Teach me the Continuation ~奴隷少女との生活~ 作:To6roNovel
シルヴィを引き取った日のこと、取り敢えず同じ屋根の下で生活するだけならしばらく問題は出てこないだろうと思っていた。けれど、それは間違いだったとすぐに知った。
シルヴィを引き取ってから夕食を取った時。温かいシチューと焼きたてのパンを出したのだが、全然手を付けなかった。食欲が無いのかと聞いてみると、「このお食事はお客様用のものじゃないのですか?」と表情を変えずに言った。
その言葉に、私の胸は締め付けられるような痛みに襲われた。そして改めてシルヴィを見ると、彼女の細い腕や首元からは、骨の線が浮き出ており、肌は荒れ、わずかにむくんでいる。長期間にわたる栄養失調は明らかだった。聞けば、食事はパンと雑炊、そして水以外は許されていなかったのだと。おそらく、それが彼女にとっての「食事」の常識なのだろう。
その食事は君のものだからと食べるように言うと、彼女は差し出されたスプーンを恐る恐る口に運ぶ。その姿に、私は痛々しさを感じた。過去の記憶が、この小さな体にどれほどの重荷を負わせているのだろうか。
この子の「常識」を、少しずつ変えていかなければならない。それが、私の役目だ。とりあえず、しばらくの間は少しずつ食事の量を増やしていく必要があるだろう。
次に風呂の時。案の定しばらく風呂には入れさせてもらえなかった様なので、シルヴィに浴室の場所を伝えて入ってくるよう言った。そうしたら、なんとその場で衣服を脱ぎだしたのだ。流石にそのまま目の前で着替えさせるのは不味いので、脱衣所まで連れていって事なきを得た。
幼い頃から奴隷となったせいで常識が身に付いていなかったのだろうかと思い、入浴を終えたシルヴィに訊ねたのだが、実態は更に残酷であった。なんでも、前の主人は自身の前で肌を曝け出すよう言った後、鞭打ちを行うという習慣があったらしく、その習慣が抜けていなかったようなのだ。
自分の半分生きたかも分からない少女がそのような仕打ちを受けていたと考えると思わず吐き気がこみ上げる。この少女がそのような仕打ちに合う道理などあってはいけないだろう。
その様子を見たシルヴィは、口元を固く結んで少し震えていた。前の主人の顔色を伺っていたからか、他人の感情の起伏には聡いのだろう。私はすぐに謝って、彼女の精神状態を考え、出来るだけ彼女の前で良くない感情は表に出さないよう努めることにした。
そして寝るとき。一つだけ来客用が残っていたのでそこで眠るよう言ったのだが、当たり前のように床で寝ようとしていた。ベッドを使っていいと告げると、「…それでは有難く使わせて頂きます」と言った後、顔をうつ向かせる。どうしたのかと思い聞いてみると、重々しくシルヴィは口を開いた。
「ご主人様には本当に感謝しています。美味しい食事をいっぱい食べさせてくださったり、水浴びを許していただけたり、それに加えてこのような寝床を用意してくださったりと、とても感謝しきれないです」
「できることならば精一杯お手伝いします。痛がって喜ばせることだってできますし、望まれるならば夜の相手だってさせていただきます。ご飯も、少しで大丈夫です。だからどうか…お手柔らかにお願いします」
彼女の口から出てきたのは、現実に打ちのめされてきた少女の痛ましい懇願だった。その声は心なしか震えていて、潤んでいるように思えた。胸を締め付ける感覚につられ、表情が歪みそうになるのを抑えて、傷つけるようなことはしないと一言だけ告げた。
「…そうですか。また何かあれば申し付けください」
「それでは、おやすみなさいませ、ご主人様」
変わらぬ表情でそう告げて彼女は床に就いた。きっと私の言葉は、彼女には届いていないのだろう。だから彼女に届くまで言葉を送り続けよう。そう心に刻んだ。
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それから一週間がたった。あれから変わらずシルヴィは慣れない様子ではあるが、普通に食事もお風呂もこなしている。ただ、何もしていないのに生活水準が高くなった事により、逆に不安を募らせているようだった。
だから少しでも対価を払っていると認識させるために、家事をやってもらうことにした。彼女の考える対価としては足りないかもしれないが、多少はマシになっていると願いたいところだ。
水を拭き取った二人分の食器が重なるカチャンという音を鳴らすと、シルヴィはくるりとこちらに顔を向ける。
「食器の方は洗い終わりました。何か他にやることはありますか?」
「いや、特にはないよ。そのまま自由にしてもらって大丈夫」
「…そうですか、分かりました」
殆ど変わらぬ表情、だが少しきつくなる口元が見えた。やはりまだ不安があるようだ。まだ対価を気にしているのかも知れない。だとするならば…
「いや、やっぱり少しここに残ってくれるか?少し話し相手になって欲しいんだ」
「話し相手、ですか?」
私はもう少しだけ対価を要求することにした。
「ああ、朝はあまり患者が来ないからね。少しだけ暇なんだ。診療所には私一人しかいないから、早く開けてもやることがなくてね」
実際人が来なければほとんど仕事はない。強いて言えば書類整理があるといえばあるのだが…それはこの際さておいてもいいだろう。
「…そうなんですね。私なんかで良ければ話させていただきます」
きつく閉まっていた口元は、呆気にとられたのか少し緩んでいる。まあ、奴隷相手に話し相手になれなんて事を命令する輩はいないだろうし、呆気にもとらわれるだろう。
さて、何を話したものか。
「そういえば君の事をよく知らないなと思ってね。もし良かったら教えてくれないかい?」
「私の事…ですか」
目を伏せて、少し考え込むように沈黙し、シルヴィは口を開く。
「…分かりました。それではお話させて頂きます」
「ご存知ではあると思いますが、ここに来る前はとある資産家の方の元にいました」
「前のご主人様は人を傷つけたりすることを楽しんでいたようで、私はそれを目的に買われました」
温度を伴わない表情で淡々とシルヴィは告げる。対して彼女についている傷の数々がその残酷さをありありと語っている。
「私の他にも多くの人が同じような扱いを受けていました。私より酷い扱いな人もいたので、よく人が入れ替わっていました」
拷問目的で買われた彼女よりも酷い扱いの人間。
そこまで考えてハッとした。
まさかその人たちは拷問により人の尊厳を奪うだけでなく命さえも…
だからこそ定期的に人が入れ替わっているのだと考えた時、ゾッとした。、もしこの子がまだそんな場所にいたのなら…嫌な想像が頭を横切り、背筋に冷や汗が伝う。
「…辛いことを蒸し返すようで悪いけど、一体どれくらいの間前の主人の所に居たんだい?」
「あの家に居た時は、月日を確認できるものが私の周りにはありませんでしたから、詳しくは分かりません。ですけど、あそこから引き取られた時に見たカレンダーと私の記憶が正しいのなら…」
「大体二年くらいだと思います。」
それを聞いて一つの疑念が生まれた。
殺すまで拷問を行う人間のもとで二年も生きれるものだろうか。
彼女がいた二年間の間だけで何人も人が入れ替わったということは、きっとそれだけ人を消耗品のごとく扱っていたということだろう。そんな非道な人間のもとで成人にも満たない少女が、碌な食事もとらせてもらえない環境下で二年間も生きていられるだろうか。彼女は特別扱いを受けていたなら可能か?しかし、話を聞く限りそのようなことはないだろう。
ならばなぜ、一体どのようにして生きてこられたのか。問いかけようと口を開こうとして_____
「先生、いらっしゃいますかー?」
外からそんな声が響く。どうやらもう時間のようだ。本当はもう少しだけ話したかったが仕方がないだろう。
「すまない、もう時間みたいだ。付き合ってくれてありがとう。今度こそ自由にしてもらって大丈夫だよ」
ガタンと椅子から立ち上がり、早足で扉に向かう。そうしてシルヴィがこちらに向かって礼をするのを横目にしてからその場をあとにした。
患者の対応が一段落ついたあと、いつものように書斎でコーヒーを一杯注ぎ一息つく。そして朝のシルヴィとの会話を思い返す。やはり身体も発達しきっていない少女があのような環境で生き残れるとは考えられなかった。少ない食事もそうだが、何より苛烈な拷問だ。
食事に関しては聞いた限り、生存可能な最低限は取らせてもらっていたようだった。しかし拷問によってできた傷を治すのにも栄養が必要だ。だとすればそれでは足らず、衰弱死してもおかしくはない。実際彼女には栄養失調の症状が見られる。
さらにその状態で二年間の間、頻繁に傷ができるとなれば何らかの感染症にかかってしまって死んでしまう危険性もあっただろう。だというのにそうならなかったのには何かあるように思えてならない。
しかし、それを聞くということは彼女にその悪辣な記憶を思い起こさせることにほかならない。それは人に対しての怯えが見られる少女には酷すぎる仕打ちだろう。
気になりはするが、そこまでのことをする必要はないだろう。とりあえずそれは聞かぬようにしよう。そして出来るだけ彼女に寄り添えるようにしなければ。
そう決めて立ち上がって伸びをしたあと、書類整理に取り掛かることにした。
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それから数日、シルヴィの様子がどうもおかしい。
前の主人のことを聞いた次の日は普通に話を聞けた。なんでも前の主人は奴隷の買い分けをしていて、雑用や肉体労働、性奴隷なんかもいたと教えてくれた。
ただ、聞けば聞くほど酷い環境下であることを知り、段々と目が濁っていく気がしたのでとりあえず前の主人についてはそれ以上聞かないことにした。
そこでふと思った。そういえばシルヴィ自身の事は聞けていないのではないかと。
シルヴィを取り囲む環境が限りなく劣悪で醜悪なことは嫌な程聞いたが、本人がどのような人間なのかは全く聞けていない。何をすることが好きなのか、どんなものが好きなのか、食べ物の好き嫌いや物事の得手不得手。どれも聞けていないなと思った。
だからその次の日は、そんなようなことを聞いたのだ。けれどシルヴィはそれを聞いて何故か目を伏せて押し黙ってしまった。どうしたのかと聞いてみても、「すいません、良くわからないです」というばかりだった。良くわからないとはどういうことか聞こうとしたのだが、途中で患者が来てしまったので聞くことは叶わなかった。
後々考えてはみたものの何故そのような反応だったのかわからなかった。
その翌日、初めと同じようにシルヴィが皿洗いを終えてから話を聞こうとしたのだが、その日は何故かいつもよりも皿洗いに時間がかかっていた。明らかに手を抜いてゆっくりしている、というようには見えなかったので、手を痛めたのかと思った。そんな事を考えていたら、ふと昨日のうちにやらなければと考えていた消毒液用の材料の在庫確認をしていないことを思い出した。また忘れる前に確認しなければと思い、その日は話を聞くことは出来なかった。
その更に翌日、昨日と同じように皿洗いに時間がかかっていたのだが、その日は皿洗いを終えても患者さんが来なかったので、シルヴィに問いかけることはできた。しかし、「…すいません、その前に少しお手洗いに行ってもよろしいでしょうか」といったので了承した所、そそくさとその場を後にしてなかなか帰っては来なかった。その時も途中で患者が来てしまったので話を聞くことは出来なかった。
なんだかおかしい。皿洗いに少し時間がかかったり、お手洗いからなかなか帰って来ないという事柄一つ一つは変ではない。けれど、シルヴィ自身のことを聞いた後にそれらが連続しているとなると恣意的にそうしてるようにも思えるのだ。だとしたらそうする理由を見つけてから対応しなければならないが、本当に偶々であればただの杞憂となってしまう。
だからそれを確かめることにした。
来る日の朝、朝食を終えていつものようにシルヴィは皿洗いに勤しんでいる。その背中に声を投げかける。
「そういえば最近掃除してなかったからここの部屋綺麗にしてもらってもいいかい?」
「かしこまりました。これが終わり次第やらせて頂きます」
チラリとこちらを見やり淀むことなくそう言うシルヴィ。会話をすること自体は問題ないようだ。
「それと、前聞いたシルヴィ自身の事なんだけど_____」
カチャン、と動かしていた小さな手が動きを止める。
「…申し訳ありません。少しお手洗いに行ってもよろしいでしょうか」
少しうつむいておずおずとそう言うシルヴィ。その目は少し泳いでいる様子だ。
「…うん、大丈夫だよ。行ってらっしゃい」
「ありがとうございます」
またそそくさと彼女はその場を離れていく。そして私はこの場に一人残された。チクタク、チクタクという振り子時計の音だけが部屋に鳴り響く。そして待てども彼女は戻って来ることなく、外から聞こえる先生と呼ぶ声がタイムリミットを告げた。
どうやら偶然ではなかったようだ。だとすれば一体原因はなんだろうか。話すこと自体は問題でないのなら_____
「…問いかけか?」
彼女自身を知ろうとする行為が彼女の地雷に触れてしまったのだろうか。だとするならばどうするべきか。どうにか彼女に寄り添いたいのだが。
ふと一つだけやっていないことがあると気づいた。もしかしたらこれで少しは心を開いてくれるかもしれない。
ならば明日やることは決まった。とりあえず患者の対応に移ろう。
気持ちを切り替えるため軽く伸びを行い、いそいそと玄関へと足を運んだ。