めでたしダンジョン〜昔話でわりを食う〜   作:南豊文哉

1 / 6
プロローグ

「こちらが窓口です」

 

 案内人にそう説明を受けながら、男はその部屋に入った。入り口から五メートルほど離れた正面にカウンターがあり、そのカウンターの奥の壁に下げられた大きなコルクボードには「讃良(さんら)だんじおん掲示板」とカラフルな字が貼られている。カウンターの向こうに座る中年男性がペコリと頭を下げたのを見て、男も慌てて返礼した。

 次に、入口から見て左手には背の低い本棚が五台あり、巨大ビーズクッションに大きなソファやローテーブルなどが設置されている。本棚の上には救急箱が六つ、壁には担架が二つ。

 

 町の小児科診療所のようなその雰囲気をまるきり否定する、物々しい一角――部屋の右手側には様々な武器や防具があった。武器と言ったが「振り回したり構えたりすれば武器になる」ものばかりで、ほとんどは農具である――柄の長い三角ホーや角形シャベル、鎌、小型の斧など。それらの武器の下の棚には剣道の胴のようなものと金属製の(たれ)などが整然と並んでいる。

 

 部屋の右側とそれ以外で雰囲気が全く異なることを除けば、明るく暖かみのある室内だ。腰板は日焼けして土色、壁や天井は珪藻土が塗られ淡褐色。天井から吊り下げられたランタンには暖かい光が灯る。

 

「ここが北河内唯一のダンジョン、讃良ダンジョン窓口であり、入口である……文明の恩恵が及ぶ最後の場所ですね」

 

 そう語る案内人に、男は室内に視線をちらちら走らせながら「それって」と口を開く。

 

「ダンジョンの中では電子機器使えないっていう話、本当だったんですか……」

「本当です。正しくは精密機器が使えませんね、破裂して壊れますので」

 

 つまり、現代日本にダンジョンが生えた系統の創作で見られる「ダンジョンから配信し一躍有名人になり投げ銭でウハウハ生活」という展開は物理的な理由で不可能ということだ――男は内心ガックリと肩を落とす。

 創作ではよくある、しかし現実ではまだ手垢のついていないブルーオーシャンに漕ぎ出す夢を見ていたのだ。前例を作れない状況だからだったとは。

 

「このダンジョンには、選出者……冒険者という呼び方をする人もたくさんいるのでどちらで呼んでも通じますが、正式名称は選出者といいます。ここは、その選出者が現在7人所属しています」

「7人……」

 

 少ないな、と男は目を丸くしながら呟いた。ダンジョンに入れるのは【神託】を受けた者だけだと言うが、この北河内七つの市の人口は合わせて110万人を超える。男を合わせれば8人がこの讃良ダンジョン所属となり――つまり、【神託】を受けた者は10万人に1人もいないということか。と思ったのだが、そうでもなかった。

 

「北河内唯一のダンジョンというわりに人が少ないと思われたでしょう。

 確かに選出者は数万人に1人いるかいないかという少なさなんですが、それでもこのあたりの総人口からすれば20人くらい所属していてもおかしくない」

 

 案内役がもったいぶったように言葉を切ったので、男は案内役の顔をちらりと窺った。真面目な顔をしているように見える。

 

「理由は二つあります。一つ目は本人が選出者として戦うことを拒否したから、二つ目は他のダンジョンに所属した人がたくさんいるから。ここにお住まいの星山さんの方がよく理解しておられるでしょうが、はっきり言って讃良市は交通の便が微妙です。元国鉄が一本通っているだけで私鉄は皆無、あとはバス。私鉄沿線上の方々は谷町ダンジョンなど便利なところにあるダンジョンに所属してしまって、ここには学研都市線沿線上に住んでいる方しか来ないんですよね」

 

 讃良市唯一の鉄道路線――学研都市線に限らず、元国鉄というものは大雨で止まり、落雷で止まり、雪で止まり、人身事故でも止まる。それも長時間。大阪市内まで各駅停車でも20分という立地にも関わらず讃良市の高齢化・過疎化が進んでいるのは、交通の便が悪いからである。男は――星山は「なるほど」と頷いた。そうして若い労働力は流出し続けるのだ。

 

「……あの、ちょっと話題が戻るんですけど……これ聞いていいのかな。なんでダンジョンに入れる人間に選出者って呼び名が付けられたんですか?」

「ああ、それについてはよく聞かれますよ。この呼び名になった理由は一番まともな呼び方を選んだからというだけのことです。『選ばれし者』とか『神託を受けし者』とか呼ばれたらホラ、イタいでしょう」

「それはハイ」

「冒険者や審神者という名称も候補に挙がったそうです。が、ラノベやゲーム、アニメなどでのイメージと実際の業務内容のギャップが大きいなどの理由から『選出者』になったと聞いてます」

「へえー」

 

 星山はコクコクと何度も頷いた。初めて知ることばかりで、ここに来てからは赤ベコのごとく首を振り続けている。

 が、案内役がパンと手を叩いたことに驚いて肩を揺らす。

 

「さて。ここまで、守秘義務に触れない範囲の話をしてきました」

「しゅひぎむ」

「そうです。ここからは……これからは、外に出せないお話をいたしませんか。貴方にそれを聞く意思があるのなら」

 

 星山はここに来てようやっと、案内役の首や腕が隆々として太いことに気がついた。濃いグレーのTシャツはゆったりとしているが2Lか3Lだろう、胸板の厚さがシャツの上からでも分かる。腰に巻いている長袖の作業服は濃い緑の迷彩で、ズボンも同じ柄。踝までを覆う革靴はピカピカしている。

 何故気付けなかったのか。案内役は――自衛官だ。

 

「……話、します。意思あります」

 

 星山は自衛官の男の目をじいっと見上げる。人生経験が違うからだろうか、自衛官の目は星山の目と違い深みがあった。

 

「……選出者が何をしてるかはざっくり知ってます。調べたんで」

 

 ダンジョンに入り、自分の命を危険にさらしながら害獣を殺す。

 

 それが【神託】に選ばれた者達の仕事であると、星山は知っている。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。