いたリンクがこうたずねた。

<もうひとりの悪いドロフさんから、その『力のトライフォース』を取り返せばいいの?>と。

 

「そうだ、やつから『力のトライフォース』を奪いとる。そして完成させたトライフォースの力で、魔王を完全消滅させる」

 

 ガノンドロフに致命傷を与える方法は2つのみ。

 退魔の剣マスターソードと、ハイラル王家の光の力だけだ。

 なのでガノンドロフ同士が戦った場合、両者の攻撃は相手にダメージを与えられるが、倒すまでには至らない。

 おたがいにとどめが刺せない、泥試合となる。

 

 では、リンクとゼルダに攻撃を任せればいい?

 それでは無理だ。

 

 この世界のガノンドロフは、桁違いの魔力量により、マスターソードの攻撃も、光の力も通用しないだろう。

 一時的な封印まで追いつめられるだろうが、完全に倒すのは難しい。

 普通の手段では殺しきれない。だから普通ではない手段を用いる。

 

 トライフォースを三つ揃えて、その大いなる力に願う。

「この世界のガノンドロフの完全消滅を」と。

 

 全てはトライフォースで始まった因縁。

 ならば、その因縁はトライフォースをもって終止符を打つべきだ。

 

『しかし……地下で眠る魔王は、トライフォースのことを把握しているのでしょうか?』

 

「正直、それは分からん。厄災ガノンが出現したのは今から1万年前。

 やつが封印されたのは、それより気が遠くなるほどの大昔の時代かもしれん。

 1万年と少し、いや2万年、あるいは3万年か……。

 その時代では、トライフォースは何らかの伝承が残っていた可能性もある」

 

 どういうわけか、この世界では、ハイラルの誰もがトライフォースを知らない。

 ハイラル王家のゼルダ姫でさえもだ。

 あまりにも悠久の年月が過ぎたせいで、この地に生きる人々の間でトライフォースの伝承が途切れてしまったのだろうか。

 あるいは、トライフォースの力を恐れた者たちが、意図的にその存在を抹消したのか……。

 

「……ただ、こちらが『勇気』と『知恵』のトライフォースを揃えていることをやつは知らないはずだ。

 わしらの思惑が露見することはまずないだろう」

 

 もっとも最善なのは、この世界のガノンドロフが、自分に『力のトライフォース』が宿っていることに気が付かず、さらにはトライフォースの存在すら知らない状態だ。

 もしそうなら、よりスムーズに『力のトライフォース』を奪えるだろう。

 

(誰もがトライフォースを忘れた世界で、迷い込んだわしだけが知っている……。なんとも奇妙な状況なのだろう)

 

「ふむ……? <話が長引いてきたし、焼きリンゴを食べて少し休憩しよう>だと?」

 

 リンクは唐突にそんなことを言い、火を起こし、串を刺したリンゴをじゅーじゅーと焼きはじめた。

 マイペースなリンクの行動により、張りつめていた空気が緩む。

 

「……そうだな、少し話をしすぎたか」

 

 ガノンドロフは、リンクから串に刺さった焼きリンゴを受け取る。

 焼きリンゴからは、ほかほかと湯気が立ちのぼり、清涼感と香ばしさが混じった匂いがしている。

 一口かじれば、口いっぱいに甘さとほんのちょっぴりの酸っぱさが広がる。

 

(これは良い、ずっとうまい、そのまま食うより)

 

 いかにリンクが絶妙な匙加減でリンゴを焼いたのか、手に取るように分かる。

 

 一方、もぐもぐと焼きリンゴをほおばっていたリンクは、ぴくり、と動きを止めた。

 それから、<どうしよう、ゼルダ姫には焼きリンゴを食べさせられない>とあたふたし始める。

 

『気にしないでください、リンク。わたしは大丈夫ですよ』

 

 ゼルダは優し気な声を出した。

 顔は見えないが、きっとゼルダは表情を綻ばせている。

 

『その代わり、戦いが終わった後、わたしに焼きリンゴをいっぱい作ってくださいね』

 

 リンクは頷いた。心なしか嬉しそうだ。

 

 そんな従者と主のやりとりを見守りつつ、焼きリンゴを完食したガノンドロフは、ふと、空を見上げた。

 空は青く澄んでいる。今日は一段と心地よい風が吹いている。

 

(戦いが終わったあと、またもう一度、ハイラルを旅するのもいいかもしれんな)

 

 休憩を済ませたあと、三人は再度、最後の戦いに向けて話し合う。

 その後、ガノンドロフとリンクは、決戦の地へ赴いた。

 

 

 ★

 

 

『聞こえるか……聞こえるか』

 

 ガノンドロフは、夢を見ていた。

 そこは、かつてガノンドロフが封印された暗闇の空間だ。

 最近はよく、暗闇の中にいる夢を見る。ガノンドロフにとってはあまり目覚めの良い夢ではない。

 

『聞き届いているか、我と同じ魂を持つ者よ』

 

 声が聞こえる。

 その声は、ガノンドロフをなぜか苛立たせる。

 不愉快だ。どうにも受け入れられない。

 

 しばらくすると前方の暗闇の中から、ぬらりと人影が現れた。

 

『ようやく繋がったか、我と同じ存在よ』

 

 人影を視界に入れたガノンドロフは、眉をしかめる。

 その人影はあまりにも見覚えがある人物のもので、最も直視したくない者の姿をしていた。

 

「消え失せろ」

 

 若かりし頃のガノンドロフが、そこにいた。

 

『ふ、まあそう急くな。我は貴様と話をつけに来ただけだ』

 

 そしてガノンドロフは、しだいにこれが夢ではないことに気が付く。

 意識が明瞭で、まるで現実にいるときと同じ感覚だ。

 その瞬間、状況を理解する。

 目の前にいるのは、この世界の自分だ。おそらく夢を通じて会話をしているのだ。

 

「おまえは……ハイラル城の地下で封印されているわしか?」

 

『ふむ、ハイラル城か……なるほど、ラウルめ、我を薄汚い地下にでも閉じ込めたか』

 

 ガノンドロフは恐ろしいほどの冷静さで、もう一人の自分から情報を引き出すことにする。

 

「何が目的だ?」

 

『我の封印を解け』

 

「なに?」

 

『ハイラルの王ラウルによって、我は封印をかけられた。

 おそらく外では悠久の年月が過ぎているのだろう。ラウルはすでに死んでいる。邪魔立てする者はいない』

 

 ガノンドロフは、もう一人の自分をじっくり観察した。

 やはりその姿は、若かりし頃の自分そのもの。まるでかつての黒歴史をまざまざと見せつけられているようで、気分が悪い。

 しかし、この不快なだけの観察には意味があった。

 

 右手の甲。そこに強大な力が眠っているのを、感じた。

 

(やはりやつは『力のトライフォース』を持っている。……しかも、やつは自分がトライフォースを宿していることに気が付いていない!)

 

 トライフォースは本人の自覚がなければ、覚醒しない。

 しかしこの世界のガノンドロフに宿っている『力のトライフォース』は、覚醒しておらず、眠っている状態だ。

 すなわちこれは、「相手自身がトライフォースを所持していることを知らない」という、なによりの証拠である。

 

 ガノンドロフは、慎重に言葉を選んだ。

 

「……そもそもなぜ、今になってわしに接触した?」

 

『少し前、我は意識を取り戻した。

 どうやら外の世界に我と全く同じ形をした魂が漂っていることに気が付いた。

 そして外の世界で流れている我の瘴気が、その魂にごっそり奪われていく。

 その状況をただ指をくわえて眺めることしかできなかった……実に腹立たしい』

 

 それはガノンドロフがこの世界に転移した時のことだろう。

 

『……我は封印をかけられて身動きが取れない。

 外はどうなっているのかも確認できない。

 ただ貴様の魂が存在していることだけは理解できる。

 そして考えた。我と同じ魂を持つ者だ。ならば、直接、魂に話しかければいいとな』

 

 どうやら、この世界に来たときから存在は気取られていたらしい。

 しかし幸いにも監視はされておらず、こちらの状況を知られてはいない。

 リンクとゼルダが戦力にいることも、トライフォースをふたつ揃えていることも、相手は知らないようだ。

 ブラフの可能性も考えられるが、話しぶりから嘘ではないと思われる。

 

「おまえの事情はよく分かった。では、聞こう、魔王ガノンドロフ。封印から解き放たれたあと、おまえは何をする?」

 

 ガノンドロフにとって、最も重要な質問だった。

 その質問に、もう一人のガノンドロフは、悪辣な笑みを浮かべた。

 それは己の野望と邪念に飲みこまれた者が浮かべる、狂気の笑みだ。

 

『何をするだと? 愚問だな、決まっている。

 ハイラルをこの手で支配する!

 空を赤く染め上げ、生きとし生ける者たちを蹂躙する! やがては世界の王として君臨する!』

 

「……滑稽だな、いや哀れというべきか、所詮は世間を知らぬ若造だな」

 

『なんだと?』

 

 ガノンドロフはため息をついた。

 そういえば、自分も昔はこうだった。いやここまでひどくはないか。流石に世界の王は目指していなかった。

 

「一度だけしか聞かない。改心をするつもりはないか?」

 

『改心? いったいなにを改心しろというのだ? 理解できんな』

 

「……はぁ、聞いたわしが愚かだった」

 

 そうだ、自分はずっと、みっともなく野望にこだわりつづけていた。

 そんな自分がたった一言で心変わりなどするはずがない。何度も敗北しつづけて心が折られない限りは。

 

『封印を解け。貴様は我と同じ魂を持つ者だ。ふたりで共に覇道を歩もうではないか』

 

 魔王は、邪悪さを隠しきれない取り繕った笑みを、表情筋に貼りつけている。

 ガノンドロフは呆れて物も言えない。

 どうせ、どう利用してどう使い潰すか、頭の中で計算しているに違いない。

 

「話し合う価値すらない。大人しく地下で眠っておけ。おまえを倒しに行く」

 

『倒す、だと?』

 

 くくく、と、もう一人のガノンドロフは笑いをこらえきれないといった様子だった。

 

「何がおかしい?」

 

 

『倒してしまってもいいのか? 我を倒せば、貴様は消滅するというのに?』

 

 ──消滅?

 

 ガノンドロフは、何を言っているのか理解できなかった。

 その一言を頭の中で咀嚼するのに、ひどく時間がかかって、思考がフリーズした。

 

『どうやら知らなかったようだな。いいだろう、教えてやる。

 貴様の体は瘴気で出来ている。

 この我の体から放出された瘴気を、貴様の魂は吸収し、肉体を得た。

 我が死ねば、この地にある我の瘴気もすべて消滅する。もちろん、瘴気の体を持つ貴様も共にな』

 

 そういえば、プルアも同じようなことを言っていた。

 ガノンドロフの肉体は瘴気で出来ている、と。

 

 瘴気の発生源はこの世界のガノンドロフだ。

 魔王を倒せば、ハイラルの大地から瘴気は消失する。

 そして瘴気の体を持つガノンドロフも連鎖して消滅することは、当然の摂理と言えた。

 

『さきほどまでの威勢の良さはどこに行った? ふん、貴様の心は手に取るように分かる。死ぬのが惜しくてたまらない、と見える』

 

 たしかにそうだ。死ぬのが惜しくてたまらない。

 この世界に来る前まで、ガノンドロフはどこかで死を望んでいた。

 しかし今は違う。新しく生きる目的を得た。この世界の故郷を豊かにするという、目的。

 やりたいこともたくさん見つけた。それをまだ、何一つできていないのに。

 

『生き残りたいだろう。ならば我の手を取れ』

 

 この世界のガノンドロフは、そう言って、右手を差し出す。

 それは、甘美な誘惑だ。

 その手に掴めば、生きることができる。死なずに済む。

 

「……ああ、分かった、わしは死にたくない。だからおまえに従う」

 

 まるで蜘蛛の巣にかかる前の蝶々のように、ふらふらとガノンドロフは右手を差し出した。

 

「──と言うとでも思ったのか?」

 

 ガノンドロフの右手は、そのまま魔王の右手を通り過ぎ、首根っこを掴んだ。

 そして勢いよく、この世界の魔王を地面に叩きつけて、かかとで顔面を踏み抜いた。

 

『なにっ、血迷ったか! 貴様!!』

 

 地面に倒れた魔王は、無様な姿を晒しながら、侮蔑と憎しみの念をこめてガノンドロフをにらみつける。

 

「血迷う? わしもおまえも、とうの昔に血迷っているだろうに」  

 

 他人から豊かさを奪う。そう考えてしまった時点で、とっくに自分は血迷っていた。

 

『愚かだ、死ぬのが惜しくないのか?』

 

「もちろんだ、惜しいとも、死にたくないとも」

 

 生きるのを切実に望んでしまう。

 しかし、それ以上にこの巨悪を野放しにできない。

 

 ガノンドロフは旅の中で知った。

 美しいハイラルの大地。そしてそこで懸命に生きる民。未来に生きる若者たち。

 それは決して価値の測ることのできない、尊いもの。

 それを壊されるのが嫌でたまらない。自分が死ぬよりもずっと。

 

 だからガノンドロフは決意した。

 自分の新しい人生を引き換えにしても、この世界の魔王ガノンドロフを消滅させる。

 いつか誰かが、あの砂漠に緑を咲かせてくれれば、それでいい。

 

「魔王ガノンドロフ、わしの名を聞くがいい。これからおまえを消し去る人間の名前だ」

 

 自分はもうガノンドロフではない。

 その名は捨てた。今の自分は──

 

「わしの名は、ドロフだ」

 

 魔王ではなく、ひとりの人間──ドロフとして魔王ガノンドロフと戦う。

 それは己の過去を清算するためではない。ハイラルの未来のためだ。

 この1年にも満たない旅の間、ドロフとして生きた。

 だから最後までドロフとして生き、ドロフとして戦い、このかりそめの命を使いつくす。

 

『覚えておこう、ドロフ。この我に挑む愚か者のひとりとしてな……』

 

「いいや、挑むのではない。そんな高尚なものではない。ハイラルを仇なす害獣を駆除するだけの話よ」

 

 ドロフは、ガノンドロフを挑発する。

 その挑発がよほど効いたのか、ガノンドロフは殺意で形相をゆがめた。

 

『生意気な口を利く、この老害め! 封印を解いたらまず貴様から殺し、それからこの地を支配してやろう』

 

「ふん、おまえがハイラルを支配しても、統治能力の低さで、せいぜい魔物の保護区にしかならんわ」

 

 ドロフは、もう一度強く、ガノンドロフを踏み抜いた。

 するとガノンドロフの姿は掻き消え、ドロフの視界がぐにゃりと歪んで、夢から覚めた。

 視界いっぱいに映る朝焼けの空を見つめながら、ドロフは、静かにため息をつく。

 

 魔王ガノンドロフを倒せば、ドロフも消滅する。

 嘘であってほしい。すべては自分に都合の悪い悪夢だったのだ。

 できればそう信じたかった。

 しかしあれは全て本当のことだ。覚悟を決めよう。立ち止まってはいけない。

 

 それから決してリンクに悟られぬように、ドロフは何でもなかったかのように平然とした表情で起き上がった。

 

 

 ★

 

 

「……リンク、どうした? <少し剣の相手をしてほしい>だと?」

 

 迷いの森から馬を走らせたドロフとリンクは、数日かけて、ハイラル城の目前までたどりついた。

 小高い丘でふたりは一晩を過ごすことにした。体を休めて、翌日に決戦に備えるのだ。

 

「だめだ、今日は鍛錬を控えろ。明日に備えてもう休め」

 

 ドロフはそう諫めるが、リンクはかぶりを振る。

 やがてドロフは考える。たしかに多少は体を動かしておくのもいいかもしれない。

 それから軽く30分程度、稽古をつけてやることにした。

 

 旅の間、ドロフとリンクは毎日かかさず、剣の稽古をおこなった。

 たとえそれが、ラネール地方の大雨の中でも、オルディン地方の熱波の中でも、あるいはへブラ地方の雪山の中でも。

 

 だからこそ、ドロフはリンクの成長を誰よりも体感していた。

 祠巡りによる身体能力の強化。記憶の回復により、喪失した技術の会得。

 リンクの成長の根幹部分は、リンク自身の努力が大きい。

 そしてドロフはその成長に一助した。

 実戦的な戦いを通して、より高度で実践的な戦士としての立ち回りを教え、リンクのポテンシャルを極限まで引き出した。

 

 ドロフは双剣を巧みに操る。

 二振りの剣は様々な軌跡を描いた。

 上から下へ半円、下から上、右から左、左から右。

 あるいは斜めから、突き、フェイントを織り交ぜたもの。

 

 それをリンクはすべて剣で打ち返し、盾で防いだ。

 ドロフが仕掛けたフェイントも、リンクは看破した。あるいはその裏をかいて、反撃もおこなってくる。

 

 ドロフは確信していた。

 リンクは、強い。強くなった。

 純粋な剣技の冴えでは、100年前の英傑時代よりも優れているだろう。

 

 たしかにリンクは、いまだドロフとの間には大きな力量差がある。

 しかし将来はどうなるか分からない。

 5年後、いや10年後、この剣士はどれほどの高みに達しているか。

 

(それを見届けられないのが、残念だ)

 

 そう心の中でつぶやいたドロフであるが、リンクの剣士としての成長に満足し、頬を緩めた。

 

(ああ、しまった、つい修練に熱を上げてしまった……今日はここまでにせねば)

 

 きっと最後だからだ。

 そのせいで、いつもより熱心になってしまったのだ。

 

「む? <旅が終わっても、また稽古の相手をしてほしい>だと?」

 

 稽古を切り上げたあと、リンクがそう頼んできた。

 ドロフはとっさに答えられない。

 魔王ガノンドロフを倒せば、自分は消滅する。自分はこの先には行けないのだ。

 

 しばらくドロフは沈黙したあと、こう答えた。

 

「もちろんだ、リンク。全部終わったらな……」

 

 ドロフは、最後まで嘘を突き通すことにした。

 この約束は叶わないだろう。「ハイラル王国に仕える」という、ゼルダ姫との約束も水の泡となった。

 

(すまない、リンク。お前と剣を交わすことは二度とないだろう)

 

 ドロフは目を閉じて、余計な考えを振り払った。

 これからの戦いに専念しなければ。

 

 敵はかつての自分。しかし自分だけが戦うわけではない。

 リンクとゼルダという仲間を得た。

 かつての最大の敵が、今では最大の味方。

 何も恐れることはない。恐れるべきなのは、自分の心が揺らいでしまうことだ。

 

 それからドロフは、手紙を書き始めた。

 リンクが眠りに落ちたあと、書いた手紙を、リンクのポーチにひっそりと忍ばせた。

 

 

 ★

 

 

 厄災の瘴気で覆われたハイラル城。

 その前面に広がるハイラル平原に、ドロフとリンクの姿があった。

 本来、厄災ガノンを討伐するためには、ハイラル城に乗り込まなければならない。

 ガーディアンが跋扈する城下町跡を抜け、城に辿り着いても、内部には無数の魔物たちが待ち受けている。

 しかし、ふたりはそれらの面倒な工程をすっ飛ばして、手っ取り早く厄災と戦うことにする。

 

「ゼルダ姫、始めてくれ」

 

 ドロフと双剣を抜き、リンクもマスターソードとハイリアの盾を装備する。

 

『分かりました、ふたりともご武運を』

 

 ゼルダ姫がそう言ったあと、厄災ガノンの封印は解かれた。

 

「さあ、来い。おまえの敵はここにいるぞ」

 

 ドロフは、己の中にあった魔力を放出する。

 そうして厄災ガノンに自分たちの居場所を伝え、誘導するのだ。

 誘導は見事に成功した。ハイラル城を覆う瘴気の嵐が、肥大化し、やがて巨大な獣の姿を形成していく。

 神獣に匹敵するサイズの巨大な獣が、宙を蹴って、ハイラル平原のど真ん中に着地した。

 

「リンク、ゼルダ姫、なるべく力は温存しておけ。あれは前座だ。小手調べのようなものだと考えておけ」

 

 ドロフがそう言い放ったあと、周囲の空気が厄災ガノンの敵意で満たされる。

 瘴気の獣となった厄災ガノンは、咆哮を上げ、ドロフとリンクに襲いかかった。

 

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