Teach me the Continuation ~奴隷少女との生活~ 作:To6roNovel
大通りに出てしばらく歩いていると、ふと甘い香りが鼻をくすぐる。何だろうとそちらの方へ目を向けると喫茶店があった。そういえばここ最近は外食をしていないなと思い足を止める。少し昼には早いかも知れないが偶には行ってもいいかもしれない。
「あの…どうかなさいましたか?」
立ち止まった私を不思議に思ったのかシルヴィはそう声をかけてきた。
「ああ、ちょっとそこに喫茶店があってね。あそこでお昼にしようかと思ったんだけど、大丈夫かい?」
「…はい、大丈夫です」
カランと扉の鈴の音を鳴らしながら店に入る。店内には木製のカフェテーブルとカフェチェアが何脚か並んでおり、壁には額縁に入った油絵飾られている。
そこそこ人の入りもいい、所謂モダンな雰囲気のある喫茶店のようだ。
「いらっしゃいませー?」
店内を見渡していると、カウンターの方から店員らしき女性が変わった口調で声をかけてくる。
そして口調と同様に容姿も変わっていた。赤黄色と青のツートンカラーの長い髪に、青と翠の瞳。そして青と黒のミニスカートの制服に多数のベルトを装着している。
「お二人様ですねー?こちらへどうぞー?」
中々奇抜なその風貌に、少し驚きながらも席へと案内される。
その足取りはフラフラとしていて、倒れてしまうのではないかとヒヤヒヤしたのだがそうなることはなかった。顔色も悪くないところをみると、どうやら体調が悪いと言うわけではないらしい。なんとも不思議な人がいるものだ。
案内された席に着き、メニューを開く。パスタ、カレー、グラタンなどの主食や、オムレツ、サンドイッチ、ホットドックのような軽食など、様々な品があるようだ。
今はあまりガッツリと食べたい気分ではないからサンドイッチだけにしておくことにしよう。シルヴィはどうだろうか?
「何か食べたいものはあるかい?」
「えっと、一番安いもので大丈夫です」
きょろきょろと辺りを見渡していた顔をこちらに向けてそう言うシルヴィ。
単純にメニューに気になるものがなかったのか、それともまだ少し気を使ってしまうのだろうか。後者ならば好きに頼んで欲しいとは思うのだが、ここで適当に別のものを頼むのも違うだろう。
そう思い自分と同じくサンドイッチを頼もうと店員を呼ぶ。そこでふとシルヴィが向かいの方をみつめていることに気づいたので、なんだろうと思い振り返ってみる。
…なるほど、どうやら興味が引かれなかった訳ではないらしい。それならば___そう考えている内にまたふらふらとした足取りで店員がこちらへ来た。
「ご注文お決まりですかー?」
「ええ、サンドイッチ一皿と、あと________」
しばらくすると注文の品がやってきた。
「あ、これ…」
シルヴィは少し驚いたようにそう言葉を漏らす。机に置かれたのはいくつかのサンドイッチと、二枚のパンケーキだった。
どうやらシルヴィは向かいの席の客が頼んだパンケーキを眺めていたようだったのでサンドイッチのついでに頼むことにしたのだ。
「少し甘いものが食べたくなっちゃってね。でも一人で食べるには少し多いから分けて食べようか」
「…いいんですか?」
事前に考えた私の言い分にいつもの調子で聞き返そうとこちらを見るシルヴィ。しかし、その目は心なしかきらめいている。どうやらパンケーキを頼んだのは間違いではなかったらしい。
「もちろん。というよりも、食べてもらわないと私の胃が少し大変だからね」
おどけるようにそう言って、シルヴィの皿にサンドイッチを幾つかとパンケーキを一枚取り分ける。その間、シルヴィの目はパンケーキに釘付けになっていた。
「…ありがとうございます。それじゃあ、いただきます」
サンドイッチを食べ終えた後、私はパンケーキを口に運ぶ。一口噛むと、ふわりと小麦と卵の優しい香りが鼻腔をくすぐり、ふわふわな生地に、とろけるバターとはちみつが絡み合い濃厚な甘みが口に広がる。久しく甘いものを食べたが、やはりいいものだ。コーヒーもこれくらい美味しいと思えたならいいのだが。
私が舌鼓を打っていると、どうやらシルヴィもそろそろパンケーキに手を付けるようだ。フォークで切り分けて、そっと口へとそれを運ぶ。
「!…ふわふわ、甘くて、おいしい」
瞳を一層輝かせて食べ進めるシルヴィ。普段はおずおずとしているのに、珍しくパクパクと食べるその手は止まらない。どうやら相当お気に召したようだ。
「ごちそうさまでした。おいしかったです、とても」
「その…ありがとうございました」
あっという間に食べ終えるとシルヴィはそうお礼を言ってきた。パンケーキの美味しさのおかげか、頬は少し緩んでいる。思えば、そのような反応をしたのは今日が初めてかもしれない。そう考えると、つられてこちらの頬も一緒に緩んでしまう。
シルヴィもそれに気づいたのか、慌てて表情を取り繕ってしまった。しかしながら少しだけその顔には朱がさしている。
何はともあれ、食べ終えたことだしお会計をしようと席を立つ。緩んだ表情を見られたのが恥ずかしかったのか、シルヴィはもじもじと私の後ろをついてきた。
「ありがとうございましたー?またお越しくださいませー?」
大通りを抜け、人通りが少なくなった頃。後ろから声をかけられる。
「あの、今日は本当にありがとうございました。綺麗なお洋服だけでなく、美味しいお食事まで…」
後半になるにつれ尻つぼみになっていく言葉。なにか思い悩むところがあったのだろうか。一度立ち止まり、シルヴィを正面に据える。
「でも、どうしてご主人様は私にそこまでよくしてくれるのでしょうか?」
「他の人からの視線が気になるというだけなら、もう少し簡素な服でもよかったはずです。それに、パンケーキだって半分下さりました。甘いものがお好きというなら、残りは持ち帰って食べてもいいはずです」
「なぜ、ご主人様はここまでよろしくしてくれるのですか?私はただの奴隷なのに」
そう言ってこちらの目を見据えるシルヴィ。こちらを覗き込むように見つめてくるその瞳は不安に揺れているようだった。今までは安心してもらうためにも、対価をもらうという言い分でいろいろやってきた。しかし、どうやらそれでは納得できなくなってしまったようだ。だとするなら、今までのような言い分では却って不安にさせてしまうだろう。ならば、素直な気持ちを答えるとしよう。
「…私はね、正直君のことを奴隷だと思って接してはいないんだよ」
ゆっくりと、言葉を選びながら紡いでいく。ぽかんと、シルヴィの口元が開く。言っている意味が分からない、とでもいうような反応だ。
「私から見た君は、ただの年端のいかない女の子なんだよ」
「誰かと話したり、遊んだりして笑ったり、悲しいことがあったら素直に泣いて、誰かに慰めてもらいながら立ち直ったり。そんなことを繰り返して育っていくような、そのくらいの年の子供なんだ」
何の話だろうか、と思っているのだろう。少し首をかしげて、不思議そうにしている。それでも理解しようと、シルヴィはじっとこちらを見て静かに聞き入っている。
「私は大人だ。子供たちと喜びを笑顔で分かち合って、悲しみは言葉や抱擁で包み込んでやる。そうやって子供たちを見守もって、導いてやらなければならない存在だ」
「そして、私は医者だ。病で苦しんでいる人を治し、多くの人が健康に生きられるように支援する。そうやって人々に希望と幸福を与える存在なんだ」
「故に、君が困っていることがあれば力になりたいし、君がやりたいことがあれば叶えてやりたくなる。そんな大人の意地であり、医者としての矜持でもあるんだ」
「簡単に言ってしまえば、こうやって君に接しているのは単なる私の我儘なんだ。だから、どうかあまり立場がどうこうとか気にしないでくれると嬉しいな。」
一通り言いたいことを言い終えてシルヴィを見やると、なにか考えるようにうつむいていた。まずいことを言ってしまっただろうか、表情からそれを読み取ることはできない。
しばらくして、シルヴィはこちらを向いて口を開く。
「…わかりました。ですが、なにか私にできる事があればお構いなく言ってください。こちらもお世話になっている身ですので」
こちらを真っ直ぐと見つめてそう言うシルヴィ。きっと言ったことの全てを理解したわけではないのだろう。それでも意図は十分伝わった、何となくそう感じた。
「わかった。これからもよろしくね」
一抹の安心感を覚えた私は微笑みかけて言う。そうして私たちはまた家へと歩みを進めた。
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「____それでその日の夜、本当に父さんに極限まで薄めた酒を出しちゃってね。いつもは根を張ったみたいに動かないのに、その時はいつもの様子では考えられないくらい凄い勢いで追いかけ回されたのさ。」
翌朝、いつものように少しばかりの自分語りをしていた。昨日の帰りの大通りで、酒を荷車で運んでいる商人を見てふと思い出した昔の話についてだ。
「あの時ばかりは、もう食べ物に何か仕掛けるのはやめようって心から誓ったよ」
肩を竦めてそう言ってシルヴィを見やる。変わらず反応は返ってこない。話してしまった後では今更だろうが、大人の話す昔の話とは退屈ではないだろうか。
今思い返してみると、私がシルヴィ位の年の時は、父の昔話など右から左へと聞き流していた気がする。だとするなら、次からはこの手の話は控えたほうがいいだろうか。
そんなことを一人考えてなんとなく少し落ち込む。とりあえず、あまり退屈な話は長引かせてはいけないだろう。そう思い、食器を洗って仕事に向かおうとして_____
「…ご主人様も、子供の頃は割とやんちゃだったんですね」
そうやって、初めてシルヴィが私の話に言葉を返してきた。
「_________」
「…あの、もしかしてなにか気に触ることを言ってしまいましたか?」
「…いや、なんでもないよ。ふふっ」
それに少し驚いて言葉が出てこない私と不安そうにこちらを見つめるシルヴィ。何だかそれが不思議と可笑しくって笑ってしまう。
「そうだね、私もあの頃は結構子供だったんだよ」
その日は患者が来るまで随分と話し込んだ。久しぶりに時間を忘れてしまうくらいに。