めでたしダンジョン〜昔話でわりを食う〜 作:南豊文哉
果たして居間にいたのは三十代半ばの女、和彦の姉の優子だった。
近く――枚方だ――に住んでおり頻繁に来るため手土産はなく、麦茶をぐっと飲み干すと丼に開けたおかきを口にひょいぱくと放り込む。
「おかえり」
「ただいま。なんでおんの?」
「なんででもええやろ。近所やし……まあ、いや、あんたに頼みたいことがあんねん。座り」
「ええ……」
おぜんを挟んだ正面を指し示され、和彦は顔をくしゃりを歪めた。これまでの「頼み事」はたいていが面倒事だったし、そして和彦はそれらを断れた試しがない。
のろのろと座り優子の顔を伺う。が、どうしたことか、普段の威圧的な態度ではない。
「再来週の土日どっちでもええから、竜之介どっか連れてったってほしいねん」
「竜之介ェ?」
「そ。どうせヒマやろあんた」
「そら、ヒマやけど……なんでオレ? お袋か親父に頼んだらええやんか」
生意気な甥は和彦のことを「活きの良いオモチャ」程度にしか思っていないようで、和彦と会うたび突進してくるか飛びかかってくるかだ。両親――竜之介にとっての祖父母――が相手なら大人しくできるのに。
面倒くさがっているのが明らかな和彦に優子は一瞬ムッと顔をしかめるも、頼む立場だからだろう、すぐ神妙な表情に戻す。
「お父さんたちとちょっと話したいことがあんねん。その間竜之介どっか連れてったってほしいんやわ」
「ええ……」
「お礼するし。遊園地とか行ったんやったら掛かった費用も出すし」
「日当を出す」とまで言って頼まれてしまえば断る方が悪く思えるし、しょせん相手は五歳児。適当に遊園地にでも連れていけば良いだろう。和彦は渋々ながら頷いた。
それにだ。考えてみれば、遊園地には二十年近く行っていない。和彦自身も目新しい気分で楽しめるだろう。
だが。
「クソ、あのババア、やられたっ! 再来週は三連休やないか……!」
姉の帰った後ふとカレンダーを見れば、十日後の土日は三連休とあった。となれば遊園地などの施設は先ず間違いなく混んでいる。
他に良さげな場所やイベントがないものかと地元ニュースを検索し、すぐに見つけられた近隣のイベントは三件。
第20回讃良祭――パリピが丸太神輿をかついで讃良市内を回り、駅前では出店が出るうえ餅まきにマグロの解体ショーもするらしい。そんなパリピの人混みには混ざりたくない。パス。
りょくち防災フェスティバル――治水緑地で消防組合が消防車やはしご車などの体験・展示をするという子どもホイホイなイベントだ。子どもの群れなんてものに入ったら和彦はストレスで死んでしまう。パス。
讃良アートフェス――神社などで書画の展示その他ダンスの披露などもするらしい。五歳児は大人しくしていられなさそうだし、うっかり展示品を壊してしまったら大変だ。パス。
結論。どこにも行きようがない。
他に五歳児が喜ぶような場所といって思い浮かぶのはエオンモール讃良くらいだが、当たり前ながら、三連休のエオンモールは混雑している。
和彦は頭を抱えた。頷かなければ良かった……断りづらい雰囲気だったが、頑張って断れば良かった。そう後悔するも今更「やっぱり無理」と連絡できるわけもない。なんせ相手は姉だ。あと十日の間に「いい感じに空いていて五歳児を連れて行って良く、数時間は過ごせる」場所を見つけねばならない。
「どないしたらええねん……」
悩めど時間は過ぎるし日は沈む。しおしおと家とコンビニを往復する和彦に解決策が舞い降りてきたのは姉の襲来から五日後、深夜のコンビニでのことだった。
「前、乗馬体験行った言うてたやん。あれからオレも調べたんやけど、曳き馬とかいうチビジャリでもできるヤツあるやろ。アレ連れてったったら?」
一週間ぶりに会った虚無僧は気楽な調子でそう言った。
子どもを連れて行く場として遊興施設とイベントしか思いつかなかった和彦にはまさに目から鱗。言われてみれば、和彦が乗馬体験に行ったクラブでも子どもがうろついていた。曳き馬体験に行けばいいのだ。
体験後にどこかで昼食を摂れば――それがたとえファストフードでも――姉も文句を言わないだろう。
レジ台越しに和彦はペコペコとコメツキバッタよろしく頭を下げる。
「虚無僧さんありがとうございます! ありがとうございます! 貴方は私の救世主です!」
「え〜? もっと褒めて」
「イヨッ世紀の天才! 驚天動地空前絶後前人未到百年に一人の男! 令和イチの益荒男!」
「めっちゃきもちええわ……おおきに」
和彦の二度目の乗馬体験が、そうして、決まった。