めでたしダンジョン〜昔話でわりを食う〜 作:南豊文哉
しつこいようだが、初めての乗馬は楽しかった――楽しすぎた。馬は素直で可愛く、トレーナーはヨイショにヨイショを重ねたヨイショの塊だった。おかげで凹み気味だった和彦の自己肯定感はカルメ焼きのごとく膨れ、背筋が伸び、瞳に星も宿った。
この数年というもの湿気った煎餅状態だった和彦の変わりように彼の両親は喜び、「病院に通うよりよほど安くて健康的だ」と言って和彦の背中を押したのだ……が。
和彦の家から一番近いクラブ讃良市田原地区にある乗馬クラブグラッツェは、ネットで調べたところ「レベルが高い」とか「競技会に積極的に出場」という評価がついている。――トレーナーにヨイショされながらの「お馬さんパカパカ楽しいな」を望む和彦には向いていそうにない。
次。電車で京都方面に乗って数駅……に加えて駅から車で三十分という立地のアイディア馬メディカルセンターも和彦向きではない。名前の通り馬の医療に力を入れているそうで、レッスンのレベルも高くなんとマンツーマン指導だという。「パカパカ楽しいな」派の和彦では間違いなく挫折する。
アイディアと同じ市内にあるプレーン穂谷は「パカパカ楽しいな」向きのクラスがある大手乗馬クラブだが、駅から遠くバス停からも遠い。つまりは「車で通いましょう」という立地だ。運転できないわけではないがほぼペーパードライバーの和彦だ、通い続けるのは無理だろう。
なら他の乗馬クラブはどうか?
先ず、ヨイショが最高に気持ち良かった緑地乗馬センター。ここへは地下鉄に乗り換えが必要で、梅田の街に足を踏み入れる必要がある。
仕事で来ている面々だけならまだしも、観光客やら買い物客やらで梅田はいつもごったがえしている。パーソナルスペースの広い和彦にとって梅田は好ましい場所ではなく、通り過ぎるだけでも気疲れしてしまう。できる限り行きたくない場所その1。
二つめ。花まつり乗馬園も初心者向けのレッスンがある乗馬クラブで、梅田経由の緑地乗馬センターと違い、乗り換えは京橋駅だ。京橋駅は梅田より(昼間は)人の往来が控えめだが――環状線と私鉄の駅と駅の間に献血車や募金活動中の動物保護団体がいることがままあるため、通り過ぎるたびに罪悪感がチクチクと刺激される。
訴えるような目をして声をかけられたら和彦には断れない……押しに弱いというより断る気力がない。できる限り行きたくない場所その2。
三つめの最後、これは「人混みに揉まれない」「行き方が分かりやすい」という点では一番良い乗馬クラブで、隣県にある。讃良から片道一時間半ひたすら電車に揺られ続けた先の西明石にあるクラブだ。明石駅と違い西明石駅前にいるのは地域住民がほとんどのため、パーソナルスペースも十二分に確保できて良い。
ここなら気疲れせず通える。が、往復で二千五百円飛んでいくのは、懐に余裕のない和彦にはとても痛い。
色々と調べたがあそこも駄目、ここも駄目。人混みに流されると気疲れしてしゃがみ込むような引きこもり気質の和彦が乗馬しようなど、どだい無理な夢だったのだ。
やはり乗馬は「時間と懐と心に余裕のある人のためのスポーツ」だったのだろうか?――あれこれ検索しては諦めるという流れを繰り返していれば、熱中症患者続出の八月が終わった。
カレンダーを千切って数日も過ぎれば秋めいてくる。山の中腹の家ということもあり日没以降は冷たい風が吹くようになりだしたとはいえ、昼は未だ蒸し蒸しとして暑い。
まだ強い昼の陽光に焼かれながら自転車を走らせること2駅、
レジ前にある話題の新刊コーナーに平積みされた1冊を手にとって会計、他の本になど目もくれず本屋を出た。
なんせ診察代と薬代で五千円近く消えたばかりで和彦の懐に余裕はない。懐に余裕はない、が、月見バーガーは食べる。なにしろ期間限定だ。
入ったのは本屋と同じ階にある
三箇駅での用事全てを終え、和彦は再び二駅ペダルをキコキコ漕ぐ。途中のドラッグストアで栄養ドリンクを買ったりスーパーでネギとニンジンを買ったりしつつ最寄り駅の駅前を過ぎ、山を登って帰宅する頃には汗びっしょりになっていた。夜勤専門フリーターに日の光は強すぎたようだ。
門扉から玄関扉までの数メートルの道には飛び石ならぬ飛びタイルが敷かれ、砂利の隙間から大小さまざまな雑草が伸びる。雑草をタイヤで踏みつけながら屋根の下まで自転車を運びそのまま外壁に立てかけ、「ただいまぁ」と引き戸をくぐる。
玄関に、普段はない靴が一足。
「来てるんか……」
そうため息を吐いて、上り