Teach me the Continuation ~奴隷少女との生活~ 作:To6roNovel
雲一つ見当たらない空、風と共に歌う木々の下、子供達は意気揚々と木々の葉をかき分け、どんどんと突き進んで行く。
その少し後ろを行く少年が一人。皆に追いつこうと必死に手を、足を動かして木々の隙間を通り抜けていく。
あと少し手を伸ばせば手が届く_____そう思った時、フワッと少年の体が浮かび上がる。何が起きたのか考える隙なく、少年はゴロゴロと派手に転げ回る。痛たと起き上がり、後ろを振り返った少年の目についたのは大きく張った木の根。少年はそれに足を掬われたらしいと気付くと眉に皺を寄せて立ち上がる。
「アイツめ…根を張って動かずなんにもしてないくせに揚げ足を取ることは一丁前とか、酔ったときの父さんと一緒じゃないか…」
ぶつぶつとそんな風に文句を呟き、「父さんめ…後で極限に薄めた酒出してやる」と検討違いの八つ当たりを口にしながら、彼はパタパタと服を払う。
そんな事をしているうちに、子供達のいくつもあった背中は遂に見えなくなってしまっていた。少年は仕方がないからと、とりあえず森を出るために道に沿って進んでいく事にした。
皆とは何度も来ていた森の中。けれど少年一人で来ることはなかったせいか、いつもよりも木々が大きく、葉の間から零れる陽の光が少なく思えてしまう。そして彼は全く違う場所に迷い込んだような錯覚に陥る。
そのせいだろうか、道を行けば行くほど森の奥深くまで行ってしまい、いつまでも彼の知る道に辿り着かなかった。
どうしたものかと少年は辺りを見渡すと、そこには森の中に溶け込むようにポツンと家が建っていた。
こんなところにも家があるんだ…家主の人に街までの道を聞けば戻れるかな。でも本当にこんな森の奥地に人が住んでるのかな。
幾つも浮かぶ疑問符をさておこうと少年は頭を振る。とりあえずは人が居るか確認しよう。そう思い彼はその家に一つだけついていた窓をヒョイっと覗き込んだ。
少年の目に映り込んだのは、彼と同じ位くらいの背丈の少女であった。艶のある銀色の絹糸のような長髪、精巧な人形のように整った目鼻、そして何も映していない灰色の瞳。
これが少年と彼女の出会いだった。
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石造りやレンガの建物が立ち並び、大通りには多くの人が行き交う町並み。そこから少し外れた場所の、診療所での光景。
「いつもありがとうございます、先生。またお願いしますね」
「ええ、お大事に」
いつものように診察を終えて患者の背中を見送り誰もいないことを確認すると、隣の書斎へと向かう。そして目一杯手を伸ばして力を抜いたあとにコーヒーを一杯注ぎ一息つく。
「ふぅ…」
苦みが身体に染み込んでいく。相変わらず好みではないものの、その感覚は随分と馴染んだものになりつつある。靄がかった意識をはっきりとさせていき、カルテの整理に取り掛かる。最近はやけに患者が多かったからか、机の上は散々なことになっている。意識がはっきりしていくほどにそれを認識し、身体を重くしながらも手を動かしていく。
医者になってから数年が経った。一人で始めたこともありバタバタとしていたが、今では患者の対応もそこそこ身についてきた。けれども、相変わらず一人なのでたまにくる急患にはやはり手を焼いてしまう。
町外れにある病院だから来る数が少ないとはいえ、いつ来るかわからない彼らの対応をしようと思うとすぐに寝るわけにはいかない。
患者が少ない日は早めに締めようかと考えていた時があったのだが、寝ようと思ったときに急患が来てバタバタすることもあり、なかなか早く閉めることは出来ない事に気付いてしまった。
そんなものだから規則正しい生活習慣など身につくはずもなく、今日も相変わらず寝不足だ。
患者相手に規則正しい生活を推進するくせしてその実自分は全くできていないのだからどうしようもない。皆には是非ともこの姿を反面教師にでもしてほしいもんだ。
そんな益もない事を考えていると、コンコンと扉をノックする音が聞こえる。やはりゆっくり過ごすことは難しいようだ。
「どうぞ」
チャリンと扉についている鈴を鳴らして入ってきたのは茶色の中折れ帽に年季の入ったコートを身に着けた初老の爺さんだった。格好は老紳士のようであるが、胡散臭く口元を歪めている彼の表情が纏う雰囲気は堅気の人間のそれではない。
裏を生きる人間が一体何のようだというのだろうか。
私は真っ当に医者をしてきたはずなんだが。
「どうも、先生。私のことは覚えておいでですかな?」
覚えているも何も、そもそも関わりを持つ機会はなかったように思えるが…もしかしたら何かの拍子で顔を合わせていたのだろうか?
「すいません、どちら様でしょうか?」
「数年前、町外れの道で救護していただいた…と言えば思い出してくださりますかな?」
数年前、町外れの道で救護となると…
「…あぁ、貴方でしたか。あれから身体の方は問題ありませんか?」
「おかげさまで大事には至りませんでしたよ。」
3年前、彼は町外れの道で倒れていた。
「あの時はろくなお礼も出来ずに去ってしまったので、偶然近くに寄りかかった今日、お礼を参りに来たのです」
身元の怪しい爺さんだが、数年前のことでわざわざお礼に来たとなれば無碍にするわけにもいけないと茶を入れようとしたが、彼は「そう長い時間を取らせるつもりはありませんので」と言い、封筒を差し出してきた。中身を確認すると、多額の金が入っていた。流石に治療費としては多いように思ったのだが、「支払いが遅れたお詫びですのでご遠慮なく」と言うのでそのまま受け取ることにした。
「実はあともう一つあるのですが…こちらは内密にしていただいてもいいですかな?」
ニヤリと皺を寄せて彼は言った。嫌な予感がしたものの、悪いようにはならないだろうと思いうなずくと、彼は扉の裏の方へ呼びかけそこから人影が飛び出す。
現れたのは一人の少女だった。
その様子は酷い有り様だった。小さな頭に携えた銀髪はひどく傷んでおり、みすぼらしいキャミソールに包まれた身体には醜悪な傷が刻まれていた。腕や首元には火傷痕のようなものが、目元その他の場所には所々鞭で打たれたようなミミズ痕が痛々しく残っていた。おおよそ年端も行かないであろう少女に対しての扱いを受けていないであろう有り様だった。
しかし、そのような事は気にもしていない様子で少女は前に手を重ねて佇んでいた。
唐突であまりに痛々しい少女の様子に言葉を失っていると、こちらの反応を気にせずに続ける。
「最近ある資産家が事故で亡くなりましてね。近しい家族が居なかったものですから、役所やら親類やら友人を名乗るものが寄って集って財産をさらっていったのですよ。」
「私にも少しコネがありましたので、そのおこぼれを頂戴したのですがね、その際に厄介なものをいくつか押し付けられたのですよ。」
金持ちの周りで起きる相続争いの数多くの厄介事。例えば、残された遺産の分配割合や不動産の取り扱い。そして、身元のない同居人。つまり、
「その一つがこの子ですか」
「ええ、その通りです。今の私はしがない商人でしてね、なんでも取り扱うことが売りなのだからと押し付けられてしまいましてね。肉体労働出来るようならまだしも、このようなガキは信頼のある売り手が見つからないのですよ」
「しかし、事を急げば私も不利益を被ってしまいそうでしたので、適当に処分するか捨ててしまうかと思ったのですが…
面倒や不利益は御免ですが、良い取引相手は居ないだろうかと思っていた所で、昔この街で先生に助けられたことを思い出したのですよ」
わざわざ数年越しにお礼参りに来るとは案外律儀な人だと思っていたが、本命はこの少女をどうにかすることだったようだ。
「情に厚いであろうお医者様でしたらきっと放っておく事はないだろうと思いましてね。もし先生が引き取ってくださらないとなると、やはり適当に処分するか捨ててしまうしかないのですが…いかがなさいますか?」
怪しげな笑みはそのままに、瞳の奥深くまで値踏みするようにこちらを見つめて商人の男は言う。
奴隷を引き取る。確かにうちの診療所は一人でやっているものだから手伝いがいれば書類の整理などは楽になるだろう。
しかしながら、銃で撃たれた人間から引き取るならば厄介事に巻き込まれたとしてもおかしくない。
それに、最近は奴隷の解放の声が大きくなっており、近々奴隷制度が廃止されるのではないかとさえささやかれている。だとするならば、きっと引き取らないことが最尤なのであろう。
けれど、私は医者だ。苦しんでいる人を救うのが私の仕事で生きる意味なのだ。ここで見捨てるならば医者を名乗るわけにはいかない。それに…
こちらに目を向ける少女の瞳を見つめる。そこにあったのは
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「ありがとうございます。きっと先生でしたらそう言ってくださると思っていましたよ。こいつについての詳しい話はこいつ自身に聞いてください。私は良く知らないことも多いのでね」
「では、私はこれで失礼いたします」
バタンと扉は閉められて、少女と二人でその場に佇む。少女の方に目をやると、無機質に、少女は私にお辞儀をする。頭を上げ、仄暗い灰色の目をこちらへ向ける。そして、ただ機械的に彼女は言う。
「改めて、初めまして。シルヴィと申します。引き取っていただいてありがとうございます。力仕事はできませんが、申し付けてくれれば簡単な雑用ぐらいならできると思います。ただ、前のご主人様は悲鳴を聞いて楽しむのが一番価値のある使い方だって言ってました。...お手柔らかに、お願いします。」
感情の起伏なく告げられた醜悪な現実がこびりついた自己紹介。これが私と奴隷少女_____シルヴィとの生活の始まりだった。