「うーん…」
彼は食堂で唸り声を上げている。
その理由は机の上の紙のせいだ。
そのタイトルは自己紹介。どうやら学校での他の生徒に対する自己紹介のための記入プリントらしい。
中学生かと突っ込みたいところだが高校の最高学年で行われているのだから仕方ない。
その中で彼が悩んでいる項目は…。
「好きな歴史の偉人…?」
その呟きの直後、ガタガタガタッと食堂の色々なところで音が響き渡る。
食堂内を見ればジャンヌダルク、ドン・キホーテ、那須与一、宮本武蔵、妲己、清姫等の女性使い魔が偶々いたようだ。
もう一度言うが女性使い魔である。妲己と清姫は偉人とは関係無い気がするが…。
「ふん…」
カリカリとシャーペンが走り、彼が何かを記入したのがわかった。
女性使い魔らは何が掛かれたのか非常に気になったが、ここで出過ぎた真似は出来ないと誰も動くことは無い。
だが、気になるのか皆挙動が多少おかしくなっている。
「兄さーん」
すると彼の妹であるリシアがやって来た。
「ん? どうかしたか?」
「こことここが検索しても難し過ぎてわからないから教えて欲しいんだけど?」
リシアの持つ本の題名は"福祉国家と地方財政"と書かれた本だ。明らかに高校1年が理解する範囲のモノではない。
「ああ、ソイツは…」
それに普通に答える彼も彼である。
兄妹仲が良くなければ起こり得ない微笑ましい光景を暫く繰り広げているとリシアの目にプリントが映り込んだ。
それを何気無く見ていたリシアだったが、とある場所で顔を引き釣らせる。
「好きな歴史の偉人…"ベンジャミン・フランクリン"って兄さん…」
「"福澤諭吉"じゃ、味気無いだろ?」
その瞬間、食堂の数人が椅子から滑り落ちそうになったという。
◆◇◆◇◆◇
「少しお話があります」
約2日後。
案の定と言うべきか、学校でいつもよりかなりよそよそしい態度を取っていた支取蒼那が放課後に彼にそう言ってきたので、言われるがまま彼がホイホイ着いていくと彼女は旧校舎に入り、暫く進むとある部屋の扉の前に着いた。
「ここです」
そこは"オカルト研究部"と書かれたプレートが嵌め込まれたドアだった。
ソーナ・シトリーの拠点が生徒会なため、ここがリアス・グレモリーの拠点なのだろう。
彼は中々洒落た名前だと感心した。
それというのもオカルトという言葉の本来の意味は"隠されたもの"だ。
人間には隠された者たち、つまりは悪魔の集う場所を意味しているのだろう。
一般人から見ればただのオカルト研究部だとしても、コチラの世界の者から見ればすぐに見抜けるわけだ。実にわかりやすく合理的だ。
メゾン・ヴァーミリオンももっとマトモな名前が欲しかったところだと彼は思った。
使い魔に名前を募集したところ、セラフィックゲート、魔王殿、火術要塞、海底宮、タイターン山、白玉楼、瓦礫の塔等々余計な…もとい沢山の意見が出たらしいが、どれも微妙で結局その名前になったようだ。
蒼那がドアをノックすると直ぐに中から女性の声で入ることを許可する通達が来た。
「お入りください」
ドアを開け放ち、彼を待つ蒼那にヒラヒラとてを振りながら彼は部屋の中へ入っていった。
◆◇◆◇◆◇
彼は部屋の中のソファーに腰掛けながら背もたれに身体を預け、欠伸を噛み締めていた。
「シャキッとしてください」
「はいはい」
すると直ぐに横の蒼那から突っ込みが入り、彼は背筋を伸ばし、さっきより幾分かマシな表情になった。
彼が中にいる蒼那を含めた悪魔を確認した。
ソーナ・シトリー、紅髪の少女、黒髪の少女、金髪の青年、白髪の…………幼女?
それとこの前助けた黒髪の青年の計6人の悪魔がいた。
「よう、怪我はどうだ?」
「あ、はい! この通りピンピンしてます!」
彼は黒髪の青年に声をかけると、青年は身体を伸ばして無事だということをアピールした。
「それは良かった」
「良いですか?」
机を挟んで向かいにいる紅髪の少女…リアス・グレモリーは毅然とした態度で彼に声を掛けた。
だが、世界を統べた彼に言わせれば年端も行かない少女が精一杯背伸びをしているようで微笑ましいとすら感じている。
横にいる蒼那はリアスがなぜかいつもと違う喋り方で、さらに視線に尊敬の眼差しの様なものが含まれていることに疑問を感じたが、今言うことでは無いと口を閉じていた。
「なんでしょうか? リアス・グレモリーさん」
彼は出された紅茶に口を付けながらそう返事をした。
「先ずはイッセーの窮地を救ってくれたことを主人として礼を言います」
そう言うと彼女は頭を下げた。
それを見た彼の表情は多少曇る。それというのも彼にとって王とは不変で絶対的なモノだからだ。
個人として頭を下げることはあっても全ての上に立つ王として他者に頭を垂れることなどあってはならない。
あるとすれば戦場で地に伏す時ぐらいだろう。
まあ、ここは彼がいた世界に比べれば遥かに平和な世界だ。
ただの認識の違いだろうと彼は僅かな軽蔑を頭から振り払った。
「でもそれとこれとは話は別です…あなた
それを言った次の瞬間、部屋の空気が完全に変わった。
それに伴い、部屋の中の悪魔全てに幾つかの感情が芽生え、目を見開く。
例えるのなら大海原のど真ん中を小舟で漂うような虚無感、あるいは銃弾の飛び交う戦場に裸で放り出されるような恐怖。
さらに圧倒的な重圧と焦燥、そして絶望感が彼女らを包み込んでいた。
「……!?」
リアス・グレモリーは声を上げることすら出来なかった。いや、目の前の紅蓮の双眼を持つ男がその一切を許さなかった。
今の彼女らに聞けば例えその存在を知らなくとも全てが同じように答えるだろう。
この男こそが現在、"世界最大の結社であり、歴史上最高のメンバーで構成された武力集団の中核そのもの"。
"
「期待通りロードの力を使って見ているのだが……止めといた方が良さそうだな」
そう言った次の瞬間、嘘のように重圧が消え、いつも通りの空気に戻った。
「い、今のはいったい…?」
比較的早く立ち直った蒼那が彼に声を掛けた。
「気にしない、気にしない。ちょっと試しただけだから。後、畏まった言葉はやめんしゃい。同い年だろ?」
そう言いながらへらへらと笑う彼は彼女の知る無気力で暇そうな顔をしたただの男子生徒に見えた。
「で? 何か聞きたい事でもあって呼び出したんじゃ無いのか? 俺が君の兄さんや蒼那の姉さんとビジネスパートナーで友人なのは知っているだろう?」
「そ、そうね…」
「え…?」
「え?」
リアス・グレモリーと蒼那は顔を見合わせた。
どうやら上級悪魔同士の間で持っている情報が違うようだ。
「ん? 蒼那は姉と疎遠だから知らないのか?」
「………………はい…」
蒼那は沈黙の後、そう答えた。
「そうか、なら少し話すか」
彼はカップの紅茶をひと飲みすし、喋り出した。
「俺がお前らの兄貴らとつるんでいる理由だが…単純に悪魔に無いモノを出せるからだ」
「無いモノ?」
「そう、紅蓮の王……まあ、それは俺の使い魔が勝手に呼んでいるだけだがな。で、その……そうだな、試しに一人呼ぶか」
そう言うと彼は息を整え、言葉を紡いだ。
「"_____"」
耳に聞き取れない何かを呟いたその直後、彼が座るソファーの斜め後ろに何かの家紋の様なものが浮かんだ紅蓮の魔方陣が出現した。
言霊や神言などと言われる奴だろう。吐いた言葉に直接力を持たせ、魔術や魔法を行使する最高位の技法だ。これが出来るだけでも相当な力を持っている事が解る。
そして、直ぐにそこから全身を黒っぽい服装で固めた一人の幼女……オーフィスが現れた。
グレモリー眷属の一人が幼女…だと…? などと呟いているがあれは無視した方が正解だろう。
「呼んだ? 王さま」
「うん、呼んだ」
そう言うと彼は立ち上がり、オーフィスを猫のように抱えるとまた座り、自身の膝の上に置いた。
「そこのクッキー食べちゃって良いぞ」
「ん…」
そう言うとオーフィスはどこか嬉しそうに小さな手でクッキーを掴み、口に運ぶ作業を繰り返していた。
「おいしい…」
「あらあら」
グレモリー眷属の一人がそれを微笑ましく眺めている。
「俺は神魔霊獣この世とあの世の全ての存在を使役し、使い魔にすることが出来る。そして世界各地に俺の使い魔が散らばっているというわけだ。ちなみにコイツはこう見えてもそれなりに名の知れたドラゴンなんだ。ほら挨拶しろ」
オーフィスは食べる手を一旦止めると、悪魔たちに30度ほど頭を傾けてからまたもきゅもきゅと食べ始めた。
「ドラゴン…」
誰かがポツリとそう呟いた。
目の前にいるのはどう見ても無害な幼女にしか見えないが、確かに無機質で人外染みた雰囲気も同時に放っている。
「このように俺には大概の悪魔には無い、個人で動かせる力……軍団がある。これによりはぐれ悪魔を討伐して金を貰ったり等々色々とギブアンドテイクな関係を築いているわけだ」
「あなたの私兵ですか…」
蒼那がそう言うと彼は嘲笑とも呆れとも取れる笑い声を上げた。
「な、何が可笑しいんですか?」
「民兵、市民軍、ゲリラ、パルチザン、レジスタンス、義勇兵、義勇軍、私兵、私設軍、軍閥……まあ、呼び名などいくらでもある。それと同じように国のため、革命のため、故郷のため、仲間のため、民のため、名誉のため、金のため、女のため…命を賭ける理由もいくらでもある」
だが…と彼は言葉を区切る。
「俺の為に命を捨てる仲間は一体もいないさ、何せ全ての者は何よりも自分のために俺の元にいるのだからな。それで私兵? 笑わせる」
彼は片手を空に掲げると強く握り締めた。
「まあ、それでも俺は仲間の為に命を捨てよう。それが王の務め、そして俺の努めだ」
七界全てのアルカナを持っていようと、創造主の力を持っていようと彼にとって紅蓮の王という座は生け贄のようなものだ。
世界の為の奴隷、或いは世界直属の殺戮者。それが幸福かと言われればまず無いだろう。
だが、今の彼には昔のような使命は無い。彼の使命は次の世代に引き継がれたのだから。
後見人は今もどこかの世界の彼方で混沌と戦い続けているだろう。
ここにいるのは再び彼の元に集まった神魔霊獣全ての仲間と、それら全てを等しく家族と思うだけの一人の王だ。
最早、先導に立ち剣を振るうことも無いだろう。
ちなみに彼の使い魔は未だ半分も集まってはいなかったりする。これからも続々と結集することだろう。
「ああ、話が脱線したな。まあ、俺の話はこんなところだ。で? 聞きたいことは何かな?」
「え、ええ…あなたに会ってみたかったのよ。兄様がよくあなたの事を言っていたから…」
「そうか……ん…?」
ふと彼が声を上げ、行動が止まった。
それに対し、そこにいる全員が疑問符を浮かべていると遠くから歌が聞こえてきた。
「死~んでる人は~ いないかな~♪
聖職者なら~ 連~れてってあ~げる~♪」
どうやら女性の歌声のようだ。若干、舌足らずに聞こえる気がしないでもない。
「死~んでる人は~ いないかな~♪
生贄だったら 連~れてってあ~げる~♪」
その妙な歌声から出される妙な歌詞の歌を皆が不思議に思う中、彼は紅茶の入ったカップに口を付けそれを飲み干すとカップを置いた。
そして、一言呟く。
「どうやら迎えが来たようだ。悪いがまた今度にでも話の続きをしよう」
その刹那、彼が背にしていた壁が砂のように崩れ、夕陽が射し込んだ。
そして外に佇んでいた何かにそこにいた彼を除いた全ての者が目を見開いた。
「死~んでる人は~ いないかな~♪
戦死者な~ら~ 連れてってあ~げる~♪」
木製ブランコのような絞首刑台に首を吊られた女性がブラブラと身体を揺らしながら歌っているのだ。
それは異様な光景以外の何物でもない。
彼女の女性的で豊満なプロポーションと、それを包むのが黒字の布と装飾品だけだということが目に入らないほど異質だった。
「ようイシュタム」
本来死体があるべき場所で揺れる女に彼は当たり前のようにヒラヒラと手を振って会釈をした。
「イシュタムですって…?」
イシュタムとはマヤ神話の女神の一人だ。
首を吊った姿で描かれる事が多く、自殺、戦死、お産による死等の霊を楽園に連れていくと言われる女神である。
イシュタムはブラブラと身体を揺らしながら嬉しそうに話し掛けた。
「王様~ ア~ル~カ~ドが呼んでるよ~ 今日は皆でお月見でしょ~?」
「ああ、そうだったな」
「ん~?」
イシュタムはふと目をグレモリー眷属の一人に向けた。
「迷えるた~ま~し~い~発け~ん」
直後、目を輝かせた。
彼女はにっこりと姫島朱乃に問い掛けるとまた、歌を歌い出した。
「死~んでる人は~ いないかな~♪
不幸な母さん~ 連れてってあ~げる~♪」
「ッ…!?」
その歌詞の内容にリアス・グレモリーの眷属の一人の顔色が変わった。
「今は~ 特別大サ~ビス~ あなたの母さん~ 連れてってあ~げる~」
「…………」
姫島は驚愕の表情を浮かべた後、トラウマか何かになっていたのか、イシュタムを親の仇のような目で睨んだ。
「ん~? イヤ~? ならいいけど~」
そう言うと彼女は残念そうな顔をし、身体の揺れが幾らか緩やかになった。
その直後、彼女……いや彼女を吊っている台が方向転換し、彼とオーフィスが並んだ。
「ああ、そうそう。子猫…いや、塔城さんという娘はここにいるかな?」
「は、はい、私です…」
横の異様な女神に気圧されてか、恐る恐ると言った様子で名乗り出た。
「君か、俺の妹によろしく頼むよ」
「妹?」
「リシアのこと」
「梨月愛さん…!?」
「一年のダイナマイトバディの梨月愛ちゃんだって!?」
子猫の驚愕を掻き消した新米悪魔の兵藤一誠に全員の注目が集まった。
「あ……スミマセン…」
「まあ、いいか……君が塔城ちゃんか。妹から話を聞いてるよ」
「梨月愛さんから?」
「うん、アイツは俺と違って比較的ノーマルだから付き合ってやってくれよ?」
「は、はい…」
それを聞いた彼は今度こそ踵を返すと、夕焼け空の下、使い魔達を引き連れ、帰って行った。
「死~んでる人は~ いないかな~♪」
そして、残された全員がイシュタムの間の抜けた歌が聞こえなくなるまで佇んでいるこてしか出来なかった。
◆◇◆◇◆◇
「死~んでる人は~ いないかな~♪」
絞首刑台が動いているにも関わらず、周りの人々はまるで見えていないかのようにそのまま通り過ぎていた。
「お前、他に歌のレパートリー無いのか? いい加減聞き飽きたぞ」
「ん~?」
ちなみにオーフィスは彼の少し後ろをすたすたと付いてきており中々微笑ましい光景が出来ていたりする。
「ア~ヴェ・マリ~アとかど~う?」
「お前一応、マヤ神話の神様だろ…」
「いいのよ~」
「ならそれでいいや…」
「いくよ~ …………あ」
イシュタムが歌い出そうとしたが、なぜか絞首刑台の移動を止めた。
「ん? どうし…ゴフッ!?」
それにより彼の足も止まったが、彼の背を見つめていた後ろのオーフィスは止まれずにそのまま彼の背中に直進した。
結果、背中からオーフィスにぶつかられた彼はトラックか何かに撥ね飛ばされたかの如く宙を舞い、8回転ほどしてから地面に落ちた。
完全に事故である。
「…………で? なんなんだ?」
彼は砂を払いながら立ち上がった。流石紅蓮の王、頑丈である。
「そ~ そ~ リータちゃんから伝ご~ん」
「アサシンからか」
そう彼が返すとイシュタムは少し悲しそうな表情をした。
「いい加減~ 名前呼んであげたら~?」
「別に…名前思い出してたのに最後まで俺だけに教えてくれなかったこと根に持って無いし…根に持って無いし…」
大事なことなので2回言ったようだ。
「王様女々し~」
「台ごと張っ倒すぞオラ」
「抱いて~ くれるなら~ いいよ~?」
「やっぱ止めときます…」
「夜の当番表狂わせたら~ 戦争が起こるもんね~ んで~ リータちゃんの伝言は~」
次にイシュタムから紡がれた言葉により、彼の口の端が三日月のようにつり上がった。
「やっとSS級はぐれ悪魔の~ 黒歌を捕捉したって~ 今度こそは~ 攻撃しないで見張ってるってよ~」
「お月見は中止だ…イシュタム…」
「え~ なんで~?」
「今日は猫狩りだ」
「わ~い~」
3人がマンションについた頃には完全に夜の帳が降りた後だった。
次回、黒歌終了のお知らせ。
個性が過ぎる使い魔の皆さん
イシュタム
マヤ神話にて自殺を司る女神。首を吊った姿で表され、ア・プチとは異なり、死者の魂を楽園に導く。つまりは見た目はあれだが良い神様である。基本的に彼女が連れて行く(楽園に連れ行って貰える)のは聖職者、生贄、戦死者、お産で死んだ女性、首を吊って死んだ者に限られる。 彼女はこの魂たちをヤシュチェという宇宙樹の木陰にある楽園に連れて行き、永遠の安息を与えるという。
ちなみに作者の現在のLov嫁である。