「よう、ニド」
下校途中。彼は後ろから声を掛けられたため、そちらに振り向いた。
そこには8mと少しほどの大きさで、竜と人が混ざったかのような形に、隙間なく鎧を纏ったような外見をしたモノがいた。
「"サマエル"か久し振りだな」
「コキュートスから出してもらって以来だ。感謝してるよ」
サマエル。その名は"神の毒"、"神の悪意"の意味をもつ。
サマエルは謎が多く、元々はローマの守護天使、火星の天使、エデンの園に棲んでいた蛇など、様々な説がある。
正体を知っているのは自分自身と、聖書の神と、紅蓮の王ぐらいだろう。
「なに、折角通り掛かったところ街の端の公園で面白い事が起きているからな。それを伝えに来た」
そして彼が何も言わないうちに概要を話始めた。
「"グレモリー"眷属の悪魔が堕天使に襲われているぞ。どう見ても悪魔が劣勢のようだ」
それを聞いた彼の表情が固まった。
「俺は何も見ていないのだがな」
「少なくとも今、俺から聞いたじゃないか。ク、ク、ク」
彼はコイツ嵌めやがったな…などと思いながら打算的な考えを始めた。
グレモリー眷属とは間違えなく、同じ学園にいるソーナではない方の悪魔であるリアス・グレモリーの眷属の事だろう。
彼女の兄が冥界の魔王を務めており、基本的に彼のオーダーではぐれ悪魔を狩っているのだ。無論、賞金の倍額ぐらいで。
今のところ極めて良好でwin×winな関係を築いているため、亀裂が入るような事をするわけにもいかないだろう。
最も万が一死んだとしても、そもそも彼は知り得ないわけでサーゼクスも彼を攻めることはあり得ないだろうが。
しかし、こちらがそれを知ってしまっているわけで寝覚めの悪い話である。
「見殺しにしていいのか? ああ、俺が助ければ色々と面倒な事になり、アザゼルの迷惑になるため、助けには行けないがな。ク、ク、ク」
鎧のような外殻で表情はさっぱり見てとることは出来ないが、面倒事を押し付けた事でほくそ笑んでいるに違いない。汚いなさすが堕天使汚い。
ちなみに彼によりコキュートスから解放されたサマエルは直ぐにアザゼルがトップを務める
「で? それだけじゃないだろ? お前ほどの堕天使がただの悪魔一人が襲われている現場に偶然、通り掛かったじゃあ話が出来過ぎている」
それを聞いたサマエルは両手を軽く上げ、お手上げと言ったポーズをした。
だが、その様子はとても嬉しそうに彼の目には映った。
「流石は我王、いらないことまでお見通しか」
「生憎、これでも一応トップに立つ者だからな」
「俺のグレゴリでの役目は二天龍の神器を宿した者の監視。そして、暴走してしまった者の抹殺だ」
二天龍。過去オーフィスとその宿敵グレートレッドを除けば最強の龍らだったらしい。もし、その時代に彼が生きていれば使い魔にしていただろう。
その2体の魂を封じた神器があり、片方は確かグレゴリにいたハズなので赤龍帝の籠手の監視か。
「なんというか…お前にピッタリの仕事だな」
サマエルには強烈な龍殺しの力がある。
形だけ見れば平和のための最善の利用だろう。
「ク、ク、ク。適材適所とはこの事だ」
だが、と言葉を区切ってからサマエルは言葉を紡いだ。
「アザゼルも随分温くなったものだ。
「そう言えば襲ってる方も堕天使だったな」
「俺に比べればゴミ以下のカスだ。それに俺の役割はあくまでも監視。敵対者の掃除じゃない。これで赤龍帝が死ねばそれでも良い、代が進むだけだからな。だが、お前の不利益になるかもしれないから態々やって来てやったんだ。感謝しろよ。軽い毒で時間は稼いでいるが、そろそろ終わりが近い。無論、悪い方のな」
「ありがとよ…」
彼は盛大に皮肉込めた口調で言った。
「ク、ク、ク。誉め言葉だな」
そんな会話をしているうちに結界の前まで到達した。
「じゃあ、俺は傍観に戻る」
それだけ言うとサマエルは闇に溶けるようにそこから消え失せてしまった。
彼は溜め息をつくと特に何も考えず適当に1体使い魔を呼び出した。
数秒後、その選択に多少後悔することになる。
◆◇◆◇◆◇
俺は公園の中でカラスような翼の生えたおっさんから逃げ回っていた。
「ちょこまか動き回るな!」
「うお!?」
おっさんがぶん投げた槍ことに驚いて尻餅をつくと槍が目の前を通り過ぎた。
槍はそのまま公園の木にぶち当たり、跡形もなく破壊した。
あんなん喰らったら死ぬ!?
俺は慌てて立ち上がると近くの茂みに飛び込んだ。
「ぐっ…なんだというのだ…お前の神器の力か?」
おっさんは頭を抱えるとフラフラと身体が揺れ、槍を杖のように使い体勢を立て直していた。
俺が去年インフルエンザに掛かったときあんな感じだったなぁ…って違う!
公園を見渡すと殆ど木はへし折れ、茂みもここだけになっていた。
ヤバい…もう隠れる所がない…。
そう思っていた次の瞬間、俺の腹から槍が生えた。
「え……?」
変な声を上げながら槍を見つめる。良く見るとおっさんとは違う色の槍だった。
激痛に耐えながらブリキ人形のように頭を後ろに向けると、そこにはゴスロリ姿でカラスのような翼を生やした女がいた。
ゴスロリ女は踞る俺を放置しておっさんの前まで移動すると何か会話していた。
「いつまでやってるのよドーナシーク。うー…頭痛い…なんなのこれ?」
「わからん…コイツの神器だという線が濃厚だが神器を使っている素振りは無かった。だとすると別の何かか…」
「さっさと殺して帰ろうよ…気持ち悪い…」
「そうだな」
おっさんは俺の前まで近づき剣を出すとそれを振り上げた。
その時、おっさんとゴスロリ女の後ろに誰かが映った。
誰が映ったのかは良くわからなかったけど、1つだけわかった。
その人物はあの人のような鮮やかな紅い髪をしていた。
「いぎっ…!?」
次の瞬間、モノ凄い音と一緒にゴスロリ女が殴り飛ばされ、ぶっ飛んだ。
「何ぃ!?」
「ちょっと失礼」
おっさんは振り返るとその人物に胸ぐらを捕まれた。
「なんだおま…うぉぉぉぉぉ!!?」
言い切る前に掴んでいる手が青く光り、そこから出たビームによりおっさんはくの字に曲がりながら吹っ飛んでいった。
その時、漸くその人物がタンクトップにジーパンというモノ凄くラフな格好をし、紅い髪に青い目の女性だった事を理解した。
「誰…?」
「私? 通りすがりの魔法使いよ」
俺の呟きに気づいたのか女性が俺に身体を向け、その拍子にタンクトップ越しのふくよかな胸が揺れた。
あ、ナイスおっぱい。
◆◇◆◇◆◇
「ナイス…おっぱい……ごフッ…」
「…………」
「…………」
満身創痍にも関わらず、とんでもない事を言いながら呼び出した使い魔に親指を立てようとする悪魔の少年を見て正直、助けたのが間違いだったかと彼は思い始めていた。
「消し飛ばしていい?」
「おいやめろ」
タンクトップにジーパンという簡素な服装をした紅い髪に青い目の女性は彼の方へ振り向くと、額に青筋を浮かべた笑顔でそんなことを言った。
彼女の名は蒼崎 青子。紅蓮の王にとってはどこにでもいるごく普通の魔法使いである。
その昔、友人と共に別の世界から迷い混んで来たため、紅蓮の王に保護された人間の一人らしい。
紅蓮の王が1人、扉の向こうに消えてから彼女は友人と自分の世界に帰り、そこで10年と少しの歳月を経て彼女が彼を探し出し、世界を越えて再会を果たしたらしい。
それだけ見れば感動的な話に見えない事もないが、再会した時の第一声で全てが崩れ去った。
ちなみにその第一声とは…。
"お願いニド! 私の負債の肩替わりして! 可愛い使い魔の頼みでしょ!"
である。
まあ、色々詳細は省くが。彼は1つ世界を5分間消滅させるだけのエネルギーを青子に渡したのだ。7つの世界の根源を身に宿す彼しか出来ない大盤振る舞いである。
要するに青子さんは負債を肩替わりさせるためだけに紅蓮の王を探していたのだ。現実で考えると最低どころの話ではない。
「とりあえず治療するか」
彼は悪魔に近づくとちらりと青子を見てから悪魔に視線を戻した。
「お前は専門外だったな」
「失礼ね。時間を戻せば治療ぐらい出来るわよ」
「その魔力は俺から出るんだろうな」
彼は悪魔に手を近づけた。
「朴野…先輩…?」
悪魔はようやく彼に気づいたのかそう言った。
学生服からすると駒王学園の生徒だろう。なら、彼の事を知っていてもおかしくない。
と、言うよりも彼は学園で知らぬ人がいないほどの知名度があったりするからである。
例えば文化祭には必ず仮装集団という名の大量の使い魔が押し寄せ、いつもその中心にいたり、全国模試1位だったり、体育祭でなぜか映画泥棒のコスプレで応援したりとまあ、中々の変人という認識だ。
「ああ、朴野先輩だ。動くなよ? 刺さったままくっついちまうからな。後、今は何も言うな」
「は、はい…」
彼は傷口にそっと手を置くと、手が光り、次の瞬間に槍は消え、傷が完全に塞がっていた。
「すげぇ…」
「傷は直っても消耗した体力までは戻らないから安静にしてろ」
そこまで彼が言ったところで彼は堕天使らが吹っ飛んで行った方を見た。
サマエルの微弱な毒が効いているようで立ち直るまでまだ多少時間が掛かるだろう。
彼はさらに上を見上げた。
かなり上空の闇の空にサマエルが浮いている。
サマエルは小さく手を振ってから指を鳴した直後に近くの地面に紅い魔方陣が浮かび上がった。
「アイツ…転送阻害してやがったのか」
ここまで来ると善意ではなく最早、加害者の一端になっている気がしないでもないがまあ、どうでもいいだろう。
「……はぁ…帰るぞ青子」
そう言いながら彼は空間に穴を開けた。穴の中にはマンションの中庭が広がっている。
彼と青子はその中を通り、魔方陣から慌てた様子の紅い髪の悪魔の少女が現れる頃にはそこには呆然とする悪魔の少年と、今更たち戻った2体の堕天使がいるだけだった。
「良いの? 記憶なら消せたのに」
青子はそんなことを言いながら拳を握り絞めた。
「お前がやったら全部飛ぶだろうが」
「真面目な話よ。学園にいる悪魔とは向こうが知らない限り人間として扱わせるとか言ってたわよね」
「あのガキは"赤龍帝"だ」
それを聞いた青子は少し、驚いたような表情になった。
「あんなのが?」
「未だ覚醒すらしてないようだったがな。二天龍の神器は戦いを引き寄せる」
「同族嫌悪?」
それを聞いた彼は肩を竦めた。
「生憎、嫌悪するほど嫌いでもない。好きでもないがな。ただ、俺の知らないところで街が消し飛ぶような騒動が起きてマンションが潰れるのが嫌なだけだ。まあ、見殺しにすれば良かった話だが…」
「それはニドのポリシーに反するでしょ?」
青子は彼の言葉を遮ってそう言った。
彼はニヤリと口の端を吊り上げた。
「そう、俺の座右の銘は"やらないよりやる偽善"だ。昔からな」
「そう、だったら話は終わりね…」
そう言うと青子は彼の腕を掴み、ホールドを掛けた。
「だったらどうでも良いことで呼び出した迷惑料として今から焼き肉にでも連れてってくださいな。もちろん、ニドのおごりでね」
「おい待て、せめてカバンを置かせ…」
「ダメよ。あなた直ぐ逃げるじゃない」
「アーー!」
清々しい程の笑顔の青子によって彼はズルズルと引きずられていった。
個性が過ぎる使い魔の皆さん
サマエル
神の毒の異名を持つ最初の堕天使。色々ありコキュートスで捕まっていたが紅蓮の王が取引によって解放され、現在はグレゴリの幹部の座にいる。究極のドラゴンスレイヤーであり、どんな龍でもイチコロ。やったね!イッセー!暴走しても安心だよ!
蒼崎 青子
人間の中ではトップクラスの強さを持つ魔法使い。過去に紅蓮の王と戦場を駆けた頃は高校生ほどで実力も大した事は無かったが、10年ほど時が経った彼女の今の実力は軍団の中でも上の下ほどの実力になった。